日本最高峰の吹奏楽団は自衛隊にあり! 魅惑の「自衛隊音楽隊」<前編>

改元にともない、国家的行事が目白押しの今年。「令和」初の国賓として来日したトランプ大統領の歓迎行事で演奏を担当し、また来たる東京オリンピックを控え世界的に注目の集まる音楽隊があることをご存知だろうか? それは、なんと自衛隊にある。現在、陸・海・空それぞれの自衛隊で活躍する32の音楽隊のなかで、ひときわ重要な局面で演奏することを求められるのが、「陸上自衛隊中央音楽隊」。日本最高峰の音楽隊として、国賓を迎える式典から日本ダービー、定期演奏会まで、なんと年間約190本ものステージをこなす、“日本一スケジュール調整が大変なブラスバンド”だ。 そんな中央音楽隊をはじめ、一般には知られざる自衛隊音楽隊の実態を探るべく、昨年行われた「自衛隊音楽まつり」に潜入。そのレポートとともに、自衛隊音楽隊出身のジャズトランペッター類家心平さんと、中央音楽隊で第13代中央音楽隊長を務めた武田晃さんにお話を伺った。
毎年武道館で開催! 知られざるビッグイベント「自衛隊音楽まつり」!!
2018年11月。「自衛隊最大の音楽イベントを取材してもらえませんか?」という編集部からのオファーを受け、「なんか楽しそう〜♪」とゆるすぎる姿勢で九段下に足を運んだ筆者。事前リサーチの段階で、すでに前評判は高かった。しかし正直「自衛隊音楽まつり」というあまりにも清潔感あふれるネーミングに油断していた。
日本武道館をいっぱいに埋め尽くす観客ととともに血湧き肉躍る迫力の生演奏の洗礼を頭から浴び、衝撃を受けることになったのだ……。
「自衛隊音楽まつり」とは、自衛隊記念日行事の一環として、毎年11月頃日本武道館で開催される音楽イベント。陸・海・空音楽隊によるドリル演奏や自衛太鼓など、通常の音楽演奏とは一味違う迫力の演奏を一般客に向けて行っているのだ。昨年はテーマ「挑戦 CHALLENGE」のもと、「陸上自衛隊中央音楽隊」を含む陸海空自衛隊音楽隊のほか、自衛太鼓、防衛大学校儀仗隊、さらにゲストとして在日米陸軍軍楽隊、米海兵隊第3海兵機動展開部隊音楽隊、フランス海軍所属バガッド・ド・ラン=ビウエ軍楽隊、シンガポール軍軍楽隊が参加し、全5回の公演が行われた。
百聞は一見にしかず。まず、このダイジェスト映像を見て欲しい。
オープニングからまずすごい。
1音目がなった瞬間……「う、巧い!」いや、プロだから当たり前だけど、自衛隊というネーミングから何か誤解していた。この方々は一流の吹奏楽団なのだ! 美しい音の波が大音量で押し寄せ、多幸感に包まれる。
しかも自衛隊の音楽隊は「マーチングバンド」。美しい隊列で移動しながら演奏するアレだ。演奏しながらかなりのスピードで正確に歩を進め、美しい幾何学模様を織りなす。フォーメーションが変われば近づいてきた楽器のボリュームが大きくなるのも生演奏の醍醐味だ。華やかなトランペットの音色、温かいホルンの響きが順に体を満たし、映画のワンシーンのように美しく心に焼き付いていく。いったいどれだけの練習を積めば、こんな美しいハーモニーが奏でられるのか……。
海上自衛隊の音楽隊出身で、現在ジャズシーンを中心に活躍するトランペッター・類家心平さんは、当時を振り返りこう語る。
「音楽隊に所属する自衛隊員は、一般的な訓練をのぞいたすべての時間を練習と本番に費やします。もちろん入隊直後の数ヶ月は基本的な教練があって、自衛隊員としての基礎体力がなければ勤まりませんが、音楽隊に配属されると365日ほぼ音楽漬けの日々を送ることができるプレイヤーにとって理想的な環境にあるんです」
類家さんは、音楽好きな家族の影響で小学4年生のときトランペットに出会い、高校卒業まで吹奏楽部に所属。「マイルスでジャズに目覚め」音大への進学も考えたが、高額な学費に躊躇するなか、楽器にストイックに向き合える環境と「好きなトランペットの演奏で給料がもらえるなら……というちょっと不謹慎な理由ももちろんありました(笑)」と、地元である青森県の海上自衛隊に入隊し、24歳までの6年間を音楽隊の一員として過ごしている。
「入隊して4ヶ月は毎週5キロ、タイムトライアルで走り、海自なので遠洋航海実習では半年間洋上で過ごすなど、確かに訓練は想像以上に厳しいものでした。大雪だろうが炎天下だろうが、どんな天候であろうと出入港のたびに甲板や港で演奏しなければならなかったし、船上での音楽隊の演奏以外の仕事は皿洗いが中心だったりで、手荒れもしました。ただ、毎日8時間、高いレベルでクラシックから歌謡曲、ジャズ、演歌まであらゆる楽曲を習得するためにがむしゃらに技術の向上を目指すことができたのは、自分にとって本当に財産になりました」
