ナイス♪ストリングス 10選 【百歌繚乱・五里夢中 第21回】


「ホーン・セクション」をやったら次はやはり、「ストリングス」かなと。日本語で言うと「弦楽器」。もちろん、バイオリンやチェロなど、単独で演奏する場合もありますが、ここでは複数で編成した「ストリングス・アンサンブル」について取り上げます。
第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロ、時にコントラバスが加わり、それぞれの人数を順に並べて、”6422”とか”86442”などと数字で編成を示したりします。理由はよく判りませんが、バイオリンが圧倒的多数にも関わらず、音域のバランスはちょうどいい。
「管弦楽団」などと言われるように、ホーン・セクションとストリングスはいいコンビであり、対照的でもあります。
管楽器は息の力で鳴らすので、音を長く出すことは苦手ですが、アタックをはっきりさせるのは得意。それに対して、弦楽器は弓で弦をこすって鳴らすので、アタックが苦手で、逆に長く続けるのはいくらでもできます。
ミュージシャンは、管にはジャズ畑の人が多く、弦にはクラシックの人が多い点も好対照ですね。
そんな正反対な特質を活かしつつ、レコーディングの現場では、両者とも”ウワモノ”なんて呼ばれて、ドラム、ベース、ギターなどの「ベーシック・リズム」の上に、必要性と予算(!)に応じて、彩りを添えるためにプラスされるのです。

ポップミュージックとストリングス


同じ「アレンジ」という作業でも、ベーシック・リズムは、コードを決めて、特に入れたいフレーズや仕掛けを指定すれば、あとはイメージを言葉で説明して……といういわゆるヘッド・アレンジでもなんとかなりますが、ストリングスはそういうわけにはいきません。
後藤次利氏がレコード作品で初めてアレンジを担当したのが、原田真二の「シャドー・ボクサー」だそうですが、「ストリングスを入れて欲しい」と注文され、慌てて編曲の教則本を買い込んで勉強し、なんとか譜面を書いていったが、実際音を出してみると案の定不協和音があって困った……というような逸話があるように、音楽理論を知り譜面が書けないと、ストリングス・アレンジはできないのです。
だからロック作品などではよく、ストリングス・アレンジだけ別の編曲家がクレジットされていることが多いですね。
そういうことからも、先程「予算に応じて」などと書きましたが、ストリングスを使うと、サウンドも豪華になるのと同時に制作費も”豪華”になります。それだけに、ストリングスを使って入念に作り込まれた音楽は、力作であり、名作である率も高いのではないでしょうか。
今回はそんな中から特に聴いていただきたい、ナイス♪ストリングスな10曲をご紹介いたします。

 

ナイス♪ストリングスな10曲


①George Benson「Breezin'」(シングル:1976年9月発売/from 15th アルバム『Breezin'』:1976年5月発売)
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私が敬愛するミュージシャン、板倉文が大好きで、ちょっと変わったその名前をよく口にしていたので、ストリングス・アレンジの名手といえば、真っ先に思い出すのがクラウス・オガーマン (Claus Ogerman)なのです。
ドイツ人なのでほんとは”Klaus”ですが、クレジットは”Claus”。1959年に渡米して以来、主にジャズ、ボサノバ方面で多くのビッグネームを手がけます。ビリー・ホリデイ、フランク・シナトラ、アントニオ・カルロス・ジョビン、ダイアナ・クラール……そしてこのジョージ・ベンソン。
アルバム『Breasin'』はポップな作りではありますが、一応ジャズ。なのにジャズ・チャートのみならず、ポップ・チャートでもR&Bでも1位という大ヒット。タイトル曲もヒットし、「スムース・ジャズ」の代表曲と言われています。
オガーマンの弦アレンジの特徴はあまり動かないことかな?透き透るようなクールな音が控えめに空間に色をつける程度。だけどそれでサウンド全体がフワッと浮き上がる。その中でベンソンのギターは気持ちよさげに囀り、飛び回っています。

 

 

②Nick DeCaro「Under the Jamaican Moon」(from 2nd アルバム『Italian Graffiti』:1974年発売)

