【スージー鈴木の球岩石】Vol.18:2010年のマリンスタジアムとフジファブリック「Sugar!!」


スージー鈴木が野球旅を綴る連載「球岩石」(たまがんせき)。第18回は、いよいよスージー鈴木がもっとも頻繁に通うホームグラウンド=ZOZOマリンスタジアム。2010年の「下剋上」日本一に向けた重要な試合において、ある選手が決めたヘッドスライディングと、フジファブリックの曲をつなぐ「補助線」について書きました。

 
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2010年10月1日、空を飛んだ(ように見えた)直後の今岡誠

 

マリーンズのファンになった理由

 

毎回そうですが、今回も、タイトルからしてちょっと妙なのです。マリンスタジアムとフジファブリックに何の関係があるのでしょう。

せっかく書いているので「マリーンズファンもしくはフジファブリックのファン」に広く読んでほしいのですが、この不思議なタイトルでは「マリーンズファンかつフジファブリックのファン」という数少ない方にしかピンと来ないかもしれない――。

というわけで、できれば「かつ」だけでなく「もしくは」の方も読んでみてください。

さて。何度か書いていますが、私の人生において、野球への思いが突然ぶり返したのは、90年代に入ってからのことでした。

70年代、小学生時代は東大阪に住むタイガースファンだったのですが、80年代は、音楽に傾倒してしまって、プロ野球を見なくなったのです。しかし就職してから突如、野球に目覚めた。

理由としては、80年代に首ったけだった音楽が面白くなく感じ始めたことや、イチローという若者がヒットを打ちまくり、野茂英雄がメジャーリーグで大活躍したことがあったのですが。

せっかくだから、どこかの球団のファンになろうと思いました。小学生時代のタイガースのように、あるチームを軸に野球を見ていくと、楽しいのではないかと。

そこで、千葉に来てまだ4年目、まだまだ何の色が付いていなかった「無色透明な新球団」のマリーンズを選んだのです。海っぺりのマリンスタジアムもコンクリート打ちっぱなしという感じ。今や名物の応援団もそれほど認識されていなかったと思います。

そして今まで、何となくファンで居続ける。だから、他の球場に比べて、足を運んだ回数も突出しています。ここ最近は、千葉のラジオ局のレギュラー仕事が入ったので、なおさらで。

 

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1993年のマリンスタジアムを闊歩する初代キャラクター

 

応援とは「喜怒哀楽の爆発」である

 

ある程度音楽に詳しい者として、また、のちのち「音楽評論家」を名乗る者として、マリーンズ応援団による応援歌は、音楽的に興味深いものがありました。メロディも不思議だし、リズム感も独特。

まず、メロディとしては昭和の応援歌感=「軍歌」「応援歌」感の弱い現代的なメロディ、つまり、分かりやすくいうとJポップっぽいものが多い。

あと、トランペットではなく生声中心。打楽器よりも手拍子中心。さらには、歌っているのがオッサンではなく若者が中心。つまりは、旧来の昭和の応援団(それもちょっと怖そうな)による旧来の応援歌のアンチになっていた。

ちなみに私自身は球場で応援歌を、決して歌ったりはしないのですが、内野席から遠巻きに聴く分にはとても楽しく感じます。

「応援歌否定論」が根強くあります。「うるさい」「観戦のじゃまになる」、決定打は「メジャーリーグには、あんな集団的な応援団・応援歌などないぞ」――確かに、その通り。

私でも、特にドーム球場で応援歌の響きがワンワン充満して、会話すら出来ないときにそう思いますし、あと、ビジョンに応援歌の歌詞が投影されたりするのは、正直やり過ぎだとも思います。

ただ、基本的なところで、応援団が応援歌を熱心に歌っているさまは嫌いではありません。なぜなら――。ここで、日刊スポーツ(2019年2月22日)に寄せられていた村井満(当時、Jリーグチェアマン)の言葉を紹介します。サッカーの魅力を「喜怒哀楽の爆発」だとした上で、
 

――現代社会で感情を爆発させる瞬間は希少です。居酒屋で大騒ぎすると「静かにしてください」と注意されることもあるそうです。近未来、人間の生活のあらゆる分野で、人工知能(AI)やロボットが人にとって代わる時代が来るでしょう。しかし喜怒哀楽といった感情の発露は、人間が本来最後まで持っていられる大事なものだと思うのです。

 

――ビジネスマンの商談欲しさの作り笑顔なんか汚いものです。本当にきれいなのは、人間が心の底から泣いたり笑ったりする姿。スタジアムには、それがあるんです。


何かと窮屈な日本社会です。会社員として30年間勤めた私は「ビジネスマンの商談欲しさの作り笑顔」を熟知しているつもりてす。そんな社会の中で、子どもはもちろん、大の大人が我を忘れて熱狂しているさまを見るのは、とても楽しい!

