【レコにまつわるエトセトラ】各国盤のススメ ~ あの歴史的名盤、所変われば音変わる【第11回】


近年また盛り上がりを見せつつある、レコード/アナログ盤。リアルタイムで再生メディアとしてレコードと接してきた世代だけではなく、CDやカセットすらも知らないくらいの若い世代の人たちからも“新鮮”なものとして受け入れられているようです。

そうした流れの中でこの世界の魅力をよりディープにお伝えするべく始まったのが、本連載【レコにまつわるエトセトラ】。ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏を水先案内人に、入り口から底知れぬ深淵に至るまでを旅しましょう。

第11回のテーマは、“各国盤のススメ ~ あの歴史的名盤、所変われば音変わる”です。同じレコードでもアメリカ盤(以下「米盤」)、イギリス盤(以下「英盤」)、日本盤…etc.と各国ごとにバリエーションがあった時代。その中には単純な生産国の違いだけにはとどまらない、大きな“違い”があるものも存在しました。マニアにしかわからないような軽微な差異もあれば、収録曲や曲順が変更されている場合も。作品への印象すらも変えてしまいかねない、各国盤の魅力を今回はご紹介します。

同じアルバムでも生産国によって、音が違う…?

レコにまつわるエトセトラ(1)

 

皆さんご存知のあの名盤、果たしてそれは全て同じものなのでしょうか?

なんじゃそりゃって話ですが、かつてのレコードの世界というのは少し変わったもので、同じアルバムでも世界津々浦々で全く同じものが売られていたとは限らないんです。
フィジカルメディアに馴染みのないサブスク世代の方にはあんまりピンと来ない話かもしれませんが、生産国によってはジャケットのデザインが違ったり収録曲が違ったりすることがあって、特に名盤と呼ばれるようなビッグ・タイトルは世界中色々なところで生産されるので、様々なバリエーションが生まれることとなりました。無理に統一しなかったというか出来なかったというか、レコードに限らずそんな塩梅が平常運転のおおらかな時代だったというワケです。

ということで、今回はそんな中でも各国盤のサウンドの違いに焦点を当ててご紹介しましょう。

サウンドの違いと言ったって、「そんなの立派なオーディオじゃないと分からないんでしょ?」とか、「聴き分けられる耳なんて持ってないですから…」とかそういう声が聞こえてきそうですが、今回私が紹介するのはそんなワインのブラインド・テイスティングみたいなものじゃなくて、100%どなたでもハッキリパッキリと違いが分かる簡単明瞭なヤツです。

 

レコにまつわるエトセトラ(2)

ちなみにこれも違います。ご存知ジュディ・シルの1stアルバムですが、注目はA6の大名曲「Jesus Was A Cross Maker」。英盤ではアコギによるバッキングが録音された1chが追加されています。ただこれは米プロモとシングルも同じ、つまりは逆説的に米レギュラー盤だけが違うっていう寸法です。

 

ことロック界において各国盤でのサウンドの違いといえば、ビートルズの英盤と米盤の違いが最も有名かもしれません。
そもそも収録曲が違ったりなんかもしますが、米マーケットを意識してCAPITOLが独自に施した深いエコー・サウンドはあまりにも有名です。
今回はビートルズが本題ではないので深くは触れませんが、今回のテーマはそのビートルズの『Rubber Soul』へのアンサー・アルバムとしても知られる、ビーチボーイズの『Pet Sounds』です。そう、歴代ベスト・アルバムなんていう話題があればいつも1位、2位を争うド級の歴史的名盤です。ただ、こんなにも評価されて誰もが聴き倒しているアルバムなんですが、各国盤の違いについては不思議と語られていません。

かくいう私は10数年前から何となくは気づいていて、店ではこれから書くようなことをちょこちょこと話していたのですが、今回この記事を書くにあたって改めて検証してみましたので、満を持してお披露目させていただきます。

ただ、前提として言っておかなければいけないのは、この手の検証は数が必要だという事です。
ややこしい話なんですが、プレス国が同じオリジナル盤の中でもマトリクスやプレス工場等の条件で何かしらの違いがあるケースもあるという事です。なのでいきなり断言めいた事を言いにくいっていうのがあったんですが、誰かが言い出すことによって皆が検証をしてくれて、数が集まるんじゃないかって思ったからなんです。
まぁ良く言えば問題提起、悪く言えば投げっ放しの人任せですけどね…すいません!

それでは、まず今回の検証に使用したレコードの詳細を記しておきましょう。

 

ビーチボーイズの『Pet Sounds』、そこにある“違い”とは?

