ナイス♪女性ボーカル 超然派編 10選【百歌繚乱・五里夢中 第27回】


またもや女性ボーカル・シリーズ、これでとりあえずおしまいにしようと思いますが、今回は「超然派」です。「なんじゃ、それは?」ですかね。一定のイメージが私の中にはあるのですが、それを括る言葉なかなか難しく、絞り出したのが「超然派」なのですが……。

「超然派」とは?

 

これまで、私が魅力を感じて止まない歌声を持つ女性シンガーたちを、「Funny Voice」「ほっこり型」「Cute Voice」とやや強引にカテゴライズしながら、ご紹介してきました。
だけどそのどれに入れるのもちょっとしっくりこない、でも声を大にしてこの人はいい!と言いたいシンガーがまだまだいます。そんな人たちを、「カテゴリーを超える」という意味で、「超然派」としておこうかなと。
ホントはジャンルやカテゴリーなどどうでもよくて、いいものはいいですよね。区別するのはあくまで認識しやすく、伝えやすくするため。
ところが実際は、けっこうジャンルに振り回される。好きなジャンルの音楽は全部よく思えたり、嫌いなジャンルだというだけで聞く耳を持たなかったりします。作るほうも、たとえば今の演歌なんて、「演歌はこういうものだ」という方程式通りのものしか作ろうとしていないように思えます。ジャンルは“言葉”であり、言葉で考える人間にとって、言葉の力はそれだけ強いということだと思うんですが、その話は深いのでまたの機会に(^^)。
ジャンル分けのよくない点は、既成のジャンルに収まり切らない音楽を軽視してしまうこと。そういう音楽こそ、新しい画期的なものかもしれないのに、「伝えにくい」=「売りにくい」という理由で、作り手側も、宣伝や販売をする人たちも、敬遠しがちなのです。
はっきりとあるジャンルに入れてしまえる音楽って、要は新しいところがないってことなんですけどね。
ジャンルだけでなく、こうしてテーマごとに選曲する際も、テーマに即していることを重視してしまいがちです。私はそうならないように、まずはよいと思う曲が最優先、と気をつけているつもりですが。
この「百歌繚乱・五里夢中」を参考に音楽を聴いてくれる奇特なかたも、私の解説などあくまで一つの意見に過ぎないというスタンスで、音楽に向き合ってほしいと思っています。

 

ナイスな超然派10人

 

①Aretha Franklin「Day Dreaming」(シングル:1972年2月発売/from アルバム『Young, Gifted and Black』:1972年1月24日発売)

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飛行機嫌いで一度も来日することはなかったアレサ・フランクリン。ローリング・ストーン誌が2008年に選んだ「歴史上最も偉大な100人のシンガー」で堂々の1位を獲得した、まさに超然と聳えるソウルシンガーですが、実はあまり私好みの歌声ではありません(^^)。
「のっけからなんだ」と叱られそうですが、好き嫌いはしょうがない。だけどそんな私でもぐうの音も出ないような作品が何曲かあって、中でもこの「Day Dreaming」は最高です。人からの提供曲やカバーも多い人ですが、これは彼女自身の作。抜群の歌唱力に加えて、こんなにいい曲も書けるなんて、無敵です。やはりどんなに優れたシンガーも、その歌唱を活かす曲があってこそ。この曲では彼女の歌唱のグルーヴ、表現力、包容力、よさが全部つまっています。そして歌に呼応するかのようなフルート(Hubert Laws)やドラム(Bernard Purdie)のフィルインも心地よく、「え、もう?」ってくらいあっという間に、4分間の“白昼夢”は覚めてしまうのです。
 

 

 

②Nina Simone「Here Comes the Sun」(from アルバム『Here Comes the Sun』:1971年発売)

