ナイス♪ ピアノ・ロック 10選【百歌繚乱・五里夢中 第7回】


“ピアノ”って本来は”ピアノフォルテ”という名前だったそうです。イタリアでは今でも”pianoforte”と呼ぶらしいです。で、ご存知のように”piano”は”音を弱く”、”forte”は”音を強く”という音楽用語ですよね。つまり”弱い音から強い音まで出せる楽器”ということだったんですね。なぜその弱いほうだけ残って”ピアノ”になってしまったのか?「優しいソフトな音楽にふさわしい」と言いたいのでしょうか?
じゃあ、今回フォーカスを当てるピアノは”フォルテ”と呼んだほうがいいかもしれません。

ギターに負けるな

ロックというと、やはりギターが主役ってことが多いと思います。
仲間と「バンド作ろうよ!」となったときに、ボーカル、ギター、ベース、ドラムはその時点から始められる(気がする)のですが、キーボードってまったくの初心者にはとっつきにくいというイメージがありますよね。私も大学に入ってからバンドに誘われまして、ギターとベース候補はいたので、全く手を触れたこともないドラムを担当したのですが、そのときキーボードをやろうという発想はこれっぽっちもなかったです。それに、キーボードがなくてもロック・バンドはできますからね。
ありがちなのが、子供の頃ピアノ習ってたんでキーボードを担当するというパターン。しかしこの場合、習っていたのは”バイエル”のようなクラシック入門なんで、あんまり役に立ちません。
かくして、ピアノをフィーチュアしたロックは、ギターのそれよりもかなり少ないと思われますが、今回はそんな中からナイス♪な”ピアノ・ロック”をご紹介していきますね。

 

ナイス♪ ピアノ・ロック


#1:Little Richard「Long Tall Sally(のっぽのサリー)」
(シングル:1956年3月発売/from 1st アルバム『Here's Little Richard』:1957年3月発売)
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リトル・リチャードはチャック・ベリー(Chuck Berry)、ファッツ・ドミノ(Fats Domino)らとともにロックンロールの創始者と言われる人。おもしろいことにリチャードもドミノも、ちょっと後輩のロックンローラー、ジェリー・リー・ルイス(Jerry Lee Lewis)もピアノ弾き、ギターのイメージが強いロックンロールですが初期にはなぜかピアニストが多かった。
太っていたからドミノが”ファッツ”だったように、チビだから”リトル”だと思っていましたが公表身長は177cm。低くないやん。どうやら子供の頃やせっぽちだったので”Lil’ Richard”と呼ばれていたのを芸名にしたようです。
そんなワケで「のっぽのサリー」を選んでみたのですけどね。ビートルズのカバーでも有名な彼の代表曲のひとつです。
当時は人種差別で黒人の音楽は白人のラジオ局では放送されませんでした。で、黒人で売れそうな曲が出てくるとすぐに白人アーティストがカバーをしてそちらの方が売れるという現象がしばしばありました。リチャードの前年のヒット曲「Tutti Frutti」もパット・ブーンがカバーをし、リチャードのオリジナルの全米17位に対し、ブーン盤は12位。そこで今度はと「Long Tall Sally」はブーンに真似できないように作ったそうですが、やはりブーンはカバー。ただ、リチャード盤の全米6位に対してブーン盤8位となんとか勝ちました。なんとR&Bチャートでは19週間1位という大ヒットだったのです。
彼のド迫力なシャウトと叩きつけるようなピアノ、そして激しいパフォーマンスは、ジェイムス・ブラウン、オーティス・レディングらソウル巨頭をはじめ、ビートルズ、ストーンズなど多くのアーティストに強烈な影響を与えました。ジェイムス・ブラウンを描いた映画「最高の魂(ソウル)を持つ男」でも印象的に登場していましたね。
そしてその人生。人気絶頂の1957年に突如引退して牧師になり、一転ロックを悪魔の音楽なんて罵る。そのくせ62年には復活。92年にはなぜか高中正義とアルバムを共作する、などなんとも興味深い。現時点で85歳、しっかりご存命中であります。

