C'est bon!~クラシック名曲つまみ食い vol.3 フォーレ ~敬虔さと享楽と~


『レクイエム』をはじめとした作品の清らかな美しさ、教会オルガニストであった背景から、“敬虔なカトリック教徒”“まじめな人物”といったイメージを持たれがちですが、若い頃はたくさんの女性と恋愛関係を持つなど、じつは非常にアツい人物であったフォーレ。今回は、そんな彼の二面性を存分に味わっていただけるような作品をセレクトしました。

敬虔な側面を感じられる『レクイエム』とピアノ曲


♪『レクイエム』より「ピエ・イエス」

フォーレ(1845~1924年)という名前を聞いて、まず思い浮かぶ曲のひとつが『レクイエム』ではないでしょうか。モーツァルトやヴェルディの作品と並んで“三大レクイエム”とも称される作品です。“レクイエム(Requiem)”はラテン語で“安息を”という意味を持ち、日本語では“鎮魂歌(ちんこんか)”とも訳されます。死者の魂を癒すための作品なのですが、フォーレのものはその意味をもっとも体現したものといえるのでしょう。“レクイエム”に本来必要とされる、生前の行ないに対する審判の場面を描いた“怒りの日”という部分のテキストに作曲していないこともあり、全体に優しさと清らかさが漂う作品になっています。そのなかでもとくにこの「ピエ・イエス」は、聴く者を優しく包み込んでくれて、フォーレという人の心のあたたかさが存分に伝わってくるようです。ぜひ天から降り注ぐような美しい森麻季さんの声で味わってください。

ピエ・イエス
森 麻季


♪夜想曲第6番変ニ長調、舟歌第5番嬰へ短調、バラード嬰ヘ長調、主題と変奏

フォーレは多くのピアノ曲を作曲しましたが、教会オルガニストでもあったためか、その作品からは分厚い和音の多用や複雑に絡みあう旋律、そして充実した響きの低音など、オルガン作品の書法を思わせるものが随所から聞こえてきます。また同時に宗教曲のような荘厳さも感じさせてくれるのです。ここに挙げた4つのピアノ曲はとくにそういった要素を感じさせる魅力的な作品。あたたかく包み込むような優しさにあふれ、レクイエムにも通じるような性格をもつ「夜想曲第6番」、力強い曲想であり、迷える者を導いてくれるような安心感を与えてくれる「舟歌第5番」、そして非常にドラマティックで輝かしさに満ちた「バラード」には、フォーレのピアノの技法がふんだんに詰め込まれています。最後の「主題と変奏」は伝説的なピアニストであるアルフレッド・コルトーが「この作品の音楽的な豊かさ、表現の深さ、器楽的内容の質の高さは、あらゆる時代のピアノ音楽のうち、もっとも希有で最も高貴な記念碑のひとつであることは、まったく疑う余地がない」と言いきってしまうほどの名曲です。フランス音楽と言うと“オシャレ”“軽やか”“サロンふう”というイメージをよく持たれるのですが、これを聞いていただければその概念が一瞬にして吹き飛んでしまうでしょう。

・夜想曲第6番変ニ長調
フォーレ: 夜想曲第6番 変ニ長調 Op. 63
ジャン・マルタン(ピアノ)

・舟歌第5番嬰へ短調
フォーレ: 舟歌第5番 嬰ヘ短調 Op. 66
ピエール=アラン・ヴォロンダ(ピアノ)

・バラード嬰ヘ長調
フォーレ: バラード 嬰ヘ長調 Op. 19
ピエール=アラン・ヴォロンダ(ピアノ)

・主題と変奏
フォーレ: 主題と変奏 嬰ハ短調 Op. 73
ジャン・マルタン(ピアノ)

 

ギャップのある“二面性”


♪幻想曲

フォーレの“二面性”という意味で、この曲はかなりわかりやすくそれが表れているといえるでしょう。前半のゆったりとした部分では、哀しみを湛えた旋律が丁寧に紡ぎ出されていきます。一転して、早くなったところでは妖精が舞っているような軽やかさ。“え、さっきまでの悲しみはどこに!?”と思わず面食らってしまうようなギャップがあります。そのまま華やかに幕を閉じていくいさぎよさにはフォーレの男気(!?)を感じます。

