【レコにまつわるエトセトラ】ディーラー建もの探訪 ~ ロンドン郊外 R邸 -築千年の重みと暮らす家-【第10回】

近年また盛り上がりを見せつつある、レコード/アナログ盤。リアルタイムで再生メディアとしてレコードと接してきた世代だけではなく、CDやカセットすらも知らないくらいの若い世代の人たちからも“新鮮”なものとして受け入れられているようです。
そうした流れの中でこの世界の魅力をよりディープにお伝えするべく始まったのが、本連載【レコにまつわるエトセトラ】。ディスクユニオン・新宿ロックレコードストア店長(新宿プログレッシヴ・ロック館より異動)山中明氏を水先案内人に、入り口から底知れぬ深淵に至るまでを旅しましょう。
第10回のテーマは、“ディーラー建もの探訪 ~ ロンドン郊外 R邸 -築千年の重みと暮らす家 -”。レコードの海外買付というと、どんなところに行くのか想像できるでしょうか? もちろん各地のレコード屋や当コラム第4回でもご紹介したレコード・フェアなどもありますが、レコード売買を生業にするレコード・ディーラーの自宅に訪問する場合もあるのです。インターネットで何でも調べられる現在でもそうそう見ることはできない、“本物”のレコード愛に溢れたディーラーのお宅を特別にご紹介!
レコード売買を生業にする、レコード・ディーラーのお宅訪問!
とーきどーき~…おはようございます。
今日のディーラー建もの探訪は、カウンター・カルチャーが息づく、築千年の重みが造り出す家。
ご家族は、ロンドン近郊でレコード・ディーラーを営むRさん一家。
さて、どんな空間、そしてどんなレコードが待っているんでしょうか!
…ということで今回はレコード売買を生業にする、レコード・ディーラーのお宅をご紹介します。
どんな家に住んで、どんな暮らしをしているのか、日本に暮らす私たちにとっては、イメージの湧きづらい海外のディーラーたちの生活実態。
レコのことしか考えていないコレクターの最果て的超絶汚部屋から、本業は建築デザイナーのディーラーが造るアーティスティックな住宅まで、数多のお宅を訪問してきた私がその生活の一端を紐解きます。
レコードに取り憑かれた方はもちろん、単純に海外の家にご興味のある方まで、とくとご覧あれ!
今回ご紹介するのは、ロンドンから電車に乗ること小一時間、駅から車で10分の距離にある、小さな町にお住まいのRさんのご自宅。
Rさんは御年70を迎えるベテラン・ディーラー。この自宅を拠点として、週末はレコード・フェアに行ったり、長いキャリアを活かしたビッグ・コレクションへのコネを使ってレコードを仕入れたりしています。
そして、売るスタイルは実にオールドスクール。ebayやらDiscogsやら、大半のディーラーがやってそうなネット販売はお断り。さらには海外ディーラーの定番、フェア行脚での販売やレコ屋への卸販売もしていません。
じゃあどうするのよって感じですが、直接自宅でのフェイストゥフェイス販売だけをするのです。
このようなディーラー間だけのクローズドな販売方法は確かにデメリットもありますが、「信頼」という大きなメリットを生むのです。
それでは、お宅にお邪魔しましょう!
まず外観は結構なんの変哲もない小さなレンガ造りの家という感じもしますが、いくつかの家が組み合わさった造りとなっています。
そしてタイトルにもなっていますが、なんとこの家が造られたのは遡ること1000年前、10世紀に建てられた家なんです。
確かにめちゃくちゃ古いですが、ことイギリスでは決して少なくないと思います。日本は言うまでもなく他ヨーロッパ諸国に比べても、圧倒的にヴィンテージな建物の割合が多いのです。
ちなみにRさんはこの家を代々継いでいるわけではなく、自身のライフスタイルにジャストなこの家に一目惚れして、20年ほど前に手に入れたそうです。
築千年の歴史あるお宅、そこには無数のレコードから謎の豚まで…!?
