【スージー鈴木の球岩石】Vol.4:2013年の西武ドームとはっぴいえんど「春よ来い」


スージー鈴木が野球旅を綴る新連載「球岩石」(たまがんせき)。球春を間近に控えた第4回はいよいよ関東編。「関東甲信越小さな“鉄旅”」という感じで、横浜から所沢の西武ドームへ、東急東横線→東京メトロ副都心線→西武池袋線という小さな小さな「鉄旅」を、音楽の思い出とともに、ご一緒しましょう。

屋根のないドーム球場?

 

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第1回の名古屋から、大阪、広島と南下してきたこの連載、今回はいよいよ関東圏へ。埼玉県所沢市にある西武ドームへ。もちろん埼玉西武ライオンズの本拠地です。

いきなりですが、「西武ドーム」という言い方、あんまり馴染んでないですよね。というのは、ネーミングライツの採用で、ここ最近、呼称がころころ変わっているからなのです。

「インボイスSEIBUドーム」→「グッドウィルドーム」→「西武プリンスドーム」→「メットライフドーム」と来て、最近は「ベルーナドーム」。「インボイス制度」の報道を見て、「インボイスSEIBUドーム」を思い出すのは、パ・リーグファンあるある。

でも今回は「西武ドーム」で通すことにします。そして、タイトルの「2013年」ではなく、まずは「98年」のライオンズの話をしたいと思います。

「屋根のないドーム球場」が日本プロ野球史上に存在したことをご存じでしょうか?これが98年の西武ドームだったのです。

西武(ライオンズ)球場に屋根を付ける工事は、97年オフと、翌98年オフの2期に分けて行われました、その合間となったのが1998年シーズンで、観客席の上には金属製の屋根が付けられたのですが、肝心のフィールドの上には屋根がなかった。

それでも呼称は「西武ドーム」と改名したので、結果、世にも不思議な「屋根のないドーム球場」が1年だけ存在したということになります。

この年のライオンズは見事リーグ優勝。そして、「屋根のないドーム球場」に日本シリーズがやってきた!

しかし……相手が悪かった。38年ぶりのリーグ優勝を果たした横浜ベイスターズが立ちはだかったのです。私は当時、横浜に住んでいましたが、このときのベイスターズの盛り上がりのすごさを、この肌で感じたものです。そして、盛り上がりの余勢を駆って、ベイスターズがライオンズに襲いかかる!

日本シリーズを長く観てきましたが、初戦、それも初回に「あ、決まったわ」と思ったのは、この年の日本シリーズだけでしょう。

第1戦1回裏、横浜スタジアム。ベイスターズの先頭打者、石井琢朗が、ライオンズ先発・西口文也の2球目を、いきなり三塁前にセーフティバントをして、まんまと成功。そして2番・波留敏夫の3球目に二盗、3番・鈴木尚典のライト前ヒットで先制のホームを駆け抜ける――こんなのを見せ付けられたら、誰でも「あ、決まったわ」と思うでしょう?

 

横浜から西武ドームが一本につながった日

 

さて、時を経て2013年。この因縁の両チームが、今度は野球ではなく鉄道でつながります。

東京メトロ副都心線が開通したのが、98年の日本シリーズから10年後の08年(ちなみにこの年、ライオンズは日本一に)。その5年後の13年3月16日に、西武池袋線と乗り入れていた副都心線が、東急東横線との乗り入れも開始。この瞬間、横浜と所沢の西武ドームが一本につながったのです。

この頃になると、私もツイッターを始めていました。13年1月21日のツイート(下記「初球」は「2球目」の間違い)。

 

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3/16の「横浜高速みなとみらい線-東急東横線―副都心線-西武池袋線」の直通を何気に楽しみにしている。命名案「横浜スタジアム=西武ドーム線」「98年日本シリーズ線」「石井琢朗が西口の初球をセーフティバント線」。元町から所沢まで直通最短で1時間30分位の模様。使ってみたい。

 

 

さらに盛り上がっているのが、横浜駅から西武球場前駅(駅名は令和の今でもこのまま)への直通電車に乗って、西武ドームに観戦しに行く日(13年10月14日)のツイート。

 

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20世紀の人類の夢、ついに叶いました。横浜駅から西武ドームへの直通列車!

