YAZAWA・大衆食堂【マニアが集う“注文の多すぎる料理店”】


A DAY……。今回、訪れたのは神奈川県の横浜市にある「鶴見市場」。ここには、矢沢永吉さん(以下、敬意を込めて「永ちゃん」と呼びます)の大ファンがやっているという大衆食堂があるとか。鶴見はかつてキャロルが活動拠点としていた川崎から目と鼻の先にある場所。若き永ちゃんの姿を思い浮かべつつ、早速、行ってみました。

父から継いだ食堂『俺の目ン玉が黒いうちは店を潰さねぇぞ!!』

父から継いだ食堂『俺の目ン玉が黒いうちは店を潰さねぇぞ!!』(1)

 

京浜急行・鶴見市場駅の出口を出て、すぐ目の前にあるのが「亀鶴(きかく)」。以前は名前の通りの市場があり、日中から賑わいを見せていたが、現在はマンションが立ち並ぶベッドタウンだ。お店はちょっと昭和を感じさせる佇まい。早速入ってみることに!

 

父から継いだ食堂『俺の目ン玉が黒いうちは店を潰さねぇぞ!!』(2)

 

「あ、いらっしゃい。いま、そっち、行くね」

出迎えてくれたのはマスターの松野守晃さん。リーゼントヘアでちょっぴり強面。でも目元が優しくて、思わず「兄貴」と呼びたくなる。早速、話を聞かせてくれた。

「ウチは父が70年前に始めた店なんです。当時は立ち食いそば屋でした。近くに市場もあってそれなりに繁盛してたんですよ。でも私が20歳の時に父が亡くなりまして。で、葬式の時、どこからか『あの息子じゃ、ここは3年持たないな』って声が聞こえてきた。私は調理学校を出て他店で修行中だったんだけど、グレた時期があったんです。だからそう思われたんでしょうけど、お袋の涙を見てたら悔しくなってきて。『俺の目ン玉が黒いうちは店を潰さねぇぞ』って、お店を継ぎました」

 

 
松野守晃さん
松野さんは57歳。お若く見えますが、お孫さんが3人いらっしゃいます。一番上のお孫さんは高校3年生の女子。松野さんの英才教育(?)を受け、小3の頃から永ちゃんのライブに。いまではカラオケで「抱いちまったら」などを熱唱するとか。松野さん自身も、毎週休み前の金曜の夜は知人のスナックで永ちゃんファンの仲間と「ラハイナ」「セプテンバームーン」など、お気に入りのバラードを歌う。

 

一念発起した松野さんは、お店を改装し、お酒も楽しめる大衆食堂へ。お客さんの「あれが食べたい」の声に応え、品数も増やしていった。その後、お店は軌道に乗り、現在も地元客を中心に、朝から晩まで賑わいを見せている。

さて、そんな話を伺う中、気になったのは店内に見られる「矢沢永吉」だ。ポスター、ロゴタオル、グラスなどのグッズが随所に!

 

矢沢永吉グッズ(1)矢沢永吉グッズ(2)

 

「ご覧の通りの永ちゃんファンです(にやり)。中学の時にテレビでキャロルを見て、革ジャンにリーゼントのかっこよさにしびれちゃって。その後、ソロになってからも聞きまくりました。ライブにもよく行きましたね。お店をやり出して、忙しくなったのと、あと20歳で子供ができたんで子育てもあって、離れた時期はあったけど、今も毎年ライブに行くし、永ちゃんの動向は欠かさずチェックしてます。……ちょっと上に行こうか」

おもむろにお店の二階へ上がる松野さん。後ろ姿を追って、部屋へ入ると、想像を絶する驚きの光景が!

 

矢沢コレクション(1)

 

な、なんと! 部屋中を覆う膨大な量の矢沢コレクション!! どこを見ても矢沢永吉! E.YA ZA WA!! キャロル!!!。

そう、ここはまるで「矢沢ミュージアム」だ!

「永ちゃんが好きな仲間とくつろごうと思ってね。ずっと集めてたグッズを飾りだしたんだけど、いつのまにか増えちゃって、こうなりました(笑)」


矢沢部屋(2)


グッズは若い頃に買ったレコードから、最近、オフィシャルショップで買ったものまでじつにさまざま。中にはコンサートの演出で使用された紙テープまである! これらはお客さんから譲り受けるものも多いとか。

 

矢沢部屋(1)矢沢部屋(3)

2階の矢沢部屋は、あくまで松野さんのプライベート空間。一般客は入れません(忙しいし、大切な品物も多いし)。しかし、お店に通い詰めるなど、熱意次第では見せてくれることも、あるかも!?

 

「いろんなところの永ちゃんファンがどこからかウチを嗅ぎつけて来てくれるんですよ。で、『飾ってくれ』とか言ってグッズを持ってきてくれる。このビールの販促用フラッグは、京急バスのドライバーのお客さんからのもの。なんでも実家が広島でお好み焼き屋さんをやってるらしく、帰郷した時、わざわざ持ってきてくれました。ありがたいですよね」

一点一点丁寧に説明してくれる松野さん。中でも一番の宝物は?

 

松野さんの宝物

 

「どれも大切なものばかりなんだけど、この箔押しの革ジャンかな。東芝EMI時代の一点モノなんだけど、すごくかっこいいでしょ? これは、鹿児島出身のお客さんが『マスターに熱い気持ちに惚れた!』なんて言ってくれて(笑)、実家にしまってあったのを持ってきてくれたんです。なんといっても気持ちが嬉しかったし、着てみたらサイズもピッタリ! いつも永ちゃんのコンサートにはこれを着ていきますね」

 

「永ちゃん愛」に満ちたこだわりが詰まった「YAZAWAのジンライム」!!


