ナイス・リフ/ベース編 10選【百歌繚乱・五里夢中 第6回】


ナイスなリフ(riff)、今回はベースギターものに注目です。
ただ、常に低音域で活動し、サウンドに安定感をもたらし、ドラムスのキックとともにビートを下から支えるのが使命であるベースとしては、奏法としてコードに沿った音を一定のフレーズで繰り返すのが基本なので、繰り返し=リフということであれば、ベースはいつもリフを弾いているとも言えるわけでありますが、逆に、ギターのように目立つわけではありませんから、凝ったフレーズを弾く必要もないということで、ナイス!と呼べるようなリフもまた多くはありません。このへんのバランスが面白いところであります。

日本のリフ事情

「日本にはオリジナルなナイス・リフ、少ないような気がします」と前回の結びに書きました。その理由として私が考えているのはこうです。
まず、日本では伝統的に、サウンドよりもメロディのほうが重視される傾向があること。民謡、演歌、歌謡曲、いずれも歌がメインで楽器はあくまでもそのサポート。”伴奏”と呼ばれる所以ですね。何がよいメロディなのかという問いに答えはありませんが、メロディアスであることはほぼコードがどんどん変わる、でありまして、同(似)音列が繰り返す”リフ”というものが、必然的に、作りにくくなってしまうのです。
対して西洋では、踊るための音楽が主流なので、まずビートですとかサウンドを考えて、そこに歌を乗せていくという作り方が多いのじゃないでしょうか?それはつまり”リフ”から作っていくようなものです。
次に、著作権の考え方といいますか、前回、ローリング・ストーンズの「Jumpin’ Jack Flash」の説明で、このリフはビル・ワイマンが考えたと言っているがキースは認めてない、と書きましたが、この曲、作者クレジットがミック&キースになっていまして、それに対してワイマンが怒っているんですね。何が言いたいかというと、”リフを作る”イコール”曲を作る”ことという考え方が当たり前なんですね。
日本ではそうじゃないです。”リフ”はサウンドの一部であって曲ではない。なのでプロデューサーなりアレンジャーなりがリフを作ることがあっても、それは作曲とは見做されない、つまり作曲印税も入ってこない、ということなのです。まぁバンドで、リフだけ作ったメンバーも作曲者とする、というような決め事がある場合は別ですが、そういうケースでもない限り、リフを作っても権利もなければ利益もない、となるとどうしても力が入らなくなってしまうのかな、と思うのです。
というようなことで、日本にはナイス・リフが育たないのではないでしょうか?
とはいえこれは、”日本ではリフがいいからといって売れるわけではない”ということを言いたいのでありまして、見渡せば日本にも、特にベーシストには、ビートのカッコよさを追求している”ナイス・リフ・メイカー"たちがいました。まずはそのあたりからご紹介していきましょう。
 

ナイス・リフ/ベース編


#1:PINK「Don’t Stop Passengers」
(シングル:1986年2月10日発売/from 2nd アルバム『光の子』:1986年2月25日発売)
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”近田春夫&ビブラトーンズ”、”爆風銃(バップガン)”、”ショコラータ”などで気を吐いていた曲者ミュージシャンたちが集まり、1983年に誕生した”PINK”。抜群のグルーヴとセンスで当時、音楽好きを大いにワクワクさせたバンドですが、そのグルーヴを牽引していたのが、のちにプロデューサーとして大活躍することになる、岡野ハジメくんのベース。カッコいいフレーズと卓越した演奏力、それとユニークなシェイプの自家製改造ベース!で、ギターなどより全然目立っていました(笑)。改造ベースの名前は”VIBRA (バイブラ)1号”。検索すれば写真も出てきます。
彼はあまり作曲には参加していないのですが、主に曲を書いている福岡ユタカくんもベース・リフが来ることを想定して作っているのでしょう、PINKの多くの曲で、ベース・リフが光っています。中でもこの曲は熱い。
サビ始まりで、のっけからベース・リフも全開です。すべて8分で刻み、1・3小節目は同じ、2小節目と4小節目は少し変えるという「a+b+a+b’」パターン。おもしろいのはサビとAメロのコードが同じなので、そのままAメロに突入していくところ。Bメロ、Cメロは”1 note 弾き”になり、またサビで頭のリフに戻る……実にカッコいい。ベースばっかり聴いてしまうのが玉にキズです。


