ナイス♪転調 10選【百歌繚乱・五里夢中 第14回】

 

こんにちは。このところ、「2拍3連」、「変拍子」、「シンコペーション」と、音楽に変化を与え、意外性をもたらし、面白くする”技”と、それらをナイスに活用した作品たちを、いろいろ見てきましたが、今回はさらに強力な”技”を取り上げます。なぜ強力かと言うと、これまでは”リズム”だけに関係していたのに対し、今回の”技”は、コード=和音=音の組み立てに関するもので、2次元と3次元くらいの違いがあるかも。その”技”とは、「転調」でございます。

 

「転調」とは何か?

漢字ってすごいね。わずか2つの全角文字=4バイトで、言いたいことが解っちゃうんだから。「転調」とは”調を転ずること”。”調”は”ハ長調”とかの”調”ですね。
“調和”の”調”ですから、ひとつの”調”には調和する音とそうでない音があります。ハ長調で言えば、ピアノの白鍵が調和する音、黒鍵はそうでない音。白鍵だけを弾いている限り、メロディは”平和”に響きますが、黒鍵、たとえば”F#”なんかを弾こうものなら、あっ、外れた!と”違和”感を感じます。
だけど、音楽は”平和”なだけじゃつまらないので、F#にもいきたい。そんなときは、”調”のほうを変えてやるんです。これが「転調」。F#はト長調なら調和しますから、ハ長調からト長調へ、別の言い方をするとCの”Key”からGのKeyへ、転調することで、解決してあげるんですね。でも、”調”が変わっちゃうんですから、聴いていると、そこで急に景色が変わったように感じます。それが面白い。
ただ、むやみに、”調”を変えりゃいいってもんじゃありません。その中でもスムーズに感じるための手法がいくつかあるので、作り手は、そういう手法にのっとりながらも、如何に新鮮にかつ気持ちよく、メロディを構築していくか、ということを一所懸命に追求し続けてきたわけですね。
音楽って不思議ですよね。要は、人間の脳がどう感じるかなんですけど、なぜそう感じるか、気持ちいいのか、気持ち悪いのか、の理由は解らないよね。それに音楽全体としては人によって好き嫌いがあるのに、和音の響きをどう感じるかとかはどうやら共通しているらしい。で、そんな感覚的なところから、理論を組み立てて、手法を編み出しているわけだから、すごいなぁ……。
ただ、私は、ここにも何度か書いていますように、ドラムしかやったことがないので、音楽理論はよく解っていません。なので、ここに選んだ作品たちは、あくまでもリスナーとして、ナイスだと思う「転調」ってことなんですが、音楽は聴いてなんぼなんだから、それでいいよね?

 

ナイス♪転調

#1:Whitney Houston「I Will Always Love You」
(シングル:1992年11月3日発売/from アルバム『The Bodyguard: Original Soundtrack Album』:1992年11月17日発売)
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まずはシンプルな転調から聴いてみましょう。曲の途中から”調=key”が半音とか1音とか上がるやつ。目的は盛り上げ!ですね。keyが上がることで、上昇感、昂揚感、開放感が生まれます。 とても印象的に使っているのがこの曲。超有名ですね。ホイットニー自身が主役として出演した映画「ボディガード」の主題歌にして、14週連続全米1位という特大ヒット曲。 実はこの曲、ドリー・パートンがオリジナル。彼女自身の作詞作曲によるカントリー・ポップです。それを、このような感動型ソウル・バラードに変貌せしめたのは、この転調、と言ってもいいんじゃないでしょうか。 ずっとイ長調(Aメジャー)で進行し、間奏後、3番のサビ前、一旦ブレイクしたかと思ったら、サビ頭で、いきなり1音上がって、ロ長調(Bメジャー)のキーになります。サビの繰り返しから上がる、ってのはよくあるのですが、サビ頭からいきなりだから、衝撃度が高いですね。 もちろん、広い声域を持ち、かつパワフルなホイットニーの歌唱があってこそ、この効果を最大限に活かすことができ、「アンダーーーィ」が、日夜、巷を駆け巡ったのです。