プロデューサーならともかく、ストリングス編曲家となるとやはり陰の存在で、あまり目立つ人はいないのですが、ニック・デカロはこの、元祖AORとして高く評価されるソロ・アルバムを残していることで、よく知られていますね。
この人実は、先ほどのジョージ・ベンソン『Breasin'』のプロデューサーでもあるトミー・リプーマ (Tommy LiPuma)とは、同じ米国オハイオ州クリーヴランド生まれで若い頃からの友人同士。仕事面でもお互いを深く信頼し、プロデュース:リプーマ、アレンジ:デカロに加え、エンジニア:アル・シュミット (Al Schmitt)というトリオで数々の名盤を世に送り出しました。そう、本アルバムもそのトリオによる作品なんです。
本アルバムの収録曲は基本カバーです。そしてこの「Under the Jamaican Moon」も作詞・作曲がステファン・ビショップ (Stephen Bishop)とレア・カンケル (Leah Kunkel)という二人のアーティストによるものなので、てっきりカバーだと思っていたら、たしかにそれぞれ自身の音源もリリースしているのですが、カンケルが79年、ビショップが2008年で、本作が最も早い。ということは、デカロのためにこの二人に作ってもらったということになりますね。
編曲とアコーディオンが本業のデカロですから、サウンドの妙味がこの作品のポイントなんでしょうが、彼の歌唱も、ちょっと頼りないながらも、なかなか魅力的。
もちろん、ストリングス・アレンジは文句なしに美しい。そして茶目っ気というか、エンディングで、ギターソロにさりげなくストリングスが合わせてくる、こういうセンスが大好きです。

 


③Cecilio & Kapono「The Nightmusic」(from 3rd アルバム『Night Music』:1977年発売) song/3007495/
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ニック・デカロのたくさんの仕事の中から、今度はジャマイカじゃなくてハワイのほうへ行ってみます。1973年にハワイで結成された、Cecilio David RodriguezとHenry Kapono Ka’aihueのデュオ、”セシリオ&カポーノ”です。このアルバム全曲で、デカロはストリングスの編曲と指揮を行っています。
サウンドの作りとしては、とてもAOR的なんですが、ちゃんと南の島の感じ、砂浜に押し寄せる波や、潮風や、海の匂いまで漂ってくるような音ですね。ハワイのアーティストだからという先入観があるのかもしれませんが、やはり何かある。唄声がそうだし、声以外のものも。音楽がその生まれた土地の”スピリット”をちゃんと持っているのは、とてもだいじなことだと思います。
唄が終わった後の主役はストリングスです。赤から紫へ雲を染めつつ、波の彼方へ沈みゆく夕陽のように、フェイドアウトしていきます。

 

④GONTITI「Right Side of Sorrow」(from アルバム『Strings with GONTITI』:1998年7月18日発売) mysound_btn_470×58.png


GONTITIのTwinアコースティック・ギターをオーケストラ・サウンドで包む、というコンセプトで制作されたアルバム。11曲を4人の編曲家に依頼しましたが、この「Right Side of Sorrow」はブラジルのジャキス・モレレンバウム (Jaques Morelenbaum)という人が引き受け、レコーディングもリオ・デ・ジャネイロにて行われました。
前述のクラウス・オガーマンはドイツ人ですが、アントニオ・カルロス・ジョビンらのボサノバ音楽には欠かせない編曲家でした。そのせいか、モレレンバウムのストリングス・アレンジにも、オガーマンのセンスが引き継がれているように感じます。動きで奇を衒うのではなく、クールな和音の響きとそのゆったりとした流れで、聴くものを深く引き込んでいくのです。

 

 