#2:Chicago「Saturday in the Park」
(シングル:1972年7月発売/from 5th アルバム『Chicago V』:1972年7月10日発売)
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陽射しに溢れた気持ちのよい公園に行くと、土曜日でなくとも、必ず「サータデイ♪ インザパーク〜」と歌ってしまうのは私だけではないでしょう。
この力強いピアノのイントロが始まると心が躍ります。ピアノを弾き、唄っているロバート・ラムが曲も作りました。シングルは全米3位の大ヒット。アルバムは1位。
このピアノ・リフが今も輝きを失っていない証拠に、2017年の映画「トリプルX:再起動」の主題歌、”The Americanos”の「In My Foreign」がこれをサンプリングして、ラップを乗せていました。カッコよかったです。
シカゴは今も存続するとても息の長いバンドですが、音楽性はこの頃とは全く違います。80年代になってデヴィッド・フォスターがプロデュースするようになると、メロウなラブ・バラードが売りのAORバンドになってしまいます。AORが嫌いなわけではないですが、こと”シカゴ”に限ると、ジェームズ・ガルシオのプロデュースでごりごり&パワフルなブラス・ロックだった初期のほうが、私は断然好きです。


#3:TOTO「Hold The Line」​​​​​​​
(1st シングル:1978年10月2日発売/from 1st アルバム『TOTO(宇宙の騎士)』:1978年10月15日発売)
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もしかしたらいちばん目立つのはディストーションが気持ちよく効いた、フレーズも秀逸なギターかもしれませんが、聴いた後の印象としては基調となっている3連のピアノじゃないでしょうか。
作者のデヴィッド・ペイチはまずこのピアノ・リフを思いつき、弾き始めたら止まらなくなった、と語っています。そのうちフッとサビの”Hold the line, love isn’t always on time”という歌詞とメロディがいっしょに浮かび、さらに曲全体がすんなりできてしまったそうです。
3連だけど、バラードみたいにヤワじゃない、前述のギターやパワフルなドラムが躍動するまぎれもないハード・ロック。まさに凄腕ミュージシャン集団”TOTO”の面目躍如たるこのデビュー・シングルは見事に全米5位の好成績を残したのでした。


#4:Daryl Hall & John Oates「Private Eyes」​​​​​​​
シングル:1981年8月29日発売/from 10th アルバム『Private Eyes』:1981年9月1日発売)
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1972年にデビューし、いくつかヒットも出しそれなりに成功していたけれど、1980年のアルバム『Voices』でグンとステップアップ、さらにこの『Private Eyes』で完全爆発した”ホール&オーツ”。自分たちでプロデュースをするようになってから大きく売れた、というところが珍しい。本当にやりたかったことがヒットにつながるという幸運なケースです。
この曲はアルバムのタイトル曲にして1曲目、自信を持って送り出したんでしょうね。見事シングルは全米1位。当時、サウンドが画期的に新鮮でした。アレンジではなく音響そのものが。私は音楽ディレクターという仕事に従事しておりましたが、ドラムのキックがこんなにはっきり聴こえるのが不思議でした。エンジニアに「こういうドラムの音にしてよ」と頼むのですが、なかなかならなくて歯がゆい思いをしたものです。
ピアノの8分(音符)刻みがアレンジの肝になっていますが、やはり音の輪郭がくっきりしていて小気味よいですね。生ピアノにシンセを重ねているのでしょうか。これも私は真似しようとしまして、生ピアノで同じことを2回演奏してもらってそれを両方出すとけっこういい感じになりました。山下久美子の「恋はスクーターに乗って」という曲でそれをやっています。


