実験音楽と芸術が融合する最高峰Berlin Atonal

実験音楽と芸術が融合する最高峰Berlin Atonal

©Camille Blake

ハインリヒ=ハイネ通り駅から地上に出た瞬間ガラリと空気が変わる。壁面いっぱいに貼られた数え切れないほどのポスターは剥がれ落ちて風に舞い、グレーに覆われた薄暗い道には週末のパーティーの余韻が漂う。名門Tresor(トレゾア)がやってきた2006年からこの地は新たなテクノシーンを構築する場となった。役目を終えたまま長い間閉ざされていた発電所の跡地は”Kraftwerk Berlin(クラフトワーク・ベルリン 以下、Kraftwerk)”として、ベルリンカルチャーを発信する場所に生まれ変わった。今回はそのKraftwerkをメイン会場に8月に開催された実験音楽の祭典『Berlin Atonal(ベルリン・アトナル)』の現地レポートをお届けしたい。
 

日本人アーティストの活躍が目覚ましかった今年の<Atonal>

<Berlin Atonal>(以下、Atonal)は実験的音楽と映像の祭典として1982年にスタートした。ベルリンの壁崩壊と共に一旦幕を閉じたが、再び2013年にクラフトワークとその敷地内にあるクラブ全てを会場に復活を果たした。Tresor Globus、OHMとベルリンを代表するローカルクラブが立ち並ぶ敷地内の一番奥にあるのがKraftwerkである。60年代初頭に建てられた巨大な発電所の跡地はこれほどまでに実験音楽とアートがピッタリくる場所はないと断言出来るほどインダストリアルに満ちている。緻密に計算されたコンクリートの柱と鉄骨が幾重にも重なって出来た吹き抜けの3階建ての空間は圧倒的な迫力と存在感を放っている。
 

日本人アーティストの活躍が目覚ましかった今年の<Atonal>(1)

©Camille Blake


コンクリートと金属に反射して生まれる音が自分の身体へと入り込んでゆく感覚はここでしか味わえない特別なものであり、それに魅了された人々が世界中から押し寄せる<Atonal>が今年も開催された。8月16日(水)から8月20日(日)の5日間にも渡る同フェスへの出演アーティストは総勢100組にも上り、週のど真ん中、水曜スタートであることなど全くお構いなしのヘッドライナー級のアーティストが名を連ねている。実験開始のプロローグのようにノイズやアンビエントといったビートのないプログラムから始まり、夜が深くなるにつれてビートの激しいフロアー向けのサウンドとなってゆく。また普段はソロで活動しているアーティスト同士がユニットを組み、バンドを組み、全く別の形で、しかもワールドプレミアとしてショーを行うのも同フェスの特徴である。

初日は3年連続出演を果たし、すでに<Atonal>に欠かせない存在となっている日本人アーティストENAとベルリンを拠点とし、天才マスタリングエンジニアとしても知られているRashad Beckerによるコラボレーションは実に興味深かった。今年の2月に東京で開催された<Atonal>のサテライトイベント『New Assembly Tokyo』での共演に続き今回が二回目となったが、ステージではなくホールの真ん中スペースにて、上下段に4発ずつキューブ状に配置された8チャンネルのスピーカーを使用したライブを披露。8つのスピーカーから奏でられる音のレイヤーを正面の後方から、そしてアーティストの真横へと移動して聴いてみたが、不規則に飛び交う複雑な音たちが絶妙なタイミングで立体的に重なり合い、今まで体感したことのない不思議な音の空間に包まれた。
 

日本人アーティストの活躍が目覚ましかった今年の<Atonal>(2)

ENA and Rashad Becker © Helge Mundt


毎年違ったアプローチを見せてくれるENAだが、
「<New Assembly Tokyo>では自分の音でRashad Beckerのシンセをトリガーするのが基本的なセットアップだったので、今回は自分が音を受ける側となる真逆のセットアップで演奏をしてみました。ただ二人共似たような音を出す瞬間が多くて、どの音がどっちからの音なのかわからなくなることも多々ありましたが。。。それに、今回は会場の都合なのか例年よりサウンドチェックの時間が短く、回線チェック位しか出来なくて、しかもリハーサルも普通にステレオでやっていたので、実はぶっつけ本番的な環境ではありました。でも事前に二人で音の鳴り方だったり技術的なことも上手く共有出来ていたので、本番でもイメージしていた通りの演奏が出来たと思っています。二人共Kraftwerkでは何回もやっているので、かなり特殊な音響(残響10秒位)を理解しながら作曲出来たことも大きいと思います。」とのコメントを残している。
緻密にプログラミングされているのだと思っていただけに即興に近いことを知りとても驚いた。音を知り尽くしている二人だからこそ成せる技なのだと思った。

今年の<Atonal>で特筆すべきは、ENA以外にも多数の日本人アーティストの活躍が非常に目立ったことである。2日目のOHMには行松陽介、3日目のステージNULL(Kraftwerkの1階)にLemnaことMaiko Okimoto、OHMにKiller BongとJubeからなるThe lefty、そして、4日目の土曜日には、OHMにKiller Bongがソロで再び、さらにCompumaが出演、TresorにDJ Yaziが出演した。また、日本人アーティストではないが、東京を活動拠点とするMNML SSGS主催としても知られるChris SSGが初日のOHM、サウンドデザイナーFisとコラボレーションしたミュージシャンでプログラマーのRenick Bellが4日目のメインホールに出演している。

