驚異の老人シンガー【知られざるワールドミュージックの世界】


ヴォーカリストに、年輪は必要か?というのはなかなか難しい問題だ。若いからこそ歌える楽曲があるのと同様に、年をとってからの方が似合う楽曲もある。若い頃は声が出ていたのに、加齢とともに声が出なくなるということもよくある話。しかし、その反面、年令を重ねることで表現力が増すということも多々ある……。

どういう意見があったとしても、老齢のシンガーだからこそ渋くかっこいい歌があるのはたしかだ。ここでは世界中の高齢歌手たちを集めてみた。歳を重ねたからこその味わい深い歌声を堪能していただきたい。

その色気、すなわち人生の重みなり! おしゃれ老シンガーの宝石箱や〜

最初に挙げなければいけないのが、キューバのブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ関係だろう。米国人ギタリストのライ・クーダーが見出したキューバの忘れ去られたミュージシャンたちを集め、1997年に制作されたアルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』が大ヒット。1999年にはドキュメンタリー映画も作られ、こちらも大いに盛り上がった。様々なスターが登場したが、なかでもイブラヒム・フェレールの甘い歌声は忘れられない。1927年生まれの彼は、2005年に78歳で亡くなるが、死後に発表されたアルバム『Mi Sueño』(2007年)でも、そんな彼の若々しく粋な歌声を聴くことができる。なお、2018年夏には映画の続編『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ☆アディオス』も公開され、彼の歌う姿を確認することができる。このビデオでは、ロベルト・フォンセカのピアノなど、美しい演奏が甘い歌声をさらに引き立てている。

Ibrahim Ferrer「Perfidia」

 

ラテン系でキューバに対抗できる老人といえば、アンリ・サルヴァドールを忘れてはいけない。彼はフランス人だが、南米大陸の仏領ギアナで生まれたこともあり、ブラジルのサンバやボサ・ノヴァのレパートリーを多数歌ったことで知られている。というよりも、ボサ・ノヴァのルーツといわれることもあるほどの存在だ。1917年生まれのアンリは、一時は引退したものの2000年代に大復活。2007年には来日公演も実現したが、その直後の翌年に90歳で大往生となった。この映像は2005年なので、80代後半の元気な姿が観られ、なんともモダンでおしゃれな雰囲気を醸し出している。

Henri Salvador「Jardin d'hiver」

 

残念ながら、昨年10月に急逝したフランス人シンガー、シャルル・アズナブール。「帰り来ぬ青春」や「忘れじの面影」(エルヴィス・コステロが「She」というタイトルでカヴァーしたあの曲)といった誰もが知る名曲により、日本でも人気の高いシャンソン界を代表する歌手だが、彼は1924年生まれなので94歳での大往生。しかも倒れる直前まで現役だったというから恐れ入る。ここでは2007年発表のアルバム『Colore Ma Vie』の収録曲をお聴きいただきたい。この時点でもすでに80代だが、声だけ聴くとまったく衰えを感じさせないことに驚愕。

Charles Aznavour「La Terre Meurt」

 

このサウンド! この迫力!! 珠玉のおばあちゃんシンガー

現役老人歌手で最高に強烈なのが、ブラジルのエルザ・ソアレスだ。1937年生まれの彼女は、60年代からサンバ・ソウルといわれるブラック・ミュージック色の強いサンバ歌って脚光を浴びたアーティストだが、その先鋭的なスタイルは翳ることなく、コンスタントに新作を発表して高い評価を得ている。2015年発表のアルバム『Mulher Do Fim Do Mundo』は、エクスペリメンタルやアヴァンギャルドといった形容詞が似合う先進的なサウンドを取り入れ、吠えるようにダミ声で歌うのがなかなかのインパクト。70代後半でここまでやるのかと驚くと同時に、ブラジル音楽の懐の深さを感じさせる。

Elza Soares「Mulher Do Fim Do Mundo」

 

ポルトガルのファドは、サンバと同じくいかに哀愁を醸し出すかがポイントのひとつであったりするが、その哀愁感を満喫したいならセレステ・ロドリゲスの歌を聴くといいかもしれない。彼女はファドの女王といわれたアマリア・ロドリゲスの妹。姉は1999年に79歳で亡くなったが、1923年生まれのセレステは2018年1月に95歳で逝去する直前まで現役で歌い続けていた。この映像は、2013年に90歳を記念して行われたライヴの模様。90歳でもここまで声が出るのかと驚かされるだろう。

Celeste Rodrigues「Ouvi Dizer Que Me Esqueceste (Guitarra Triste)」

 

同じヨーロッパでも、ファドのような渋みある音楽とは違う、スイスのポップ歌手も紹介したい。スイス及び近隣諸国ではとても著名な歌手であるリス・アシアは、1924年生まれ。ヨーロッパを代表する音楽コンテストである「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」の第一回(1956年)に出場して優勝し、一躍トップスターになった。日本でも雪村いづみやペギー葉山が日本語カバーした「オー・マイ・パパ」の原曲は、彼女がヒットさせている。この映像は80代後半のものだが、ポップな感覚は健在だ。残念ながら彼女も2018年3月に94歳で死去した。

Lys Assia「Refrain」

 

アフリカのタンザニアには、ターラブというアラブ圏から影響を受けたスワヒリ語で歌うユニークな雑種音楽がある。ザンジバル島出身のビ・キドゥデは、そのターラブの名手と讃えられたシンガーだ。ぱっと見は小柄で可愛らしいおばあちゃんだが、朗々とした歌声は張りがあって説得力満点。しかも、この映像が撮影された時点で93歳ということに驚かされる。彼女は2013年に90代後半で亡くなったが、アフリカにはこれくらいの年齢でバリバリ歌う老人がまだまだいそうな気がする。

Bi Kidude「Jua Toka」

 

ヨーロッパやアメリカだと80代ですごいなあと思うが、インドだったらなんだか当然のような気がしてくるから不思議だ。ギリジャ・デヴィはインド古典音楽のベテランとして名を馳せた歌手。1929年にヒンズー教の聖地であるバラナシで生まれたが、残念ながら2017年に88歳で亡くなった。この映像はおそらく亡くなる数年前だと思われるが、驚くほどピッチも正確で、素晴らしい美声を披露してくれる。こういった神々しい古典的な歌は、やはりベテランだからこそ説得力を感じるのだ。インドのテレビ番組のセット、観客の表情含め本当に興味深い。

Girija Devi「Chait Mas Bole Re」

 

おまけは、まさかのインド・ヨーデル‼

最後は、ロイ・ドスーザというインド南部のケララ州に住む人物。おそらくほぼ無名だろうが、ローカルニュースに取り上げられた映像を観てみよう。インド音楽かと思いきや、なんとヨーデルを歌っているのが驚き。しかも、かなりレベルが高い上に、なんと90歳だというから、インドという国の凄さをあらためて思い知らされる。「ヨロレヒ~♪」という歌声は、どこの国でもゴキゲンに響くのだ。

Roy D'sooza

 

こうやって70代から90代の歌声ばかり聴いていると、人間はいくつになってもまだまだ可能性があるのだなと思わされる。4、50代で「疲れたなあ」なんていっている方は、ぜひともこれらの老人の唄にパワーをもらっていただきたい。

 

Text:風 奏陽
Illustration:山口 洋佑
Edit:仲田 舞衣


関連リンク(mysoundサイトへ)

シャルル・アズナブール
エルザ・ソアレス
セレステ・ロドリゲス
リス・アシア
ギリジャ・デヴィ

 

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