音楽隊在籍時、憧れのプレイヤー山下洋輔さんとコンサートで共演した際の記念ショット
自衛隊を退職し16年が経つが、当時の上官からコンサートのゲストとして声がかかるなど、今も交流があるという。現役時代に「音楽まつり」に参加することはなかったそうだが、退職後に招待され「あの迫力には一般の方と同じように興奮しましたよ」と、心温まる思い出も聞かせてくれた。
さて、「自衛隊音楽まつり」に話を戻そう。
オープニングで中央音楽隊と一緒に行進をするのは「儀仗隊」だ。自衛隊の”イケメン部隊”として知られる第302保安警務中隊からの選抜メンバーで構成されている。歩くだけで神々しいほどに魅せる眉目秀麗なイケメンたちに、観客の目は釘付け。儀礼用の銃=儀仗銃を使ったパフォーマンスは、国賓の前で披露されるだけあり息を呑む美しさだ。CGかと思わされるぐらい正確な動き、一糸乱れぬにもほどがあるよ!! 人間ってこんなこともできてしまうんですね。
続いて美しい女性の歌声が日本武道館に響き渡る。そう、2018年の目玉のひとつは陸海空の5人の歌姫の競演だ。2011年、自衛隊初の歌姫となった海上自衛隊東京音楽隊の三宅由佳莉さんをはじめ、いずれも音大・芸大で声楽を専攻した高い歌唱力の持ち主が勢揃い。陸上自衛隊中部方面音楽隊の鶫真衣さんは、情報番組『スッキリ』にも密着されるなどキュートなルックスでも高い注目を集める存在だ。
先の類家さんもこう語る。
「自衛隊と一口に言っても、音楽隊にはそれぞれカラーがあるのも特徴です。特に自分が所属していた時代の海上自衛隊の音楽隊は、隊長がラテンパーカッション出身の方だったこともあり、音楽的にかなり自由な風潮だったように思います」
なるほど。自衛隊初の歌姫が海上自衛隊から生まれたのにもそうした背景がありそうだ。また、各国の音楽隊との交流も印象的な思い出として記憶に残っているそう。
「制服を着ている間は自衛隊としてふさわしい行動が求められるので、楽器を背負うことができないなど、常に緊張感もありました。ただ、それを差し引いても寄港先の国歌を演奏したり、非常にレベルの高い米軍の音楽隊と交流できたり、自衛隊でしかできない多くの経験をさせて頂きました。大事な公演に制服を忘れてしまって慌てたことも、今となっては良い思い出です(笑)」
さらに地鳴りが響いてきた……まさかの和太鼓だ!
自衛隊には全国に200もの太鼓隊がある。これは音楽隊と違ってクラブ活動的なもので、余暇の時間を使って演奏に勤しんでいるそう。この日のステージに立つのは選抜の12チーム。巧いのはもちろん、鍛え抜かれた肉体で振り下ろされるバチの迫力、統率の取れた演奏には日頃の鍛錬がしのばれ、「さすが自衛隊」というほかない。観客は割れんばかりの拍手を送る。
国際色も豊かで、毎年ゲスト参加している在日米軍の音楽隊のほか、2度目となるシンガポール軍軍楽隊、そしてフランス海軍所属のバガッド・ド・ラン=ビウエ軍楽隊が、日仏外交関係樹立160周年を記念して初参加。伝統音楽を演奏する音楽隊で、バグパイプやバンボルド(ブルターニュ地方のオーボエ)など珍しい楽器の音色で魅せてくれた。まさか音楽隊によって各国のお国柄を楽しむことができるとは! なんて素敵な音楽体験なんだろう。
上からフランス海軍所属のバガッド・ド・ラン=ビウエ軍楽隊、在日米陸軍軍楽隊、シンガポール軍軍楽隊
しかし巧いだけではここまで盛り上がらない。いずれの楽隊もエンタメへの意識が高く、サービス精神旺盛。米海兵隊の音楽隊は「We Will Rock You」で入場するし、在日米陸軍軍楽隊は艶っぽいシンガーが「ロッキーのテーマ」を朗々と歌い上げ、ギタリスト(バディ・ホリー似)とサックス奏者のソロバトルまで盛り込む。もちろん日本の自衛隊も負けてはおらず、航空自衛隊航空中央音楽隊が「天空の城ラピュタ」を演奏すれば、熊本からの西部方面音楽隊は『西郷どん』をはじめとしたNHK大河ドラマのテーマ曲メドレー。全出演音楽隊によりRADWIMPSのヒット曲「前前前世」も演奏された。もちろん海外からのゲストも一緒で、バグパイクによる「前前前世」のAメロは新しすぎるアプローチ!
