妄想系アルバム鑑賞法「利きジャケ」のすゝめ 第5回

妄想系アルバム鑑賞法「利きジャケ」のすゝめ 第5回

「利きジャケ」へようこそ。
古今東西の名盤を紹介する当コーナーは、いわゆるアルバムレビューではない。
ならば何をするのか? ……「利く」のだ。「聴く」ではなく、「利く」のだ。一枚のジャケットをじっと凝視し、アルバムの“顏”から名盤を味わい尽くす。流浪の妄想コーナー、それが「利きジャケ」。通勤通学はもちろん、長すぎるトイレタイムにもおすすめの読み物です。
 

「歌姫と帝王を利く」

mysound読者の皆さん。出会いと別れの季節、春がやってきますね。ヴィンセント秋山です。私はもう、かれこれ10年以上、様々な媒体を通じひとつの“遊び”に取り憑かれている。一枚のジャケットを凝視し、妄想を広げ味わい尽くす遊び。音楽的要素はあえて封印。それが「利き酒」ならぬ「利きジャケ」だ。……写真でボケて? 断然違う! アルバムジャケットというアート作品を純粋に楽しむという、これは崇高な遊びなのだ。

……ところでお気づきだろうか。

このコーナー。毎回2枚の「銘柄」を紹介していることを。(当コーナーではアルバム名を「銘柄」、アーティスト名を「蔵元」と表記します)つまり、仮に「利きジャケ」という競技があったとしたならば当サイトmysound版の利きジャケは「ダブルス」、「タッグマッチ」なのだ。ならば、そこには何かしら両者にボールのやりとり、連携プレイが必要となる。(いや、特に求められているわけじゃないんですけどね)。
果たして。今回、私は私の心のレコードラックから、無作為に2枚のアルバムを選んだ。それがこちらの二枚。誰もが知る歌姫と、帝王だ。果たしてこの無作為に選びし銘柄に共通項はあるのだろうか? そして私は、うまい「利き」ができるだろうか?

「歌姫と帝王を利く」(1)


いつだって、私は「利きジャケ」という行為に挑む際、悩み苦しんでいる。
しっくりとくる「利き」をできるのだろうか? 
納得できる「利き」はできるのだろうか? 
と、自問自答する日々なのだ。だが、私は……利かねばならない。何度でも利かねばならない。途方に暮れることもある。でも顔を上げればジャケはそこにある。
いつでも何度でも倒れそうになってもジャケは私を受け止めてくれる。
うまく「利け」ないならば、何度だって利いてみる。
そう。何度でも。いつでも。何度でも…… Time After Time

さて、
それではいざ利く前に、利きジャケ唯一のルールもお伝えしておこう。音楽的要素は一切ない利きジャケであるが、音楽を愛するものとしての唯一のルールがある。それは…………

「利いたからには、聴かねばならない」

「福引き、当たった!」

「福引き、当たった!」

銘柄:シーズ・ソー・アンユージュアル
蔵元:シンディ・ローパー


まずは歌姫を利く。

踊っている。
街角の道ばた、猛烈な勢いで踊っている。
うら若き女性が公衆の面前で人目もはばからずこんなにも踊り狂ってしまう理由を私はひとつしか知らない。何故彼女は踊っているのか? それは……。
 

「福引き、当たった!」

福引きに当たったからである。

ジャケには写っていないが、彼女の眼前には商店街の福引き会場の、あのガラガラ回すやつがあるのだ。
そしてそのガラガラ回すやつの下にはきっと、特別な色の玉がひとつコロリと排出されているのであろう。
あぁ……
それが転がり出た瞬間の彼女を私は妄想する……。我を忘れる歓喜があったのだろう。人に見られたって構わないわ! というよろこびがあったのだろう。いや、周囲の視線など気にもとめなかったのかもしれない。ただひたすらうれしかったのだ! 自然と体が動き出したのだ! 
何かに「当たる」という事件は、強烈なエクスタシーへと人を導く……。
さてそうなると、気になることがある。
福引きで、彼女は何を引き当てたのか……? 
順当に妄想するならば、
それは例えば「ハワイ旅行」か「ニンテンドー スイッチ」か、
はたまた「新車」か……。
おめでとう! ラッキーガール!

って、ちょっと待て?
ん???? あれれれれ???

それにしては………………ちょっとヘン、だぞ。
ちょっと、ね、彼女の顔、よ~く見てください。

「福引き、当たった!」

……笑ってなくない?

これ、まったくもって、笑ってなくない?
当たった! イェーイ! という感じじゃ全然なくない? なくなくない? なくなくなくない?
 

