ミュージシャン、音楽通に愛される ボウリング場 「笹塚ボウル」の秘密


新宿から高井戸方面を目指す甲州街道沿い笹塚周辺、気にかけていれば首都高を走行中にもボウリングのピンの看板が目に入って来る。
外観は昭和の佇まいを残す古い雑居ビルなので「今、日本で最もクールなボウリング場」と言われてもピンと来ない人が殆どだろう……。もしくは、リリー・フランキー氏の自伝的小説『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』にも登場する場所! ということで思い出す人も居るのではないだろうか。
そんな『笹塚ボウル』が、ここ数年音楽シーン界隈で人気と注目を集めている。いや、ここ数年というような一過性のモノではなく、10年前のリニューアルオープン以来その勢いは増し、新境地を開拓。さらに進化し続け『ミュージシャン達に愛されるボウリング場』となっているのである。

この「ササボ」ムーブメントを作り出した仕掛け人である、財津宜史氏に「ボウリング場と音楽」の関係性と、そのコンセプトを訊いてみた。

コンセプトは、「レストランの中にあるボウリング場」。「ブームではなくカルチャーを作る」ことが目的!

コンセプトは、「レストランの中にあるボウリング場」。「ブームではなくカルチャーを作る」ことが目的!(1)

株式会社京王興産 専務取締役 財津宜史


─これまでのボウリング場の概念を覆すお洒落なスペースとなっていますが、10年前どのようなきっかけでリニューアルOPENをされたのでしょうか?

財津:
単純に建物の老朽化です。オープンから40年近く経つとレーンが使えなくなります。それに伴い内装、点数計算するコンピューターなど全てを新しくする必要がありました。
 

コンセプトは、「レストランの中にあるボウリング場」。「ブームではなくカルチャーを作る」ことが目的!(2)

 

コンセプトは、「レストランの中にあるボウリング場」。「ブームではなくカルチャーを作る」ことが目的!(3)

改装前の笹塚ボウルのレーンと貸し出しカウンター


─となると、多くのボウリング場もその問題に直面しているのですか?

財津:
そう思います。最近ボウリング場の閉鎖が話題になることが多いのですが、 1970年代のピークには全国に4000センターありました。その当時からあるボウリング場はもうまもなく50年を迎えようとしています。リニューアルしても売上が見込めないから閉店するボウリング場が殆どで、結果ボウリング人口は右肩下りとなり、過去最低の記録を毎年更新しているのが現状です。
 

1970年代の笹塚ボウル。周辺の家屋に時代を感じる(1)

1970年代の笹塚ボウル。周辺の家屋に時代を感じる(2)

1970年代の笹塚ボウル。周辺の家屋に時代を感じる


─TVドラマやCMでも、ここ最近はボウリング場でのシーンが起用されているので、人気が回復していると思っていたのですが、そういうわけでもないのですね……。

財津:もうシーン全体としては一生回復しないと思っています。理由は、今後ボウリング場が増える可能性がとても低いからです。
現状のボウリング場をリニューアルしたとしても、ボウリング場だけで設備投資を回収できるか? というと、全く現実的でない状況です。そうした理由があり年々数が減って来ているのが、業界が縮小し続けている根本的な問題なんです。
私達も老朽化に伴って10年前にリニューアルに踏み切ったんですけれども、同時にやはり「ボウリング場だけでビジネス的に成功させるのは難しい」という議題は残されたままでした。いかにボウリング以外の所でお客さん達に楽しんでもらい、お金を使ってもらえるか? を考えた時に「レストランの中にあるボウリング場」というコンセプトで、飲食業に重きを置いたリニューアルをしました。
笹塚で仕事をされてたり、住んでいたりする人達が、飲食目的で集ってもらえる。数回食事に来てもらえる中で「たまにはボウリングでもして帰ろうか」という程度で考えていました。