⑤Superfly「愛をこめて花束を」(4th シングル:2008年2月27日/from 1st アルバム『Superfly』:2008年5月14日発売)
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Superflyでは、この曲がダントツに好きで、他はあまりピンときません。てか、他に数曲しか聴いたことがないので「知らない」と言う方が正しい。この曲を超えるのはむずかしいだろうなんて勝手に決めつけて、聴こうとしないのですが。
でもこの曲はホントに大好きです。歌唱、メロディ、アレンジ、演奏、ミキシング、どれもが10点(10点満点で)。歌詞だけ7点くらいかな。そして、ストリングスもすばらしいです。編曲は蔦谷好位置で、ストリングス演奏は”弦一徹ストリングス”。
全編、かなりストリングスがフィーチャーされたアレンジですが、特に後半、3分55秒辺りで転調した後の、2回目のサビ、それまでのコード進行が解体されて、ストリングスのメロディが1音ずつ階段状に登っていく、そこでのボーカルとのテンション感がこの曲のハイライトじゃないかな。聴き終わると、ちょっと呼吸が荒くなっています。

 

 

⑥Chocolat「もうひとつの雨 one too many rain」(5th シングル:1998年5月21日発売/from 1st アルバム『one too many Chocolat』:1998年5月30日発売)
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あまりその名を聞かなくなりましたが、ショコラ、夫の片寄明人(GREAT3)との”Chocolat & Akito”というユニットで活動されているようです。
ともかく、彼女のこの曲が、ストリングスという点からははずすことのできない名作なのです。曲全体に渡り、かなり分厚いストリングスが、スピーカーから溢れ出すようにドラマチックに鳴り続けます。それが濃厚なだけに、1コーラス終わった後、数小節ストリングスが抜けると、サーッと鮮烈な風が吹き抜けるようで、これも快感。でまた、分厚いストリングス。それは街の空に広がる重い雲のようで、でもグングン動いている。やがて降り出す激しい雨、……ストリングスがはっきりとそんな絵を見せてくれるのです。
サウンド・プロデュースは神田朋樹ですが、ストリングス・アレンジと指揮は美島豊明。神田氏はカヒミ・カリィとか。美島氏はコーネリアス作品のほとんどに関わっている、プログラミングが本職の人。いわゆる「渋谷系」の才人たちが支えていました。
ちなみに、YouTubeに同曲のライブの動画がありましたが、この録音音源とは似ても似つかぬものになってしまっています。アレンジ次第で曲はここまで変わるんだという好サンプルかも。

 

 

⑦PSY・S「遊びにきてね」(13th シングル:1990年5月21日発売/from 6th アルバム『SIGNAL』:1990年7月1日発売) mysound_btn_470×58.png


速いテンポの8ビート・ロック+ストリングス、という点では「もうひとつの雨」と同タイプの曲です。でも、ストリングス・アレンジはずいぶん趣が違う。あちらの重厚濃密型に対し、こちらは軽やかで俊敏で鮮やか。速いパッセージのフレーズが、ハチドリのように目まぐるしく飛び回っています。
ストリングス・アレンジは溝口肇。演奏は”金子飛鳥グループ”。溝口君自身もチェロでグループに参加しているようです。「演奏するのたいへんそうだから、アレンジやって指示するだけじゃ文句言われるので」ってことなのかな?
それまでは”打込み”が多かったPSY・Sですが、このアルバムは、ライブでのバックバンド”Live PSY・S”の演奏、そしてストリングス、それをアナログ・テープレコーダーで録音し、わざわざアナログのカッティングをして、その音からCD化したという、徹底的に”人力”とアナログにこだわった作品みたいです。たしかに、そんな気迫伝わってきます。

 

 

大貫妙子「Espoir」(from 19th アルバム『Ensemble』:2000年6月21日発売)
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坂本龍一のストリングス・アレンジも大好きです。教授が作る音楽は、それを構成する音のひとつひとつが丹念に磨き上げられている、そんな印象を持っています。スティーブ・ジョブズがiPhoneの躯体の、質感やフォルムの極細部に至るまでこだわったという話とかに、私の中ではつながります。人がほんとにいいなと思う作品には、作り手のそんな細かな気遣いが幾重にも練り込まれている、そんな気がします。「神は細部に宿る」です。
教授アレンジのストリングスは音がとても美しい。そして明るくて格調高い。
プレイヤーは別の人なのですから、アレンジャーに音色までコントロールすることはできないはずなのですが、なぜか教授がアレンジしたストリングスの音、というものがあるような気がします。あの、教授がアカデミー賞を獲得した、映画「ラストエンペラー」のサウンドトラック(1988)の時にそう思いました。
惜しむらくは大貫さんの唄かなー。ストリングスの格調高さに寄り過ぎているような気がします。もっと何気ない感じで唄ってほしかった。よけいなお世話か。

