「いい人に思われたくて黙っているのは、罪!」作詞家・及川眠子×ドラァグクイーンユニット・八方不美人の<嫌われてもつらぬく私たちの生き方>:前編

ディーバユニット『八方不美人』をデビューさせ、ほぼ同時期に新刊『誰かが私をきらいでも』を上梓した作詞家の及川眠子。音楽と書籍、発信する形こそ違えども、そこには及川眠子からの、「生きづらさ」についての回答がある。八方美人にならず、たとえ誰かにきらわれたとしても媚びず、孤高に輝く生き方を選ぶ、その大切さを文字と音で伝えているのだ。
SNS界の論客として今もっとも舌鋒鋭く世の中を斬る及川眠子と、マイノリティの世界でひたむきに生き、今年「東京レインボープライド2019」への参加でも話題となっている3人のドラァグクイーンに、この時代を生きるための哲学を訊いてみた。
「嫌われない生き方なんて、無理じゃん。嫌われるのを恐れていたら、自由には生きていけない」
―まずは、及川眠子さんの新刊『誰かが私をきらいでも』について、お話をうかがいます。この本は、どういうお気持ちを込められたのですか?(この間、八方不美人の3名はメイクルームへ)
及川眠子(以下、及川):私はよく書店を訪れるのですが、行くたびに、ずっと不思議に思うことがあって。書棚に「嫌われないための生き方」について書かれた本がいっぱい並んでいるのよね。それを見て「なんで?」と、首をかしげてしまって。だって、嫌われない生き方なんて、無理じゃん。できないよ。誰だって必ず誰かに嫌われてる。嫌われるのを恐れていたら、自由には生きていけない。だから、「嫌われないための生き方」ではなく「好かれるよりも大事なものがある」という気持ちを、いつかかたちにしたい、とは考えていたんです。そんな時にちょうど、この本のお話があったの。
―この新刊は、なんでもTwitterがきっかけで生まれた書籍だそうですね。
及川:そうなんです。この本を担当したKKベストセラーズの鈴木さんという編集者が私のTwitterアカウントをフォローしていて、「これまでのツイートをもとに、一冊の本にしませんか」と声をかけてくれました。そして、4年分のツイートを全部プリントして持ってきたんです。
―よ、4年分のツイートをですか!? どえらい量です……。及川さんはそれを読み返されたのですか。
及川:ええ。自分のツイートを読み返すのは、すごい、イヤだった(笑)。
「いい人に思われたくて黙っているのって、私は罪だと思うの」
―僕も及川さんのTwitterアカウントをフォローさせて頂いていますが、140文字のエッセイになっていて、さすがです。しかも「好かれるよりも大事なもの」が貫かれていて、読んでいて胸に刺さります。このようなツイートをしようと思われたのは、なぜですか。
及川:はじめの頃は「お腹がへった」とか、その程度だったの。ただ、やり続けていくうちに「たとえ批判されても、自分の考えをしっかりと書く姿勢でTwitterをやると、つながれる人がいるんだ」と、わかってきたんです。ジェーン・スーさんや松尾貴史さん、吉田豪さんたちも、Twitterでのやりとりがきっかけで知りあえたんですよ。
―そうだったのですか。自分の考えをはっきりさせるからこそ、出会うべき人と出会えるんですね。とはいえ、時には辛辣で、「敵も増えるだろうな」と冷や冷やするツイートも少なくなく、スリルを感じます。
及川:だって、「作詞家の裏話」なんてツイートしたって、しょうがないもの。実際、特に裏話なんてないしね。それよりも、たとえ誰かに悪口を言われたって、世の中の動きに対して「これは違うんじゃない?」と自分の考えをはっきりと表明した方がいい。いい人に思われたくて黙っているのって、私は罪だと思うの。
及川さんの代表作・大ヒットアニメ・エヴァンゲリオン『残酷な天使のテーゼ』
―書名にも『誰かが私をきらいでも』とありますが、好感度を上げたい、好かれたいという気持ちは、おありではないのですか。
及川:ないない。だって私、全然いい人じゃないもの。嫌われる場合もあるでしょう。でも、そういう好かれないであろう自分をさらけ出すことが、詞を書く上で大事な点でもありますしね。そもそも表現って、そういうものじゃないですか。
「作詞家は、いやでもメンタルが鍛えられますよ。『好かれたい』なんて悠長なことを言っていたら続けられない」
―そのような及川さんのブレない強い言葉の数々が、「生きづらさ」に苦しんでいる市井の人々の道しるべになっているのだと感じます。そんなふうに「好かれなくてもいい」と覚悟を決められたのは、いつ頃ですか。
及川:やっぱり作詞家になってからかな。リクルートのOLだった時代は、まだ臆病だった。それこそ幼少期なんて、「前髪を切りすぎた」ってだけで泣いて学校へ行かないくらい弱気でした。周囲から変だと思われるのがいやだったのね。
―作詞家になって、精神的にタフになった、と。
及川:そうですよ。作詞家になったら、OL時代では考えられないひどい目にも遭うんです。必死で書いた詞を「あー、FAXしておいて。あとで読んでおくから」と言われて、送信したまま放置されていたり。あとで知ったけれど、ごみ箱に捨てられていたりね。読んでから没、だったらいいけれど、読まずに捨てられますから。そんな経験、なんぼでもあります。そりゃ、いやでもメンタルが鍛えられますよ。「好かれたい」なんて悠長なことを言っていたら続けられない。
―いつから傷つかなくなったのですか?