#5:Bruce Springsteen「Bobby Jean」​​​​​​​
(from 7th アルバム『Born in the U.S.A.』:1984年6月4日発売)
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アルバムから7曲もシングルを切ったのに、私がいちばん好きなこの曲は意外にもその中に入ってないのです。アメリカでは受けないタイプの曲なのでしょうか?いやいや、ライブでは定番らしいし、客も盛り上がる人気曲のはずなのですが。
それはともかく、この曲の最大の魅力はピアノの、イントロからブリッジ、エンディングと、何度も”タタン・タタン・タタン・タタン”と繰り返されるシンプルなフレーズです。
何を言ってるんだ、最大の魅力はブルースの歌に決まってるだろう!と怒る人もいるかもしれません。親友と別れる寂しさ、ちょうどこの頃”E Street Band”を離れていったスティーヴ・ヴァン・ザント(Steven Van Zandt)を思って書かれた詞だと言われていますが、それを歌う、力強いがゆえによけい切なさを誘うブルースの歌唱は確かにすばらしい。だけどこのピアノ・フレーズにはそんな切なさや強さ、いろんな気持ちを思わず投影してしまうような深い響きを感じます。
”タタン・タタン”は”A-C#m-D-B7”というコード進行に沿っており、歌部分も同じ進行が延々と繰り返され、それから外れるのは中ほどの9小節とエンディング前の4小節のみです。たとえば「Born in the U.S.A.」などは繰り返しが飽きてしまうのですが、この曲の循環コードは全く飽きません。最後のフェイドアウトでは終わってしまうのが寂しくなります。
ピアノを弾いているのはもちろん”E Street Band”のロイ・ビタン(Roy Bittan)です。


#6:Oh! Penelope「Photograph」​​​​​​​
(from 2nd EP『Photograph』:1995年10月21日発売)

岡山出身の辻睦詞 (vo)と渡辺善太郎 (g)、もう一人キーボーディストを加え、1986年に”詩人の血”を結成、1994年には2人のユニットとなり、”Oh! Penelope”として再出発しましたが、それも1997年に活動停止。その後渡辺はプロデューサーとして活躍しますが、辻は表立った活動がないまま現在に至ります。
その音楽は、私の造語かもしれませんが”ひねくれポップ”。基本ポップ志向なんだけど、ひねくれてる。”ひねくれ”は悪口ではございません。一筋縄ではいかない、何か一ひねりがあるという意味の褒め言葉であります。ただ、そのサジ加減はなかなかに難しい。行き過ぎると辛い。ポップさとのバランスもあります。
その点、この曲は素晴らしい。前述の”Chicago”「Saturday in the Park」にも共通する元気で爽やかな8ビート・ピアノがグイグイ引っ張っていくサウンドに乗るメロディは明るいけど切ない。そしてG調からE調、E調からまたG調と大胆に繰り返す転調が、心をどこか知らないところへ運んでいきます。ポップさもひねくれ方も申し分なし。
ちなみに、ピアノを弾いているのは”佐野元春 with THE HEARTLAND”にいた西本明。


#7:Vanessa Carlton「A Thousand Miles」​​​​​​​
(1st シングル:2002年2月12日発売/from 1st アルバム『Be Not Nobody』:2002年4月30日発売)
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女性アーティストでピアノ弾き語りと聞くとどうもソフトなイメージを思い浮かべてしまいますが、ヴァネッサ・カールトンはしっかりとロックしています。このアルバムの中でストーンズの「黒くぬれ!」をカバーしている(なかなかよいですよ)ところからしても、彼女の嗜好が判ろうというもの。
美しいアルペジオのピアノ・フレーズで始まるこの曲も、すぐにグルーヴィなドラムとベースが参入してきます。ドラマーは有名なセッション・ベーシストのエイブラハム・ラボリエル (Abraham Laboriel)の息子、エイブラハム・ラボリエル Jr.、ベースは大御所リーランド・スクラー (Leland Sklar)。その直後に入ってくるストリングスがサウンドの景色を広げてくれてとてもよい感じ。
これが彼女のデビュー曲で、アルバムとともにいきなりのヒットとなりますが、その後コンスタントに3年置きくらいでアルバムをリリースするも、1stを超える成功はありません。


#8:Jellyfish「New Mistake」​​​​​​​
(シングル:1993年発売/from 2nd アルバム『Spilt Milk』:1993年2月9日発売)
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サンフランシスコの高校の同級生だったアンディ・スターマー(Andy Sturmer / vo,g,dr)とロジャー・マニング(Roger Manning / p,key,g)の2人を中心に1989年に結成、90年代パワー・ポップの真打ちと目されていた”ジェリーフィッシュ”ですが、この2nd アルバムがラストでもあるという短命のバンドでした。
3連のエレピが印象的なのでここに取り上げましたが、ピアノ・ロックとは言い切れないかもしれませんね。パートごとの楽器の出入りや2拍3連のフレーズの使い方など、ピアノ以外にも聴きどころは満載、カラフルでポップなアレンジが実に見事で、何度聴いても楽しく飽きません。だけど、こういう凝ったサウンドはどうも米国では受けが悪いようです。地元の米国より英国や日本でのほうが人気が高かった。
スターマーはなぜかあの”パフィー”の名付け親らしいです。


