【音楽×野球】オルガンサウンドに魅せられて。プロ野球「最後の球場オルガン」秘話【第四弾】


大反響をいただいた『トランペットで愛を吹く!! プロ野球「私設応援団」という生き方』に続いてお送りする今回は、またしてもプロ野球・埼玉西武ライオンズの本拠地メットライフドームが舞台。
「音楽×野球」の取材でメットライフドームを訪れて、アレに触れずに帰るなんて、そんな野暮なことがありますか? ……というわけで、われわれ取材班は、ペナントレースが佳境を迎えていた夏の終わりに特別に時間を取ってもらうことにしたのでした。

かつて野球場では おなじみだったあの音色

 

もちろん、メットライフドームこと西武ドームで、音楽にまつわる「アレ」と言ったら、ほとんどの人は「あぁ、アレね」となりますよね?

 

西武ライオンズオルガン(1)

▲レフトスタンドから見て右手奥

西武ライオンズオルガン(2)

▲3塁側ホーム応援席の一角にある

西武ライオンズオルガン(3)

▲L'sダイニングシートの真下にあるあの楽器……

西武ライオンズオルガン(4)

 

そう、プロ野球の本拠地球場で常時聴ける唯一の存在となっている球場オルガン。

オルガンの生演奏を多くの球団が取り入れていた00年代までは、各地の野球場でもおなじみだった「音楽×野球」の象徴とも言える逸品です。

今回は、そんなメットライフドームのオルガンサウンドを奏で育んできた第一人者、安東みどりさんにインタビュー。野球観戦のBGM……と言ってしまうには奥深すぎる球場オルガンの知られざる秘密に迫ります。

 

3球団を渡り歩いた 球場オルガンの第一人者

西武ライオンズオルガン(5)

▲オルガン奏者の星麻衣さんと、安東さん(写真右)

 

「私自身が球場でオルガンを弾くようになったのは、1998年から。当時所属していたハモンドオルガン系列の楽器店が、後楽園球場の時代からずっと東京ドームのジャイアンツ戦を担当していた関係で『こういう仕事もあるよ』と紹介されたのが最初です。そこで5年ぐらいやって、その後、北海道移転と前後してファイターズで10年。ライオンズは2010年からなので、かれこれ丸9年になりますね」

いま現在もメットライフドームのオルガン演奏を一手にプロデュースする安東さんは“球場オルガン”だけで20年超のキャリアを誇る大ベテラン。

球場に響くオルガンの音色に魅せられ、その灯を絶やしたくない一心で、自ら会社まで立ちあげた筋金入りのオルガニストだ。

「そんな大げさなものではないですけど、ちょうどファイターズでやっていた頃に、所属先の社長さんが亡くなり、引き継ぐ人がいなかったので、会社として続けることにしたんです。このままだとせっかく根づいた球場オルガンが日本のプロ野球から消えてしまう。それはやっぱりさみしいな、という気持ちもありましたしね」

3歳からピアノを始め、中学生の頃に初めてふれたヤマハの電子オルガン『エレクトーン』でその楽しさの虜になった。以来、ピアノや他のどんな楽器より自身の情熱を注いできたのがオルガンだった。

「ピアノより面白い! ベースも弾けるの? ひとりで何でもできちゃう! なんて楽しい楽器なんだ! ……って、出会ったときはそれはもう衝撃で(笑)。だから音大にも、本格的にオルガンが弾きたいがために入ったようなものなんです。ただ、いまでこそ、ほとんどの音大にある“電子オルガン科”も当時はまだなくて。大学では作曲・編曲の勉強をしながら、オルガンも弾いてという感じでやってましたね」

 

西武ライオンズオルガン(6)

▲インタビューに応える安東さん。球団からの委託でオルガン演奏を一手に担う

 

目指したのは発祥の地 ボールパークで愛される“音”

 

