挫折を乗り越え生まれた「トイロックEDM」!弓木トイ(弓木英梨乃ソロ・プロジェクト)の自由な音楽


2013年に新編成となったKIRINJIの正式メンバーであり、サポートギタリストとしてもジャンルを超えて様々なフィールドで活躍している弓木英梨乃。今年デビュー10周年を迎える彼女の、満を辞してのソロ・プロジェクト「弓木トイ」による6曲入りのミニ・アルバム『みんなおもちゃになりたいのさ』がリリースされる。

本作は、KIRINJIでもおなじみのエンジニア柏井日向とタッグを組み、作詞作曲はもちろん全てのアレンジやプロデュースを本人が担当。ゲスト・ミュージシャンには、CRCK/LCKSの小田朋美や石若駿、リトル・クリーチャーズの鈴木正人らが参加し、鉄壁のアンサンブルを披露している。他にもKIRINJIのリズム隊(千ヶ崎学、楠均)やSchroeder-Headz(渡辺シュンスケ)、のん、吉澤嘉代子といった彼女と馴染みの深い面々も花を添え、まさにプロジェクト名やアルバム・タイトル通りの、オモチャ箱をひっくり返したようなサウンドに仕上がった。

実は、10年前のソロ・デビューは思うようにいかず「挫折」を味わったという弓木。そこから彼女はどう立ち直り、充実した日々を送るに至ったのだろうか。「変化」を恐れず、その先にある「自由」の素晴らしさを歌う本作を紐解きながら、弓木英梨乃の「今」に迫った。

音楽って楽しい! コンプレックスを克服し思い出した、ビートルズを初めて聴いたときのワクワク感


─弓木さんがソロのシンガーとしてシングル「Lost」でデビューしたのは、ちょうど今から10年前になるんですよね。

弓木:
そうなんです。

─当時と今とでは、音楽への向き合い方は変わりましたか?

弓木:
変わりましたね。当時はシンガー・ソングライターとしてメロディと歌詞を作ることに集中していたし、自分がやる作業もそこまでと思っていたんですけど、今は、曲作りだけでなくサウンド・メイキングも含めた全てを「弓木トイ」としてやりたいんですよね。

─確かにそれは感じました。デビュー当時の楽曲は、ギターと歌だけでも成立するような曲構造になっていたと思うんですけど、今回は色んなフレーズが絡み合って一つの楽曲になっている感じですよね。アレンジも曲作りもスタジオワークも、全て並行して進みながら曲が完成していく様子が目に見えるようです。

弓木:
まさにその通りなんです。今回、「ギターを弾きながら作った」という曲は一つもなくて。だから、今回の再出発を再び「弓木英梨乃」名義でやるのは違うのかなと思ったんです。

─それで「弓木トイ」と名付けたのですね。

弓木:
はい。ソロアルバムを作ることは、実は何年も前から構想を練っていたんですけど、とにかくバラエティに富んだものにしたくて。色んなジャンルを踏襲して、それを最終的にポップなサウンドへ落とし込むっていう。そういう「オモチャ箱をひっくり返したような作品を作り続けたい」という意味で、「弓木トイ」と名乗ることにしました。​​​​​​​

 

弓木トイ(1)

 

─アルバム『みんなおもちゃになりたいのさ』を聴いていると、弓木さんが音楽を心から楽しんでいるのが本当に伝わってきます。

弓木:
嬉しいです。おっしゃる通り、もうどんどん音楽が楽しくなってきているんですよね。その一番の理由は、これまでに色んな人と出会って色んな音楽をやってきたからだと思っていて。

私、一度「弓木英梨乃」名義で音源を出して、あまり結果がでなかったというのは、ものすごくコンプレックスになっているんです。「自分で曲を作って、世に出す」ということのハードルがものすごく高く感じるというか。でも、この10年で色んなミュージシャンとお会いしたら、ほんっとうに変な人って沢山いるんですよ。

