甲子園に響く『アフリカン・シンフォニー』の謎。野球応援とニュー・サウンズ。【TALK ABOUT ニュー・サウンズ】


50年近い歴史のある「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」シリーズ(ヤマハミュージックエンタテインメント)。これまでに数々の名曲を世に送り出してきたが、『アフリカン・シンフォニー』を筆頭に、高校野球の応援曲としても人気が高く、不思議に思っている人もいるのではないだろうか。なぜ球児たちに人気なのか、高校野球ブラバン応援研究家の視点から紐解いてみたい。

 多くの吹奏楽愛好家が演奏経験のある「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」(以下NSB)。シリーズ最大のヒット作といえば、なんといっても『アフリカン・シンフォニー』だろう。
 1977年に発売された第5集に収録されている作品だが、もともとはディスコブームの起点となった『ハッスル』の大ヒットで知られるヴァン・マッコイの楽曲で、1974年にリリースされたアルバム『Love is the Answer』に収録されていたものだ。NSBの立ち上げから携わってきた作・編曲家の故・岩井直溥氏が編曲を担当。数々の名アレンジを残してきた、言わずと知れた「吹奏楽ポップスの父」「ニュー・サウンズの父」だ。

 2000年に作られた『NEW SOUNDS IN BRASS Official Handbook』の『ニュー・サウンズ・イン・ブラスストーリー』に、『アフリカン・シンフォニー』にまつわる岩井直溥氏の発言として

 

「これはもう自分でスコアを書いてしまって、レコード会社に提案したんだ」

 

との記述がある。そう、岩井氏が同曲を気に入って楽譜化を提案したのだ。同じ第5集に、『ハッスル』も収録されているが、圧倒的に『アフリカン・シンフォニー』の人気が高かったのは周知の事実。

 吹奏楽部出身の筆者は、高校野球の応援を聴くのが趣味で、地方球場や甲子園に通いはじめて数年になるが、多くの学校が『アフリカン・シンフォニー』を応援に使うのを昔から不思議に思っていた。
 この曲を初めて聴いたのは、1985年くらいのこと。中学生の姉が所属していた吹奏楽部の演奏会で聴き、子ども心に「かっこいいなぁ」と思ったことを鮮明に覚えている。そして、小学生から大人まで、多くのイベントや定期演奏会などで同曲を演奏していたことも覚えており、それだけ大ヒットしていたということだろう。

 このようにとても耳になじんでいた曲だっただけに、野球応援でこれだけ愛されているのが気になっていたのだが、拙著『ブラバン甲子園大研究』(文春文庫)の取材中に、興味深い事実が明らかになった。
 1960年代から長きにわたって甲子園の常連だった名門PL学園。吹奏楽部OBによると、『アフリカン・シンフォニー』が発売された翌年の1978年から甲子園で演奏していたが、オリジナル曲を重視するようになったことから次第に使わなくなっていったという。

 高校野球ファンの間では、「アフリカンといえば智弁和歌山」とよくいわれるが、同校は1987年から同曲を応援に使用。甲子園で勝ち進むにつれ、繰り返しテレビ中継で映像と応援曲が流れることから、全国に広まっていき、多くの野球部員が「智弁和歌山のあの曲をやってほしい」と吹奏楽部にリクエストするようになっていったのだ。
 強豪校の応援曲を気に入り、自校でも取り入れるケースは大変多い。今はYouTubeでいくらでも野球応援曲を探せるが、当時はまだインターネットのない時代。テレビで聴いたことがあっても、曲名がわからない野球部員が多かったのであろう。アフリカンのことを「智弁」と呼び、現在も伝統的にこのように呼ぶ学校は少なくない。

 前述のとおり、同曲はNSBを代表する大ヒット作品だったこともあり、多くの学校が楽譜を保有していたことも、野球応援で広まった要因のひとつと思われる。野球部からリクエストが来たとしても、吹奏楽部に楽譜がなければ応援のためにわざわざ買う学校は少ないからだ。

 そして、さすが岩井氏のアレンジだけあって、抜群に鳴りがよく、少人数の吹奏楽部でも球場でよく響かせることができるという点も大きいと思っている。「吹奏楽部に楽譜があり、迫力があって鳴りがいい」という野球応援に必要な要素を兼ね備えていたのだ。
 残念ながらわたしは岩井氏にお会いする機会がなかったが、朗らかなお人柄は吹奏楽部の先生方からよく耳にしている。これだけ野球応援で愛されていることを本人がどのように思っていたか、ぜひ聞いてみたかった。