#2:くじら「サボテン」
(シングル:1990年3月21日発売/from 5th アルバム『メロン』:1990年7月21日発売)

上記の”PINK”と同時期に誕生したニューウェイブ・バンドのひとつ”くじら”。実はPINKは、EPICソニー(当時)所属の一時期を私が音楽ディレクターとして担当していたのですが、この”くじら”は長く、1985年のデビューからEPIC契約終了の1993年まで担当しました。
商業的には残念ながら大きな成果を残すことはできていませんが、その作品群のクオリティに魅せられたファンは根強く、バンドは現在も杉林恭雄くんを中心にコンスタントに活動を続けています。
最初は生ギター、ベース、ドラムという3ピースだったので、必然的にベース・ラインには一工夫せざるを得ず、それゆえ彼らの音楽はナイスなベース・リフがよりどりみどり。で、迷った末にこの「サボテン」を選んだのですが、なぜこの曲にしたかというと、ベース・リフのフレーズの面白さと、ちゃんとしたサビがあるのに最初から最後までリフが同じという”一本気”さ。要はコード進行がずっといっしょってことなんですが。この曲を含め”くじら”の詞曲をほぼすべて書いている杉林くんは、禅僧のようにストイックなところがあって、極力コードは増やしません。
で、フレーズはベーシストが考えたと思っていたら、確認したら杉林くんが作ったと。さすが。


#3:OKAMOTO'S「90'S TOKYO BOYS」
(from 7th アルバム『NO MORE MUSIC』:2017年8月2日発売)
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”OKAMOTO'S"のハマ・オカモトは今の日本の若手ベーシストの中で一番いいですね。ただ印象的なリフは少ないように思います。わりとあちこちに展開するタイプの曲調が多いからでしょうか。でもこの曲のベース・リフはナイスです。前半かなり長く、”Dm7 - Am7 - Gm7 - Am7”のコード進行に合わせて少しずつ音形を変えた4小節パターンのリフがサウンドの要となっています。欲を言えば、それぞれの音形をもっと近づけてほしいのですが、1小節目の音形が楽しいのでよしとしましょう。
2分後あたりからブレイク→サビ→ギター・ソロと展開していって、もうリフには戻ってきません。これも私は不満。戻ってくるほうがクールだと思うのですがね。
ピックではなくて指で弾いています。やっぱりベースは指弾きですな。私はベースができないので詳しいことは判りませんが、指弾きでこの速いパッセージを、こんなに小気味よく、音の粒をそろえて、しっかりとした音圧で弾きこなすなんて、やはりめちゃ上手いよね。


#4:荒井由実「生まれた街で」
(from 2nd アルバム『Misslim』:1974年10月5日発売)

エレピのフレーズから曲が始まり、その構成音をなぞるようにベースがリフを奏でます。”ドーレッレッレードミー”(最初の”ド”はオクターブ下で、キーがE♭だから”ド”=”E♭”)というシンプルながら印象的な音列。メロディに沿ってコードはどんどん変わりますが、リフはそのリズムをキープしつつ音階だけ変えていきます。Bメロ(サビ)、そして間奏はリフから離れますが、それ以外の部分はともかくリフに戻そうとする姿勢が好きです。
ベース・プレイヤーは細野晴臣。細野さんのベースは落ち着きがあって、ゆったりしているのに軽やか、その人格がそのまま音になっているように思います。