 

 

⑨The Drifters「There Goes My Baby」(3rd シングル:1959年4月24日発売)
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ここで突然、古い曲。なぜかと言いますと、これが、リズム&ブルースに初めてストリングスを持ち込んだ作品だそうだからです。
ジェリー・リーバー (Jerry Leiber)とマイク・ストーラー (Mike Stoller)、通称”リーバー&ストーラー”がプロデュース。彼らは世界で最初の本格的なプロデューサーだと言われています。本来は作詞・作曲のチームなんですが、この曲では曲作りには関わっていません(曲を作っているのはこの時の”The Drifters”メンバーだったベン・E・キング他)。で、彼らは当時としては誰もやっていなかった、リズム&ブルースへのストリングス導入やブラジル音楽の「バイヨン」というリズムの導入を試みました。今となってはその新しさはうまく実感できませんがね。また彼らとしては、ロシアのクラシック作曲家、リムスキー・コルサコフのようなストリングスのつもりだったらしいのですが、そうはちっとも聞こえません(^^)。でも、今聴いてもなかなかオシャレなストリングスではあると思います。

 

 

⑩Electric Light Orchestra「Showdown」(3rd シングル:1973年9月14日発売/from 3rd アルバム『On the Third Day (US ver.)』:1973年11月発売)
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”ナイス♪ホーン・セクション”の回には、”Chicago”とか”BS&T”とか、バンド内にホーン・セクションを抱えたバンドがいくつか登場しましたが、バンド内にストリングス・セクションがいたバンドというのは、この”ELO”の他に知りません(ネットで探せばいくつか名前は出てきますが……弦楽器奏者が一人いるバンドはわりとありますがね)。
英国バーミンガム出身。1971年デビュー。バンド内にチェロ2名、バイオリン1名が在籍し、”ロック+弦楽三重奏”というユニークなサウンドを生み出しました。売れていくにつれ、どんどんポップになって、70年代後半からはレコードでは大編成のストリングスを使うようになり、さらに80年代にかけてはシンセサイザーを多用するようにもなって、バンド内の弦楽器メンバーの存在意義はなくなってしまいますが、この「Showdown」はまだレコーディングでも3人だけの時代。人数が少ない分、ストリングス・アンサンブルとしては荒削りなのですが、そこが返ってロックっぽくてカッコいいのです。

 

 

 

以上、”ナイス♪ストリングス”な10曲でした。

70年代後半に、「ソリーナ」というストリングス的な音が出せる鍵盤楽器が登場しました。それからシンセサイザーがいろいろ出てきて、サンプラーで本物の弦楽器の音をサンプリングして使えるようになり、……その折々に、「もうレコーディングでストリングス・セクションは要らないかも」なんて囁かれてきたのですが、結局そうはなっていません。たとえば冨田ラボの冨田恵一君は、ドラムなどでは、サンプリングとプログラミングの腕を駆使して、本物以上とも言える音を作りますが、そんな彼でも、やはりストリングスやホーン・セクションはミュージシャンを使っています。
人が大勢集まって、ひとかたまりの音を出す。一見非効率なんですが、大勢だからこそ生まれるものがあります。一人一人が出す音が、ピッチとかタイミングとかダイナミクスとか、ほんの少しずつ違うので、それがいっしょになると大きく豊かに膨らむのですね。コーラスなんかも同じです。独りで重ねて作ることもできますが、何人かでやるほうがもっとリッチになります(もちろん音痴な人が混じっちゃダメですが)。
これが”人間力”というものですかね。ポップ音楽は「何でもあり」が原則だと思いますが、やはり人間力があまり入ってないものは、つまらないな。

いやぁ、それにしても、音楽ってちっとも飽きないですねー♪