ナイス♪女性ボーカル ほっこり型編 10選【百歌繚乱・五里夢中 第25回】


女性ボーカル・シリーズ、次に「ほっこり」って感じの声・歌唱にフォーカスしてみたいと思います。昨今、「***系」という言い回しが大流行(おおはやり)ですが、そしてなかなか便利なんで私も会話ではつい使ってしまうんですが、書き言葉ではあえて抵抗してみるクセがありまして、「ほっこり系」ではなく「ほっこり型」でいかせてもらいます。

「ほっこり」って何?

 

「癒やし系」とか「ヒーリング」とどう違うの?なんて訊かれそうですね。意味は近いと思いますし、「癒やし系」と言えば「ああ、エンヤとか?」と応えが返ってくるくらい、音楽のククリとして定着もしています。だからここでも「癒やし型」としてもよかったのですが、……
「癒やされる」って聴く方の心の持ち様で、中には激しいハードコアパンクみたいなので癒やされる人もいるかもしれないし、作り手だって「癒やそう」と思って作ってるわけじゃなかろうし、そう思って作ってるような音楽には逆に癒やされないだろうし、だいたい音楽と“効能”みたいなものを結びつけるのはどうも……などと考えてしまうんですよね。
「ほっこり」は客観的にそのものの様子を形容する言葉なので、よりイメージがはっきりすると思いまして。まあ、「ほっこりする」で「心が温まる」という、主観を表す動詞としての使い方もありますけどね。
で、どういう様子のことかと言うと、おだやか、平和的、優しい、温かい、非エキセントリック、遠赤外線、焼き芋……だいたい分かりますよね。

 

ナイスなほっこり型シンガー 10人

 

①Enya「Caribbean Blue」(from 3rd アルバム『Shepherd Moons』:1991年11月19日発売)

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とりあえず、癒やし系の代表みたいに言われているエンヤさんから聴いていきましょう。彼女が「Orinoco Flow」という曲でふわーっと知れ渡った時、その斬新な作風に驚いたものでしたが、それがなんともう30年も前のことなのですね、はぁあ(私と同世代の方ならこのため息の重さが分かるはず…)。
その作風とはまず何といっても、ひとり多重コーラスです。自身の声を何度も、マルチトラックで重ね合わせる。多い時は200回ほどもと言われており、そりゃすごいなと思いますが、まあ誰にも真似できないというほどのことではないような気がします。でも、30年経っても、未だに誰もいませんよね、彼女みたいな人。ちょっとああいうことをやると「エンヤじゃーん」と言われるからやらないのか。やろうとしてもああいう風にはならないのか。たぶん後者でしょうね。やはり彼女の声が特別なんだと思います。
何が特別かというと、声の周辺の、息と声の境界付近の成分が、濃密で豊富なんだと思う。あ、医学的な根拠は何もないです。私のイメージ。それが多重になることでさらに過剰になり、フィトンチッドとかマイナスイオンのようなものを発生させて、シュワ~ッと聴く人に降り注ぐ。
ただその「シュワ〜」は、寒い朝の白い息のようでもあり、冷たく感じることも多いのです。2008年のアルバム『And Winter Came』、邦題は「雪と氷の旋律」、あれなんか実に寒い。だけど、春の暖かさを感じる曲も多く、この「Caribbean Blue」はそれ。ほっこりしています。
 

 

 

②Colbie Caillat「Fallin' For You」(シングル:2009年6月26日発売/from 2nd アルバム『Breakthrough』:2009年8月19日発売)

