ナイス♪インストポップ 10選【百歌繚乱・五里夢中 第22回】


もう長いこと、ポップミュージックと言えば、「歌モノ」なのが当たり前になっていますが、改めて考えてみると、歌がなければポップじゃないのかと言うと、そんなことはない。もちろん歌声はいちばん身近な”楽器”だと言えるでしょうし、その個性とニュアンスの表現力では、どんなものにも負けない最強の楽器でもあるのですが、昔は、クラシックでもジャズでも、歌モノは一部で、むしろ歌のない音楽のほうが主流でした。いったいいつから、そしてなぜ、歌モノが中心になってきたのでしょうか?

原因のひとつと思われる事件が1940年代前半にありました。
米国では戦前、ラジオでは基本的にレコードをオンエアしませんでした。当時はレコードの音質よりAMラジオの音質のほうが優っていたということもあるのですが、アメリカ音楽家連盟(American Federation of Musicians)という、ミュージシャンの労働組合が強い力を持っていまして、生演奏という仕事を確保するために、レコードの放送させなかったのです。そんな彼らが1942年、今度はレコード会社に、「ミュージシャンのギャラを上げなければレコーディングをボイコットする」と圧力をかけました。レコード会社は渋々要求を飲みますが、歌手については例外だったので、それ以降の音楽では、歌をフィーチャーし、逆に楽器は減らすという傾向が強くなっていったそうです。
そして、テレビの時代となり、エルヴィス・プレスリーやザ・ビートルズのような、ルックスも含めて若者に絶大な人気を得るスーパースターが出てきて、世の中はどんどん「歌」を求めるようになったんだと思います。

一方、歌がないポップミュージックは隅に追いやられ、あえて「インストゥルメンタル(楽器の/以下「インスト」)ポップ」などと呼ばれ、なにかまるでひとつのジャンルであるかのように分類されるようになりましたが、もちろんそれは音楽的な区別ではなく、「歌がない」というだけで、そこにはあらゆるジャンルに渡る雑多な音楽が含まれます。なので、インストポップという括りで選曲するのは、乱暴っちゃあ乱暴です。
ただなんと言うか、ナイスなインストポップには、ビートやアンサンブルなどはそれぞれでも、メロディとコード感と音色でもって心に語りかけてくるという点で、私はそれなりの共通性を感じます。
そして、歌詞という具体的な意味を持つものがそこにないがゆえに、脳で言えば右脳ですか、イメージ的に言えば、精神の奥の方に直接染み込んでくるような愉しさが、インストポップにはあるのです。

ナイスなインストポップ10曲


①The Shadows「Theme for Young Lovers」(シングル:1964年発売)
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1958年、“The Beatles”以前の英国を代表するポップシンガー、クリフ・リチャード (Cliff Richard)のバックバンドとして結成されたのが“The Shadows”です。初め”The Drifters”と名乗りましたが、米国に同名の男性コーラスグループがあるため、59年に改名。60年に、インストで「Apache(アパッチ)」をリリースしたところ、なんと全英5週連続1位の大ヒットとなり、単体でも人気バンドとなりました。
同時期に、米国では”The Ventures”、”The Chantays(シャンテイズ)”、”The Astronauts”、スウェーデンには”The Spotnicks(スプートニクス)”など、世界中で、エレキギターをメインにしたインストポップバンドが輩出し、いわゆる「エレキ・インスト」が一大ブームとなりました。その後ビートルズやビーチボーイズなどの優れた歌モノが出てくると、一挙にしぼんでいくのですが。これには、まずエレキギターとギターアンプが発達して、ギターの音は大きく激しくなったが、PAシステムが追いつかず、ライブでボーカルが聞こえないから、インストに走った、という背景もあったようです。
このバンドの看板はなんといってもリードギターのハンク・マーヴィン (Hank Marvin)。きれいに歪んだ音にエコーをたっぷりとまぶし、とろけるような独特のトーンは、とても印象的です。大瀧詠一さんもマーヴィンのファンだったようで、たとえば「フィヨルドの少女」のギターはまるでマーヴィンさんを彷彿とさせます。そしてこの曲は、大瀧さんが”ラッツ&スター”に提供した「Tシャツに口紅」の”ネタ曲”のひとつでもあるようです。​​​

 

 