そこには、先に述べた”New Assembly Tokyo”の開催が大きく影響していると言える。実際に、ENA、行松陽介、Killer-Bong、Compuma、DJ Yazi、Renick Bellは”New As-sembly Tokyo”にも出演しており、東京の今のシーンをベルリンの地で体感出来る何とも貴重な機会が設けられたのだ。
「関わった人の熱意と出演したアーティストとの足し算の最良の結果だと思いました。ここからの繋がりは個々の力になっていくので、今後の展開はどうなっていくか分からないですが、個人的な感想としては良い意味の異物感がしっかり発揮されていた印象です。」と語るENA同様に、世界的認知度を誇る<Atonal>での堂々たるプレイとこのようなチャンスの場をもたらしているブッキング関係者へ敬意を表したい。レジェンドが集結するテクノの街ベルリンで実力を発揮出来る機会を得れるということは少なからずその後のアーティスト人生に影響することとなるだろう。
 

日本人アーティストの活躍が目覚ましかった今年の<Atonal>(3)

Compuma ©Michal Andrysiak


残念ながら一部のアーティストしか見ることが出来なかったが、メインステージと同様に早い時間からスタートするOHMの熱量は深夜0時を回った頃にはパンパンのフロアーとともにピークに達しており、その中心にいたのがCompumaだった。彼のユニークなスタイルはバリエーション豊富な温かみのあるグルーヴでメインホールとは全く別の空間が出来上がっていた。特にエクスペリメンタルなグルーヴを存分に浴びた後だったため、腰にズシっとくる重くて心地良いファンキーなサウンドの虜となり無我夢中で踊った。

この日の夜は、当日券を求める人でTresorの前には長蛇の列が出来ていた。前売りはすでにソールドアウト、<Atonal>の揺るぎない人気を証明することとなった。OHMの手前にはこの地で新たなカルチャーを築きあげた創始者TresorのオーナーDimitri Hegemannの姿が見えた。彼なしではベルリンのクラブシーンを語ることは出来ないだろう。

ステージの話へ戻そう。個人的にも楽しみにしていたのが、Shackletonによるアンサンブルライブだった。<Atonal>の醍醐味の一つといえるのが壁面一面に映し出される映像であるが、ステージ前方も同様にスクリーンで覆われ、反射して映る映像がまるで水の中にいるようでとても神秘的だった。ベースミュージックとテクノを自由自在に操るShackletonならではなもっと不可解で奇天烈なライブを想像していたが、打楽器奏者Raphael Meinhartの美しいマリンバとシンセによるミステリアスなエスニックサウンドにAnikaのシュールな歌声が絡み合い、気付けばステージの一番前で目を瞑りながらゆらゆらと揺れながらその世界に浸っていた。
 

日本人アーティストの活躍が目覚ましかった今年の<Atonal>(4)

Shackleton Anika Strawalde © Camille Blake


反して、いたずら心溢れるアヴァンギャルドなパフォーマンスを披露してくれたのが世界的写真家Wolfgang TillmansとUKを代表するポストインダストリアルの鬼才Powellである。ティルマンスが電子音楽好きであることは彼の作品を見れば一目瞭然であるが、スクリーンに映し出された可愛らしい子犬の写真を前に白い衣装に身を包んだ彼は激しいステップを踏みながら歌いまくったのだ。グランドフロアーのNULLではハードウェアのセッティングを終えたJames Dean BrownとHelena HauffからなるHypnobeatのライブがティルマンスたちの終演とともに始まり、激しく飛び交うレーザーライティングの中にビートに飢えたダンサーたちが引き込まれていった。
 

日本人アーティストの活躍が目覚ましかった今年の<Atonal>(5)

Powell and Wolfgang Tillmans © Camille Blake


冷夏に見舞われた今年は夏とは思えないほど涼しい5日間となった。ギラギラの太陽の下でカラフルなデコレーションとともに両手を上げてといった野外フェス定番の雰囲気とは対照的にある<Atonal>にはぴったりの気候だったと言える。実験音楽とは一言では説明出来ないほど不可解で未知なものである。正直に言えば何度聴いてもその魅力を理解出来ない部分もある。しかし、映像や写真、コンテンポラリーダンスといった芸術と当然のように共鳴し合い、どんな音楽の世界よりも深く、可能性に満ちていると感じるのだ。<Atonal>は現代における大事な文化遺産の象徴として永遠に続いて欲しい希少価値の高いフェスと言えるだろう。
 

日本人アーティストの活躍が目覚ましかった今年の<Atonal>(6)

Demdike Stare © Michal Andrysiak

 

日本人アーティストの活躍が目覚ましかった今年の<Atonal>(7)

Pépé Bradock © Helge Mundt

 

日本人アーティストの活躍が目覚ましかった今年の<Atonal>(8)

© Camille Blake