また、演奏レベルの高さはもちろん、「自衛隊音楽まつり」で特筆すべきはとにかく凄まじい精度で進行していくオペレーション。20におよぶ盛りだくさんの演目を、1時間50分できっちりと終わらせる精度の高さにも驚愕した。
ここまですごいことができる音楽隊なのだが、その全貌は知られておらず、調べてもよく分からないのが事実。いったいどこにいくつあって、何人ぐらいいて、そもそも普段は何をしているの?
そこで書籍『陸上自衛隊中央音楽隊の吹奏楽入門』への協力や、新著『武田隊長の一流吹奏楽団の作り方』でも話題の第13代中央音楽隊長・武田晃さんにお話を伺った!
<後半へ続く>
<PROFILE>
類家心平
1976年青森県八戸市生まれ。
高校卒業後、海上自衛 隊の音楽隊で6年間トランペットを担当。自衛隊退官後はジャズ・クラブなどのセッションで活動。2004年にソニー・ジャズからジャズ系ジャム・バンド「urb(アーブ)」のメンバーとしてメジャーデビュー。渋谷のストリートでは300名を超えるファンを集め、2枚のミニ・アルバムと1枚のフル・アルバムをリリース、当時の渋谷タワーレコードなどのJ-Popコーナーで「これが話題のクロスオーバー!」と大プッシュされ、ジャンルを超えたファンを獲得。
タイで行われたバンコク国際ジャズ・フェスティバルに出演するなど注目を集める。「urb」の活動休止後は自身のユニット「類家心平 4 piece band」を主催。2009年にファースト・アルバム「DISTORTED GRACE」をリリース。2011年に菊地成孔のプロデュースで2作目「Sector b」をリリース。その他「菊地成孔ダブセクテット」、「DCPRG」、元「ビート・クルセイダース」のケイタイモ率いる「WUJA BIN BIN」や「LUNA SEA」のギタリストSUGIZOが率いるユニットにも参加。またジャズを題材としたアニメ「坂道のアポロン」の劇中のトランペットを担当、サウンドトラックに参加するなど活躍の幅を広げている。
http://ruike.daa.jp/
https://mysound.jp/art/344094/
<LIVE INFO>
【 RS5pb 】
類家心平 (trumpet)
中嶋錠二 (piano)
田中拓也 (guitar)
鉄井孝司 (bass)
吉岡大輔 (drum)
日時:5月30日(木)open : 19:30 start : 20:00
場所:PIT INN(新宿区新宿2-12-4アコード新宿B1)
http://www.pit-inn.com/
music charge : ¥3,000 + 税(1DRINK付)
【RUIKE SHINPEI quartetto 】
「live at BODY & SOUL “LADY'S BLUES” CD release live」
類家心平 (trumpet)
中嶋錠二 (piano)
鉄井孝司 (bass)
吉岡大輔 (drum)
日時:6月12日(水)open : 19:00 start : 20:00
場所:BODY & SOUL(港区南青山6丁目13−9 アニスビルディング B1F)
http://www.bodyandsoul.co.jp/
music charge : ¥3,800 / 会員 ¥3,300
<PROFILE>
陸上自衛隊中央音楽隊
1951年(昭和26年)6月、陸上自衛隊の前身である警察予備隊の音楽隊として発足し、以来60年以上にわたって日本を代表する吹奏楽団。国賓・公賓の歓迎行事での特別儀じょう演奏を延べ100ヶ国、1000回以上行い、これらの功績により2015年、内閣総理大臣「特別賞状」を受賞。また、オリンピックをはじめとする国家的行事にも数多く参加し、首都圏で開催される定期演奏会及び室内楽演奏会、全国各地へのコンサート・ツアーやオフィス街におけるコンサートの他、日本武道館で行われる自衛隊音楽まつり、陸海空自衛隊合同コンサート、21世紀の吹奏楽“響宴”やジャパン・バンド・クリニックへの出演、CD録音など多彩な演奏活動を行うとともに、全国の陸上自衛隊音楽隊員に対する教育も担当している。
https://www.mod.go.jp/gsdf/central/band.html
創隊68周年記念
第157回定期演奏会
新時代「令和」
永久のNIPPON~フェニックス!
日 時:2019年6月16日(日)
開場 13:30
開演 14:30
場 所:東京芸術劇場コンサートホール
指 揮:隊長 1等陸佐 樋口 孝博
曲 目
○秘儀Ⅶ「不死鳥」 西村 朗
○組曲「火の鳥」(1919年版) I.ストラヴィンスキー
○交響曲第5番「フェニックス」 J.バーンズ
他
応募締切:平成31年5月27日(月)24時00分
●応募フォームはこちらから
↓
https://www.mod.go.jp/gsdf/central/157concert.html
<書籍INFO>
■陸上自衛隊中央音楽隊の 吹奏楽入門
(ヤマハミュージックメディア/¥1,700+税)
■武田隊長の 一流吹奏楽団の作り方
Text:明知 真理子
Photo:Great the kabukicho
Edit:仲田 舞衣