世界が注目する日本のアンビエント〜Visible Cloaks ×尾島由郎×柴野さつきが語る“ポスト・インターネット”時代の環境音楽〜


YouTubeをはじめとする音楽配信を通じて、シティ・ポップやニューエイジ・ミュージックなど、80〜90年代の日本人アーティストの楽曲が海外で高く評価される現象が起きている。特に、リイシューによって息を吹き返した80年代の日本のアンビエントミュージックが世界中の注目を集めるなか、その先駆的存在であり、気鋭のレーベルとして知られるニューヨークの〈RVNG Intl.〉より至宝のアルバム『serenitatem』がリリースされた。
80年代より公共施設の環境音楽を手がけ、日本のアンビエントシーンを牽引してきたアーティストの尾島由郎とピアニストの柴野さつき。そして、かねてから尾島の大ファンだったという現代のアンビエントシーンを象徴するアメリカ人のユニットVisible Cloaksによって共作されたこのアルバムは、国や世代を越え、まさに“いまの音楽”といえる美しい作品。今秋ヨーロッパツアーを控える皆さんに、この作品ができるまでの背景と一大ムーブメントになりつつある“日本のアンビエントシーン”について伺った。

環境音楽(尾島)1

左から、Visible CloaksのRyan Carlile(ライアン・カーライル)とSpencer Doran(スペンサー・ドラン)、柴野さつき、尾島由郎。共作『serenitatem』は今年4月にリリース。また、尾島の楽曲をはじめ、80〜90年代の日本の環境音楽が収録されたコンピレーション『KANKYO ONGAKU: JAPANESE AMBIENT ENVIRONMENTAL & NEW AGE MUSIC 1980-90』もほぼ同時期にリリース。

“ポスト・インターネット”以降の感覚が生んだ、新しい質感の音楽

 

-知り合うことになったきっかけを教えてください。

尾島:
スペンサーから最初に連絡をもらったのは、もう随分前のことで、2011年なんです。その時はまだ会ったこともなくて、「あなたの音楽について詳しく教えて欲しい」「この音楽を知っていますか?」というようなやり取りがメールで続いていたんです。

スペンサー:尾島さんは環境音楽に対する僕の考えにすごく共感してくれていて、そういったやり取りのなかで自分の音楽への視点が広がりました。

尾島:そうしたやりとりがあったしばらく後、2017年に彼らがリリースしたセカンドアルバム『Reassemblage』を聴いて衝撃を受けたんです。家で聴いていた時に、「過去にメールをもらった人が、この人なんだ……!」って初めて気がついた。だから、結ばれるべくして結ばれたんだと思います。

 

環境音楽(尾島)2

 

-尾島さん、柴野さんは東京、Visible Cloaksはポートランドを拠点としていますが、制作はどのように進めたんですか?

スペンサー:
音のやり取りはメールでしていました。これまでの作品のベースや知識に共通するところが多かったので、すでにお互いのプロセスを理解していたという点ではとてもやりやすかったです。これってすごく素晴らしいことで、なぜなら、本当に自分たちがやりたいことを理解してくれる人って数少ないと思うからです。いちばん最初に尾島さんが「〈RVNG Intl. 〉は21世紀版の〈Lovely Music〉*1レーベルだよね」と言ってくれたことが今でも印象に残っていて、その言葉を聞いた瞬間、“お互いのことをわかっているな”ってはっきりとわかりました。

尾島:聴いている音楽も同じだし、使っているソフトウェアも同じだったので、きっとうまくいくと思いました。

ライアン:僕も、制作で使うツールのシンクロ具合を感じたんですよ。

尾島:あとは、音の「管理」。たとえば、もう少し小さく、もう少し大きく、もう少しスペースをあけたいとか、管理の仕方の細やかさにとても感性が合ったので、一緒にやっていてエキサイティングでした。

スペンサー:ピース(曲)はいつも特別に生まれるものだから、管理力ってすごく問われることだと思うんです。だから、同じ価値観を持っている尾島さんと柴野さんと作品をつくることができて幸せでした。

ライアン:最初にトラックを送り始めた頃って、僕たちはちょうどツアーをしていて、移動の電車の中でヘッドフォンを使いながら、スペンサーとトラックのファイルを投げ合ったていたんですよね。