そもそもオルガンは、キリスト教信仰をベースにもつアメリカでは、地域の教会とセットで親しまれてきた、もっともポピュラーな楽器のひとつ。

メジャーリーグで広く普及する球場オルガンは、伴奏つきで観るのが主流だったサイレント映画の時代から人々のかたわらにあった“国民的娯楽”の代名詞的存在でもあった。

「アメリカでは、野球好きの男の子が女の子をデートに誘うときに『オルガンを聴きに行こうよ』なんて言い方をすることもあるぐらい、野球=オルガンは日常の光景なんですよね。そういう“ボールパーク”の楽しい雰囲気や、オルガンサウンドのもつ温かみを日本の球場にも残したい。向こうにはない応援団の文化と、アメリカンスタイルのオルガン。そのふたつが共存する“らしさ”を作っていくのが私の使命だと思うんです」

 

西武ライオンズオルガン(7)

▲数年前までMLBサンディエゴ・パドレス(※1)の本拠地ペトコ・パークで現役だった60年代製のヤマハ・エレクトーン(出典: Gaslamp Ball, a San Diego Padres community 「FANPOST

※1……米国・カリフォルニア州サンディエゴをフランチャイズとするメジャーリーグ球団。所属はナショナルリーグ・西地区。過去には大塚晶則、井口資仁。18年には西武から移籍の牧田和久もプレーした。

とはいえ、そんなオルガン文化もいまや風前の灯火。専用のオルガン室をもつ東京ドームや札幌ドームからもすでに生音は消え、復刻ユニフォーム着用のメモリアルゲームのような特別な試合でしか聴く機会がないのが実情でもある。

「合理化という側面から見れば、CDやデジタル音源があるのにわざわざそこに人件費をかけるのはいかがなものか、となってしまうのは仕方ないことかもしれません。それと日本の場合は、プロモーションの一環としてメーカー側が主導していたケースが多かったので、そのあたりも要因のひとつではあったのかな、と。やっぱり球場オルガンは、オルガンが本来もつあの音色で奏でてこそ。電子オルガンならではの多機能性をアピールしたいメーカー側のニーズに応えきれない部分もきっとあったと思うんです」

たしかに、メットライフドームに響くオルガンは、昔ながらのメジャー流。その音色は、最新の電子オルガンが得意とするオーケストラのような重厚感のあるゴージャスな演奏の対極にあるとさえ言っていい。

「もちろん出そうと思えば、管楽器や弦楽器から、尺八なんかの音までボタンひとつで出せるんですけど、私たちが球場で使うのはいわゆるオルガンサウンドだけ。“打ち込み”もいっさい禁止にしています。手足を駆使して弾くのが楽器だと思いますし、私自身、音楽制作もする立場なので、打ち込みをやりだしちゃうとキリがない。ぜんぶ作っちゃったほうが早いってなってしまったら、それこそ本末転倒じゃないですか(笑)。なので、球場ではあくまでテクニック勝負。そこはピアノと同じ発想です」

 

西武ライオンズオルガン(8)

▲国内メーカーではヤマハの「エレクトーン」と、ローランド社の「ミュージック・アトリエ」が双璧。電子オルガンと言えば、ボタンひとつでさまざまな演奏が可能になる多機能性が売りだが……

西武ライオンズオルガン(9)

▲なお、外部端末はフロッピーディスク。ハイレゾ音源1曲約200MBなこのご時世に、最大容量1.44MB(しかも、磁気厳禁!)

 

ちなみに、現在球場に設置されているオルガンは、ローランド社製の「AT-90S」。「ドジャースタジアム(※2)で使用されているのと同じものを入れたい」という球団側の要望にできるだけ応える格好で導入された01年発売のモデルだという。

※2……パドレスと同じナショナルリーグ西地区に属するメジャーリーグ球団、ロサンゼルス・ドジャースの本拠地。野茂英雄が渡米した95年以降、石井一久や斎藤隆、黒田博樹ら日本人選手を積極的に獲得してきたことでも知られる。現在は前田健太が在籍。