─(笑)。

弓木:
「え? こんな音楽の作り方でもいいんだ!」「こういう作品もあるのか!」の連続。そんな方たちとご一緒しているうちに、曲を作ったりそれを発表したりすることは、そんなに難しいことじゃないし、もっと自由でいいんだ!って思えてきたんです。私自身は、物事をつい難しく考えてしまいがちなんですけど、もっと遊び心を持ちながら、初めてビートルズを聴いてワクワクした時の気持ちで音楽を作りたいと思ったんですよね。​​​​​​​

 

「歌声」もアンサンブルの一部。KIRINJIの活動で変化した歌への思い

KIRINJI(1)

 

─なるほど。「弓木トイ」と名付けたことによって、プロデューサー的な視点で俯瞰できるようになったところもあるのでは?

弓木:
それもありますね。「弓木英梨乃がプロデュースする弓木トイ」というふうに、俯瞰できるようになったと思います。例えば「KIRINJIのメンバーとしての弓木英梨乃」だったり、「秦基博さんのバックメンバーとしての弓木英梨乃」だったり、自分の中には「色んな自分」がいると思っていて。で、それぞれの自分を少し演じているというか、作っているとこがあるんですよね。「弓木トイ」も、自分がその瞬間は「弓木トイ」になりきるというか。自分の中での切り替えがしやすくなった気がします。​​​​​​​

─KIRINJI​​​​​​​に加入して、堀込高樹さんの作業を間近で見てきたことも、弓木さんに少なからず影響を与えているのではないですか?

弓木:そこで学んだことがやっぱり一番大きいですね。KIRINJIの楽曲の構造を学んだのはもちろんですけど、今回、ベーシックのレコーディングは外のスタジオで行なって、歌やギターは全てお家で録ったんですけど、それも高樹さんのスタイルから教わったことですし。スタジオでのディレクションも、「高樹さんだったらどうするだろう?」って考えながら進めていました。​​​​​​​

─デビューしたての頃は、アナム&マキに大きな影響を受けていたとおっしゃっていただけあって「エモい歌唱法」が多かったですけど、今回は肩の力を抜いた歌い方になっていますね。それもKIRINJI​​​​​​​でボーカルを取るようになったことが大きいのかなと。

弓木:
実を言うと、デビュー当時は歌うことが苦痛だったというか、歌に対するコンプレックスもものすごくあったんです。自分はギタリストだと思っていたし、シンガーとしての自覚がそこまでなかったんですよね。なのでボイトレとかメチャメチャ通ってたんですけど、それでも苦手意識が拭いされなかった。​​​​​​​

 

KIRINJI(2)

 

その後、一旦シンガー・ソングライターとしての活動を横に置いて、ギタリストとしてKIRINJIに入って。そこで思ったのは、「みんなで歌えば怖くないんだ」ということ(笑)。メンバー6人で、コーラスを取りながら時々歌うという、「歌声」もアンサンブルの一部という風に高樹さんは捉えていらっしゃって。いわゆる「シンガー」という人がKIRINJIにはいないんですよね。

─確かにそうですね。

弓木:
そういうアンサンブルを経験したことで、自分の中で「歌」に対する気負いがなくなったというか。肩の力が抜けた気がします。「うまく歌わなきゃ」みたいに力まなくてもいいんじゃないかなって。スタジオで歌を録る時も、高樹さんから「弓木ちゃん、もっとさ、普段しゃべってる声が可愛いんだからそのまま歌えばいいのに」と言ってもらえて、そこで歌に対する意識がすごく変わった気がしていますね。​​​​​​​

 

ポップで可愛い「トイ」×「ロック」ギタリスト×初挑戦の「EDM」=「トイロックEDM」!


─そんな弓木さんの、待ちに待ったプロジェクト「弓木トイ」によるファースト・アルバムですが、まずリード曲の「ハッピーバースデーをもう一度」はどんな風に作りましたか?