 応援で使われているNSBはほかにもあり、代表的な曲は以下のとおり。

 

野球応援とNSB(1)

第1集(1972年)『オブラディ・オブラダ』(岩井直溥編曲)

 

野球応援とNSB(2)

第12集(1984年)『ボイジャー』(角田季子作曲/梶谷修編曲)

 

野球応援とNSB(14)

第14集(1986年)『オーメンズ・オブ・ラブ』(和泉宏隆作曲/真島俊夫編曲)

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野球応援とNSB(4)

第15集(1987年)『コパカバーナ』(岩井直溥編曲)
『宝島』(和泉宏隆作曲/真島俊夫編曲)

 

野球応援とNSB(5)

第22集(1994年)『テキーラ』(明光院正人編曲)

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野球応援とNSB(6)

第23集(1995年)『エル・クンバンチェロ』(岩井直溥編曲)

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 『オブラディ・オブラダ』は、甲子園常連の名門・天理高校が使用。初めて甲子園で聴いた瞬間、独特の対旋律に「ニュー・サウンズだ!」とすぐにわかった。なぜなら、わたしが吹いていたファゴットが、対旋律が多かったので(笑)。

 野球応援では、全員が同じ音を吹くユニゾンだったり、シンプルな譜面も多いため、ハイクオリティなアレンジは一段と耳に残る。そして第1集の作品を応援に使うところが、「さすが80年以上の歴史を誇る名門吹奏楽部ならではだなあ」とアルプススタンドで端正な演奏を聴きながら思ったのであった。そして、「対旋律、いいですね~!」とユーフォニウムの生徒に話しかけ、「そんなこと甲子園で言われたの初めてです」と笑われたのもまた、いい思い出だ。

『ボイジャー』は、PL学園が『ビクトリー』という曲名で使用し、全国の野球ファンの間でもよく知られている。同校野球部は現在休部しているが、PL学園出身の藤原弘介監督率いる長野の佐久長聖が同曲を継承している。

『オーメンズ・オブ・ラブ』は、埼玉の花咲徳栄高校が初回に演奏する名物応援。系列校である埼玉栄高校が応援に使用しており、花咲徳栄も取り入れるようになったという。

 ヒット作『コパカバーナ』は、習志野高校や拓大紅陵高校といった、野球応援に並々ならぬ情熱を注ぐ吹奏楽部が演奏しており、千葉県で特に人気が高い印象だ。

現在、演奏会などで多くの吹奏楽部が演奏する大人気曲『宝島』は、応援で使う学校は多くはないものの、思い出深いエピソードがある曲だ。2015年、夏の甲子園初出場の岡山学芸館高校が、応援が初めてだったためどのような曲を演奏すればよいのかわからず、得意のレパートリーである同曲を選択。通常、野球応援は8~16小節という尺の楽譜を繰り返し演奏することが多いが、応援経験のなかった同校吹奏楽部は、最初から最後まで1曲吹ききり、アルプススタンドが、さながら演奏会のように……(笑)。演奏会のお約束である、締めの「ヤー!」まで言っちゃったらどうしよう……などと、ドキドキしながらも存分に楽しませていただいた(さすがに「ヤー!」は言わなかった)。

『テキーラ』が印象的だったのは、2019年春のセンバツでの、東邦高校・杉浦勇介選手の応援。おなじみの「テキーラ!」と叫ぶ部分を「杉浦!」と叫ぶというハマりぶりで、アルプススタンドを大いに盛り上げた。

『エル・クンバンチェロ』は、『アフリカン・シンフォニー』に次に多くの学校が演奏する曲で、野球部人気も非常に高い。

 このように、甲子園で岩井サウンドが鳴り響くたびに、「ニュー・サウンズは球場でも、そして高校球児たちにもこんなにも愛されているのだなぁ……」と、勝手に感慨深く思っている。

 新型コロナウイルスの影響で、残念ながら中止が決定した今年の夏の甲子園。各都道府県で代替試合は開催される予定だが、無観客で応援なしというところがほとんどだ。1日も早く日常を取り戻し、「音楽の力」で思い切り応援できる日が来ることを心から願っている。

 


 

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Text&Photo:梅津有希子

 

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