フォーレ: 幻想曲
アラン・マリオン/パスカル・ロジェ

 

“俗っぽい”一面を窺える作品


♪組曲『ドリー』

とくに第1曲の「子守歌」などは耳にする機会も多いでしょう。フォーレの代表作のひとつです。ただ、このかわいらしいピアノ連弾曲集の作曲背景にはちょっとしたスキャンダルの匂いが……! このピアノ連弾曲集は、フォーレが妻のマリーを通じて親しくなった銀行家の娘であるエンマ・バルダック(後年のドビュッシー夫人です)の娘、エレーヌの誕生日祝いに書かれました。タイトルの“ドリー”というのはこのエレーヌの愛称であり、フォーレは彼女にこの曲集を献呈しました……と、ここまでは微笑ましいお話。しかし真偽のほどは定かではないのですが、フォーレとエンマはどうやら知人どころではない親密な関係だったらしく、エレーヌもフォーレの子なのではないかといわれているのです。でもたしかにこの曲集を聴いてみると、そのすべてが深い愛情にあふれていて、見えない腕で抱きしめられているような優しさを感じさせます。う~む、単純なプレゼントには思えない気もしますね。

フォーレ: ドリー組曲 Op. 56 - I. Berceuse
パトリック・デ・ホーグ(ピアノ)/ピエール=アラン・ヴォロンダ(ピアノ)

フォーレ: ドリー組曲 Op. 56 - II. Mi-a-ou
パトリック・デ・ホーグ(ピアノ)/ピエール=アラン・ヴォロンダ(ピアノ)

フォーレ: ドリー組曲 Op. 56 - III. Le jardin de Dolly
パトリック・デ・ホーグ(ピアノ)/ピエール=アラン・ヴォロンダ(ピアノ)

フォーレ: ドリー組曲 Op. 56 - IV. Kitty Valse
パトリック・デ・ホーグ(ピアノ)/ピエール=アラン・ヴォロンダ(ピアノ)

フォーレ: ドリー組曲 Op. 56 - V. Tendresse
パトリック・デ・ホーグ(ピアノ)/ピエール=アラン・ヴォロンダ(ピアノ)

フォーレ: ドリー組曲 Op. 56 - VI. Le pas espagnol
パトリック・デ・ホーグ(ピアノ)/ピエール=アラン・ヴォロンダ(ピアノ)


♪蝶と花、ネル、夢のあとに、牢獄、捨てられた花、月の光、イスパハンのバラ

フランスの芸術歌曲である“メロディ mélodie”を大きく発展させた存在でもあるフォーレの記念すべき“作品1”は歌曲でした。それが最初に挙げた「蝶と花」。なんと16歳の時に書かれました。今回挙げた歌曲の詩人はヴィクトル・ユゴーにポール・ヴェルレーヌなど、バラバラなのですが、フォーレの恋愛に対する視点の豊かさを感じていただけるようなものを並べています。フォーレの美しいものに対する眼差し(「イスパハンのバラ」)、愛に振り回される様(「蝶と花」「ネル」)、激しい感情(「夢のあとに」「捨てられた花」)など、さまざまなものが散りばめられており、宗教音楽を書き、教会オルガニストを務めた敬虔な人物……というイメージはどこへやら、意外にも“俗っぽい”人だということがわかってきます。ただ、ヴェルレーヌが恋人のランボーに発砲して逮捕(幸いにもケガで済んでいるのですが)されたときに書かれたというとんでもないテキストを用いた「牢獄」には、苦悩と絶望をただ爆発させるのではなく、非常にシンプルな付曲を行なっています。そこからは“祈り”のような境地すら感じられ、やはりフォーレはただ者ではない……と思ってしまうのです。こういった多様さ、ギャップというところからもフォーレの魅力を感じていただけることでしょう。

・蝶と花
Faure: 2 Songs, Op.1 - 1. Le papillon et la fleur
Dame Joan Sutherland/Richard Bonynge