②The Tornados「Telstar」(シングル:1962年8月17日発売)
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米国のフィル・スペクターに比肩する鬼才プロデューサーと言われたのが英国のジョー・ミーク (Joe Meek)です。ミークがセッションミュージシャンを集めて作ったのが、この”トルネイドーズ”で、ミークのレコーディング仕事をこなしつつ、ビリー・フューリー (Billy Fury)というシンガーのバッキング、そしてバンド自身の作品も発表という、まさに先程の”The Shadows”の対抗馬のような活躍をしていたバンドなのですが、そのシャドウズやクリフ・リチャードも届かなかった”全米1位”という記録を、彼らはこの曲「テルスター」で成し遂げたのです。しかもそれは英国のポップミュージック史上初、ビートルズ以前の唯一という快挙でした。
その要因としては、まず、この曲が「テルスター通信衛星」にちなんだものであったこと。これは最初期の通信衛星で、宇宙時代の幕開けの象徴として世界中の耳目を集め、この曲はそのイメージにピッタリな”宇宙サウンド”を表現していたのです。「clavioline」というシンセサイザーの赤ちゃんのようなキーボードの、それまで聴いたことのないような音色で奏でるメロディはキャッチーでした。ただ、作曲もプロデュースもジョー・ミークで、トルネイドーズのというよりは、バンド名義で出したジョー・ミークの個人作品みたいなものかと思います。

 

 

③Paul Mauriat「恋はみずいろ」(シングル:1967年発売)
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原曲はフランス語でタイトルは「L'amour est bleu(ラムール・エ・ブル)」。1967年に、「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」という…ポプコンみたいなものですかね…イベントで”ヴィッキー”という女性シンガーが歌ったのが最初です。4位に入賞して、ヴィッキーが仏語と英語でレコードをリリースしましたが、その時点ではさほど話題にはならず。
ところが、これをポール・モーリアがインストにアレンジして彼の楽団で演奏し、レコード化するとなぜか大受け、米国ビルボードチャートで5週連続1位となる特大ヒットとなりました。ちなみにビルボード「HOT100」でフランスの曲で1位になったのはこれが唯一!しかもインストなんですから、ちょっとなんと言うか突然変異的なヒットだったのです。
もちろん日本でも大ヒットしまして、それから70年代にかけて、いわゆる「イージーリスニング」がブームとなりました。ポール・モーリア楽団に続いて、”レイモン・ルフェーブル楽団”、”フランク・プウルセル楽団”、”カラベリときらめくストリングス”…と、同じような(失礼!)グループがどんどん登場して、それぞれにインストポップのヒットを競い合いました。そして、揃いも揃ってフランス発、というのがすごいですよね。

 

 

④Booker T. & the M.G.'s「Time is Tight」(シングル:1969年2月発売/from OSTアルバム『Up Tight』:1969年1月発売)
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パターン的には”The Shadows”、”The Tornados”のアメリカ版、バックバンドとして出発しつつ、自分たちの作品も発表していく、でも歌い手がいないからインスト曲になる、というグループですが、力量・仕事量ともにこちらの方が、かなり上をゆくのではないかな。
1962年に「Stax Records」のハウスバンドとして雇われ、レーベルの専属アーティストだったオーティス・レディング、ウィルソン・ピケット、ルーファス・トーマス、ステイプル・シンガーズ…といったソウルの巨人たちのレコーディングに携わりました。
彼らの音楽はメンフィス・ソウルあるいはサザン・ソウルと呼ばれますが、実はそのサウンドを作ったのは、このブッカー・T・ジョーンズ以下4名のツワモノたちなのです。で、ブラックミュージックの真髄みたいに言われているサウンドなのに、この”M.G.'s”のギター(スティーヴ・クロッパー)とベース(ルイ・スタインバーグ、後にドナルド・ダック・ダン)が白人だったのは、有名な”意外なエピソード”です。
スタジオで仕事を終えた後、遊びで演奏した「Green Onions」(1962年発売。もちろんインスト)をリリースしてみたら大ヒットしたので、バンド活動も始まりました。
この「Time is Tight」は68年の映画「Up Tight」のサウンドトラックの1曲ですが、映画は「公民権運動」を扱った社会派作品。内容が過激だったのか、短期間の上映の後全く市場から消え、サントラだけが存在しているという幻の映画なんだそうです。もし歌詞があったらサントラも闇に葬られたかもしれませんね。インストでよかった。

 

 