弓木:
この曲はもっとも新しく作った曲です。ちょうどこの曲を作っていた時に、打ち込みに挑戦してみたいと思っていたので、結構デモの段階からそれを意識していました。私、8月が誕生日なんですけど、誕生日の時にスタッフから「弓木さんもうすぐ28歳だけど、何かやり残したことないですか?」って言われて。そんなこと考えたこともなかったんですけど、せっかくなので弓木トイが誕生するお祝いの曲でも書いてみようかなと思って出来た曲ですね。​​​​​​​

─「もう一度」というのは、ソロを再スタートさせるという意味も込めているのですか?

弓木:
ああ! 言われてみれば、確かにそう取れますね(笑)。実際はサビの“shing-a-ling-a-ling”というのを、カーペンターズの「Yesterday Once More」から取ったんですよ。曲のタイトルをどうしようかと思った時、カーペンターズが「昨日をもう一度」なら、私も「ハッピーバースデーをもう一度」がいいかなって。そんな曲名って聞いたことないしなぁって思ったからなんですけど、今日からは「ソロ再スタートをお祝いする曲だから」ということにします。​​​​​​​

─(笑)。この曲はまさに「弓木トイ」の音楽性を凝縮したようですよね。ジョン・レノン&ヨーコ・オノ「Happy Xmas」のオマージュ的なオープニング、クイーンを彷彿とさせるギター、オーケストラポップなアレンジ……と、様々なアイデアが詰め込まれていて。

弓木:
嬉しいです。今回、アルバムを作りながら「弓木トイ」のサウンドって言葉に表すとこういうものなのかも知れないって見えた気がして。それは「トイロックEDM」というものなんですけど……。​​​​​​​

─「トイロックEDM」ですか!

 

弓木トイ(2)

 

弓木:ポップで可愛らしいという意味の「トイ」と、自分のルーツであるロックギタリストの「ロック」、それと今回、大々的に取り入れてみた打ち込みという意味での「EDM」、その三つを融合した「トイロックEDM」というものをコンセプトにしてやっていったら面白いんじゃないかなって。特にこの曲と「2 人だけのデート」は、トイロックEDMを象徴する曲になったと思います。​​​​​​​

─この曲は、ただハッピーなだけじゃなくて“世界は憂鬱なブルー”というラインもアクセントになっていますけど、歌詞の書き方もデビュー当時から変わってきました?

弓木:
変わりましたね。当時と違うのは、音楽と同じでいろんな本を読むようになったことかなって思います。子供の頃は、そこまで本は読んでなかったんですけど、20代前半くらいから本を読むことにハマって。中でも女性の作家さんが好きになったんですよね。角田光代さんや、西加奈子さん、漫画家だと鈴木志保さん……そういう方たちの作品の中の、すごく好きな言葉を書き溜めるようになりましたね。その影響もものすごくあると思います。​​​​​​​

​​​​​​​─「キャベツのようなもの」も、すごく不思議な歌詞ですよね?

弓木:
この曲は実は一番古い曲で、2011年にKIRINJIが『NEO』というアルバムを出して、その時に高樹さんがメンバー全員から曲を募ったんですよ。その時に書いたものなんですよね。当時とは構成とか全然違うんですけど、高樹さんからの要望で「KIRINJIっぽさ」を意識しながら作りました(笑)。その後、高樹さんは「メンバーに“KIRINJIっぽさ”を求めるのは間違ってた」とおっしゃったんですけど、私はこの曲が結構お気に入りでライブでも何度か演奏しているんですよね。なので、このアルバムには絶対に入れたいと思ってブラッシュアップしました。ちなみに「キャベツ」が何のことなのかは、ちょっと言えないんですけど(笑)。​​​​​​​

─ポップな曲も、実はさりげなくトリッキーなギミックを忍ばせているなと。「2人だけのデート」も、聴き進んでいくと小節のアタマを見失いそうになり、サビで一気に開放されるっていう気持ち良さが味わえます。

弓木:
あの曲は「変拍子にしよう」と意識したわけではなくて、浮かんできたメロディに合わせてたら8分の6拍子が混じってしまったんです。ちなみに中盤の展開は、エリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴ」をオマージュしていますね。今回、ソロを作るときにクラシックも一通り聴いて。その中でもサティやドビュッシーのような、近代的な作曲家に惹かれたんです。特に「ジュ・トゥ・ヴ」はお気に入りで、どうしてもピアノで弾きたいと思って電子ピアノを買うくらい。​​​​​​​

─オマージュといえば「CCSC」のサビは、ジェリーフィッシュの「Joining A Fan Club」をオマージュしてます?