「ローランドさんは電子オルガン分野では後発メーカーなので、当時ドジャースタジアムで使われていたのは94年に発売された初代のモデル(AT-90)だったんですけど、『中古をお渡しするのはちょっと……』ということになりまして。結局、倉庫にたまたま残っていた現行モデルのひとつ前の型を新品で入れてもらうことにしたんです」

だが、いかんせん“音”は生もの。球場の立地環境、奏でる場所、音響設備といった諸条件によっても、その“色”は大きく変わる。オルガンサウンドに対する安東さんの強いこだわりは、思案のすえに異色の解決策を導きだす。

「ドジャースタジアムの場合は放送室の隣にオルガン室があるので、機種本来の音を出せるんですけど、設置場所と実際に音を出す放送室とにかなりの距離があるこの球場では、機器をつなぐMIDIケーブルが長くなりすぎて、途中で音が死んでしまう。それもあって音源だけはハモンドオルガンのものを積み替えて使わせてもらうことにしたんです」

 

西武ライオンズオルガン(10)

▲オルガンの背面に回ると、この通り「ハモンド」のロゴが。不思議な光景だ

西武ライオンズオルガン(11)

▲もちろん、本体の上に載っている音源モジュールもハモンド製だ

 

そう聞かされて、あらためてオルガン本体を見てみると、たしかに正面は「ローランド」、背面は「ハモンド」という通常はありえないハイブリッド仕様。

上位機種になれば本体価格だけでも数百万円はくだらない、決して安くない設備投資を自ら買って出てまで「とにかくいい音で届けたい」。それが安東さんのプロとしての矜持であり、“オルガン愛”のなせる技なのだ。

 

野球とオルガン 双方への熱意が奏者の2大条件

 

一方、奏者の“なり手”事情については、どうなのか。

素朴な疑問としての「オルガン奏者だけでご飯を食べていけるのか?」は、読者のみなさんも少なからず気になるところでもあるだろう。

「うーん。夢のないことを言っちゃうようですけど、1年の半分はオフシーズンになってしまう球場オルガンだけで食べていくのは、正直難しいですよね。今年に関しては、メットライフドームに2人、県営大宮球場(※3)に1人の3人体制で回していましたが、みんなそれぞれに音楽教室の講師などの“副業”を持っています。とはいえ、ことライオンズでの9年間は、一度も人材募集をかけたことはないんです。歴代の奏者はみんな、球場に足を運んで、『私も弾きたいです』と声をかけに来てくれた方ばかり。一緒にやっていく以上、野球と音楽に対するそういう熱意は今後も大切にしていきたいとは思ってます」

※3……県営大宮公園野球場。県大会決勝も行われる埼玉高校野球の聖地。西武主催試合も年に数試合は毎年開催されている。

だが、メットライフドームは“鳴り物応援”が22時までとはいえ、試合はかなりの長丁場。ひとたびプレイボールがかかれば、イニング間の音楽演奏から、インプレー中の効果音まで、手足の休むヒマはほとんどない。ただ「オルガンが弾ける」だけでは到底、務まらない。それが球場オルガンという仕事の難しさでもあるという。

 

西武ライオンズオルガン(12)

▲ファールボールの「ピューン」という効果音や、3ボール時の「ジョーズ」など、インプレー時のSEもすべてオルガン奏者が手元のサンプラーを鳴らしている

西武ライオンズオルガン(13)

▲使いこまれた手書きの楽譜。何気ない1曲にも奏者の想いが込められている。

 

「どんな曲をいつ演奏するかは、基本的に奏者の裁量に任せていただいているので、試合終了までのセットリストをある程度準備しておくのも大事な仕事です。ただ、標榜しているのは、あくまでメジャー風の“ボールパーク”ですから、そこでも日本のポップス、歌謡曲は極力弾きません。最近だと『○○デー』のようなイベントなど、その日限定で邦楽を弾いたりすることもありますけど、本当にそれぐらいですね。あと、いちばん気をつけているのは、応援団の方との兼ねあい。こちらで入れるあおり(※4)が、コールと被ったりしないよう、奏者にはいつも『耳は応援団、目はフィールド』と言っています」