ちょっと大げさにいえば私は、野球観戦を「人間復帰」の装置だと思っています。だから応援団も応援歌も基本肯定するし、ヤジにもかなり寛容なのです。古い感覚かもしれませんが。

 

2010年10月1日の今岡誠

 

何度も足を運んでいるマリンスタジアムで、私が観たいちばん印象的な試合を聞かれれば、2010年10月1日だと答えます。対バファローズ戦。2010年シーズンのラストゲーム。

この最終戦でマリーンズは3位が決定し、クライマックスシリーズ(CS)への出場権を得て「下剋上」日本一への足がかりをつかみます。

印象的なのは4回裏、今岡誠(現:真訪)のヘッドスライディングでした。翌日(2010年10月2日)の日刊スポーツより。
 

――今岡が気迫のプレーでチームを鼓舞した。4回、中前打で出塁し二進すると、大松の中前適時打でヘッドスライディングの生還。「普通にいったらアウトだと思ったんでね。監督がスタメンで使ってくれたんで、それに応えたかった。ぼくにとってそれは試合に勝つということ」と喜んだ。

 

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2010年10月1日、着陸した(ように見えた)直後の今岡誠

 

この日はなぜか、バックネット裏のいい席で観ていました。なので、気迫のヘッドスライディングを、かなり近いところで観たのですが、その迫力たるや。今岡誠がまさに空を飛んだような感じがしたのです。そしてマリーンズは日本一へと飛んでいったのでした。

その日、私は今岡誠が空を飛ぶのを3回観ました。1回目は生観戦、2回目と3回目は帰宅して、CSの『J SPORTS』で放送された試合中継の録画で。

シーズン最終戦ということもあり、中継映像の最後で、マリーンズの2010年シーズン・ハイライト映像が流れたのです。この年、大活躍だった西岡剛を皮切りに、成瀬善久、井口資仁、里崎智也、今江敏晃……のプレーシーンを編集した映像。もちろん全員現役。

そのハイライト映像の最後が、今岡誠のヘッドスライディングだったのでした。これが3回目。バックに流れるのは、フジファブリック「Sugar!!」という快調な曲。

――♪全力で走れ 全力で走れ 滑走路用意出来てるぜ

――♪上空で光れ 上空で光れ 遠くまで

映像で観た今岡誠のヘッドスライディングは、いたって普通で、空を飛ぶどころか、正直ちょっとどんくさい感じもしたのですが(笑)、それでも生で観たときの今岡誠は本当に空を飛んでいたのです。滑走路を駆け抜けて、遠い遠い上空へ!

 

フジファブリック「Sugar!!」と志村正彦

 

この「Sugar!!」という曲は2009年4月8日リリース。J SPORTSの野球中継「J SPORTS STADIUM2010」テーマソングとなっていたので、ハイライト映像のバックでも使われたのでしょう。

しかし2010年、この曲は実は、特別な響きをもっていました。作詞・作曲・編曲、そしてリードボーカルの志村正彦が、前年の12月24日=クリスマスイブに急逝していたのです。享年なんと29。亡くなる2週間前、志村正彦がブログに遺した言葉は、あまりにも逆説的なものでした。
 

――インフルエンザが流行っているみたいですが、僕らは大丈夫です。ここまで健康だとなんか…年末にこう…風邪が来そうで怖いのです。まあ、ひいている暇など微塵も無いのですが。でも、かかってしまう時はかかりますよね。分かります。どんだけ、予防接種しても、マスクしても、栄養つけても、かかる人はかかります。そりゃあ仕方ないですわ。なったら治すだけですね。


と考えると、歌詞も別の意味をもって響いてきます。

――♪全力で走れ 全力で走れ 36度5分の体温

――♪上空で光る 上空で光る 星めがけ

「36度5分の体温」がみなぎる生命が、全力疾走で人生を駆け抜けて上空の星になる――。

ここで思い出すのが先の「喜怒哀楽の爆発」という言葉です。今岡誠のヘッドスライディングで「喜」を爆発させ、急逝した志村正彦のボーカルで「哀」を爆発させる。

なーんだ。ベースボールもロックンロールも「喜怒哀楽の爆発」じゃないか。

 

優勝に向けてマリーンズに足りないものは

 

いつのまにか、あれから14年が経ちました。14歳、年を取って思うのは、死ぬまでにもう1度、マリーンズの優勝や日本一を観られるのかということです。

2020年、2021年、2023年と2位なので、結果としては決して悪くない。それでもあと一歩、何かが足りないと思うのです。根本的で本質的な何かが。

データから冷静に指摘すれば、それは「長打力」なのですが、人生の何パーセントかをベースボールとロックンロールに捧げた身から言わせてもらえば――マリーンズの選手自身の「喜怒哀楽の爆発」が足りない。

もっと笑って怒って泣いて、そしてもう一度笑って!

いいアイデアがあります。マリンスタジアムであの曲をかければいい。その曲とはもちろん。フジファブリック「Sugar!!」。

――♪全力で走れ 全力で走れ 滑走路用意出来てるぜ

――♪上空で光れ 上空で光れ 遠くまで

そして優勝へ、日本一へと、飛べ。

 

<今回の紹介楽曲>

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フジファブリック「Sugar!!」

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Text:スージー鈴木