#5:土屋昌巳「タオ・タオ」
(from 1st アルバム『RICE MUSIC』:1982年6月21日発売)
mysoundで試聴

前回の反動で日本人アーティストが続く今回ですが、この曲、ベーシストは英国人です。元”Japan”のミック・カーン (Mick Karn)。”Japan”の準メンバーとしてその最後のワールドツアーに帯同した土屋昌巳ですが、それはこのアルバムのリリース後のこと。このレコーディングによって生まれた絆なんですね。
ミック・カーンほど”奇天烈”なフレーズを弾くベーシストはいません。
実は私、EPICソニーで土屋さんも担当していました。1985年から約5年ですがその間に、『Life in Mirrors』(1987)というアルバムのレコーディングで、ロンドンでのミックさんのベース録音に立ち会いました。「一日千夜」という曲です。
録音の3日前に土屋さんはベース抜きのラフミックスのカセットをミックさんに渡しました。その時は何の説明もしていません。そしてスタジオに来たミックさん。しばしの談笑の後、おもむろにベースをつなぎ、曲のテープが回ると、いきなり、頭からお尻まで、譜面もメモも何も見ずに、彼が一人で考えてきたと思われるなんともユニークなベースラインを、1音もミスることなく弾き切ったのです。これには驚きました。土屋さんは平然としていましたから、いつものミックさんのやり方だったんでしょう。ラフミックスを何度聴いたのか知りませんが、独特極まりないラインを作って(これはもう作曲です)、それを空で完璧に弾けるまで練習して録音に望む、こんなベーシスト他にいないと思います。
この「タオ・タオ」のベース・リフもユニークですが、「一日千夜」、そして『HORIZON』(1988)収録の「冬のバラ」でのミックのベースもぜひ聴いてほしいです。


#6:Japan「Visions of China」
(シングル:1981年11月6日発売/from 5th アルバム『Tin Drum』:1981年11月13日発売)
mysoundで試聴

ミック・カーンのホームグラウンド、”Japan”の曲も紹介させてください。イギリスのバンド”Japan”の「Visions of China」、となんともインターナショナルですが、ジャケットも含め東洋色が濃い目なこのアルバムが、”Japan”としては最も商業的成功を収めました。でも全体的には暗い、と言って悪ければアーティスティック。3枚目のシングル「Ghosts」が全英5位で最も売れましたが、こんな暗い曲、日本だったらまずシングルにしないんじゃないでしょうか?これがそんなに売れるというところにイギリスの音楽ユーザーの底力を感じますが。
ベースレスの「Ghosts」以外、どの曲でもミックの”奇天烈ベース”は大活躍していますが、どれか1曲選ぶとしたら、やはりこの「Visions of China」かな。
フレットレスを活かし、スライドを多用したミックのベース・リフは、まるで唄っているかのよう。デヴィッド・シルヴィアン (David Sylvian)とデュエットしているみたいです。そして、なんでこんなにしっかりラインが聴こえてくるんでしょうね?ベースの音自体がとてもいいのです。ミックが出す音と、エンジニアでプロデューサーのスティーヴ・ナイ (Steve Nye)の技術、両者の力ですね。


#7:Four Tops「It’s the Same Old Song」
(シングル:1965年7月9日発売/from 2nd アルバム『Four Tops Second Album』:1965年11月13日発売)
mysoundで試聴

誰かがそれをちょっとでも弾けば「それってアレじゃん!」とすぐ指摘されてしまうようなら、その”アレ”はまずナイス・リフと言ってよいでしょう。
実はこの曲を聴くと「アレじゃん!」と思ってしまうのが「I Can’t Help Myself (Sugar Pie, Honey Bunch)」という曲。でもそれは同じ”フォー・トップス”が3ヶ月前にリリースした、同じ”Holland–Dozier–Holland”という作家チームのもの。「I Can’t Help Myself」が全米1位の大ヒットだったので、”柳の下のドジョウ”を狙ったのでしょうね。ドジョウはちゃんと居て、この曲も全米5位までいきました。
ただ同じように聴こえますが、音形はしっかり違います。フォー・トップスはモータウンのアーティストなので、演奏はモータウン専属の”Funk Brothers”ですが、ここにいたベーシスト、ジェイムズ・ジェマーソン(James Jamerson)が、それまでルート音をボンボンと弾くだけだったベースというものの奏法に革命をもたらした、と言われるようなすごい人なのです。どちらの曲のベース・リフも彼が作ったと思われ、どちらも甲乙つけ難いナイス・リフだと思います。
音形だけなら、やはり同じ1965年発売、オーティス・レディングの「I Can't Turn You Loose」のほうが似ています(タイトルも同じ”I Can’t ~”ですね)が、マネしたんでしょうか?