─食事は毎日必要ですが、ボウリングは毎日しなくても生きていけますから、必然的な選択ではありますよね。

財津:ボウリングをしに来た人が「ついでにご飯も食べて帰るか……」というようなケースではなく、全く逆の「ボウリングはしないけど、ササボに食事に行こう」と思ってもらえる事を目標に始めては見たのですが、まだそのクオリティには達しておらず、今よりも更に美味しい食事と空間を提供できるような店内スペースのリニューアルを来年に計画しています。

─個人的には、ササボのフードは今の時点でも充分美味しいと思いますが。

財津:「ボウリングをしに来たお客さんが食べる食事」ということで言えば、確かに他のどのボウリング場にも負けていないと思いますけれど、レストランとしてきちんと評価、認知してもらえる所を目指そうとしています。
あとは、音楽イベントや結婚式の二次会や、披露宴等にも皆さん利用してくれているのですが、設備的にもまだまだ追いつけていない部分をより強化したいのです。
 

吉田類と仲間達

9月3日に10回目を迎えた東北&熊本震災復興支援イベント「吉田類と仲間達」 いとうせいこう、有田芳生、小宮山雄飛(ホフディラン)、ポカスカジャン、田中知之(FPM)、MOBY(SCOOBIE DO)、須永辰緒、敷島親方、渡邊祐(Do The Monkey)他、有名雑誌編集長など、音楽業界にとどまらない吉田類氏の幅広い酒好き豪華人脈が一同に集い、入場料などの収益を全額寄付している。(撮影:相築正人)

 

─10年前のリニューアル時に、音楽イベントユースは想定されていたのですか?

財津:個人的には全くやるつもりはなかったんですよね。当時はあまりクラブシーンの評判が必ずしも良い時代ではなかったし、ボウリングってあくまでもスポーツの一環の枠にあるわけで。業界からは「ボウリング場でお酒を出すなんて何事だ!」というような批判すらありました。

─そこから何故PVの撮影にまで使われるようになる程、音楽シーンと密接になっていったのですか?

財津:
リニューアルの際のお披露目パーティーの案を友人に相談したところ「DJでも呼べば?」みたいなアイデアが出たんですね。所謂お酒のブランドや、ファッションブランドがよくやっているイメージのヤツです。
普段とは違った空間でのクラブイベント感が好評で、そこから次々に「僕らにもここでイベントをさせてもらえないか?」という依頼が来るようになりました。

─よくCLUBイベントやLIVEイベントが開催されている印象があります。

財津:ここ数年は以前ほどは開催していないですね。
基本的に自分が「良いな!」とか「カッコイイ!」と感じられたもの以外は全て断っています。そこで箱貸しで利益を出すつもりもないので、幾らお金を積まれても私達のコンセプトに合わないイベントは断っている、という状況です。

─そのコンセプトとは?

財津:あくまでも僕個人の感覚で「イケてるかイケてないか!?」でしかないのですが……。
自分が楽しいと思えるもの以外は無理してやりたくないんです。
そんな中、最近の20代の子達のやっている事が結構面白いし格好良いんです。
うちでPVの撮影もしたD.A.N.の櫻木くんが主催したイベント等は凄く魅力を感じます。
 


─そうした、ボウリング目的以外の施設利用、お洒落な雰囲気を参考にするために日本全国のボウリング場オーナーが視察に来られているようですが、財津さん自身がリニューアル時に参考にした施設はあったのですか?

財津:当時は全く、何も参考にしていませんでした。
うちのリニューアルが終わった後に、海外の色んなボウリング場を観て回る機会があったんですが「笹塚ボウル」を超える、参考に出来るような所には出会いませんでした。ただ一箇所だけ「ここには負けた!」と思わされたのが、ニューヨークの「ブルックリン・ボウル」でした。

これまで観てきたどのボウリング場よりも圧倒的で、本当にびっくりしました。
出している食事も美味しいし、LIVEイベントに出演しているアーティストもNOFXとかジュラシック5などボウリング場とは思えないような大御所ばかりだし……。

─来年、更にリニューアル予定とのことですが、そこには「ブルックリン・ボウル」で観てきたものを取り入れるおつもりですか?