弓木:
そうなんですよ! 気づいてくださってメッチャ嬉しい(笑)。この曲は結構、色んなオマージュが実は入っていて。5拍子なんだけど8分で食うっていうリズムパターンは、ちょっと誰か忘れちゃったんですけどジャズドラマーの曲にあって。それを聴いた時に「いつか使いたい」って考えていたんです。あと、ギターのカッティングはエリック・ゲイルのアルバムを聴いている時に思いつきました。フレーズもそうですし、2回弾いてステレオで振り分けているのも彼がやってたことを意識していますね。​​​​​​​

─「カァカァカァ​​​​​​​」はジャズっぽいアレンジがスリリングです。

弓木:
この曲は、イントロに入ってるスキャットから思いつきました。コーラスで出来ているリフが印象的で、実は変拍子なんだけど気づかないというのを、「2人だけのデート」とは違って“敢えて”やりたかったんです。「ゴジラのテーマ」って実は9拍子なんですけど、“ゴジラ、ゴジラ、ゴジラがやってきた〜”っていうリフが印象的で、そうとは気づかないじゃないですか。この曲の拍子は、Aメロが6拍子と5拍子を交互に繰り返して、サビで6拍子になる……やっぱりサビで開放させたい気持ちがどこかにあるんですね(笑)!​​​​​​​

─今回のアルバムは、弓木さんが「変化していく自分」をとても楽しんでいるのが伝わってくるし、それを見ているとこちらも勇気が湧いてくるような気がします。

弓木:新しい名前で、新しいことに挑戦していくというのは、楽しくてワクワクしているのと同時に、今までの私を知っている人に対してはちょっと勇気の要ること
でもあって。でもそれってきっと、私だけじゃなくて誰もが経験することだと思うんです。例えば、それまでメガネをかけてたのに、ある日突然コンタクトにして出勤するとか、休み明けに髪型を変えて登校するとか。ほんの些細なことでもすごく勇気が要りますよね。今の自分は、そういうことがやりたくて。それが誰かを楽しませたり、力づけたり出来たらいいなと思っています。​​​​​​​

 


【Profile】

弓木トイ

2019年にデビュー10周年を迎える弓木英梨乃(KIRINJI)が始動させるソロ・プロジェクト。
バラエティに富んだ音楽ジャンルを、おもちゃ箱をひっくり返したようなサウンドに昇華、幾多のステージで磨かれた
弓木のギターテクニックやキュートな声音を乗せた、“弓木トイ・サウンド”を展開。

*弓木英梨乃
2009年シンガーソングライターとしてメジャーデビュー。
2013年夏、新生KIRINJIに正式メンバーとして加入。個人としても著名アーティストのライブやレコーディングサポート、楽曲提供、
アレンジ制作を行うなど、活動の幅を広げている。

ギターサポート経歴/相川七瀬、井上苑子、カノエラナ、柴咲コウ、土岐麻子、のん、秦 基博、Base Ball Bear、吉澤嘉代子…他多数(五十音順)

▼ 弓木トイ OFFICIAL SITE
https://www.yumikitoy.com/


https://twitter.com/yumikierino
https://www.instagram.com/yumikitoy/

 

【Release】

弓木トイ『みんなおもちゃになりたいのさ』

みんなおもちゃになりたいのさ

2019年4月24日(水) RELEASE

先行販売:3月21日(木)
※「弓木流vol.4」会場(東京キネマ倶楽部)にて

品番:YMCL-30005
価格:¥2,000(税別)
収録:6曲入りアルバム
発売元:株式会社ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス


Text:黒田 隆憲
Photo:井上 満嘉(インタビュー)、立脇卓(ライブ)