#2:Char「気絶するほど悩ましい」
(2nd シングル:1977年6月25日発売)
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イ短調(Aマイナー)で始まり、Bメロ(サビともとれますが)でイ長調(Aメジャー)になり、サビ(サビのシメともとれます)からまたイ短調に戻ります。 これは「同主調転調」と呼ぶそうで、同じ主音、この曲だとAの、短調・長調間を行き来する転調なんですね。 よくある転調のパターンのひとつですが、中でもビートルズの「While My Guitar Gently Weeps」が、この曲と似ていますよね。同じAだし。もちろん「While〜」のほうが先なので、この曲のほうが似ているんですけどね。 “Char”こと竹中尚人の2nd シングルですが、1stの「Navy Blue」からちょうど1年後、ちと遅いですね。この間何があったんでしょう?「Navy Blue」は本人作曲ですが、この曲は、作詞:阿久悠/作曲:梅垣達志で、歌謡ロック路線。売りにかかっていることは確かです。その路線に対して、Charさん、抵抗していたかもですね。その証拠にと言うか、この後にリリースされた2nd アルバム『Char II have a wine』に収録されている「気絶〜」はアコースティック・ギターとパーカッションだけの地味なアレンジで、個人的にはがっかりテイクです。そして、ライブでもほとんどやらないですね。まぁ、他の曲と合わないでしょうけど。 自身最大のヒット・シングルだけに、彼にとっては”悩ましい”曲なんでしょうね。

#3:加山雄三「旅人よ」
(10th シングル「夜空を仰いで」B面:1966年10月15日発売)
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この曲も、マイナーで始まってサビがメジャーになるので「気絶〜」と展開は似ているのですが、こちらは”同主調”ではなくて”平行調”に転調しています。 平行調とはハ長調(Cメジャー)に対するイ短調(Aマイナー)。この2つの調は、頭に#も♭もつかない譜面で書ける、つまり構成音が同じです。親和性が高いので、転調してもつながりよくマイナー/メジャーを行き来できるわけですね。 この曲はニ短調(Dマイナー)から、サビでへ長調(Fメジャー)に転調、サビの最後の2小節でニ短調に戻ります。 子供の頃、このサビの、パーッと視界が広がるような感じが大好きでした。雲が急に動いて光が差してくる、そんなイメージを持っていたのですが、改めて歌詞を見てみますと、「やがて冬が冷たい雪を運ぶだろう」、2番でも「やがて深いしじまが星を飾るだろう」と、言葉は美しいのですが、なんだか寒くて暗いのです。 詞が先だったか、曲が先だったのかはわかりませんが、私だったら、冬じゃなくて春、夜じゃなくて朝、にするなー……えーと、今さらダメ出ししてもしかたないし、ちゃんと大ヒットしてるんですが……。

#4:MY LITTLE LOVER「Hello, Again~昔からある場所~」
(3rd シングル:1995年8月21日発売/from 1st アルバム『evergreen』:1995年12月5日発売)
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これはもっと高度というか複雑というか。 AメロおよびBメロがホ長調(Eメジャー)で、サビがト長調(Gメジャー)に転調しています。 あ、ここで一応お断りしておくと、”Aメロ”、”Bメロ”というのは曲のパートのことで、コードのA、Bではありませんので。なんか判りにくいですよね、すみません。 で、転調の話ですが、同主調でも平行調でもないので、もっとガラッと変わる感じですよね。でも唐突になり過ぎないように工夫されているそうなんです。 まず、Bメロの中で、1番の歌詞だと、「誓ったまま」の「た」、そして「僕は一人になった」の「っ」、この2つの音がGで、ホ長調には通常ない音なんで、一瞬アレッと感じるのですが、これはその後のサビのト長調への呼び水。このGがあるからGメジャーへの転調に違和感がなくなるようです。 そして、サビの終わり、今度はまたホ長調にすんなり戻すために、Fのコードが1小節とB7が1小節。Fはト長調と平行調のト短調のVII度、B7はホ長調のV度(ドミナント)、つまり一旦Fで相性がいい平行調に転調し、B7から次のEへはV度からI度といういちばん安定した進行なので、すっと原調に戻れるわけです。 思い切った転調によって、とてもスケールの大きな曲になっていると思いますが、それを美しく聴かせるために、いろんな工夫が施されているのですね。大胆かつ繊細。小林武史氏の最高傑作じゃないでしょうか。