財津:ボウリング場の改装というと、どのボウリング場もイメージが「ブルックリン・ボウル」に似た内装なので、そこは全く違う方向にしたいと思います。ハードに関して、音響や照明もそうですが、BARカウンターひとつとっても、もっと改善できる部分が多々見えてきたので、より良い空間作りを目指しています。
あと、もうひとつは私達の中で今後10年、20年先を見据えたコンセプトが明確にあって、それを実現していくためのリニューアルでもあるんです。
 

 

更なる進化の先にある、「リアルなコミュニケーション」


─そのコンセプトとは?

財津:テクノロジーの進化によって今後益々人々のコミュニケーションが容易になっていく事で、実際に人と人が直接会う機会が更に減っていくように感じています。打ち合わせや会議ひとつとっても、パソコン上でWebカメラを用いてのミーティングが可能な時代です。「バーチャル・コミュニケーション」の発達は便利になってゆく一方で、人々がリアルに会う機会を奪っている。

─娯楽においてもネットでの対戦型になっていたり……、よりパーソナルで内向的になりつつも、SNSなど結局どこかで他者との繋がりは求めているような状況はありますね。

財津:そうした家から出なくても何でも出来てしまうような便利な時代に向かって行くからこそ「リアルコミュニケーションの場」というのは貴重であり、重要な場所になってゆくと思うんです。
なので「笹塚ボウル」は、そうした人と人とのリアルなコミュニケーションが出来る場所というイメージをコンセプトに今後のリニューアルを考え始めています。

─なるほど。

財津:「笹塚ボウル」に来る人達は別にボウリングがしたくて来ているわけではなく、音楽が聴きたいから来ているわけでもなく、目的の根源は「コミュニケーションがしたいから来ている」という事なんじゃないか!? と、最近になって気がついたんです。ボウリングというのはあくまでもコミュニケーションのきっかけであって「ココに来れば仲間に会えるから」というのが、特にお年寄りの人達を見ていて感じる事です。

では、そういうコミュニケーション空間を演出するにはどうするのがベストなのか? を考えた時に、食事やお酒が美味しいほうが話が弾むよね。音楽も空間演出には重要だけれども、ボリュームが大きすぎると話辛いよね、とか。
その為にはいい音楽を心地よい音で出したい故に、サウンドシステムにもこだわるし、それをきちんとコントロール出来るPAも必要だよね……。と、どんどんやらなければいけないことが増えて行ってしまうんですよね。

─確かに、ボウリングって丁度いいスタンスの存在ですよね。スポーツと言っても、老若男女それほど技術がなくても楽しめる。他の競技と違い、人数の決まりもないので2人でも20人でも楽しめる。かと言って、ゲーム中ずっと集中する必要もないので、会話もできれば飲食しながらも楽しめる。親睦というか、コミュニケーションを仲介するきっかけとして最強な気がしてきました。

財津:最近は様々な所でDJ BARのようなものが流行っているようなのですが、音量も踊る為の大音量というわけでもないし、むしろそこに集ってソーシャルする目的のほうが強いように思えるんです。その程よく集える空間とお洒落な感覚が無意識に人々に受け入れられていて流行っているのかなと。
でも、殆どのボウリング場のオーナーは、人々にとって重要な「コミュニケーションの場としてのボウリング場」という事に気が付いていないんですよ。
「将来プロボウラーになる!」みたいな事を志してスポーツ競技としてボウリング場に来るようなマーケットって殆どない。かと言って、コンセプトもセンスも無いまま、流行を追うだけの店づくりをしてしまうと若者の溜まり場になってしまって、お年寄りや他の層が近寄り難い場所になってしまう。
 