・ネル
3 Songs, Op. 18: I. Nell
Barbara Hendricks

・夢のあとに
Faure: Apres un reve
Renee Fleming/Jean-Yves Thibaudet

・牢獄
2 Songs, Op. 83: I. Prison
Barbara Hendricks

・捨てられた花
4 Songs, Op. 39: II. Fleur jetee
Barbara Hendricks

・月の光
Faure: Two Melodies, Op.46 - 2. Clair de Lune
Yvonne Kenny/Malcolm Martineau

・イスパハンのバラ
Faure: L'Horizon Chimerique, Op. 118, No. 2 (1921); Le roses d'Ispahan, Op. 39, No. 4 (1884)
Sanford Sylvan/David Breitman

 

♪ある一日の詩

シャルル・グランムージャンの詩によるこの小さな歌曲集は、原詩の確認ができないために、もともと連作で書かれた詩であるのか、あるいは別々に書かれたものをフォーレが集めたのかは不明です。しかし、3つの歌曲を通して、ひとりの男が自分の運命を変えてしまうほどの出会いを果たし、傷つき、そっと諦めとともに別れを告げる一連の流れが描写されています。ある人物の心の動きがあまりにも的確に、また丁寧に捉えられているので、こんな辛い恋をしたんだろうか……と思わずにはいられないほどです。とくに最後の「さようなら」のすべてを悟ったかのような音楽は相当ななにかを経験しなければ到達できないはずです。

Poeme d'un jour, Op. 21: I. Rencontre
Barbara Hendricks

Poeme d'un jour, Op. 21: II. Toujours
Barbara Hendricks

Poeme d'un jour, Op. 21: III. Adieu
Barbara Hendricks​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

 

♪優しい歌

フランスの作曲家の歌曲創作において非常に重要な詩人、ヴェルレーヌ。フォーレにとっても作風を大きく変えるきっかけになったともいえるほどの存在です。この歌曲集のテキストはもともと、ヴェルレーヌが婚約者に贈った21編の愛の詩。フォーレは作曲にあたって9編を選択し、順番の変更や詩への操作を加え、“愛”にまつわるさまざまな感情、幻想を描き出し、讃えています。9曲のなかには共通した5つの動機が巧みに登場し、そのことで作品全体に統一感が与えられ、“愛”というひとつの大きな主題をあらゆる視点から描き出すことに成功しているのです。さまざまな愛の形を知っているフォーレだからこそ書けた歌曲集だといえるでしょう。

La bonne chanson, Op. 61: I. ”Une sainte et son aureole”
Barbara Hendricks​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

La bonne chanson, Op. 61: II. ”Puisque l'arbe grandit”
Barbara Hendricks​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

La bonne chanson, Op. 61: III. ”La lune blanche luit dans les bois”
Barbara Hendricks​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

La bonne chanson, Op. 61: IV. ”J'allais par des chemins perfides”
Barbara Hendricks​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

La bonne chanson, Op. 61: V. ”J'ai puisque peur, en verite”
Barbara Hendricks​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

La bonne chanson, Op. 61: VI. ”Avant que tu ne t'en ailles”
Barbara Hendricks​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

La bonne chanson, Op. 61: VII. ”Donc, ce sera par un clair jour d'ete”
Barbara Hendricks​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

La bonne chanson, Op. 61: VIII. ”N'est-ce-pas ?”
Barbara Hendricks​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

La bonne chanson, Op. 61: IX. ”L'hiver a cesse”
Barbara Hendricks​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​


​​​​​​​いかがでしたでしょうか?気高い美しさのなかにもいろいろな表情があり、どこか近づきがたい人物なのかも……と思っていたかたも、フォーレの意外な親しみやすさを感じていただけたのではないでしょうか。作品のなかにある多様性に思いを巡らせながら聴いてみると、新しいフォーレ像が生まれるかもしれません。

次回は11月2日(金)に更新予定です。フォーレに負けないくらい…いや、むしろもっと激しく恋に生きた作曲家であるチャイコフスキーを扱います。