 

何と大げさな! さて、ちょっと余談です。13年3月16日に副都心線が東急東横線と乗り入れたということは、その前日の3月15日に、東急東横線の旧・渋谷駅が最後の日を迎えたということになります。

 

――東急東横線・渋谷駅で駅員らが声を張る。2013年3月15日、この日をもって役目を終える駅舎には、最後の姿を見ようと多くの人が詰め掛け、通勤ラッシュをはるかに上回る大混雑となった(J-CAST ニュース/13年3月15日)

 

なぜ、こんなに最後の日が盛り上がったのか。それは――「頭端式ホーム」だからですよ。

頭端(とうたん)式ホームって、ご存じでしょうか。東京だったら、西武池袋駅とか、小田急新宿駅とか、そして何といってもJR上野駅1階ホームとか。そうです。「終着駅ホーム」というか「行き止まり型ホーム」というか、あれですよ、あれ。

 

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上野駅1階頭端式ホーム(筆者撮影) 


話を戻します。13年3月16日、私はついに、横浜駅から西武球場前駅への直通電車に乗りました。そして、頭端式ホームが美しかった旧・渋谷駅のことも含めて、この路線にまつわる様々な音楽の思い出が、頭の中を駆け巡っていったのです。

 

東横線から副都心線の沿線に絡んだ音楽の思い出

 

大学入学と同時に上京して、住んだのが川崎市(神奈川県なので「上京」ではなく「上神」か)。当時よく聴いていたラジオ番組が、杉真理がDJを務めるFMヨコハマ平日夕方の番組=『マジカル・ポップ・ツアー』。

番組テーマ曲は、杉真理のアルバム『SYMPHONY #10』(85年)収録の『アニーよ目をさませ!』。ある日、気持ちよく聴いていると、あれから30数年、未だに忘れられない「東北弁の東横線車掌」というネタに出会い、腰を抜かすほどに笑ったのです。

「ある日、東横線上りの各駅停車に乗っていたら、東北弁の車掌がいて、“し”が“す”に聴こえる。つな“す”ま(綱島)に始まって、ひよ“す”(日吉)、もとすみよ“す”(元住吉)、むさ“す”こすぎ(武蔵小杉)、“す”んまるこ(新丸子)……」。

この傑作ネタを、私はずっと憶えていました。そして昨年の11月28日、私がレギュラー出演しているラジオ番組、bayfm『9の音粋』に杉真理ご本人がゲスト出演していただくこととなり、開口一番このネタを話すと、ご本人も未だに憶えてらっしゃって、2人で大笑いしたのですが。

明るい思い出もあれば暗い思い出も。大学時代はオーケストラサークルに所属していました。担当はトランペット。我ながらちっとも上手くならない。ある日、東横線の祐天寺駅近くの練習場で、全体練習のときに、見せ場のトランペットソロで、私は致命的なミスをしてしまう。

祐天寺駅から渋谷駅(もちろん頭端式ホームの)に向かう車内で、そのミスについて、メンバーの何人かから詰め寄られます。自分に対する情けなさがつのって、動揺して、感極まって、突然貧血のような状態になり、私は倒れてしまうのです。

もちろん、すぐに回復はしたのですが、その後、頭端式ホームを、メンバーに抱えられながら、ゆっくりと歩いていったときの、何ともいえないどんよりとした気持ちは、これからも一生忘れることはないでしょう。

電車は、東横線から副都心線に入ります。そして西早稲田駅。私が大学生だった頃に、この駅はなかったのですが、駅に近い「馬場口」交差点の周りには、様々な思い出が詰まっています。そして私は、このあたりで、ある意味で最大最強の「音楽体験」をするのです。