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前曲が収録されたアルバム『Young, Gifted and Black』のタイトル曲「Young, Gifted and Black」を作曲し、最初にレコーディングしたのがこのニーナ・シモンです。彼女のレコードでは「To Be Young, Gifted and Black」ですが。
貧しい家庭環境ながらクラシック・ピアノを学び、名門カーティス音楽院へ進学を希望しましたが、試験結果はよかったのに、不合格となりました。黒人だったからだと言われています。そのことが引き金となったか、シモンは黒人差別に抗する「公民権運動」に積極的に参加しました。この曲は「公民権運動」のアンセムでもあります。それにふさわしいタイトルですね。
そんなシモンが、ジョージ・ハリスンの名曲をカバーしたのがこれ。ビートルズ作品は無数にカバーされていますが、たいていは(私の中では)オリジナルに負ける。でも本作は違う。オリジナルとは全然違うアプローチでこの曲の新たな魅力を引き出しています。
初めて聴いたのは、大学時代、とあるロックバーでだったのですが、誰が歌っているのか全く知らないまま、その歌声にゾクゾクッとして、ニーナ・シモンという名前を確認したことを覚えています。
彼女の死(2003年4月21日)の9日前、カーティス音楽院は彼女に名誉学位を授けたそうです。世の中少しはマシになったということでしょうか。
 

 

 

③Julie Andrews「I Have Confidence(自信を持って)」(from アルバム『The Sound of Music』:1965年3月2日発売)

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今まで観た映画の中で、強いて一番を挙げるなら何ですか?私は「サウンド・オブ・ミュージック」です。公開は1965年。生まれて11年経っていましたが、その時点では観ておらず、後からなんですが、3時間近いこの映画を通算4、5回観ました。知らないという人も、特に若者には多いでしょうが、悪いことは言わないからこれだけは観たほうがいい。古い映画とは言え、さすがハリウッド、充分に画面は美しいし、音もよい。とにかくジュリー・アンドリュースのとんでもない歌唱力と、健気で可愛いその姿に、魅せられること間違いなしです。
当時はとにかく映画も音楽も特大ヒット。サントラ・アルバムはもちろん全米1位で、ビルボードのトップ10に109週(2年2ヶ月)居座り、これまでに2000万枚を売り上げました。史上最も成功したサウンドトラックなのです。
アルバムの中で、不滅のポップス・スタンダードである「ドレミの歌」や「My Favorite Things」に比べれば、目立たないかもしれませんが、この「I Have Confidence」は、アンドリュース扮する修道女のマリアが、トラップ大佐の7人の子供たちの家庭教師を務めることになり、不安いっぱいな気持ちから、「いや、自信を持ってぶつかれば怖くない」と自分を鼓舞するまでを、1曲の中で歌い尽くす、そのドラマチックな展開に思わずブラボーです。
 

 

 

④ちあきなおみ「喝采」(13th シングル:1972年9月10日発売)

“引退”を宣言しながら、ほとぼりの冷めた頃にシラッと再登場してくるアーティストもなんですが、突然活動をやめたまま、一切公に姿を現さないと、とても気になりますねー。どんなことを考えているんだろう?歌いたくならないのかな?とか。
山口百恵さんにはあまり興味ないので置いといて、私がそのカムバックを切望するのは、ちあきなおみさんです。
1992年9月、夫の郷鍈治さんが亡くなったのを機に、引退宣言もないまま、一切の芸能活動を停止、メディアの取材にも全く応じていません。ついこないだ、郷さんの実兄、宍戸錠さんが亡くなった際も、ちあきさん情報はやはり何も出てきませんでした。
その歌が月並みなら、気にもしませんが、彼女の歌唱は絶品。歌謡曲に軸足を置きながらも、ジャズでも何でもこいの、まさに超然派。美空ひばりさんももちろん不世出の天才歌手ですが、声質とかも含め、全体としては、私はちあきさんに軍配をあげる。
それこそ曲は何でもいいのですが、代表曲として、第14回日本レコード大賞の大賞曲であるこの「喝采」を。全然まばたきをせずに歌う姿が印象的でした。スポットライトを浴びる中で、眼はかなりたいへんだったと思うのですが。

 

 

⑤朝崎郁恵「おぼくり〜ええうみ」(from ミニアルバム『海美』:1997年発売) 