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“コルビー・キャレイ”って読みますよ。米国カリフォルニア生まれのSSW。この人はほんとに声がいい。肌触りならぬ“耳触り”がよいのですが、絹のようにツルッとした感じではなく、ふんわりしてる。タオル、それも今治のタオルのような柔らかさを感じます。
だけど、真にほっこりするには、声だけでは足りませぬ。曲がそうでないと。
シングル曲でも他の「The Little Things」や「I Never Told You」だと、ちょっとしっとりし過ぎる。この「Fallin' For You」は、適度に軽快だけど速すぎず、適度に明るいけど派手すぎず、まさに絶妙なさじ加減で、これをあの天性の高級タオル声で歌ってくれれば、もう何も言うことはありません。
この佳曲のプロデュースに、彼女のお父さん、Ken Caillatが入っていて、父娘でいっしょに仕事してるというのもほっこりだなぁ、なんて思いますが、実はこのケン・キャレイさん、”Fleetwood Mac”の『Rumours』や『Tusk』というメガヒット・アルバムのエンジニアを努めた、すごい人なのでした。
 

 

 

③島倉千代子「愛のさざなみ」(シングル:1968年7月1日発売)

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2013年に75歳で亡くなった島倉千代子さん。普通、歌手も大御所になっていくと、だんだん凄みが出てきて、近寄りがたいオーラが漂ってくるものですが、島倉さんは、死ぬまで、見た目も声もかわいい感じの人だったなぁ。でもこの人の人生は、怪我、病気、だまされての借金をそれぞれ複数回経験するという、不幸のデパートのようでした。かつて小泉純一郎元首相がごまかし答弁に利用した「人生いろいろ」は彼女の1987年のヒット曲ですが、まさに自身を達観するかのような歌でした。
人前ではほとんど着物だったイメージがある島倉さんだけに、ほとんどのレパートリーは演歌の類でしたが、時々ポップスを歌う。「人生いろいろ」や「ほんきかしら」(1966)。そしてこの「愛のさざなみ」は、ポップジャンル全体の中でも屈指の名曲だと思います。“カーネーション”も激しいギターサウンドでこの曲をカバーしております。作詞:なかにし礼/作曲:浜口庫之助。あ、「人生いろいろ」もハマクラさんだ。ハマクラさんのメロディとお千代さんの声のマッチングが素晴らしい。ほっこりの極地。
ちなみにこの曲、なぜかロサンゼルス録音。ボビー・サマーズという人がアレンジしていて、この人のことはあまりよく分からないのですが、当時の大御所セッション・ドラマー、ハル・ブレインが叩いているようです。あの、海外録音の先駆と言われる五輪真弓の『少女』が1972年。その4年も前にロス録音を敢行しているというお千代さん。偉大です。

 

 

④Diana Ross & the Supremes「Someday We'll Be Together」(シングル:1969年10月14日発売/from 18th アルバム『Cream of the Crop』:1969年11月3日発売) 

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ダイアナ・ロスは1944年生まれなので、今75歳。元気なのかな?
黒人歌手には、ざっくり言うと、エネルギッシュだったり、声が太い人が多いように思いますが、ダイアナさんはその真逆。声量がなさげな華奢な声で、軽く淡々と涼やかに歌う。それでいて、爽やかな色気と言うか、人を惹きつけて離さない魅力があります。
この曲、“Johnny & Jackey”というユニットの1961年のシングルだったもののカバーです。ユニットの片割れで作者のひとりでもあるジョニー・ブリストルがモータウンの別のアーティストにカバーさせるためにサウンドトラックを作ったのですが、それを偶然聴いたモータウン社長のベリー・コーディが、ダイアナの初ソロ・シングルにいいんじゃないかと考えたそうです。だけど実際は“Diana Ross & the Supremes”のラスト・シングルとしてリリースされました。ダイアナ以外の2人は全く歌ってないのに。曲が悪いということではないでしょう。全米1位にもなっています。真相は?です。
ここでも、ダイアナはいつも通り、まわりでコーラスがシャウトしても、淡々と鼻歌のように歌っています。そして、“Someday We'll Be Together”という言葉でファンには期待を持たせながら、“スプリームス”に戻ることは2度とありませんでした。
 

 

 