 

レコにまつわるエトセトラ(3)

レコにまつわるエトセトラ(4)

 

米MONO盤(LAプレス)
T-1-2458-F-25 *
T-2-2458-F-25 *

 

レコにまつわるエトセトラ(5)

レコにまつわるエトセトラ(6)

 

英MONO盤
T1 2458-1
T2 2458-1
マザー/スタンパー:1AL/1AR

どちらも共にいわゆるオリジナル盤というヤツですが、結論から言いましょう。違いのポイントは「速さ(BPM)」です。
たとえばA1の「Wouldn't It Be Nice」を比べると、米MONOが約2分21秒に対して、英MONOは約2分20秒となっています。
全ての曲がフェイドアウトで終了するため切り方で若干変わると思いますが、この調子でいずれの曲も英MONOの方がおよそ「1秒」ほど短い(正確には約1.2秒)、つまり英MONOの方が若干速いんです。ちなみに英MONOはその分曲間が長く取られていますので、トータルタイム自体はさほど変わりません。

この問題の「1秒」、もちろん測ったり同時再生したりすると丸分かりですが、体感でも結構違うものです。

私が初めて『Pet Sounds』を聴いたのは20数年前、たぶん'90年製の輸入盤CDだったと思います。その後'97年に出た『The Pet Sounds Sessions』の新規リマスターなんかも含め、もうCDが擦れて火が付くんじゃないかっていうぐらい聴き倒してやりました。
そしてしばらくしてから今度は米MONOのレコードを買ってはまた聴き倒す、なんていう事を繰り返して辿り着いた英MONOでしたが、一聴して「あれ?」と違和感を感じたものです。もう自分の体内BPMが『Pet Sounds』にチューニングされきっていた私は、このなんだか速くて突っ込み気味なテンポにすぐ気付いたんです。
そしてそのテンポが妙に気に入った私は、ふとこんな仮説(というの名の妄想)を立て始めたのです…。

 

レコにまつわるエトセトラ(7)

未完の名作『Smile』のブックレット(リプロ)。もし『Pet Sounds』がアメリカでもヒットしていたら完成していたのかもしれません…。

 

今やロック史を代表する『Pet Sounds』が、’66年リリース当時のアメリカでは全米最高10位とそれほどチャート・アクションが振るわなかったのは有名な話。
その一方でイギリスでは全英アルバム・チャートで最高2位、26週連続トップ10入りと大ヒットを果たしたのですが…それって何故なのでしょうか?
やれポールが絶賛したからだの、やれアンドリュー・ルーグ・ オールダムが賞賛の新聞広告を打ったからだの、やれイギリスの音楽誌や評論家筋が評価したからだの、まぁ全部要因の一つなんでしょうが、私はそもそも「サウンドが違っていたから」かもしれないとも思うのです。

これは米盤と比べての良し悪しの話ではないのですが、間違いなく米盤より「速い」英盤からは、より強い躍動感を感じるのです。この躍動感がイギリス人の国民性に強くアピールしたのか、実はそれがアメリカとは大きく異なる売れ行きを示した一番の理由だったのかもしれません。
いわば他国プレスが生んだ音の「違い」が、この歴史的名盤のチャート・アクションすらも変えてしまったのです…。

どうでしょう? あながち間違った話でもないんじゃないですか?
あ、もう一度念押しで言っておきますけど、このくだりはただの私の妄想ですからね!

ちなみにここまで読んで気になった人もいるかもしれませんが、じゃあSTEREO(正確にはDUOPHONIC)はどうなのよと。ということで英・米・独盤(独盤のMONOは存在しません)も比較しましたが、全部同じ速さでした。
じゃあその速さって英・米MONOと比べてどうなのっていうと、米MONOより0.6秒程度「遅い」のです。これには私も全く気づいていませんでした。あな恐ろしや…。

 

あの名盤に秘められた別の顔、それに触れたらもう…。

レコにまつわるエトセトラ(8)

 

最後に余談ですが、実はここ数年ビーチボーイズ関連作を全く買っていなかった私ですが、ずっと気になっていた一枚をたまたま引いたので久々に買ってみました。

買ったのは中期名作『Holland』の独テスト・プレス。確かに良いアルバムだけど、そんなわざわざドイツのテストにまで手を出すアルバムじゃなくない? っていうイメージの一枚ですが、ちょっとお待ちください。実は『Holland』って、とあるプレスではA1の「Sail On Sailor」がオミットされ、A面ラストに未発表曲「We Got Love」のスタジオ・ヴァージョンが収録されているらしいのです。

私の事前情報では米英独のテスト・プレスにそのヴァージョンが存在するとのことでしたので、今回購入に至ったワケですが…残念ながら見事にハズレでした。

改めてDiscogsで調べてみたところ、ドイツのレギュラー盤で「We Got Love」が収録されたエラー盤が存在するとのことで…レコードの世界の常識では、その場合はプロモやテスト・プレスにも同じエラーが発生しているケースが多いですが、これに関しては何かまた特殊な理由や別の条件があるんでしょう。どなたかご教授ください!

※ちなみにこの未発表曲、2016年にAnalogue Productionsからリリースされた再発盤にボーナス収録されています。ヤッタゼ!

レコにまつわるエトセトラ(9)

ちなみに、テストとかアセテートの世界はもっと恐ろしいです。これはMighty Babyの1stアルバムのアセテートですが、ミックスも違えば未発曲(CD化済)も収録しちゃってる堪らんヤツです。

 

散々聴いたはずのあの名盤が実は持っていた別の顔。その顔に触れた時、その作品への聴き方や捉え方が全く変わってしまうかもしれません。

それにしても、そもそもこういった「違い」があるなんて、レコードならではじゃないですか?
自分で探し当てた時なんて、もうまさにアハ体験そのものですよ!

いやぁ~レコードって、ホント良いもんですね。
奥に進めば進めほど、世界は広がる一方。もう飽きさせてなんてくれないんですよ。
さぁアナタもレコード底なし沼への第一歩、踏み出してみましょうか! ウェルカム!

 


 

Text&Photo:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千