「福引き、当たった!」

真顔。

必死な感じ。悲壮感さえ漂っている。
うれしいわけでは、なかった、のか……。だとすれば、当たった物はいったい………………あ。
……み、見えてしまった。私には、それが、見えてしまった……。
彼女が当てた景品……それは十中八九、ジャケ左下にある、
 

「福引き、当たった!」

傘だ。

いいとこ6等賞くらいの、この傘が当たったのだ。
ガラガラ回すやつの下に転がっている玉の色は、せいぜい緑。金とかじゃない。
悲壮な表情から妄想するに、彼女は私財をつぎ込んだに違いない。何だか知らないが福引きに全てを賭けたのだ。だというのに……
回せど回せど、出てくるのは白い玉……。
次々と渡されるポケットティッシュ……。

「いらんがなっ、こんなにティッシュいらんがなっ……」
「いらんがなっ、こんなにティッシュいらんがなっ……」
「いらんがなっ、こんなにティッシュいらんがなっ……」

呪詛の言葉をこぼしつつ彼女は鬼の形相でガラガラを回す。

「いらんがなっ……」
「いらんがなっ……」
「いらんがなっ……」

とうとう、最後の1回となった。
思いを込め、回す……。ぽろりと、申し訳なさそうに吐き出された……緑の玉。
 

「福引き、当たった!」

6等だ。

だが係の人は高らかに鐘を鳴らした! 本来なら鐘を鳴らす賞ではない。
ぜんぜんない。
しかし係の人は鳴らさずにはいられなかった。あまりにも、やるせなくて……。
 

「福引き、当たった!」

カラ~ン、カラ~ン、カラ~ン……。

鐘に合わせて女が踊る。傘が当たった女が踊る。
あんまりうれしくないけれど、ヤケクソ踊りを女は踊る……。
いつまでも。いつまでも。

私は思う。明日になれば、彼女はまた、福引会場に足を運んでしまうかもしれない。
また途方に暮れるかもしれない。でもやっぱり顔を上げればそこには福引きのガラガラがある。
いつでも何度でも倒れそうになっても、彼女は福引に夢を賭けてしまう。
そう。何度でも。いつでも。何度でも…… Time After Time

以上、シンディ・ローパー「シーズ・ソー・アンユージュアル」利かせていただきました。
そしてもちろん
利いたからには、聴かねばなるまい!!

 

シーズ・ソー・アンユージュアル

Cyndi Lauper

 

つづいて。
帝王を利く。

「推定感情……哀」

「推定感情……哀」

銘柄:Tutu (Deluxe)
蔵元:マイルス・デイビス


マイルス・デイビス。

おのずと知れた帝王だ。ジャズの帝王、マイルス・デイビス。
そしてこちら。
アルバムジャケットとしては名作中の名作であるのをご存知だろうか。
日本人アートディレクターの石岡瑛子がデザインし、ジャケットのデザインワークとして、なんとグラミー賞を受賞した逸品。ちなみに、日本人としてのグラミー賞は初めてのことでもある。
そう言われれば、なんとも味わい深いジャケットじゃないか。暗闇の中、帝王の顔だけが浮かび上がる。怒りとも、悲しみとも、驚きともとれる不思議な表情。
なるほど、こんなときのKJポイントは、利きジャケとしては定番中の定番。おなじみ……「何を見ているシリーズ」しかあるまい!

「暗闇で帝王が見たもの」。及びそこから推定される彼の「感情」。すなわち……。

暗闇で喜怒哀楽(帝王編)。

帝王が覗いている。じっと見ている。暗闇で。漏れた明かりが帝王の顔を不気味に照らす。果たして
帝王は、”何を”見ているのか?

暗闇で帝王が見ているものは「息子」……推定感情「喜」。

「推定感情……哀」


中学生になったばかりの息子は、明日はじめての中間試験に臨む。夜遅く机に向かう息子の姿。心配で心配で、思わず子供部屋をそっと覗いたパパの顔がコレ↑。「頑張れ、息子よ。パパは期待してるゾ。」「試験で大事なのは見直しですヨ!」頑張る息子を応援する帝王の心の中は、息子の成長を喜ぶ親の気持ち。「大きくなったね、息子よ」もちろん、コレ↑に写っていないけど、手にはお夜食が……。

暗闇で帝王が見ているものは「鶴」……推定感情「哀」。

「推定感情……哀」


だって気になるじゃないか。ダメ……なんて言われたら余計に気になるじゃないか。ふすまを開けると、そこには、はたを織る鶴のけなげな姿が。ぜったいに見てはいけない秘密の先には悲劇が待っていた。とつぜん帝王の心に去来する後悔の念。不安と哀しみが一気に押し寄せる。見なければよかった!

