第4回 レコーディング・エンジニアという職業について① 【音楽あれば苦なし♪~福岡智彦のいい音研究レポート~】


私は、1978年、大学を卒業して、「渡辺プロダクション」という芸能事務所に就職しました。タレントのマネージャーになる気はまったくなかったのに、行きがかり上そうなってしまったのですが、新入社員の研修でいちばん楽しかったのがレコーディングの現場、つまりレコーディング・スタジオの見学でした。で、芸能事務所だろうがなんだろうがこの仕事をやりたいっ、と思ってアピールし続けたら、首尾よく「渡辺音楽出版」というグループ会社で、音楽ディレクターというポジションにつくことができたのですが、実はその見学の時、もっとも気になったのはレコーディング・エンジニアという存在。大きな機械=調整卓(コンソール)の前に座って、音に耳を傾けながら、おもむろに、コンソールに並んだ無数のツマミからひとつを選んで軽く動かす……「音の専門職人」然としたその佇まいに、思わず心の中で「カッコいい!」と叫んだのでした。

就職してからやりたい仕事に気づく

音楽あれば苦なし(1)

 

大学は文学部だったのですが、高校3年になる時、大学進学の志望が理科系か文化系でクラス分けをされまして、どっちにしようかかなり悩んだくらい、私はどちらにも興味があったのです。結局「理科系はたいていはっきりした答えがあるから本を読めば勉強できるが、文化系は“考え方”が重要なので先生に学んだほうがよい」なんてカッコいいことを考えて、文化系を選んだのですが、もちろん、大学時代はおろか今に至るまで、本を読んで物理や化学の勉強をしたことは1cmもありません(1mmくらいはある)。

ともかく言いたいことは理科系にも興味はあるということです。そして音楽業界での仕事、ほとんどは文化系、と言うか、学校では教えてくれないことばかりですが、唯一、理科系的頭脳もかなり要求されるのが、レコーディング・エンジニアという存在なのです。音の録音再生に関する物理学的見識と職人的スキルを駆使して、「人が求める音楽」という極めて抽象的なゴールに向かって突き進む。なんてエモーショナルで意義のある仕事。私がやりたかったのはこれだー!と思ったのです。

しかし、私はすでに会社員。聞けばレコーディング・エンジニアは、大学出もいることはいますが、たいていは工学系の高卒か、専門学校卒でレコーディング・スタジオに入り、見習い、アシスタントを経て一人前になっていくパターン。アシスタント期間は人によって(能力だけではなく環境にもよって)違いますが、少なくとも3年くらいはあるかな。その時点で、入ったばかりの会社を辞め、丁稚奉公から始めるという選択は、さすがに私にはできませんでした。

もちろん、レコーディング・エンジニアという存在がいるということもよく分かっていなかった私がダメです。軽音楽部でロックバンドをやり、ドラムを担当し、レコードをテープに録って半速で再生して、細かいドラムプレイをチェックするなんてことはやっていたのに、その音楽がどのように録音されているのか、どうやってレコードが作られているのかについては、全く考えてみもしませんでした。しかもその時既に大学生ですからね。そしてなお将来のことは深く考えず、のほほんと大学生活を送り、なんとなく出版社に行こうかなーなんて思いながら、結局冒頭に書いたようになりゆきで音楽業界に入ってしまったというわけです。

後悔先に立たず。ただレコーディングにはやはりどうしても関わりたいと思い、なんとかうまく立ち回って、音楽ディレクターのポジションを獲得することはできたのでした。

 

レコーディング・エンジニアは実力の世界

 

こうして私は、立場的にはレコーディング・エンジニアに「ああして、こうして」と指図する仕事に約20年間携わることになったのですが、音楽ディレクターなんていてもいなくても同じ、なんて言っちゃうと身も蓋もありませんが、口八丁と運だけでヒット・ディレクター扱いされている人なんかごろごろいますからね。私も少しはヒット作品に関わりましたけど、自分がいたからヒットしたと、胸張っては言えるものはひとつもありません。ラッキーだっただけ。

だけどエンジニアははっきり実力の世界です。いかに人柄がよくても、体力があっても(どちらもほしいですが)、「いい音」が作れなければ認められず、お呼びもかかりません。もし私がレコーディング・エンジニアになっていたとしたら、本シリーズ第1回で告白しましたように、「いい音物差し」が“並”クラスですから、引く手あまたのトップクラス・エンジニアとなっている自分は、やはりどうも想像できません。

……つづく