更なる進化の先にある、「リアルなコミュニケーション」(1)

 

─ボウリング場というものに囚われ過ぎていると……。

財津:
笹塚ボウルは、企業のコンペなどで貸切になる際も、他のボウリング場とはルールも変えています。大体どこのレーンも、個人戦で誰が優勝するかを競わせるんですが、うちの場合は「団体戦」を提案してチームで優勝を目指してもらうんです。そのほうが断然盛り上がりますし、コミュニケーションという部分でも大いに役割を果たしている。
食事のさせ方、お酒の飲ませ方も含め、ボウリングの楽しませ方を根本的に見直すことが重要だと感じているんです。

─そうしたコミュニケーションの場を意識した空間演出へのこだわりは、BGMの選曲にも表れていますよね。普段ダンスミュージックやアンビエント、エレクトロニカというようなジャンルに触れたことが無いような人達から「J-POPかけてくれ!」みたいなクレームは無いんですか?

財津:もちろんそういう意見をいただく事もありますし、お客様には申し訳ないんですけれど、お断りしています。私にとっては笹塚ボウルという空間を演出する為に必要なツールを意味があって選曲しているので……。
本人は良かれと思ってしていることなんですが、勝手にJ-POPに変えてしまった従業員も居て、困ったことがありました(苦笑)。

─BGMへのこだわりや選曲は、単に有線やCDをタレ流しているよりもかなり手間のかかる行為だと思います。そのあたりはどうしているのですか?

財津:最初は僕が自分で選曲した物をiPodに入れて、従業員にかけさせていましたが、やはり自分はDJではないので早々にネタが尽きてきて断念する事になります。僕も音楽は好きですが、DJの方々に比べたら聴いている音楽の数が圧倒的に違うし、曲を掘る時間を割けなくなってきてしまったので、その辺はやはりプロに任せてしまうのが一番良いだろう。という結論になり、元従業員で幼馴染の子が音楽大好きで非常にセンスも良いので、最近は彼女に選曲を任せています。

─時間帯によって、客層や雰囲気も全然違いますもんね。元従業員のセレクトならどの時間帯にどういう物をプレイすれば良いかを完全に把握しているでしょうし、適任ですね。

財津:基本的にうちの会社の考え方としては、得意な人にお願いするのが一番良いし、そうしたほうが良い結果につながると思っているのですけどね……。
ただ実際、ここまで凝った選曲をしていることに対して、お客さんの殆どは全く気にも留めて居ないと思うんですよ。「なんかお洒落でいいな!」というレベルで理解を示してくれる人も、全体の10%も居ないんじゃないかと思うんです。
でも僕はそれで全然良いと思っているし、万人に受けるようなモノを提供するのではなく、1%でも良いので、笹塚ボウルの発信していることのセンスに気が付いてくれる感度の高い人の目に留まってもらえれば、自分達のしている事に意味があると感じています。

音楽に限らず、そういう感度が高い人って、ちょっとお店に入った時に、どこか一箇所でもダサイ部分があると、その店全体の評価が一気にダダ下がりしちゃうんですよね。どんなに美味しい食事を提供する店でも、そこでかかっているBGMにセンスが無かったら店の雰囲気が台無しになってしまう……。
店内に貼ってあるポスター1枚でも、ちゃんとデザインされている物じゃないと心地よい空間にはならないと思っています。で、そういう事がきちんと理解出来ている1%の顧客層の共感を得られる基準を目指した店つくりが出来るかどうかが重要であって、それ以外の大多数のマーケットのセンスは気にしていません。
 

クラムボンがモデルになった小池アミイゴ氏の作品

クラムボンがモデルになった小池アミイゴ氏の作品。大きくて自宅に置けないとのことでとりあえず預かっている状態だとか。

 

─捉え方を間違えると、その発言は選民的で乱暴に聞こえるかもしれませんが、そういうコンセプトを持った店舗作りを目指しているからこそ高感度なアーティスト、それを統括するプロデューサー陣が集まる、と。PVの撮影やササボでのLIVEイベント等のオファーは、先方から来るんですよね?