#8:Teddy Pendergrass「Do Me」
(from 3rd アルバム『Teddy』:1979年6月23日発売)

テディ・ペンダーグラスという人、個人的にはあまり興味ないのですが、この曲はおそらく日本で最も有名なベース・リフを持つ曲として、無視するわけにはいきません。ピンとこない方には「「ヒゲ」のテーマ」と言えば、ね?そう、国民的バラエティ「8時だョ!全員集合」の中で志村けんと加藤茶がやっていた「ヒゲダンス」のBGMは、この「Do Me」の”Aメロ”部分のリフを延々繰り返しているもの。
ベース・リフと言うよりは、リフをベースとギターで奏でているのですが、歌よりも何よりもこのリフがこの曲そのものというくらいインパクトが強いリフです。
本国USAではアルバムはヒットすれどシングル・カットもされておらず、大きな認知はされていないと思いますが、これをBGMに採用した志村けんのおかげで日本では、曲名はともかくリフはあまねく知れ渡り、作者のギャンブル&ハフ (Gamble and Huff)も日本からの印税の多さにビックリしたのではないかと想像しますが、その代わり「Do Me」を聴くと身体が勝手に反応して、肩を上下しながら歩き回ってしまいそうになるのには困ったものです。


#9:Talk Talk「It’s My Life」
(シングル:1984年1月13日発売/from 2nd アルバム『It's My Life』:1984年2月発売)

”トーク・トーク”は1981年に結成された英国の二ューウェイブ・バンド。マーク・ホリス (Mark Hollis)のちょっと陰のあるボーカルがこのバンドの看板ですが、この曲は何よりポール・ウェッブ (Paul Webb)のベース。
曲中の3つのパートに応じてフレーズが変わっていきますが、いずれもリフの形になっており、いずれもすごく印象的。まさにナイス・リフの3倍サービスです。
全英46位止まりでしたが(再発時に13位)、フランスの7位を初め、ヨーロッパ各国では好成績、米国でも31位で、”Hot Dance Club Play”チャートではなんと1位を獲得しました。


#10:Michael Jackson「Off the Wall」
(シングル:1980年2月2日発売/from 5th アルバム『Off the Wall』:1979年8月10日発売)
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あと1曲は、”James Brown”の「Give It Up or Turnit a Loose」かこれかで迷いましたが、「Give It Up〜」はこのコラムの「グルーヴ・ギター特集」のときに取り上げているので、こちらにしました。でも「Give It Up~」のベース・リフもすごいです。速い弾きづらそうなフレーズを指弾きであんなグルーヴを出せるなんて、とつくづく感心します。
でこちら。それまでの4作はモータウン時代=アイドル時代でマイケルは歌うだけでしたから、実質、”大人の”マイケルの音楽はこの5th アルバムから、と言っていいでしょうね。
78年、ミュージカル映画「ウィズ」に”かかし”役で出演したマイケルは、音楽を担当していたクインシー・ジョーンズ (Quincy Jones)と仲良くなり、ニュー・アルバムのプロデュースを依頼します。この時点では自身がどんなものを創りたいのかもよく分からなかったマイケルは、クインシーのおかげでこの名盤、そして次の歴史的作品『Thriller』につながっていくのですから、まさに運命の出会いでした。
この曲のとても印象的な音形と音色を持つベース・リフは、あの”ブラザース・ジョンソン”のルイス・ジョンソン (Louis Johnson)が弾いています。

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以上、私が好きなナイス・ベース・リフを10曲ご紹介しました。本来縁の下の力持ち的存在なのに、目立たない低音部分で、しっかりと面白いことやったり自己主張しているってところが、ベースならではの味で、そこがとっても好きです。

いやぁ、それにしても、音楽ってちっとも飽きないですねー♪


Text:福岡 智彦