【レコにまつわるエトセトラ】コレクター指南書 ~ 封印されし没ジャケの世界【第13回】


近年また盛り上がりを見せつつある、レコード/アナログ盤。リアルタイムで再生メディアとしてレコードと接してきた世代だけではなく、CDやカセットすらも知らないくらいの若い世代の人たちからも“新鮮”なものとして受け入れられているようです。

そうした流れの中でこの世界の魅力をよりディープにお伝えするべく始まったのが、本連載【レコにまつわるエトセトラ】。ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏を水先案内人に、入り口から底知れぬ深淵に至るまでを旅しましょう。

第13回のテーマは、“コレクター指南書 ~ 封印されし没ジャケの世界”。コインや切手に関して、いわゆるエラーによって通常とは違うバージョンがごく少数だけ世に出回り、愛好家の間で高額で取引されるなんて話はよく聞きますよね。レコードのジャケットに関してもそういったエラーはもとより、本来は採用されなかったもの、もしくはなんらかの理由で急遽変更されてしまったものの原本(=プロト・タイプ)と思しきものが世に出てしまう場合があるのです。単にクオリティが低いからダメになった…とは到底思えないからこそ、蒐集欲をくすぐる“没ジャケ”の魅力に今回は迫ります。

あのビートルズにも没ジャケが…最レアなものは○百万円!?

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その内容の過激さから「放送禁止歌」となった音楽があったように、なんらかの理由でこの世に発表されずに埋れてしまったレコード・ジャケット、つまりは「没ジャケ」というものが存在します。

単純にアーティスト自身が気に入らなかったとか、レーベル的にこれは大衆向けじゃないと判断したとか、まぁ本当に様々な理由があるとは思いますが、そうした没ジャケがひょんなことから一般市場に姿を現し、一躍レコード・コレクターたちのアイドルとして祭り上げられることがあるんです。

ということで、今回はあの名盤たちが私たちの知る姿になるまでの物語を紐解く、没ジャケットのお話。

下世話な話ですが、ハッキリとした違いのあるジャケであればいざ知れず、ちょっとした違いしかないものであれば、どこぞのレコ屋でひょんなことから激安でブチ抜けることもあるかも知れません。
そしてそのコツは至ってシンプル、一枚でも多くの没ジャケを知っていることです。

そんなロマンにあやかりたい方、これだけでも覚えて帰ってください。

 

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ほとんどホラーな「Butcher Cover」。これは貼って剥がした「3rd State」と呼ばれるもの。

 

ロック界を見渡してみると、この手のハナシで真っ先に名が挙がるのは、20世紀最大のロック・バンド、我らがビートルズによる通称「Butcher Cover」です。
‘66年にアメリカでリリースされた編集盤『Yesterday and Today』のオリジナル・ジャケットにあたるものなんですが、白衣を着たメンバーが赤ん坊の人形と生肉に囲まれてニヤついてるっていう、まぁまぁ普通にグロいデザインでした。

当時売れ線も売れ線だったビートルズ。レコ屋としても「さぁ今回もバカバカ売ったるぜ!」なんて意気込んでたら店に謎のグロジャケが届いた…なんて結構引きつり笑いモンかも知れません。
そんなこともあって、レーベルのセールス担当やレコ屋から非難轟々、リリース直前に急遽回収となってしまったワケです。

 

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そしてこちらは紙一枚貼られた「2nd State」。

 

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写真じゃ見づらいですが、リンゴがうっすら透けてるの分かりますか?

 

その後回収されたレコードは、その上に別デザインのジャケットを貼り付けて再出荷したのですが、上に紙一枚貼っただけなんで薄っすら下に透けて見えてる「Butcher Cover」が気になっちゃうもの。ということで市場に出たら出たで、今度はまた紙一枚剥がされたり、レーベルも改めて再プレスしたりを繰り返す内に、色んなバージョンが出来てしまいました。

細かい話をしだすと長いんで割愛しますが、そんなこんなで今では最もレアなバージョンになると○百万円はする、ロック界を代表するレア盤になってしまいましたとさ。めでたしめでたし。


よく見るとどこか違う…もしやプロト・タイプ?

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さて、ここからはさらにコレクター度の高い話をしてみましょう。

次にご紹介するのは、イエス『Fragile(邦題:こわれもの)』の俗称「船なしジャケ」です。
これもレア度は鬼レベル。市場への出現回数も極端に少ないので値段はあってないようなものですが、今では50万円がひとつの目安でしょうか?
パッと見では何がそんなに違うのか分かりづらいかもですが、よく上の画像とお手持ちのジャケットとを見比べてみてください…そう、真ん中の「Spaceship(船)」がないんですよ。
あと全体的に色が濃かったり、右下部分の地表のアウトラインがハッキリしてたりもします。

中身の盤はいわゆる普通の英初版なんですが、極々少数出回っているこのジャケットの正体、これは一体なんなのでしょう?

その答えは、とある本にあります。

 

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初版発行は’75年となる名著『Views』。

 

このアートワークを手掛けたのは、ブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・サウンドをビジュアライズし、その世界観を決定付けたとも言える巨匠中の巨匠、ロジャー・ディーン氏。

そんな彼の数々の偉大な作品をまとめた『Views』というアートワーク集があります。
そしてめくること98ページ、ここにまさに「船なしジャケ」のデザインが掲載されているではありませんか!