⑤Dido「White Flag」(シングル:2003年9月1日発売/from 2nd アルバム『Life for Rent』:2003年9月29日発売)

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デビュー(1999年)の頃から好きで、だけどなぜ好きなのか、このように書くのは初めてなので、改めて言葉を探すのですが、うーん、やっぱり「今治タオル類」かな。コルビー・キャレイと同系統の、耳触り抜群の声。
そして曲もいい。ほとんどをプロデューサーである実兄、Rolloと本人がいっしょに作っています。決して派手ではなく、テンポもゆったりして、なんてことないんですが、ずっとこの世界にひたっていたくなる。ジワジワと染みてきて、離れがたくなる。大きな特徴はないように見えて、なかなか独特の境地なんですな。
ロンドン出身。母親がフランス系で父親はアイリッシュ。“ダイド”とは変わった名前ですが、本名はもっとユニークで、“Florian Cloud de Bounevialle Armstrong”。なんでこういう名前にしたのか、名付けの文化もいろいろ深いので、全く解らないのですが、本人も嫌だったみたいです。で、なんで“Dido”なのかも、やはり分かりません……。
 

 

 

⑥The Corrs「What Can I Do」(シングル:1998年1月発売/from 2nd アルバム『Talk On Corners』:1997年10月28日発売)

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アイリッシュの血は「ほっこり型」なんでしょうか。今度はアイルランド出身の兄妹グループ。長男、ジミー・コアーと3人の妹たちが1990年に結成しました。リードボーカルは3女のアンドレアが担当しています。
長女、シャロンが弾くフィドル(バイオリン)、次女、キャロラインが叩くバウロン(アイリッシュ・パーカッション)などアイリッシュ伝統音楽色も残しつつ、デイヴィッド・フォスターがプロデュースに加わり、打ち込みも取り入れたポップサウンドがキャッチーで、90年代は世界的に大成功を収めました。
でもやはり最大の魅力は、声とメロディのほっこり感。なごみます。
 

 

 

⑦Corinne Bailey Rae「Put Your Records On」(2nd シングル:2006年2月20日発売/from 1st アルバム『Corinne Bailey Rae』:2006年2月24日発売)

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英国リーズ出身のSSW、コリーヌ・ベイリー・レイ。このデビューアルバムの発売が27歳の誕生日の2日前、と比較的遅いスタートでしたが、いきなり全英1位、全米でも4位、世界で400万枚を売り上げる大ヒットとなりました。だけど以降2作のアルバムはこれに及ばず、伸び悩んでいる模様。デビュー作を牽引した、シングル曲「Put Your Records On」(全英2位)の完成度が高過ぎて、これに比べるとどうしても他の作品が見劣りしてしまうのが原因ではないでしょうかね。こういうのはアルバム3作目くらいに持ってくるほうが、より大きなヒット=ホームラン!になり、余力も長く続くような気がしますが、ま、言うは易し。
ともかくそれくらいこの曲は、メロディ、アレンジ、音質などすべてが素晴らしくて、ちょっと気だるい感じが特徴の、彼女の可憐な花のような歌声を、バッチリ引き立てています。実は、私が新しくオーディオ関連商品を買う時は、必ずこの曲を聴いてみます。この曲が気持ちよく聴こえればOKってことにしているくらい、好きな作品なのです。
ジャズクラブ出身の彼女ですが、その前にはロックバンドもやっていたそう。レッド・ツェッペリンのファンで、ライブでは「Since I’ve Been Loving You」を歌ったりと、「ほっこり型」の枠に収まらない顔も持っているので、再びシーンの最前線で活躍してほしいですね。
 

 

 

⑧夏川りみ「涙そうそう」(3rd シングル:2001年3月23日発売)