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奄美の加計呂麻(かけろま)島で生まれ、十代から天才「唄者」として活躍されたとのことですが、61歳の時インディ・リリースした『海美』を、細野晴臣さんらが絶賛し、ようやくその存在が日の目を見た朝崎郁恵さん。私はGONTITIの松村さんから教えてもらったのですが、ホントに素晴らしいものはいつか必ず伝わってくるのですね。
なんという歌声でしょう。
きれいな声とは言い難いし、コブシが動きすぎて、一見(一聴)不安定に聞こえたりするのですが、いえいえ、細かく変わる節はその都度的確な音を叩きつつ、それまで聴いたこともない歌を奏でていきます。奄美の言葉なので、耳から意味はほとんど入ってきませんが、その言葉の響きも、この特別な歌世界の重要な要素だということは解ります。
「おぼくり」も「ええうみ」も、島の「八月踊り」の歌だそうで、「おぼくり」は感謝の言葉、「ええうみ」は“海”は関係なくて、男女の掛け歌での女性の返歌だということです。
本来三味線などで伴奏するのでしょうが、ここではピアノ。これにちょっと違和感を覚えます。ツボを心得た絶妙な演奏だと思いますが、この歌にはちょっと音色がリッチ過ぎるんじゃないかな。
「海美」も「あまみ」と読みます。「奄美」は元々「海美」だったのかも知れませんね。
 

 

 

⑥Sarah Vaughan「Bridges (Travessia)」(from アルバム『I Love Brazil!』:1977年発売)

ビリー・ホリデイ、エラ・フィッツジェラルドとともに「女性ジャズ・ボーカリスト御三家」と呼ばれるサラ・ヴォーン。50年代から活躍した人で、しかもかなりの多作。膨大な作品群はとてもじゃないけど聴ききれませんが、そのキャリアの円熟期である1977年に、初めてブラジル音楽に挑んだのがこの『I Love Brazil!』という名アルバムです。
カルロス・ジョビン、ミルトン・ナシメント、ドリ・カイミらブラジルを代表するミュージシャンたちの協力の下、すべて現地で録音されました。
この曲はミルトンの作品で、既に1967年、自らのデビュー・アルバムで歌っています。「Travessia」が原題で、ポルトガル語で「道」の意味。原詩と英語詩は、人生について語っている点は同じですが、比喩が方や「道」此方「橋」ということで、趣は随分違います。
で、ミルトンはここでも部分的に歌い、またアコースティック・ギターも弾いています。
そして、サラ・ヴォーンの歌。男性よりも迫力のある低音から、空に抜けるような軽やかな高音まで、そのパフォーマンスには圧倒されるばかりです。
アフリカン・アメリカンとジャズとブラジル、珠玉のメロディと言葉、大きな大きなスケールを持った作品だと思います。
 

 

 

⑦Phoebe Snow「Merry Christmas, Baby」(from アルバム『winter, fire & snow』:1995年10月24日発売)

1974年、24歳でデビュー。1st アルバム『Phoebe Snow』ミリオンセラーとなり、この上ないスタートを切ったフィービー・スノウですが、残念ながらその後は、そこまでの成功は叶いませんでした。
しかしながらその歌唱には、先ほどのサラ・ヴォーンにも負けないほどのパワーがあります。
この曲は代表曲でもなんでもなく、アトランティックが1995年にリリースしたクリスマス企画アルバムに収録された、まぁベタなクリスマスソング。惜しくもシーズンは終わってしまいましたが(今1月…)、とにかく、何も言わずに聴いてほしい。
声が聴こえてきた瞬間、背筋が伸びます。ドキンとする。そしてしだいに、この歌声の包容力と優しさに、心が芯から溶けてゆく。嫌なことは忘れ、すべてのことを許そうと思う。刑務所で囚人たちにこれ聴かせたら、悔い改める人、けっこういるんじゃないかなぁ。

 

 

⑧Adele「Cold Shoulder」(3rd シングル:2008年4月21日発売/from 1st アルバム『19』:2008年1月28日発売)

19、21、25。2桁数字タイトルのアルバムたった3枚で、世界で最も有名なシンガーのひとりに成り果せたアデル。歌の巧さも誰もが認めるところですが、やはり2008年に『19』で登場した時のインパクトは忘れられません。タイトルは制作時の年齢だそうですが、1988年5月生まれのアデルは『19』発売時も19歳。名前もシンプルで、顔の3分の1ほどをアップにしたジャケットも印象的でした。その美しい顔の部分から想像したよりは、けっこうどっしりと恰幅のある首から下に少し驚きましたが、やはりそれくらいの身体でないと、あの声は出ません。
で、久々に『19』を聴き返してみたら、いやぁ改めてとんでもないですね。19歳であんな、内蔵を絞り切るみたいな声出せますか?歌の力としては、後の2アルバムよりも、こちらのほうが上じゃないでしょうか。
曲も粒揃いで、「Chasing Pavements」も「Right As Rain」も大好きですが、ここでは「Cold Shoulder」を推しておきます。ストリングスがかっこいいし、趣の違うブリッジもおもしろい。アルバム内で唯一、マーク・ロンソンのプロデュースです。
 

