楽器の迷宮【Labyrinth Of Musical Instruments】 ダクソフォン:内橋和久編

このコーナーでは、通常ポップ・ミュージックではあまり使われることのない特殊な楽器、あるいは近年新たに発明・開発された楽器について、代表的演奏者へのインタビューを通じてその魅力や、シーンを紹介する。今回取り上げる楽器は、ダクソフォン(Daxophone)。ナビゲーターは内橋和久さんだ。
▼青葉市子+内橋和久『火のこ』Premium Studio Live Vol.5
現在ヨーロッパを拠点に活動する内橋さんは、名実ともに日本を代表する前衛ギタリストだが、20年ほど前からダクソフォンも演奏するようになり今やこの楽器の第一人者としても知られるようになった。極めて特殊な楽器なので、ポップ・ミュージックの世界で用いられることは少ないが、UAや細野晴臣の作品に参加するなど、積極的に普及活動を続けてきた。まさにダクソフォン導師である。(※内橋コメントは、2018年2月取材時点のもの)
左からUA『Kaba』、細野晴臣 & The World Shyness『Flying Saucer 1947』
ハンス・ライヒェルの創作楽器ダクソフォン
ダクソフォンは80年代前半にドイツ人の前衛ギタリスト、ハンス・ライヒェル(Hans Reichel 1949–2011)によって考案された。楽器として音楽作品に用いられたのはライヒェルの87年のソロ・アルバム『The Dawn Of Dachsman』が初めてで、それ以降ライヒェルはライヴでも録音でもギター以上に熱心にダクソフォンを使用するようになった。
▼Hans Reichel, Ulrichsberg 6.12.09.
内橋さんは、ライヒェルの91年の来日公演の時にこの珍楽器と出会い、今世紀に入った頃からライヒェルの導きによって本格的に演奏するようになる。2011年にライヒェルが亡くなるまで、2人は何度も一緒にギター&ダクソフォンを用いたコラボレーション即興ライヴをおこない、『King Pawns』(1998)や『King Pawns - Live In Berlin 2006』(2012)などのデュオ・アルバムも発表。いろんな意味で、ライヒェルが生前最も信頼を寄せ、ダクソフォンの夢を託した音楽家が、内橋さんなのだ。
ちなみにこの楽器は、メーカーによって製作・市販されていたわけでなく、ライヒェルが自分で作っていた。つまり、完全なハンドメイド。内橋さんが使っているものも、ライヒェルから譲り受けたものだ。ちなみにライヒェルは、特許をとることもなく、その作り方をネット上で公開し、誰でも自由にこの楽器にチャレンジできるようにしている。現在ダクソフォンを演奏しているプロの音楽家たち(世界中で10人にも満たない)も、ライヒェルから楽器をもらった者以外は皆、自分で作ったり、ライヒェル・モデルを改良したりしている者ばかりだ。
▼Daxophone: Hans Reichel - Bubu And His Friends
ダクソフォンのしくみ 名前の由来はアナグマ!?
ダクソフォンの構造は極めてシンプルだ。ピエゾマイクを仕込んだ木製土台「サウンドボックス」を三脚に固定し、そこにとりつけた細長く薄いヘラ状木板「タング」を弦楽器(多くはコントラバス)の弓で擦って音を出す。
(左)三脚上に固定されたサウンドボックス、(右)サウンドボックスにタングを取り付ける
音程は、もう片手に持った黒板消しのような形の木塊「ダックス」で「タング」をどのように押さえるか、あるいは「タング」のどの部分を弓で弾くかによってコントロールする。つまり、サウンドボックス、ダックス、タング、三脚、そして弓の5パーツから成るわけで、もちろん分解して持ち運べる。
(左)タングを押さえるダックス、(右)タングと弓
ちなみにダクソフォン(Daxophone)の「Dax」は、ドイツ語でアナグマを意味する単語「Dachs」に由来する。アナグマの鳴き声のように多彩な音を発することからこのように命名されたようだ。
▼ダクソフォンのセッティング法と弓を使った基本奏法
一番肝心の音色を決めるのはタングである。サウンドボックスやダックスには、杖などに使われる南米産の重くて硬い木、スネークウッドが使われることが多いが、タングに関しては材質は自由。演奏者がそれぞれ、自分の好きな音色を求めて、様々な材木からタングを切り出すのだ。
「音色や質感を決定するのはタングの材質です。でも、それは弾いてみないとわからない。高級な材木だからといっていい音が出るとは限らない。重量の軽い材木はだいたい音質も軽くなるけど。だから、いろんな材木を切って試してみる、その繰り返し。タングを見ても、それがどの材木を使っているのか、僕にはまだはわからないな。ライヒェルは全部わかっていたけど」
ライヒェルは、海外からいろんな材木が入ってくるハンブルクの材木店まで行って買っていたという。
「彼は日本に来るといつも東急ハンズの材木コーナーを一日中チェックしていた。特に町田の東急ハンズが品揃えがいいと言っていたね(笑)」
ちなみに、タングの形は音質には関係ないそうだ。
「形が変わると弾き方(弓の当て方など)は違ってくるけどね。細い部分を指ではじいたり、穴を空けてそこに棒を入れて打撃音を出したり。使っているうちに、タングが曲がってくることもあるけど、その時は削って平らにする。平らでないと、よく鳴らないから。あと、ヨーロッパと日本では湿度か違うので、音色も違ってくる。ヨーロッパでよく鳴るタングも日本では全然鳴らないことがあるし。倍音の出方も変わってきますよ」