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遅咲きと言えば、このコラムでも以前、「遅咲き♪アーティスト」というテーマをやりまして、売れるまで紆余曲折だった夏川りみさんを取り上げましたが、現役日本人女性歌手の中ではこの人が「ほっこりチャンプ」だと、私は思っているので、ここにも登場してもらいます。で、夏川さんの声なら、どんな曲でもいいのですが、1曲選ぶとなるとどうしてもこの曲になってしまいます。悪しからず。
彼女の声には、陽光の明るさと温もりを感じます。もちろん灼熱の太陽ではなくて、小春日和の陽だまり。だからサビの歌詞の「晴れ渡る日も」のところでは、ほんとに、雲が切れて光がサアッと差してくる、そんな光景が目に浮かびます。
それと声のダイナミクスコントロールが絶妙。強弱を実に滑らかに、そしてメリハリよく変化させる技術を持っているので、曲のメロディとリズムを最高の形で表現できるのです。ベタホメですね。

 

 

⑨亀渕友香「ウィスキー・ナイト」(from 2nd アルバム『Back Stage』:1978年6月発売) 

どちらかと言うと、ボイス・トレーナー、歌の先生として知られた亀渕友香さん。シンガーとしての作品はアルバムを2枚残すばかりですが、たとえばサラ・ヴォーンらにも通ずる、“声の体幹”とでも言うか、ゆるぎない芯があって、軽く歌っていても、どこかどっしりとした落ち着きを感じさせる歌声の持ち主です。日本人には珍しいと思います。
大阪で生まれた魂のギタリスト、石田長生がプロデュースしたアルバム『Back Stage』に収録されたこの曲。バラードで、巧いことを自負するシンガーなら思わず歌い上げてしまうであろうメロディを、抑え気味に、ひとつひとつの言葉を丁寧に置いていくように、ユカさんは歌い、それが却って聴く者の心を強く揺さぶります。大きな、温かい歌です。
和田アキ子、山下久美子、久保田利伸、MISIA、平井堅などたくさんのシンガーたちに歌の心を伝え続けたその功績は量り知れないのでしょうが、もう少し、ご自分の作品も残してほしかったな。

 

 

⑩Kristina Train「Spilt Milk」(from 1st アルバム『Spilt Milk』:2009年10月20日発売) 

1982年、ニューヨーク生まれながらも、ノルウェー、イタリア、アイルランドの血を引くハイブリッド女子SSW。前述のコリーヌさんとほぼ同じく、27歳にしてこのデビューアルバムをリリース。しかし、Blue Note Recordsに気に入られ、契約を結んだのは2001年、19歳の時です。そこからこのアルバムが出るまで8年もかかった。何があったのかよく分かりませんが、珍しいケースですね。
それはともかく、彼女の歌唱は素晴らしい。「Spilt Milk」はシンプルに静かに始まるバラードですが、歌が始まるや否や、その声にやられます。「キターッ」と心が叫びます。そしてサビの出だし、“Don’t say I’m cryin’…”の頭のB音の声の響き。これはどう言えばいいのだろう。個人的には前回「Funny Voice」で取り上げた高田恭子さんにも通ずるのですが、なんか光を感じるんですよ。眩しいものではなく、炭火を吹くとボーッと赤くなる、ああいう優しい光。
彼女はその後、2nd アルバムを2012年に出しますが、17年に3rdをリリースすると予告しながら、まだ実現されていません……だいじょうぶだろうか?
この人にはほんとに、もっといろんな曲を歌ってもらわないと、もったいないです。

 

 

 

以上、ナイスな「ほっこり型」女性シンガーたちでした。
意図したわけではありませんが、なんだか、けっこう苦労している人が多いような…。人柄もほっこりしてて、人に騙されたりしやすいのかもね。島倉千代子さんは実際そうだし。
今は2019年11月。これを書いているうちにどんどん寒くなってきました。ストーブに火を入れて、熱いコーヒーでもすすりながら、この人たちの歌を聴いて、ほっこりしたいと思います。

いやぁ、それにしても、音楽ってちっとも飽きないですねー♪