スペンサー:オリジナルスケッチは、ツアーの真っ最中、小さいキーボードを使って電車やホテル、飛行機の中でつくっているんです。

柴野:最初のオリジナルスケッチのフィーリングがすごく良かった。

尾島:1つの流れみたいなものを送ってくれて、そのステムを聴いて僕が別のステムをつくったり、あるいは彼らが送ってきたステムを変化させたりとか……。そのやり取りのなかに柴野さんも入ってきて、だんだんできあがっていくんです。

柴野:曲によって違うんだけど、私は、何回かスケッチを聴きながら上にピアノを弾いて、録音を聴き返して、最終的に音を重ねたり抜いたりする作業をしました。

尾島:そうやってできたいくつかのステムを最終的にミックスして曲のカタチにしていったのは、スペンサーです。

スペンサー:!!!

柴野:私はピアノを弾いたけど、できあがるにつれて次第に、電子音と生楽器の音の境界線がわからなくなっていった。それがこのアルバムの質感だと思うんですよね。

尾島:“ポスト・インターネット”以降の感覚っていうか、インターネットが普及してから人の感覚に現実とバーチャルの境目がなくなったりするような……、そんな新しい質感の音楽になったと思います。

*1……1978年に美術運動家のミミ・ジョンソンによりニューヨークで設立された新しいアメリカの音楽を発掘するレコードレーベルで、アメリカにおける重要なレーベルの1つ。

 

環境音楽(尾島)3

 

-プロモーションに使われた「Stratum」では、特に皆さんの個性が活きていました。

尾島:「Stratum」って、地層の「層」を意味するんですよ。あとインターネットのなかでネットワークタイムプロトコルの階層構造のことも、「Stratum」っていうんですが、ほかの曲と比べると、「Stratum」はエネルギーや運動が違う音同士が出合ってできあがっているんです。バラバラの性質のものが成し得て1つの層になっていて、遠くで聴くと1つの曲に聴こえるし、近づいてみると色や性質の違ういろいろなものが見えてくる、そんな曲ですよね。

「Stratum」

スペンサー:おもしろかったのは、僕たちはコンピューターで音楽を生成する「Wotja(ウォチャ)」というジェネリック音楽*2ソフトウェアを使っているんですけど、それは尾島さんが90年代に使っていたソフトウェアの新しいバージョンだった。この「Wotja」を使ってつくったメロディーに対するカウンター・メロディー*3を柴野さんにピアノで弾いてもらったんです。あと、「Ableton Live」にはサウンドからMIDIを生成するツールがあるので、ピアノの音からマリンバや声のフレーズをつくりました

ライアン:尾島さんもアルゴリズムによる音楽生成をしていたことを知らなかったので、初めてスタジオで会った時に、同じテクニックで音楽をつくっていたことを聞いて、僕たちはつながっているんだとあらためて感じました。

尾島:僕は、彼らが使っている「Wotja」のお父さんに当たる「KOAN Pro(コアンプロ)」というソフトウェアを80年代によく使っていました。そして彼らは、「Wotja」のような現代のジェネリック音楽ソフトウェアを応用して今まさに新しい音楽を生み出しているわけです。「Stratum」のような音楽を、再び彼らと一緒に作れたことはとても嬉しいんです。

*2……作曲法をアルゴリズム化し、コンピューターで自動的に音楽を生成すること。
*3……メイン・メロディー(主旋律)を効果的に補う別のメロディーのこと。

 

環境音楽(尾島)4

 

-「Anata」や「Lapis Lazuli」には、柴野さんの声を乗せていますね。

尾島:彼らのアルバム『Reassemblage』には甲田益也子さんのボイスをMIDI変換してメロディーを生成している曲があって、僕はそれがすごくおもしろいなぁと思っていたんです。そこで柴野さんの声は僕らのユニットのなかでも1つの重要なアイコンなので、ぜひ素材に使ってみたかったんです。
 

Visible Cloaksのセカンド『Reassemblage』に収録された「Vale」は、dip in the poolの甲田益也子さんとの共作。


尾島:「Anata」には日本語とフランス語で交互に声を乗せています。日本語の母音が多い言語とフランス語は音の性質が異なるので、それによってエフェクトのかかり方が違うし、同じ単語でもできあがるものが変わるから、それを試したかったのはあります。これは、柴野さんの声をもとに、彼らがジェネレートして新たなメロディーをつくっています。

スペンサー:話し声を使うことに興味があったのは、“物理的な情報”として音の加工をしてみたかったんです。だから「Anata」ではほかのいろんな曲のエフェクトを使っていて、通常の話し言葉ではない、予期もしないメロディーができあがったんです。

尾島:そういう作業のさじ加減ってすごく難しいんですけど、それをスペンサーには安心して任すことができました。

スペンサー&ライアン:(恐縮です)!!!