 

 

⑨Charice「Listen」

フィリピン出身の歌手“シャリース”を初めて知ったのは、米国テレビドラマ「Glee」においてでした。高校のグリークラブが舞台で、いろんなポップ&ロック曲を巧みなコーラス・ワークで歌うのが受けて、大人気だったドラマですが、2010年、そのシーズン2に、交換留学生サンシャインの役でシャリースが登場。グリークラブ「New Directions」のオーディションを受けるシーンで、ビヨンセの「Listen」を歌い始めました。言っちゃ悪いがチンチクリンで美人でもない女子です。ところが歌が進むに連れて、振る舞いもしだいに大きく晴れやかに。エネルギーが止めどもなく、これでもかと噴出してきます。
その3分足らずのパフォーマンスに私は大興奮してしまいました。
衝撃を受けて、すぐにアルバム『Charice』(2010年)を買ったのですが、うーん、曲は悪くないし、ちゃんと上手いんだけれど、あの「Glee」のシーンのような“超えて”いる何かは感じませんでした。「Listen」はビヨンセより遥かによいと思いますが…。
そうしたら、なんと彼女、トランスジェンダーで、2017年には男性のJake Zyrusになってしまいました。
そして、歌は続けているのですが、声も…完全に男性になっていました。声帯も手術したんですね。パワーや節回しは変わらないようなのですが。いいのかなぁ…。
アジアの星は、ジェンダーでも“超然派”だったんですね。

 

 

⑩小川美潮「夜店の男」(from アルバム『4 to 3』:1990年10月21日発売) 

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1980年、ニューウェイブ・テクノポップ・バンド“チャクラ”のボーカリストとしてデビュー。10年後にリリースした『4 to 3』から3作のソロアルバムを、僭越ながら私がプロデュースさせていただきました。
チャクラの頃は、アバンギャルドな歌唱が目立って、矢野顕子さんの亜流だね、なんて言われることも多かったのですが、実は歌の力量は相当なもの。
『4 to 3』は美潮の歌のよさをしっかり出そうと思って作ったアルバムです。彼女もそれに応えてくれて、2、3回で充分OKなテイクは録れるんですが、さらに上を目指し、1曲あたり12〜15回くらいは歌ったでしょうか。モニタールームでそれを聴きながら、何度胸にぐっとこみあげてきたことか。そんな“歌入れ”は他に経験がありません。
このアルバムは全体がお勧めなのですが、強いてあげるなら「夜店の男」。細かいリズムで楽器がいっぱい入っていて、怒涛のようにビートは突き進んでいくんだけれど、歌はその上でゆったり飛翔している。「曼荼羅の有象無象の上に浮かんでいる、小川美潮という慈悲深い観音さま」みたいなイメージが湧いてくるのです。
彼女のためならと、通常なら時間2〜3万円も取る優秀なミュージシャンたちが、特別格安料金で参加してくれましたが、スタジオで試行したり錯誤したり、突然夜中にやってきて楽器を足していったり、などと却って時間がかかり、コストは予算の倍になって、上司にきつく叱られました。いいんです、叱られたくらい。引き換えにこんな音楽を世の中に残せたのですから。

 

 

 

以上、ナイスな「超然派」女性シンガーたちでした。
4回に渡って40人の女性シンガーについて語ってきたわけですが、やはり歌声というものは、ひとりひとり違うし、ひとりの中でも変わりうるので、奥深いし、面白いし、興味が尽きません。今回はなんと、女性の声から男性の声に変わった人までいたね!あの人の場合、女性の時の声は大好きなのに、男性になってからは、やはり上手いしすごいんだけど、まったく好きではありません(^^;)。それもまた不思議。

いやぁ、それにしても、音楽ってちっとも飽きないですねー♪