⑤The Section「Doing the Meatball」(from 1st アルバム『The Section』:1972年発売)
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この”ザ・セクション”も、事実上「Asylum Records」のハウスバンド的存在として、ジェイムズ・テイラーやリンダ・ロンシュタット、ジャクソン・ブラウンらのレコーディングおよびライブを支えましたが、集められたというよりは、売れっ子セッションミュージシャン同士が意気投合してバンドを結成した形です。結成は1970年頃、メンバーは、ダニー・コーチマー (Danny Kortchmar: g)、クレイグ・ダージ (Craig Doerge: key)、リーランド・スクラー (Leland Sklar: b)、ラス・カンケル (Russ Kunkel: dr)の4人。この内、ダージはどうも我が道を行くタイプらしく(たぶんAB型だと思いますが)、あまりいっしょにセッションしていないのですが、他の3人の、LA地域のSSWたちのレコードへのクレジット掲載度の高さと言ったら、相当なものです。
演奏は巧いけどボーカルがいないこの手のバンド、ソロ回しばかりやっていてもつまらないので、やはりメロディとアレンジ、それと楽器の表現力がだいじですね。
この曲は、何か嬉しいことがあって飛び跳ねてるみたいなメロディが魅力ですが、そのメロディを奏でつつ、弾けるようなソロも聴かせてくれる、ゲスト参加のサックス奏者、マイケル・ブレッカー (Michael Brecker)がすばらしい。
また、ラス・カンケルと言えば、どっしりとして余計なことをしない8ビートが売りのドラマーだというイメージがあるのですが、ここではなかなか軽快でファンキーなドラミングを披露してくれていて、これもナイス。

 

 

Dr.ドラゴン&オリエンタル・エクスプレス「セクシー・バス・ストップ」(シングル:1976年3月5日発売)mysound_btn_470×58.png

1975年秋に「バス・ストップ」というダンスが全米のディスコで大ブームになったそうです。当時のビクター音楽産業には「バス・ストップ」向けの曲がなかったので、筒美京平さんに依頼して作ったのがこの作品。多少コーラスで歌も入っていますが、まあインストポップと言えるでしょう。76年夏から大ヒットして、浅野ゆう子が日本語詞でカバーし、これもヒットしました。
洋楽に見せようと?、作曲クレジットが”Dr.Dragon”となっています。ちょっとウザいほど覚えやすいメロディは、”外国人が考えるオリエンタル”というコンセプトだったんじゃないでしょうかね。演奏のノリもなかなかいい、と思ったら、後藤次利、鈴木茂、林立夫、矢野顕子という錚々たるメンツらしい。
ところでこの「バス・ストップ」ダンス。どんな踊りか私は知らないので、YouTubeを検索すると、少なくとも2通りあってどちらが正しいのかわからないのですが、そのひとつは、「昔は鳴らしたもんさ」的なおじさんが、スーツを着て、でも狭いアパートの一室で、手慣れた感じで一連のパターンを繰り返し、黙々と踊り続けているという、かなりシュールな映像でした。こういうおじさんっていったい何のために動画をアップしてるんでしょうか?

 

 

⑦鈴木茂「コーラル・リーフ」(from アルバム『Pacific』:1978年6月21日発売)
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CBSソニー(当時)の橋本伸一さんという人が企画した「Sound Image Series」の第1作として作られたアルバムに収録されています。タイトル通り南太平洋をイメージして、浅井慎平さんの風景写真をジャケットに、細野晴臣と鈴木茂がそれぞれ3曲、山下達郎が2曲、インスト音楽を提供しています。こういうシリーズ企画ってだいたい、1作目は制作も宣伝も力を入れて、うまくいったら何作か続けるけど、やがて先細り…というような流れになるので、シリーズが多いほど1作目がよかった、という判断ができます。このシリーズは知る限り、あと4作あります…。
YMOの「コズミック・サーフィン」がYMOの1stアルバムよりも早く発表されたという歴史的トピックもありつつ、ともかくこのアルバムは名盤です。ザックリ言うと「フュージョン」の世界ですが、この時代のいちばんカッコよくて巧い演奏がつまっています。
中でもこの「コーラル・リーフ」は名作。音だけで夏、それも日本じゃなくてハワイの、爽やかな風を感じます。

 

 

⑧Kalapana「The Ultimate(鮮烈のチューブライディング)」(from アルバム『Many Classic Moments』:1977年発売)