「Anata」

-全体を通じて、無機質なものと有機的なものが融合しているように感じました。

尾島:
『serenitatem』は、丁寧にデザインされたプロダクツのような音楽になったと思います。普通、音楽には、音1つひとつにメロディーやハーモニーといった役割りがあり、それを曲として構築していくんだけど、今回は建物を造るような感覚に近くて、デザインのパーツを集めていくような作業でした。

スペンサー:僕の制作の考え方は建築と似ていて、スペースを使ったり、イントロダクションを成形したり、そんな1つひとつのものを組み合わせていく感覚で音楽をつくっているので、尾島さんはそう感じるんだと思います。

尾島:このアルバムは、多様性を含んでいると思います。もちろんディープリスニングもできるし、エクスペリメンタルな要素を楽しむこともできる。そして、気持ちよくて眠ることもできる。最終的に、聴いた人のなかに何かを生み出すことができれば、僕は「音楽をやっててよかったなぁ」って思うんです。

 

世界の注目を集める、日本のアンビエントミュージック

 

-シティ・ポップやアンビエントミュージックなど、80〜90年代の日本の音楽が、今、世界中で再評価されています。80年代より環境音楽を制作してきた尾島さん自身、このムーブメントについてどう思いますか?

尾島:
シティ・ポップが海外で再評価されていることは、すごく頷けるんですよ。言葉が日本語だったっていうだけであって、トラックの演奏は、世界的なクオリティだっただろうし……。これはもう、日本語アレルギーがなくなったから評価されたと思うんです。一方、アンビエントのようなインストゥメンタルの音楽は、「日本人がつくったもの」でももっとボーダレスな音楽だったはずなのに、全然輸出されてなかったと思うんですよね。それが、今なんで海外の人たちが聴いてくれいるのかっていうのは、逆に知りたいです(笑)。

スペンサー&ライアン:うーん(笑)。

ライアン:尾島さんが話すように、日本国内だけでしか起きていなかったことで、それを輸出しようとする努力が今ほどされていなかったのがいちばん大きいと思うんです。

スペンサー:よくみんなに、「環境音楽がアメリカとヨーロッパでなぜこんなに大きなムーブメントになっているのか?」って聞かれるけど、僕はいつも、今まで起きてなかったこと、人々が見つけられなくて起きえなかったこと、なかなか日本から外に出なかったことだと答えています。当時ここまでインターネットが普及していなくてモノでしか世界に届かなかったものが、今ではYoutubeやSoundCloudのようなDJミックス配信のおかげで音楽がより身近なものになったんです。そうやって、「今」みんなが聴けるようになったことが、大きな理由だと思います。

柴野:そうですね。それは日本も同じで、国内でも当時そんなに流通されていなかったですから……。
 

今年4月にシアトルのレーベル〈LIGHT IN THE ATTIC〉よりリリースされた『KANKYO ONGAKU: JAPANESE AMBIENT ENVIRONMENTAL & NEW AGE MUSIC 1980-90』は、ムーブメントの象徴ともいえるコンピレーションアルバム。吉村 弘や芦川 聡、久石 譲など名だたるアーティストたちに並び、表参道の複合文化施設「スパイラル」のために制作した尾島の楽曲『Glass Chattering』が収録されている。


ライアン:僕はミニマル・ミュージックを代表するスティーブ・ライヒやテリー・ライリーを聴いてきたんですが、気に入っていたはずの音楽でも知らないことがあるのに、日本人は本当によく知っているのと同じようなことですよね。僕の好きな音楽は70年代のアメリカ・ミニマリズムですが、同じ時代に日本でつくられた音楽を初めて聴いた時は、嬉しかったし、その芸術的なインスピレーションがとても気に入ったんです。

スペンサー:自分たちの国のことを遡っていくのはすごく簡単なんだけど、日本のシーンを遡っていくって、その行為自体、僕たちは近未来的に感じます

ライアン:そうだね。

 

環境音楽(尾島)5

 

尾島:80年代の日本の音楽の生まれ方や聴かれ方は、ちょっと特殊だったからね。時代の変遷とともに長らく“真空パック”されたまま眠っていたそれらの音楽が、今インターネットによって世界の人が広げてくれていますよね。