大学に入学して間もない頃でした。馬場口交差点から、早稲田通りを少しだけ、我が早稲田大学の方に向かったところにあるレンタルレコード「友&愛」そばの小さな中古レコード屋(高田馬場駅寄りの「タイム」とは別)で、私はあるLPを見つけます。

――はっぴいえんど『はっぴいえんど』(通称「ゆでめん」)

はっぴいえんどのファーストアルバム。「日本語ロックの始祖」として、その名前は聞いていました。ただ、もちろん音は聴いたことがない。これは買うべきだと思って、そんなに安くなかったにもかかわらず、思い切って購入。

家に帰って、少々アングラな雰囲気のジャケットに驚きながら、ターンテーブルに載せて、1曲目『春よ来い』――「何じゃこりゃあ!」

今だったら、冷静に分析できるのです。細野晴臣の当時としては異様にグルーヴィなベース、松本隆の手数・足数の多いドラムス、鈴木茂の陰鬱なギター、そして大滝詠一のくぐもった発音のボーカルの魅力が。

しかし1986年、大学新入生の私には、それらが群となって押し寄せてきたのです。それまでに聴いていたサザンオールスターズや佐野元春とはまったく異なる音の塊(かたまり)。そして口から出る言葉は――「何じゃこりゃあ!」

でも、そんな違和感、異物感のとりこになるのに時間はかかりませんでした。大げさに聞こえるかもですが、それでも正直に白状すれば、「音楽評論家」なんて古めかしい肩書を掲げて、56歳になっても、ここでこんなことを書いているのは、あの日、あの時、西早稲田駅近くで、はっぴいえんどに出逢ったせいなのです。

現・西早稲田駅近く、馬場口交差点近くの中古レコード屋で、はっぴいえんどに出逢ったこと――これが私の、最大最強の「音楽体験」なのでした。

 

そして、球春よ来い!

 

そんなことを思い出しながら、西武球場前駅への直通電車で向かった試合は、この年のクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージの第3戦でした。

 

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【'13観戦記#36:10/14】埼玉西武1-4千葉ロッテ(西武D)勝:唐川 負:牧田 S:益田 遅れてきた今季ベストゲーム。これを書くのも遅れている。2013年は「あまちゃん」と鈴木大地の年。 MVP:M鈴木大地。「幹部候補生」にふさわしい。 今季M戦通算18勝10敗

 

実は正直申し上げて、あまり負ける気がしなかったのです。なぜなら、上に貼ったツイッターのリンクを、もう一度よくよくご覧ください。左下に「勝」のような文字が!

 

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あと、その3年前、同じく西武ドームにおけるCSで、こんな2試合を立て続けに観たのですから。

 

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「あの頃のマリーンズは、ここ一番というところで勢いがあったなぁ」(昨シーズンなんかと違って)と思い出します。そして、2005年や2010年の日本一を思い出しながら、もう一度「春よ来い」と願ってしまうのです。

さて、それから10年経って、2023年シーズンがやってきます。今年のパ・リーグ、下馬評では異次元の大補強をしたホークスの優勝は確実と言われます。

すべてを手にしたように見えるホークス。でも、30数年前、今の西早稲田駅の近くで「ゆでめん」と出逢い、大滝詠一の歌うこの言葉に遭遇してしまったマリーンズファンとしては、そう簡単にあきらめることなど出来ません。

――でもしあわせなんて 何を持ってるかじゃない 何を欲しがるかだぜ(はっぴいえんど『はっぴいえんど』70年)


さぁ、球春到来。あけましておめでとうございます。すべての野球ファンに――春よ来い!

 

<今回の紹介楽曲>

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はっぴいえんどアルバム『CITY/はっぴいえんどベスト・アルバム』より「春よ来い(その2)」

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Text:スージー鈴木