財津:基本的にはそうです。でもやはりその辺は僕が「良い」「面白い」と思った内容のもの以外は断っています。僕自身あまり撮影に立ち会う事がなくなってしまったので……もう、数え切れないほど使用されていて覚えてないんですけどね……。

─そんな数あるPVの中で、一番印象に残っている作品は?

財津:水曜日のカンパネラのPVはスタッフの人たち含め、センスも良くてクリエイティブな集団という印象が物凄いインパクトとして残っているので覚えています。あとは、先ほども紹介したD.A.N.ですかね……。
 


─撮影許可を選別しているとはいえ、結構な数が世に出てますよね。

財津:なので本当にその辺が難しいんですよね。こちらが本当に使って欲しいと思っているアーティストのPV撮影も「でも、最近笹塚ボウルさん他のPVで使われちゃってるしなあ……」みたいな理由で話がなくなってしまったり……
その辺の露出のさじ加減は本当に悩みます。

 

憧れからスタートした「フジロック」×「ササボ」


─老舗ボウリング場がリニューアルのコンセプトとして「美味しい食事とお酒を楽しめる空間」を目指し、そこに感度の高い人が集まってくる中で「音楽との接点」が生まれ、点と点が線で結ばれた結果「笹塚ボウルのフジロック出店」という方向に向かうのでしょうか?

財津:そういうわけではないんですよね。フジロックは昔からお客さんとして毎年楽しませてもらっている中、ホスピタリティと完成度の高さに憧れて「この空間は特別な存在だな! いつかフジロックで働いてみたいな!」と思い始めたんです。

─とは言え「笹塚ボウルの専務」という社会的立場上、会社をほったらかして「今日からフジロックで働きます!」というわけにもいかないですよね。

財津:最初はこちらからボウリング場を提案したわけではないんですよ。
ともかく初めは何かきっかけが欲しくてプレゼンに行った際、話の流れで「実は僕、ボウリング場を経営してて……」という会話から「そしたらフジロックにボウリング場って出せないの?」「あ、出せますよ!」みたいにあっという間に話が進んでいって今に至るんです。
 

2015年度のフジボウルは、「関東ボウリング場協会」として出店。

2015年度のフジボウルは、「関東ボウリング場協会」として出店。

 

─ボウリング場をフジロック会場内に設置したのは2012年と2015年の2回程で、ここ数年は飲食の出店だけですよね?

財津:フジロック側がどう考えているかはわかりませんが、僕自身は「フジロックにはボウリング場が必要だ!」と勝手に思っていて、それは何故かというと、年々年齢層があがって行く中で、どんどん子供連れの家族での参加が増えて来ているじゃないですか?

そこに対応するように、会場施設もキッズエリアなどが充実してはいるんですけれど、そういう場所って「子供は楽しめるけど大人は楽しめない」空間になってしまってるんですよ。もちろんそういう施設は絶対必要なんだけど、「大人も子供も一緒に楽しめる空間」と考えた時に、ボウリングならそれが可能なんです。なので、今後も飲食だけでなく、ボウリング場を持ち込みたいんですけれど、予算云々以前に設置場所が無いように思えます。

─「ブルックリン・ボウル」は、ボウリングレーンの横がLIVEステージになっているので、ああいうスタイルをフジロックで設営出来れば不可能ではなさそうですが……スキー場の山岳地となると、水平を取って設置するのが難しいですもんね。ところで、フジロックに出店するようになり、最初の4年は「ササボバーガー」として「笹塚ボウル」で出している名物ハンバーガーを出していたのを2年前から「ガパオ屋」に変えたのには理由があるんですか?
 