スペンサー:時が流れて、ヨーロッパとアメリカの人々が日本に注目し始めて、音楽シーンを消化してきたことによって日本に興味のある人たちが広めていったから、こういった音楽が増えてきたんだと思います。

柴野:それに貢献してくれているのは、素晴らしいですよね。

ライアン:昔ほど“レアなレコード”という枠に留まらず、より身近に音楽を聴ける環境になったことが何より大事だと思うので、将来このアルバムを聴いた人たちにも同じことを感じてもらえるといいと思います。
 

 


 

【INFORMATION】
Visible Cloaks, Yoshio Ojima & Satsuki Shibano
『FRKWYS Vol. 15: serenitatem』発売中


info.png環境音楽(尾島)6

Format:LP / Digital
Label:RVNG Intl.
https://shop.igetrvng.com/products/visible-cloaks-yoshio-ojima-satsuki-shibano-frkwys-vol-15-serenitatem

 


 

【PROFILE】
尾島由郎(おじま・よしお)

作曲家、音楽プロデューサー、マルチメディアプロデューサー。代表作はソロアルバム『Une Collection des Chainons I&II』『HandsSome』(スパイラルレコード)。そのほか、ピアニスト柴野さつきのアルバム、吉村 弘の『Pier&Loft』のプロデュースも手がける。「スパイラル」(ワコールアートセンター)をはじめ、「リビングデザインセンターOZONE」(新宿パークタワー)や「東京オペラシティ ガレリア」、「キャナルシティ博多」などの施設の環境音楽を制作。サウンドデザインやサウンドシステムの開発にも携わる。最近では、80〜90年代の日本の環境音楽にフォーカスしたコンピレーションアルバム『Kankyō Ongaku: Japanese Ambient, Environmental & New Age Music 1980-1990』(2019年、Light In The Attic)に過去の楽曲が収録されるほか、海外レーベルより『Une Collection des Chainons』をはじめとする過去のアルバムのリイシューも予定されている。
www.yoshioojima.com/

柴野さつき(しばの・さつき)

エリック・サティをはじめとする近代/現代ピアノ音楽のスペシャリスト。桐朋学園音楽科卒業。東京音楽大学ピアノ科演奏家コース卒業後、井口愛子に師事。渡仏し、J.J.バルビエに師事。帰国後、サティの作品を演奏したCDを発表するほか、スクリャービンのプレリュード曲集をはじめとするアルバム制作やコンサートも行い、枠にとらわれない自由な演奏活動を展開している。代表作はソロアルバム『うつろな空想~エリック・サティ・ピアノ・コレクション』、『アルバム・リーフ~ピアノ姫と7人の作曲家たち』ほか。サティのノクターンを中心に構成した最新作『belle de nuit satsuki shibano / yoshio ojima』は、今まで前奏曲しか演奏されることのなかった未発表の大曲エリック・サティ『星たちの息子・全曲版』日本初のスタジオレコーディング盤。最近では初期にレコーディングしたサティのピアノアルバムなどが海外で高く再評価されている。
www.satsukishibano.com

Visible Cloaks

アメリカのポートランドを拠点とする、Spencer DoranとRyan Carlileによるユニット。人々が集う「場所(place)」と一過性の空間「非場所(non-place)」、緻密な「編曲(arrangement)」と抽象的な「環境(environment)」など、音楽のテクノロジーと組成の交点をテーマに作品を発表している。彼らの音楽はサイトスペシフィック・アートのような多様性を持ち、オーディオビジュアルでのライブパフォーマンスやソフトウェアによって自然派生したアンサンブルの音楽組成、そして、ランダム化された音のインスタレーションなど、多くの要素を含んでいる。2017年には絶賛されたアルバム『Reassemblage』とシングル『Lex』が、アーティストBrenna Murphyによるビデオ作品『Permutate Lex』とともにNYのレーベル〈RVNG Intl. 〉よりリリース。2018年には初のワールドツアーを成功させ、2019年春、アーティスト尾島由郎とピアニスト柴野さつきとのコラボレーションアルバム『FRKWYS Vol. 15: serenitatem』をリリース。
www.visiblecloaks.com

 


 

Text:草深早希
Photo:小原泰広
Translator:橋本ノリユキ
撮影協力:屋上庭園「KITTEガーデン」(http://jptower-kitte.jp/