写真にもあるように、内橋は大量のタングをいつも持ち運んでいる。デザインや色も様々なので、一面に並べられた様は、ちょっとしたアート作品のようでもある。ライヒェルは元々音楽家であると同時にデザイナーでもあったが、ダクソフォンにはそんな彼の美意識も映し出されているのだろう。
「タングはたくさん持っているし、自分でも作ります。20年ずっと使っているタングもある。元々ライヒェルから50本ぐらいもらっていたんだけど、亡くなる時に408本あった彼のタングもすべて譲り受けた。だから今、全部で450本以上持っています」
ダクソフォンのワークショップ
今回、内橋さんへの取材をおこなった場所は、アヴァンギャルドな音楽家たちが好んで集る千駄木のライヴ・スペース、バー・イッシー(Bar Isshee:東京都文京区千駄木 3-36-11)だ。内橋はここで2015年2月からダクソフォンのワークショップをやっている。取材した日は、3人一組で3組、計9人の生徒たちに教えていた。
「僕は普段はベルリンに住んでるので、日本に戻った時にはできるだけここでワークショップをやることにしてるんです。今、生徒は全部で20人ぐらいかな。1回目からずっと参加している人も二人いる」
バー・イッシーの店主・石田俊一さんによると、この取材日までに計15回やっているそうなので、2~3ヶ月に1度ぐらいの頻度だ。全員で一定のリズムを刻む練習から、そのリズムの上で自由にフレージングさせる練習まで、一組で1時間ほど。ライヒェルや内橋さんのように音程を自在にコントロールできる生徒はいないが、とにかく音色が多彩で、次にどんな音が飛び出してくるかわからない。傍らで聴きながらワクワクし、自分もやってみたいと思った。
▼Kazuhisa Uchihashi Daxophone at Bjork's House
「ここだけで練習してもなかなか上達しないので、生徒たちに楽器を貸し出して自宅でも練習できるようにしています。自分のキットを持っている人も数人いる。サウンドボックスと三脚とダックスのキットは、最低限の材木加工だけ業者にやってもらい、あとは自分で磨いたり塗装したりして一カ月ぐらいかけて仕上げる。もちろんタングは各々が自分で作ります」
ダクソフォンで商売はしない、やりたかったら自分で作れ、というライヒェルの強い思いは、内橋さんにしっかりと引き継がれている。今後のビジョンは……?
「いつかダクソフォン・アンサンブルをやりたい。そのためには生徒たちが上手くなってくれないとね。今現在、生徒の中で何人かは、録音は無理にしても、ある程度のアンサンブル演奏だったらできると思う。とにかくこの楽器の可能性を追求したいんです」
では、ギタリストの目から見た、ダクソフォンならではの一番の面白さはどこなのか?
「ギターはカチッとした楽器だと思う。僕はとにかく歌が大好きで、子供の頃から歌うようにギターを弾いてきた。でもダクソフォンに出会ってから、こっちの方が歌うのは簡単だと思うようになった。音程などのコントロールは難しいけど、ダクソフォンにはギターにはできない表現力がある。人間の声により近い表現というか。だから、そういう楽器に出会えて本当にうれしいし、ギターとダクソフォンを交互に往き来してると楽しみも倍増する。発想が全然違う楽器だから」
内橋さんは、これまでもサックス奏者広瀬淳二とのデュオ作品『Saxophonedaxophone』(2015)や、同じくモジュラー・シンセサイザー奏者リチャード・スコットとの『Awesome Entities』(2016)など、全面的にダクソフォンを使用した作品を発表してきたが、2017年、遂にダクソフォンだけを演奏したソロ・アルバム『Talking Daxophone』を出した。
「『Talking Daxophone』は、しゃべる楽器としてのダクソフォンの作品です。次は歌ものの曲を演奏した『Singing Daxophone』を出し、更に『Dancing Daxophone』を出す予定。歌う楽器としての作品と、踊る楽器としての作品。これでダクソフォン3部作です」
そして、教え子たちも交えたダクソフォン・アンサンブルのアルバムも、遠からず出るはずだ。
左から、内橋和久『Talking Daxophone』、Hans Reichel 『Yuxo A New Daxophone Operetta』
<Profile>
内橋和久
ギタリスト、ダクソフォン奏者、コンポーザー、アレンジャー、プロデューサー。
レーベル「イノセントレコード」(旧「前兵衛レコード」)、インプロヴィゼーション・トリオのアルタード・ステイツを主宰。83年頃から即興を中心とした音楽に取り組み始め、国内外の様々な音楽家と共演。活動の領域は音楽だけにとどまらず、映像作品や演劇などの音楽も手掛け、中でも、劇団・維新派の舞台音楽監督を20年以上にわたり務めている。また、UAやくるりのプロデュース、ツアーメンバーとしても活動。現在はベルリン、東京を 拠点に活躍。
ソロプロジェクト“FLECT”ではエレクトロハーモニクスの16セカンドディレイマシンとサステナーを内蔵したゴダンのギターを駆使して、もはやギ ターを超越したサウンドスケープを作り上げる。
http://www.innocentrecord.com/kazuhisa_uchihashi/HOME.html
Text & Photo:松山晋也
取材協力:Bar Isshee http://www.bloc.jp/barisshee/