#5:Cécile Corbel「Arrietty’s Song (English version)」
(シングル:2010年発売/from アルバム『Kari-gurashi~借りぐらし~』:2011年4月7日発売)
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スタジオ・ジブリのアニメ映画「借りぐらしのアリエッティ」(2010年公開)の主題歌で、このセシル・コルベルがサウンド・トラックもすべて担当しています。おなじみ久石譲さんを差し置いて、突然の抜擢だなと思っていたら、コルベルさん、自分のCDをジブリに送り、ちょうどその時、「借りぐらしのアリエッティ」の制作が進行中、音楽の世界観がピッタリだったので、プロデューサーの鈴木敏夫さんがすぐにアプローチしたとのこと。タイミングがよかったですね。 コルベルは歌以外に「ケルティック・ハープ」という、普通のハープよりかなり小型のアイルランドのハープを弾いています。彼女はフランス人なんですが、ブルターニュという、西側にぴょこんと角のように突き出た半島の出身。ここにはケルトの血を引く人が多く住んでいるのです。 この曲もケルト感に溢れていて、それがこの映画にハマっているんでしょうが、さらにサビでの転調が、ふっと幻想の森へ、気持ちを運んでいってくれます。 ト短調(Gマイナー)で始まり、Bメロは平行調の変ロ長調(B♭メジャー)へ、ここはすんなりと転調。サビは大胆に変ホ長調(E♭メジャー)へ転調、次のAメロはハ短調(Cマイナー)へまた転調、Bメロで変ロ長調(B♭メジャー)に戻り、次のサビは転調せずにそのまま進みます。

#6:Stevie Wonder「Golden Lady」
(from 16th アルバム『Innervisions』:1973年8月3日発売)
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スティービー・ワンダーの16枚目のアルバムの曲ですが、なんとこの時まだ23歳。そしてこのアルバム『Innervisions』から、『Fulfillingness' First Finale』、『Songs in the Key of Life』と3作続けて、グラミー賞の”Album of the Year”を獲得するという快進撃。当時、この天才のクリエイティビティは汲めども尽きぬ泉状態にありました。 美しくて、不思議な曲です。その不思議感はやはり転調からくるもの。やたら転調する曲なのです。Aメロは変ホ長調(E♭メジャー)、Bメロは2小節ごとに、変ロ長調(B♭メジャー)→変ト長調(G♭メジャー)→ホ長調(Eメジャー)→ト長調(Gメジャー)とクルクル変わり、サビは同主調転調でト短調(Gマイナー)にいきます。これを2回半繰り返した後は、サビの繰り返しですが、1回毎に半音上の調に移っていくという念の入り様。数えてみたら5回上がってました。

#7:広瀬香美「ロマンスの神様」
(3rd シングル:1993年12月1日発売/from 3rd アルバム『SUCCESS STORY』:1993年12月16日発売)
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これも転調しまくりの曲。広瀬香美が中学1年の時に書いたそうで、その神童ぶりに驚きますが、ピアノとバイオリンの器楽曲として書いたらしく、奔放に転調しているのはそのせいもあるでしょう。 Aメロは変イ長調(A♭メジャー)。Bメロでいきなりロ長調(Bメジャー)に転調しますが、ここはカッコいいし、説得力があります。そのBメロの後半で早くもイ長調(Aメジャー)に転調、さらにサビ前の”ダダ、ダダ”のキメの2回目、歌詞だと「そんなの嘘だと」の「だと」のところから嬰ヘ長調(F#メジャー)に転調し、そのままサビに突入……と、めまぐるしい展開です。 この歌の詞は、冬にもスキーにもまったく関係ありませんが、雪山を自在に滑走するような曲調がよかったのか、「アルペン」のCMソングに起用され、それからずっと広瀬香美と言えばアルペン御用達、「冬の女王」の異名をとるようになりましたね。