ササボバーガー

 

財津:店舗内での飲食経験こそありますが、屋台形式の出店なんてこれまでした事なかったんです。そんな素人同然の人間が、いきなりフジロックのフードエリアへの出店をしてしまった事で、無茶苦茶大変だったんですよ。
ノウハウがある程度あるケータリングのプロに言わせても「出店環境が一番過酷な場所」と言われている場所だった……もう地獄でしたね。

─それは、集客人数的にさばく人数が多いから大変だった? という事だけではなさそうですね。

財津:ケータリング業は完全に素人な訳です。「どうやって食材運べばいいの!?」という根本的なところから解っていない、ゼロからのスタートでした。1日にどれだけの数が売れるのかの見当もつかないので用意する食材の量もわからず、初年度の参加時は用意した食材が全く足りなくて、開催期間中出店しながらずっと食材調達に翻弄し、2年目は逆に食材が余りすぎてしまって…(苦笑)。

─特にフジロックは人数もそれなりに来る上に、天候によって客足が大きく左右されるので、プロのケータリング業者でも結構大変な現場ですよね。

財津:そうなんですよね。そんな中でも、プロの人たちは、フジロックで余ってしまった食材を、翌週の別のフェスで捌けば良いわけです。食材のロスがないように上手くやりくりができると思うんですけれど、2,000食分余った食材を、帰ってから笹塚ボウルだけで捌くって、1年かけて売っても残ってしまう量なんです。もう取り返しのつかない事しちゃったなあ…って(笑)。
 

憧れからスタートした「フジロック」×「ササボ」

 

─SNSなどでも数あるフードの中で「ササボバーガーが美味しい!」と評判だったのに、出店を終了したのにはそうした理由があったんですか……。

財津:そうですね。フジロックのフード出店のルールに「会場に入れる車は2tまで」というのがあるんですけど、体積の問題でハンバーガー用のパンだけで、2t車の積載量に達しちゃうんです。とにかく効率が悪い……。
それにハンバーガーって、肉の焼き加減など含め安定して同じクオリティの商品を提供するのが難しいんです。ただ、どうしても美味しいものを提供したいという思いがあるので、本当は「ササボバーガー」を出店したい気持ちはあるんですが、ちょっとフジロックの規模でそれを続けるのは難しいと痛感して、昨年から「ガパオ屋」に切り替えました。

─ガパオだと、諸々の問題はクリア出来たんですか?

財津:ハンバーガーに比べると、食材管理もオペレーションも全然楽ですし、安定して同じクオリティの美味しいものを提供出来ていますね。

─もはや「ボウリング場」という枠を超越した動き方ですね。

財津:ボウリング場に限らず、僕はとにかく楽しめる事を提供したいという思いが強いんですよね。あとは、こういう事をする際「この企画をやるのかやらないのか?」という会社的に判断する基準として「これはカルチャー(文化)を作り出す事に貢献出来るのか?」というのをポイントに考えています。

会社が掲げるビジョンとして「ブームではなくカルチャーを作る」というのがあるんですけれど、一時のブームに乗っかって数年お金儲けのためだけの事をするよりも、5年後10年後を見据えたブランディングや文化貢献に役立つのか? という事を考えて新しい事にチャレンジしているというのはあります。この10年で、最初に掲げた「食とボウリング」という事で言えば、目標は達成できたと感じていますし、一過性のブームではなく、カルチャーとして定着させられたのではないかと実感しています。

─そんな中、食、音楽にとどまらず、最近ではファッションにも力を入れているように感じますが。

財津:そこもやはりブームではなくカルチャーを作るという考えになった時に、色々と自分なりに考えた中で、一つの事だけではカルチャーになり得る事は難しいと感じたんです。ボウリングとフードだけではカルチャーになり得ないので、音楽とコラボレーションしたり……そういう中で、新しい文化を形成する上で、やはりファッションって重要なんだと思うんです。
先ほども話したように、心地よい環境を提案しようとした時に、従業員のユニフォームがダサかったらやっぱり台無しで、そういうところからも何か新しいものを発信しつつ、シーンを巻き込んで行きたかったんですよね。
それで昨年から、そうしたシーンに強いスタッフを採用して、彼にそのあたりのクリエイティブディレクションを任せるようになってきました。