暗闇で帝王が見ているものは「馬の出産」……推定感情「喜」。

「推定感情……哀」


ペットの馬が産気づいてから、帝王は眠らず馬の側にいた。そしてついに……出産。産まれたばかりの仔馬は、ぷるぷると震える脚で立ち上がった! 生命って素晴らしい!

暗闇で帝王が見ているものは「女風呂」……推定感情「喜」。

「推定感情……哀」


秘湯を訪れた親日家の帝王が、深夜ひとりでふらりと足湯を楽しみに宿を出た。足はいま、湯ぶねの中。ふと目をあげると湯煙の先に露天風呂の女湯が!

暗闇で帝王が見ているものは「下着泥棒」……推定感情「怒」。

「推定感情……哀」


とあるアパートメントの前で目撃。「ぐぅおら~! パンツを盗るなぁ!」

暗闇で帝王が見ているものは「イカ釣り漁船」……推定感情「喜」。

「推定感情……哀」


浜辺に立ち、漆黒の海を見つめる帝王。イカ釣り漁船の灯が近づいてくる。船上の活気から察するに、どうやら今夜は大漁だぁ!

暗闇で帝王が見ているものは「レッカー移動」……推定感情「怒」。

「推定感情……哀」


ほんのちょっと停めただけなのに……。 路上駐車していた帝王の車が彼の目の前でレッカーに引かれてゆく。「もう点数ないんだよ!」

暗闇で帝王が見ているものは「オバケの運動会」……推定感情「楽」。

「推定感情……哀」


墓場にて。 鬼太郎が、ぬりかべが、こなきじじいが、一反もめんが、ねずみ男が、元気に徒競走……。帝王はうらやましいと思った。「オバケにゃ学校も試験もないんだなよなぁ!」

暗闇で帝王が見ているものは「セミの羽化」……推定感情「哀」。

「推定感情……哀」


いままさにサナギから抜け出てきたばかりの白いからだのヒグラシを、帝王はじっと見つめていた。 前の晩からずっと、まんじりともせず。ヒグラシの哀愁溢れる声の秘密を知るために……。そしてセミは夏の夜空に飛び立っていった。

最後に……
暗闇で帝王が見ているものは「地球」……推定感情「哀」。

「推定感情……哀」


ついに宇宙の闇に飛び出したのだ。無限の空間から、帝王は青き星を見つめる。なぜだろう? 私にはどうしてもこれが笑顔には見えなかった。

……………さて私の利きはいかがだったろうか?

暗闇の帝王の表情が、喜怒哀楽、変わりゆくのを感じていただけただろうか?
そして
あなたにぴったりの利きはあっただろうか? もしもなかったならば、
なんどでも利きなおしてもらいたい。あなたにも。
さあ、帝王は、何を見ている? どんな気持ちで?
うまい利きなんてできなくてもいい。迷ったりすることもあるかもしれない。
だがしかし途方に暮れたとしても。顔を上げれば顔(マイルス)がある。
いつでも何度でも倒れそうになっても、利こうじゃないか。
そう。何度でも。いつでも。何度でも…… Time After Time

以上、マイルス・デイビス「TUTU(デラックス版)」利かせていただきました。

ところで、
今回の利きジャケ。
シンディ・ローパー、マイルス・デイビス、二枚の共通項をお気づきいただけたろうか?
そうTime After Timeだ。
じつはこのシンディの名曲を帝王マイルスがカバーをしている。そして彼はその後もずっとスタンダードナンバーとして演奏し続けているのだ。
シンディ自身、この曲がマイルスにカバーされたことを「何よりの勲章」と語っているそうだ。
シンディのTime After Time、マイルスのTime After Time。
どうだろう? ともに聴き比べて見てはいかがだろうか?
何度でも、いつでも、何度でも。
(ちなみにTime After Timeが入っているTUTUはデラックス版の方だけですよ。マイルスのフランスでのライブバージョンが聴けますよ)

以上、存分に利かせていただきました。

利いたからには……聴かねばなるまい!

Tutu (Deluxe)

Miles Davis

 

今回の逸品

シーズ・ソー・アンユージュアル

Cyndi Lauper

Tutu (Deluxe)

Miles Davis

 

そして今回も、快くジャケの使用を許してくれた太っ腹なレーベルたちに感謝。ありがとう。


Text:ヴィンセント秋山

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