※4……応援団のコールとは別に、オルガンの“あおり”に合わせて、観客が手拍子をするメットライフドームならではの応援スタイル。メジャーリーグではおなじみの光景でもある。

 

西武ライオンズオルガン(14)

▲インプレー中も“仕事”は盛りだくさん。片時もグラウンドから目が離せない

西武ライオンズオルガン(15)

▲あふれ出るライオンズ愛に、ついうっかり手放しで喜んでしまうことも……

 

自身では弾くことはなくなった現在も、シーズン中は自ら球場に来て、音色や音量のチェックに余念がない安東さん。試合中は奏者のマネジメントをしながら、ひとり球場内を歩き回って、自らの耳で「聞こえ方」の確認もしているというから、われわれの想像をはるかに超える、音へのこだわりがそこにはある。

「メットライフドームに設置されているスピーカーは2ヶ所だけなので、場所によって聞こえ方も変わってくるんです。そういう誤差をできるだけ少なくしたくて、こっちで作った音色がイメージ通りに届いているかの確認は逐一するようにしています。もちろんそれ以外のときは、できるだけ奏者のそばには付いているようにしてますけどね」

 

西武ライオンズオルガン(16)

▲電子オルガンは熱をもちやすい楽器だけに、送風機は欠かせない

 

電子オルガンは、年々ハイテク化・多機能化が進み、少女時代の安東さんを虜にした「なんでも弾ける」楽しさは、ますますグレードアップしつつある。

だが、こと球場オルガンに関しては、限られた機能で奏でるレトロな音色こそが、ならではの“味”。安東さんも「ヤマハさんの媒体でこんなこと言ったら怒られちゃうわね」と恐縮しながら、「不便なぐらいがちょうどいい」と笑って言う。

「最新型の電子オルガンは性能もすごくいいし、1台で音楽をとことん突きつめられるという部分では、かつての私が魅了された“演奏する楽しさ”の究極だと思うんです。でも裏をかえせば、それはある意味、楽器の領域を超えちゃってるってことでもある。だって、本来楽器はひとつの“音色”しか出せない不便なもの。その不便さが、みんなで集まって合奏しようって流れを生んだきたわけでしょう? 「なんでも弾ける」のはたしかだとしても、いちオルガニストとしては、他の楽器奏者から『ひとりでやれるでしょ?』みたいに思われるのはやっぱりさみしい(笑)。だからこそ、球場では『こういう楽しみ方もありますよ』ってところを見せていきたい思うんです。3万人を超える大観衆のなかで演奏できる高揚感と緊張感は、どんなコンサートホールでも味わえませんしね」

余談だが、前回登場してくれた私設応援団『若獅子会』の柳澤直樹氏は、直接の交流こそないものの「あおりの入れ方なんかが微妙に違うので、『あっ、今日は昨日と別の人だな』みたいなことはだいたい分かる」という。

春の訪れとともにふたたび始まる来季のペナントレース。グラウンドで躍動する選手たちのプレーとはまた違う“プロ”の技に耳を傾けてみるのも、また一興と言えそうだ。
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【PROFILE】
安東みどり◎あんどうみどり
国立音楽大学卒。卒業後にジャズ理論を学び、演奏家・作曲家・編曲家として活躍し、90年代後半からは東京ドーム、札幌ドームのオルガン演奏を歴任。現在は音楽監督として、メットライフドームにおけるオルガン演奏全般をプロデュースする。自身が代表となって設立したハーモニーミュージック(株)では、全年齢対象の『ハーモニー東京センター音楽教室』も主宰。講師としての人気も高い。

 


 

【取材協力】
ハーモニー東京センター音楽教室
http://harmony-tokyo.com

埼玉西武ライオンズ
http://www.seibulions.jp/

 

Text:鈴木長月
Photo&Movie:沼田学

 

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