彼はこのアートワーク制作には非常に難儀したらしく、メンバーとの意見の食い違いもあったようです。
ここからは私のファンタジーも入っちゃいますが、最初はレーベルに元デザインでもある「船なし」を提案、レーベル側も試しに実際のジャケットを少しだけ作成したものの、裏ジャケに描かれた船とのストーリー・テリング的になんだか物足りない気がして、後に船を書き足したのかも知れません。

ちなみにこの「船なしジャケ」、テスト・プレスにですら付いているワケでもなさそうなんで、単なるなんらかの手違いで作られた可能性も大ですが、まぁとにかく今となってはコレクター諸氏が血眼になって探す、「超」が付く人気アイテムであることに間違いはないでしょう。

 

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ちょっと地味めな違いなんで余談になっちゃいますが、同じロジャー・ディーン氏が手掛けたイエスの『Close to the Edge(邦題:危機)』にも同じ類の没ジャケットがあります。
それが上の写真のもので、私が個人的に「Yellow Band」と呼んでいるジャケットです。まぁ要は、裏ジャケの下のほうに黄色い帯状のデザインが施されているっていう寸法です。

何分私もこの一枚しか見たことがないんですが、黒いテキストとの兼ね合いからも退色等の経年劣化では決してなく、こんな感じの部分的なエラーっていうのも製造工程上あり得ないと思います。つまりこれも『こわれもの』のようなプロト・タイプのジャケではないかと推測していますが…誰か情報をお持ちの方はご一報ください!

 

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これも違いは少ないんですが、ローリング・ストーンズ『Exile on Main St.(邦題:メイン・ストリートのならず者)』の没ジャケ、俗称「Shadow Cover」です。
ここで「ん?」ってなった方は立派なストーンズ通。普通コレクター界隈で「Shadow Cover」と言えば『Aftermath』でしょう。表ジャケのタイトル文字部分に本来ないはずの影が付いていることから人気の没ジャケなんですが、実は『ならず者』にもちょっと変化球の影バージョンがあるんです。

では、通常盤との比較画像を見てみましょう。

 

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分かりますか? 下半分が編みがかったように暗くなっているのが「Shadow Cover」と呼ばれるが所以です。ただここまで自信満々に言っといてなんですが、これも「Yellow Band」同様、私が個人的に呼んでるだけです。すいません。

ちなみに、こちらの中身は英テスト・プレス。通常盤で「Shadow Cover」は見たことがありませんので、正真正銘のプロト・タイプではないでしょうか? まぁ、ただ暗くなってるだけっちゃだけなんですが…。

 

お蔵入り…それは偉人たちの並々ならぬコダワリの証。

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なんか大した違いのないものばっかだなと思った方、ご安心ください。本記事のトップ画像にもしていますが、満を持して最後にご紹介するのは、これぞ没ジャケットの醍醐味、ニルヴァーナ『In Utero』の完全別ヴァージョンのプルーフ・カヴァーです。

プルーフ・カヴァーというのは、ジャケットの制作過程で校正確認用に使用されるもので、レコードでいうところのテスト・プレスのようなものです。基本的には通常のジャケットのように袋状に成形されたものではなく、ペライチの用紙にアートワークを印刷したものになります。

 

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この写真を撮影したのは、ロック・フォトグラファー、アントン・コービン。U2『The Joshua Tree』のジャケットをはじめ、長いキャリアの中で数多くの名シーンを捉えてきた彼ですが、ミュージックビデオの監督としても一流。ニルヴァーナでは「Heart-Shaped Box」のMVも彼が手掛けています。

このプルーフにも使用されたフォト・セッションで撮影された写真は結局使用されませんでしたが、注目したいのは下部にテキストとレーベル・ロゴが入っていることです。
この入り方から察するに、おそらくこのアートワークはジャケットの裏面として予定されていたのでしょう。

ニルヴァーナのアートワークはカート・コバーンのイメージを具現化することこそが至上命題。この写真がプルーフで終わってしまったのもカートの意向かもしれませんが、彼がこの世を去り、アルバム・リリースから経つこと20年。2013年に20周年記念盤としてリリースされたレコードに、晴れてアントン氏の写真が採用されました。
今回のプルーフのものとはまた別カットの写真ではありますが、同じフォト・セッションで撮影された写真が裏ジャケに採用っていうところが、因果というかなんかしらの意図を感じませんか?

とにかくあーだこーだ言いましたが、長年秘匿されてきたこのお蔵入りアートワーク、あまりにカッコイイので一人でも多くの方に見て欲しい、そんなシンプルな気持ちでお披露目させていただきました。どうですか? 最高じゃないですか!?

 

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‘68年にCountry Joe And The Fishのために制作された未発表アートワークの原画。手掛けたのは英サイケデリック・アート界の頂点、Hapshash and the Coloured Coat。

 

やっぱりジャケットって大事だと思いませんか?
それこそ全くデザインが違ってしまえば、音楽そのものへの評価もガラリと変わってしまうもの。もしバナナがリンゴだったら、ロック史は変わっていたのかもしれません。

今回はコレクター度数高めの細かな話が多かったですが、裏を返せばアーティスト自身も細かい部分までコダワリを持って作っているということです。
そんな偉人たちが遺したコダワリの結晶、心して堪能しようではありませんか!

 


 

Text&Photo:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千