及川:いやぁ、今でも傷つきますよ。Twitterでクソリプが飛んできたら、やっぱりムカつくし、傷つくんです。「おばさんになったら女性は強くなる」って、あれは嘘ね。辛いことがあった時、ひどい言葉でののしられたときの治癒の仕方、受け身の取り方がうまくなるだけなんです。経験を積むっていうのは、「手当てが上手になる」ということなんですよね。
―Twitterは時代を映す鏡という側面もあるように感じるのですが、及川さんは、実際に運用されて、今の時代をどのように感じますか?
及川:「今どきの若い者は」っていう言葉、あるじゃないですか。でも、世代や年齢って、人間性となんにも関係ないって、わかりますね。十羽ひとからげに「若者は」だなんて一概には言えない。若い人でも「すごい才能だな」「しっかりしているな」と感心する人もいれば、いい歳してマナーも理解できずに「こいつバカか?」と情けなくなるのもいっぱいいる。あんまりひどいやつはミュートしちゃうしね。そういう、さまざまな世代の人たちの考え方をいっぺんに捉えられるのがTwitterのいいところですね。マーケティングの参考になります。
―新刊の『誰かが私をきらいでも』だけではなく、このたびプロデュースされた『八方不美人』にも、「誰からも好かれなくてもいい」という及川さんのスピリッツを感じるのですが。
及川:そうね。まんべんなく好かれるより、誰かに強く刺さるほうが大事だと思うんですよ。
ここで、メイクを終えたドラァグクイーンのトリオユニット「八方不美人」の3人が合流。話題は、及川さんとの出会いから、デビュー秘話へと移っていく。
「コンセプトは、全方位ブス。誰からも好かれるけれど毒にも薬にもならない、そんな存在にはしたくなかった」(及川)
八方不美人:左から、ちあきホイみ、エスムラルダ、ドリアン・ロロブリジーダ
―「八方不美人」というユニット名は、どのようないきさつでつけられたのですか?
ドリアン・ロロブリジーダ(以下、ドリアン):はじめは、私たちが及川先生に「八方美人って、どうですか」と提案したんです。だって私たち3人とも、「誰からも好かれた~い」という八方美人タイプだから。
エスムラルダ:すると及川先生が「八方美人? そんなの、つまんない!」「あんたたちには不美人の方が合ってるでしょ」とおっしゃって。鶴の一声で決まりました(笑)
及川:いいでしょ。「全方位ブス」というコンセプト。誰からも好かれるけれど毒にも薬にもならない、そんな存在にはしたくなかったから。ただ、「八方不美人」はドリアンたちのように楽しくて個性的なキャラクターだから洒落になるユニット名だとは思います。女の子にこんな名前をつけたら炎上しちゃう。
―「八方美人」の正反対を意味する媚びないユニット名であり、『誰かが私をきらいでも』にも通底する、生きづらさと対峙し続ける及川さんの哲学を感じるネーミングだと思いました。
及川:たとえ他人に嫌われたって、やりたいことを貫かないと、人生おもしろくないじゃないですか。
―みなさんは、「八方不美人」というユニット名には納得されていますか?
ドリアン:はい。むしろやる気が出ましたね。及川先生に「八方不美人」というユニット名をつけていただき、ご本を読ませていただいて、腹をくくった部分はあります。なにをやっても、嫌う人は嫌うんです。でも、なにをしても味方になってくれる人もいる。私を嫌う人にかかわっている時間は無駄なの。「愛は、自分を愛してくれる人に注ごう」と。そういう開きなおりが大切よね。
エスムラルダ:うん、開きなおりは大事。私は小心者なので、あえて嫌われる行為や発言はしないし、できる限り相手を不快にさせないよう気をつけてはいるけど、こういうメイクや格好で活動していると、それだけで拒否反応示されることもあるからね。というか、そもそも私たちのこのルックス、「不美人」という言葉がピッタリだなと思っています(笑)。
―エスムラルダさんは3人の最年長者で唯一の40代ですが、ほかのおふたりよりも経験が多い分、生きづらさを解消する部分でも長けているのではないかと思うのですが。
エスムラルダ:たしかに、年々生きやすくはなっていますね。それは、人間関係でもなんでも、「完璧を求めない」「期待しすぎない」「どうしても無理なことはあきらめる」ができるようになったからかも。若い頃は何でも欲しがっていて、それがエネルギーになる反面、しんどいことも多かったので。あと、歳をとるにつれ、嫌なことをすぐ忘れられるようにもなりました。たいていのことは、一晩寝たら忘れる(笑)。
―ホイみさんはいかがですか?