─衣食住の三大ポイントを押さえにかかった!? と。

財津:今回はファッションシーンでは今結構注目を集めている「Name.」(http://name.i-a-m.jp)というブランドに制服を依頼したんですが、その制服が好評で、ある日本の老舗セレクトショップさんから「笹塚ボウルの制服を店舗で販売したい」というお話も頂いています。
 

Name.

 

─最近ではオリジナルグッズの販売も始めていますよね。あえて解りにくくしている、知っている人には解る感が良いなぁ…と思っているのですが。

財津:わかりにくくしているつもりはないんですけどね。自分自身が「笹塚ボウル」って胸に入ってるTシャツとか絶対に着たくないし、そんなものをお客さんが買うとも思えない(笑)。なので、頭文字を取ってSZBLというロゴのグッズを展開し始めたんですが、最初はスタッフから「こんなの誰が買うんですか!?」とも言われましたが、クリエイティブディレクターの提案する売り方も後押ししてか、おかげさまで好評です。

─グッズに限らず、とにかく店にある細かいものにも手を抜いてない感がありますよね。ペーパーナプキンや、コースターひとつとっても、きちんとデザインされている。チェーン展開しているような店舗ではなく、個人経営の店舗でここまでのこだわりを徹底しているって凄い事だと思います。普通ならそこデザイナー入れてコストかけても売り上げに直結しない案件として、社内の会議で却下されるようなモノばかりですよね。

財津:おっしゃる通り、スケールメリットが無いですからね……。社長含め、スタッフ達も、デザインの事などを理解してくれている人は殆ど居ないので、「こんなところに、金をかけるとはどういうつもりだ!」という意見ばかりの中でやっているので、結構大変なんですよね。
オリジナル商品を一からデザイナーを入れて作らせているので、費用もかかるので徐々にしか進められないのですが、これまで60%ぐらいのところには手をかけられていたのが、ようやく最近80%まで完成されたかなあ……という印象です。とは言え、まだまだ完璧ではないと思っています。
その場ですぐに費用対効果として現れない無いモノに対して、僕を信用して無謀なチャレンジを許可してくれている社長には今更ながらですが物凄く感謝しています。
 

憧れからスタートした「フジロック」×「ササボ」(2)

 

─今は家族で来ているような小学生が、「笹塚ボウル」で何気なく目にしたデザインや耳にした音楽がきっかけで、センスが養われ、磨かれてゆくということって充分あり得るんじゃないですか? 細かい積み重ねが文化を養いますよね。

財津:良い音楽だったり、照明だったり、食事だったり… なんとなく良いなあ…と感じていても、それの何がどうして良いのか!? という所までは詳しくはわからないとしても、なんとなく居心地が良いと感じる事は出来ていると思うんです。そういう感覚をお客さんに覚えて帰ってもらうことは重要視していますね。
次のリニューアルでどこまで実現できるか解りませんが、理想を言えばDJ・照明・PAの3名は営業中常時配備したい人材なんですよね。色々な所を見てきた結果、その3人が空間演出を任されている店のクオリティは凄く居心地が良いんです。
集客人数、昼間なのか夜なのか、親睦会で盛り上がっているのか、デート層の多い時間帯なのか、家族連れが多いのか? その場、その時の客層や時間帯を見て調整する。それがベストな状態なんですよね。
 

憧れからスタートした「フジロック」×「ササボ」(3)

 

笹塚ボウル オフィシャルHP
sasazukabowl.com/


Text, Photo & Edit:KOTARO MANABE