#9:Ben Folds Five「Jackson Cannery」​​​​​​​
(1st シングル:1995年発売/from 1st アルバム『Ben Folds Five』:1995年8月8日発売)

ピアノとボーカルのベン・フォールズを中心とする、なぜか”Five”だけど3人組のバンドです。ライブでは立ったまま足を前後に大きく開いて、楽器を演奏するというより気持ちは格闘技なんじゃないかと思うような構えでピアノを弾く。あえてギター・レスという潔さで、ギター・バンドに負けないハードなパフォーマンスが売りです。ピアノというとクラシックから学ぶのが当たり前な日本には、こんなピアノ・プレイヤー、出てこないだろうなぁ。
この曲の面白いのは歌メロが、コードがC9なのにF#で始まること。いきなり5度と半音でぶつかっているのに気持ち悪くはなく、むしろ鮮烈です。さらに妙なのが、同じパートの繰り返し回ではそこがFになっている。ひょっとしたら(どちらかを)間違っているだけかもしれませんが。
荒々しくて初々しいこのデビュー・アルバム、私は大好きですが、何がよくなかったのか地元米国ではチャートインもせず、何がよかったのか日本では30万枚も売れました。実にユニークなバンドです。


#10:Queen「Don’t Stop Me Now」​​​​​​​
(シングル:1979年1月5日発売/from 7th アルバム『JAZZ』:1978年11月10日発売)
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若い頃は”クイーン”を”聞かず嫌い”でした。女の子がキャーキャー言ってるアイドル系のバンドだと思っていました。「ミュージック・ライフ」より「ミュージック・マガジン」系野郎だったですし。しかしある時、「ボヘミアン・ラプソディ」をちゃんと聴いてみたら180度変わり、とてもとても私好みな音楽であることを知りました。後悔しました。
特にフレディ・マーキュリーの才能はすごいですね。メロディというものはほんと理屈じゃないですから、よい曲を書ける人はやはり神がかっていると思うのです。フレディが作った曲はほぼ好きだな。そしてあのボーカル。他に似た人はいない、物真似もムリ、唯一無二の存在です。
さらにピアノ。ま、これは、他にもたくさんの人がいるでしょう。だけど、この曲でのピアノのスピード感は素晴らしい。この曲、ギターがソロ以外入ってないんですよね。ふつうこういうアップテンポ8ビート曲ならエレキギターの刻みでスピード感出そうとするものですが。クイーンの曲でこんなにギターが入ってないのは他にないんじゃないでしょうか。なのにこの”supersonic”なスピード感。ま、ボーカルのスピード感もすごいんですけどね。
で、そもそもはギターが入っていたらしくて、最終ミックス段階でミュートしているようですね。そのギター入りバージョンが、2011年発売の「40周年記念盤」CDにボーナストラックとして収録されていまして、聴くと、なんだか重い。ギターなしのほうが断然よいです。ミックスのバランスにもよるのでしょうけど。こういうとき既に”あり”で考えていたものを失くすのって勇気いるんですよね。よく思い切ってギター消しました。えらい。

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以上、ピアノ・ロックの名曲を10曲ご紹介しました。ピアノには、アコースティック・ピアノ、いわゆる”生ピ”とエレクトリック・ピアノ、”エレピ”とがありますが、ロックにはやはり強いアタックが出せる生ピでしょう、と思っていたら1曲だけ、エレピの曲を選んでいました。でもあれは記憶の中では生ピのイメージだったんです。
エレピはやはり、クールな響きというか、ジャズ・フュージョン系に似合いますね。”Steely Dan”とか”The Crusaders”とか。そのうち、エレピ特集もやりましょうかね。

いやぁ、それにしても、音楽ってちっとも飽きないですねー♪


Text:福岡 智彦