ちあきホイみ(以下、ホイみ):私はね、「自分が人から嫌われるはずがない」と思ってるの。
ドリアン:やっぱり! 自信家のあなたらしいわ~。
ホイみ:私自身が「人を嫌う」ことがないんですよね。どんな人とだって、話せばわかりあえると思っています。
ドリアン:確かに。人を嫌うって、時間の無駄なのよね。
<後編につづく>
【Profile】
及川眠子(おいかわ ねこ)
作詞家。1960年生まれ。和歌山県出身。
1985年三菱ミニカ・マスコットソング・コンテスト最優秀賞作品、和田加奈子『パッシング・スルー』でデビュー。Wink『愛が止まらない -Turn It Into Love-』『淋しい熱帯魚』(第31 回日本レコード大賞受賞)、やしきたかじん『東京』、『新世紀エヴァンゲリオン』主題歌・高橋洋子『残酷な天使のテーゼ』(2011年JASRAC賞金賞受賞)『魂のルフラン』、CoCo『はんぶん不思議』等ヒット曲多数。
歌い手に提供する作詞の他に映画やミュージカルの訳詞、舞台の構成、CMソング、アーティストのプロデュース、エッセイやコラム等の執筆、講演活動なども行っている。著書に『破婚〜18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間』(新潮社)、『夢の印税生活者〜作詞家になって年収を200 倍にする!!』(講談社)、『ネコの手も貸したい〜及川眠子流作詞術』(リットーミュージック)などがある。
また今年、8月31日の東京公演を皮切りに、福岡、名古屋、大阪、再度東京で上演される注目のミュージカル『ヘドヴィグ・アンド・アングリーインチ
<主演:浦井健治、アヴちゃん(女王蜂)>の訳詞も手がけている。
https://www.hedwig2019.jp/
新著『誰かが私をきらいでも』(KKベストセラーズ)
¥1,512(税込)
http://www.kk-bestsellers.com/ud/books/5c3daf7e776561441d020000
●公式サイト
http://www.oikawaneko.com/
●Twitter
https://twitter.com/oikawaneko
八方不美人(はっぽうふびじん)
新宿二丁目を拠点に活動してきたドラァグクイーン(女装パフォーマー)のエスムラルダ、ドリアン・ロロブリジーダ、ちあきホイみの3人によるディーバユニット。7月頃にセカンドアルバムのリリース、また間もなくファンクラブの設立も控えている。
【Twitter】
●八方不美人
https://twitter.com/HappoFuBijin
●エスムラルダ
https://twitter.com/esmralda001
●ドリアン・ロロブリジーダ
https://twitter.com/masaki_durian
●ちあきホイみ
https://twitter.com/chiaki_whit_mi
【Release】
八方不美人 『愛なんてジャンク!』
作詞家の及川眠子と、浅香唯「Believe Again」、アン・ルイス「WOMAN」、小柳ゆき「あなたのキスを数えましょう 〜You were mine〜」、原田知世「早春物語」、BaBe「I Don't Know!」などを手がけてきた作曲家/アレンジャーの中崎英也の両名プロデュースによる4曲入りデビューアルバム。ダンスチューンからバラードまで、華と毒が織りなす倒錯の世界へと聴く者を引きずり込む。
価格:¥1,620(税込)
レーベル:八方不美人
♪mysoundで試聴
【出演】
LGBTをはじめとするセクシャル・マイノリティの存在を社会に広め、
「“性”と“生”の多様性」を祝福するイベント
「東京レインボープライド2019」 に出演決定!!
4月28日(日) パレード プライドハウス東京(フロートNo.15)に八方不美人として参加
https://tokyorainbowpride.com/parade/
4月29日(月) フェスタday2 代々木公園野外ステージにて八方不美人として出演
https://tokyorainbowpride.com/stage/
【Live】
インストアイベント
日時:5月26日(日)
場所:タワーレコード名古屋パルコ店 西館1階イベントスペース
開演18:00
入場無料(タワーレコード名古屋店でCDお買い上げの方はチェキ会参加特典あり)
問:タワーレコード名古屋パルコ店 052-264-8545
https://tower.jp/store/event/2019/05/015006happouhubijin
Text:吉村智樹
Photo:グレート・ザ・歌舞伎町
Edit:仲田舞衣