さて、ここで一息ついて、下の食堂でお料理を。こちらは前述どおり、品数が豊富で現在約90種。しかも和洋中とバラエティに富んだお料理が味わえる。苦手な食材(例えばピーマンとか)は、調理前に断れば、避けてくれることも。そうした松野さんの気配りにほだされ何十年も通い続ける常連さんも多い。

今回はそんな中で常連さんからも人気の高いメニュー、「もつの煮込み」と「カレー」。そして「YAZAWAのジンライム」を。

 

もつの煮込みキンケイカレー

もつの煮込み(580円)とキンケイカレー(500円)。煮込みは牛もつを味噌味で5時間くらいじっくりと煮込んだもの。キンケイカレーは、昭和40年代「オリエンタルカレー」などと並び、家庭で大人気だったカレーをいまも出している(カレールーは業務用)

 

ジンライム(1)ジンライム

こだわりのある特製ジンライム(500円)。松野さんが矢沢ファンだと判断すれば、オフィシャルグッズのグラスで出すという

 

え? YAZAWAのジンライム? それって一体? そう。こちらのドリンクには、永ちゃんにちなんだドリンク・メニューが各種ある。「バーボン人生割」(バーボン+ソーダ)、「ゴールド・ラッシュ」(ホッピー)、「WiLdな俺のウィスキーコークハイ」(ウイスキー+コーラ)などなど、すべて松野さんのオリジナル。しかもそれぞれが「永ちゃん愛」に満ちたこだわりが満ちている。

「この『YAZAWAのジンライム』は、生のライムじゃなく、敢えてカクテル・シロップを使ってます。というのも、永ちゃんが駆け出しの頃、客にもらったチップを握りしめて、スナックでジンライムを飲んで『いつか売れたら、あの〝緑の酒〟を何十杯も飲んでやろう』と思ったってエピソードがあって。で、当時、スナックのジンライムは、大体カクテル・シロップを使っていたんだよね。だからうちはその味にこだわっているんですよ」

話を聞けば聞くほど、松野さんの熱いファン心が伝わってくる。「こんな中華屋にワインなんておかしいかもしれないけど、お客さんの中に飲みたいって人がいたから」と、特製ワインもある。

ちなみにもし矢沢さんがお店に来たら?

「いやー、嬉しいとかそういうレベルじゃなくて、絶対、倒れるよね(笑)。そういえば、ウチは日本中の永ちゃんファンが遊びにきてくれるんだけど、気になる話を聞いてね。ある知り合いによれば、実は永ちゃんがお忍びでウチに来たことがあるんじゃないかって! それも横浜国際総合競技場でライブをやった時(1999年)にね。びっくりして『それ! 本当なのか!?』って、聞いたんだけど、その人曰く、わかっちゃったらお忍びじゃないからって。だから、真相はわからないけどもしかしたら本当に来たのかもしれないよ」

 

ゲイリースコット

なんと! 1999年に横浜国際総合競技場で開催された、永ちゃん50歳のバースデイーコンサートで、サックス奏者として出演したゲイリー・スコットさんが2016年にご来店! 松野さんの知人が友人で、連れてきてくれたとか。

 

そんな松野さんが思う〝矢沢永吉〟の魅力とは?

「全部だね。もう全部! 特にあの声はすごいですよ。若い時からハスキーだったけど、いい具合に枯れてきて、しかも、いまなお2時間半歌ってもバッチリ出てますからね。聴いてるとハートにくるよ! え? 年を重ねる度、落ち着いた雰囲気になってる? いや、そこがいいんだよ。今も若い頃と同じようにやってたら寂しいもん。バラードとか最高でしょ。あと最近はMCもいい! 永ちゃん、どんどん渋みを増してて、涙が止まらなくなるよ」

溢れかえる矢沢永吉愛。松野さんにとって永ちゃんはどんな存在なのか?

「大スター! いや、憧れですね。ファンはみんなそう思うのかもしれないけど、自分もあんな風になりたい。昔、永ちゃんがテレビの番組で『やり続けるしかない』って言ってて。それを見て俺も頑張ろうと思ってさ。父親の葬式で悔しい思いしたあの瞬間から、今日まで頑張ってきたけど、今振り返っても、本当に永ちゃんの言う通りだったなと思う。やり続けるしかないんだ。これからも永ちゃんを追いかけていきたいよね」

朝帰りのお客さんがほっと一息つけるようにと、毎朝7時からオープンし、夜は21時過ぎまでずっとお店に立ち続ける松野さん。今後は?

「私は、店の厨房がステージだと思っていてね。午後休憩後の〝第二部〟(夜の部)に入る前、上の部屋で永ちゃんの曲を聴くんですよ。それでテンションあげて、『よし行くぞ!』って。まだまだ俺のコンサートは終われないよね。これからもステージに立ち続けて、永ちゃんがマイクを握りしめるように、俺もフライパンをふりまわすぜ!」

 

松野守晃さん(2)

内観


【SHOP INFO】

●亀鶴
神奈川県横浜市鶴見区市場大和町8-7
☎︎045-501-5172
営業時間 (月〜金)7:00〜13:45/17:00〜21:00 (日・祝)7:30〜13:30/16:30〜20:00
定休日 土曜日

 

Text:大野 智己
Photo:グレート・ザ・歌舞伎町