重厚な木製の扉から入ると、玄関横からオウム君がお出迎え。
そしてもう一枚の内扉を抜けると、エントランス・ルームとなっています。
左手に進むとご飯を食べるダイニング・ルーム、奥に進むと本物の暖炉が鎮座するくつろぎ部屋。孫たちがここで遊んでいたりなんかもします。
そしてさらに奥に進むと、いよいよお待ちかねのレコード部屋です。ちょっと全景が分かりづらいかもですが、だいたい10畳ぐらいの広さにレコードが詰まっています。
ここがメインとなるレコ部屋で、特に高価なものを保管しています。貴重なメモラビリアの数々が壁を飾り、仕事用のデスクも備えられています。
チラッと見えますが、各々のレコードにはコンディションやプライスが記載された付箋が貼られており、バイヤー側としては話が早くて非常に助かります。
というのも、こういったプライスが付けられていないことも決して少なくなく、散々選び抜いた後にプライス面で全く折り合いが付かず、数時間が徒労に終わる(プラス険悪なムード)…なんていうこともあったりするからです。明朗会計バンザイ!!
ちなみに試聴用に設置されたプレーヤー周りは、ブリティッシュ・オーディオの大正義、LINN SONDEK LP12とNAIM AUDIOのNAC72+NAP140+HiCAPの組み合わせ。
やっぱりイギリス人はLINNとNAIM AUDIOの組み合わせが多く、逆にマッキントッシュのような米製オーディオを導入しているディーラーを見た覚えがありません。まぁ、あくまで私が見た範囲の話ですけど。
ここで、ちょっと休憩。
どれを仕入れようかなぁ…なんていうことを色々と考えたいので、外の空気を吸いに少し庭へ出てみましょう。
キチンと手入れがされている立派なお庭ですが、振り返って家を見てみるとさすがは築1000年。屋根のあたりは経年劣化で歪みが出ています。
ただこのお宅、この庭を奥に進み、異様な石像が睨みを利かせる門を抜けて行くと、森と広大な敷地が広がっているのです。広すぎて、もう庭とかそんなのじゃありません。
色々な動物が住んでいますが、ニュージーランド産の豚、クネクネ・ピッグも2頭います。もちろん食用ではありません。
古き良きものを受け継ぐ国民性だからこその深きレコード愛
では買付再開ということで、今度は2階にある納屋にお邪魔しましょう。
暖かい陽が射す廊下を抜けて階段を上がると…
1階よりもさらに多くのレコードがある納屋に到着。
ここにはレギュラー盤に加えて多くのレア盤も収納されていますが、新着メインの1階に対して、A-Z順に並べられている納屋では、店に不足している在庫を補充するのにピッタリです。
あと色々な趣味のものが散乱していますが、Rさんはミュージシャンでもあるので様々な楽器や機材も保管されています。
ここまでで3時間強。しっかり良いものをピック出来たので、コーヒーブレイクしながら最終的な価格交渉。
そして最後にトイレをお借りして、「ふむふむ、今日も良いものが買えたぞ」と一人用を足しながらほくそ笑むのです。
ちなみにあんまり良いものが買えなかった時は、孫が書いた『Captain Underpants』(アメリカの児童文学シリーズ『スーパーヒーロー・パンツマン』です)の絵が心を和ませてくれます。
Hapshash & The Coloured Coatのボブ・ディランのポスターに始まり、トイレの装飾にもRさんらしいこだわりが見られますが、多くのビンテージ・ポスターの中に孫の絵も額装してサラリと飾って見せる、実にクールじゃないですか!
※お孫さんの名前が書いてあったので、一部画像を修正しています。
みなさん、いかがでしたでしょうか?
何でもかんでもネットで調べられるこのご時世といえども、海外のディーラーの家の中はなかなか見たことないんじゃないでしょうか。
Rさんの生活環境が海外ディーラーのステレオタイプとは言い難いですが、他に本業がなくこの立派なお宅を維持できるというのは、ここ日本ではちょっと考えられませんよね…。理由はいっぱいあると思うんですが、その一つとしてレコードとの距離感の違いが挙げられると思います。
イギリスではレコード文化が今も変わらず根付いていて、私たちのような好き者だけの楽しみっていう感じではなく、老若男女分け隔てなくレコードを楽しんでいる印象です。この感覚は現地のレコ屋やフェアに行けば、一発で分かっていただけると思います。
まぁ考えてみれば60年代や70年代当時はそれが当たり前だったわけですが、Rさんのお宅のように古き良きを受け継ぐ国民性だからこそ、今もこうしてレコードが愛され続けているのかもしれません。んー、私たちもこうありたいですね!
ということで、今回はここまで。また今度、別のディーラーのお宅もご紹介できればと思います。次回をお楽しみに!
Text&Photo:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千