ハワイのバンドなんですが、あまりハワイらしくない音楽です。「AOR」のジャンルに入れられることが多い。メロウ系、抒情系の曲も多いのですが、たまにグイグイ、それもけっこうプログレチックなロックものをやります。で、マラニ・ビリュー (Malani Bilyeu)とマッキー・フェアリー (Mackey Feary)という2人のボーカリストがいずれも割にやさしい声だからなのか、ロックもののときはインストになるのです。
私は、彼らのロックものが好き。この「The Ultimate」もキーボード、ギター、サックスがかなり激しいソロを繰り広げるノリノリのロックでありながら、随所の”キメ”やリズムの展開が面白い。「Many Classic Moments」というサーフィン映画のサントラで、残念ながらその映画は観れてないのですが、きっと邦題にあるように、サーフィンで「チューブライディング」をしているシーンのバックに流れているのでしょう。

 

 

⑨Yellow Magic Orchestra「TECHNOPOLIS」(1st シングル:1979年10月25日発売/from 2nd アルバム『SOLID STATE SURVIVOR』:1979年9月25日発売)
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声は入っていますが、少しですしロボットボイスだからインストポップでいいですよね?だいたい細野さんは当初”YMO”はインストでいこうと思ってたそうですが、ユキヒロさんが歌えることを知って、歌モノも視野に入れるようになったとか。でもそもそも細野さんの声もいいし、教授は巧くないけど唄うの好きだし、ねえ。
ともかくYMO、1st アルバムはどこか”手探り”なところがあったと思うのですが、この2ndには、やりたいことがしっかり見えたような確信と自信を感じます。革新的なコンセプトながら売れるかどうかは分からなかった不安も、このアルバムが見事チャートの1位となることで完全に拭われました。
たとえば「東風」とか、このアルバムの「RYDEEN」には、無機質なビート+オリエンタルなメロディという分かり易さがありますが、「TECHNOPOLIS」のメロディは無国籍というか、なんかアラビックでもあるし、得体がしれない。そして開発されたばかりのボコーダーを通した「T・E・C・H・N・O・P・O・L・I・S」というボイスが、12拍を10分割したテンポで発音されていくときのその微妙なズレ感覚。「ちょっと気持ち悪いのが気持ちよい」。ここで到達した、YMOならではの世界です。
ちなみに、1st アルバムからはシングルがなかったので、この曲が彼らの最初のシングルレコードとなりました。

 

 

⑩The Art of Noise「Beat Box」(1st シングル:1983年12月発売/from 1st EP『Into Battle with the Art of Noise』:1983年9月26日発売)
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コンピュータ・プログラミングが導入され、特に「サンプラー」というものが登場すると、音楽の多様性は一気に広がりました。しかし、可能性が広がることと、それを使って実際に斬新で面白いものを作り出すことは違います。たとえばFM放送は1933年には実用化され、36年にはFMラジオ局もできたのですが、まったく広まることはなく、技術もお蔵入りになってしまいます。高音質化とステレオ化でもてはやされるのは米国でも66年のこと。
もしもトレヴァー・ホーンという人がいなかったら、サンプラーもそういう運命を辿っていたかもしれません。「フェアライトCMI」という、サンプリング機能を初めて搭載したシンセサイザーが、発売されて間もなくの1983年という時点で、オーケストラのフォルテシモ演奏をサンプリングし、それを一つの楽器音のように扱うことを考えました。それが「オーケストラ・ヒット」。すごい発想力です。それを使った「Owner of a Lonely Heart」は、解散の危機にあった”Yes”に起死回生の全米No.1をもたらし、世界中の人にサンプラーの威力と魅力を示したのです。
ホーンが、その”Yes”の仕事を手伝ったJ.J.ジェクザリック (J. J. Jeczalik: programming)とゲイリー・ランガン (Gary Langan: engineer)に、アン・ダドリー (Anne Dudley: arranger)とポール・モーリー (Paul Morley: music journalist)を加えて結成したのが、”The Art of Noise”です。デビュー曲「Beat Box」は誰も体験したことのない斬新なサウンドで、インストポップの歴史に新しいページを加えました。

 

 

 

以上、ナイスなインストポップを10曲、お届けしました。
だけど、足りません!まだまだご紹介したい曲があります。なので、次回も続編をやらせてください。
ナイスなインストポップ、もう10曲、心をこめてご紹介いたします。

いやぁ、それにしても、音楽ってちっとも飽きないですねー♪