#8:松田聖子「赤いスイートピー」
(8th シングル:1982年1月21日発売/from 5th アルバム『Pineapple』:1982年5月21日発売)
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呉田軽穂ことユーミンが、松本隆さんに誘われて、初めて松田聖子に提供した曲です。 ト長調(Gメジャー)のAメロから、Bメロでハ長調(Cメジャー)、Bメロ最後の1小節だけ、ホ短調(Eマイナー)になったかと思うと、サビはまたト長調に落ち着きます。こう書くとどんどん転調しているようなのですが、いかにも転調しましたーって感じはまったくありません。流れが実に自然で美しい。 これは、ユーミンの技によるものだそうです。 Bメロへ移行する手前のコードはG7、これは転調後のハ長調のV度(ドミナント)にあたります。そしてBメロの最初のコードはC。ドミナントからトニックのCなのですんなり、これで転調がスムーズになるというわけです。転調先のV度コードを、原調から見て「副5度」というそうです。 同じことを次の転調でもやっています。ホ短調になる手前2拍はB7。これはホ短調のV度なんで、やはり副5度にあたり、Emにすっとつながって、ホ短調への転調を助けます。 歌詞とのコンビネーションも絶妙で、視点が転換する「何故知りあった日から」で最初の転調、「手も握らない」という揺れる乙女心で、キュンと哀しい短調になります。 この曲は”曲先”で、詞はあとに作ったそうですが、前述の「旅人よ」とは違って(?)、詞&曲のバランスが完璧ですね。さすがにこの二人は達人ですわ。

#9:荒井由実「きっと言える」
(2nd シングル:1973年11月5日発売/from 1st アルバム『ひこうき雲』:1973年11月20日発売)
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今度はユーミン自身の曲。まー、画期的と言うか、とんでもない曲を、2枚目のシングルとして発表したもんです。 変ホ長調(E♭メジャー)で歌が始まりますが、それは2小節だけ。いきなり3小節目から変ト長調(G♭メジャー)に転調です。で、それも4小節。イ長調(Aメジャー)に転調して、そのままサビに突入。サビ後のAメロ2小節までいった後、今度はハ長調(Cメジャー)が4小節、次に変ホ長調(E♭メジャー)に転調、次のサビに進みます。 つまり、短3度ずつどんどん調が上がっていくという構造になっています。なので最初のサビと次のサビは、メロディが同じでも音程が全然違う。あとのサビではユーミンの声は限界スレスレです。 で、これもやはり、転調に違和感が出ないように、ユーミン技が使われています。むずかしいんですが、短3度上がるということは、”原調のIV度コードをマイナーにする(同主コード)と、次の調のIIm7になる”ので、たとえば最初の転調では、まず、A♭m7(変ホ長調IV度の同主マイナー=変ト長調のII度)にいってすぐに、G♭(変ト長調のトニック)に解決すると、つながりがいいということなんだそうです。 これによって、転調しまくっているサウンドの中を、メロディは自然に流れ、でもいつのまにか、同じメロディなのに高くなったり、低くなったりと、まるでエッシャーのだまし絵のように私たちの耳を翻弄するのです。

#10:The Beatles「Here, There and Everywhere」
(from 7th アルバム『Revolver』:1966年8月5日発売)

“変拍子”のときもそうですが、ビートルズの曲は、”そこにいくしかないメロディ”があるから、それに合わせていくとビートが変則になったり、転調せざるを得なかったりしているように思います。 この曲は、ビートルズの中でも特に美しい曲ですよね。ポールが「ビートルズ時代に作曲した中で最も好きな曲」と語っているそうです。ジョンは、ポールの曲だけに、多少評価が低いですが、それでも「『リボルバー』の中で最も好き」だったそうです。 ト長調(Gメジャー)のAメロから、「I want her everywhere」で変ロ長調(B♭メジャー)に転調、このメロディのスリリングで美しいこと!そして「And if she’s beside me, I know I need never care」の「I know」」から一転してマイナー、ト短調(Gマイナー)へ。歌詞にも合ってますね。で、「But to love her is to need her everywhere」の「everywhere」から原調のト長調に戻って、またフワッと明るくなります。ここもたまらない。 まさに芸術品ですな。リバプールの悪ガキが、弱冠24歳でこんな芸術を生むとはね。そして76歳になってもまだ元気にロックしているとはね!


以上、”ナイス♪転調”10曲、いかがでしたか。 前述したように、私は難しい音楽理論は知らないので、あれこれ、本を読んだり、ネットを調べたりして、なんとか理解しながら書きましたが、ひょっとしたら間違ったことを鵜呑みにしているかもしれないし、解釈の仕方で違ってくることもあるでしょうね。何か気づいたら教えてください。 でも、理論が解らなくても、私は「転調」のような音楽の工夫が大好きです。ただし、あくまで”ポップ”であってほしいですけど。ポップの枠を広げるための工夫は大歓迎、というか、工夫のない音楽はつまらないね。

いやぁ、それにしても、音楽ってちっとも飽きないですねー♪


Text:福岡 智彦