ヤマハのリペア職人が指南。今すぐ出来る楽器の感染症対策とは?


新型コロナウイルスの影響で、春から数ヶ月にわたって全国の学校が休校に。久々に楽器を吹く際や、吹奏楽部が再開後に気をつけたいお手入れのポイントとは。

まだまだ新型コロナウイルスが終息する兆しも見えず、学校が再開したと思いきや、校内に感染者が出て再び休校になる学校もあったりと、落ち着かない日々が続いている。

吹奏楽部も長期間休みになり、ずっと楽器が吹けなかったり、久々に吹くという人も大勢いることと思う。また、新入部員の体験入部でも、楽器やマウスピースの消毒など、初めての経験で困惑したという人も多いだろう。

ウイルスは飛沫感染することが知られているが、そもそも楽器を吹くことで感染リスクは生じるのだろうか。ヤマハミュージックジャパンが新日本空調株式会社の協力のもと、楽器演奏時の飛沫の飛散状況を可視化する実験を行ったところ、演奏による飛沫の飛散距離と左右への広がりにおいては、くしゃみ、発声と同等以下であることが観測された。ただし、トランペットのマウスピースのみを使用した場合は、くしゃみ以下でありながらも、発声と同等またはそれ以上に飛沫が飛ぶ可能性が観測されたという。また、トランペットやソプラノリコーダーの水抜き・唾抜きなどのお手入れでも、飛沫が飛ぶ可能性があることがわかった。詳しくは以下の実験結果を見ていただきたい。

管楽器・教育楽器の飛沫可視化実験

https://jp.yamaha.com/products/contents/winds/visualization_experiment/index.html

 

楽器はどうやって消毒する?

 

それでは、楽器の消毒やお手入れについては、どのようなことに気をつければよいのだろうか。アルコールなどは使用できるのか、ヤマハミュージックリテイリング・管弦リペアセンターの岐部祐一氏に聞いた。

 

管楽器お手入れ(1)

ヤマハ銀座店にて。管弦リペアセンターの岐部祐一氏。

 

−−金管楽器や木管楽器を、アルコールで拭いても大丈夫なのか。

「金管楽器やフルート、サックスなど、金属製の楽器や金具部分は大丈夫です。ただし、ラッカー塗装や銀メッキ仕上げなどの表面は、長時間放置したり、アルコールの濃度によっては表面が荒れたり、くもってしまう可能性もありますので、あくまでも軽く拭う程度にしてください。ABS樹脂で出来たクラリネットやスーザフォンなども同様です。木製のクラリネットやオーボエ、ファゴットは、アルコールを使うと変色や変質の原因となりますので、使用は控えてください。
また、液が垂れたり跡になったりしないよう、すぐにポリシングクロス等で拭き取ってください。」

−−打楽器など、楽器を移動したり運搬する際は複数の人で触れることになるが、対処法は。

「こちらも、金属の金具などはアルコール消毒が可能ですが、木製部分やバスドラム、ティンパニのヘッドなどは、ロゴの印字がはがれたり、変形する可能性もあるので使用は避けてください。気になる場合は、触る前や触った後に手洗いもしくは自分の手指をアルコールスプレーで消毒するほうが現実的ですね」

 

マウスピースを使い回しても大丈夫?

 

−−春の体験入部では、複数の生徒が同じ楽器やマウスピースを吹くことも多いが……。

「これも、キイやピストン部分などをその都度消毒するよりも、楽器を吹く前後に手洗いもしくは自分の手指を消毒して乾かしてから吹くといいと思います。マウスピースは、木製以外はヤマハのマウスピースクリーナーが有効です。含まれている『塩化ベンザルコニウム』という界面活性剤が、新型コロナウイルスに有効であることが明らかになりました。マウスピースに直接吹きかけて5分程度放置し、やわらかい布で拭き取ります。体験入部のときも、この方法を徹底すれば安心してお使いいただけます。」

−−ヤマハのブラスソープも新型コロナウイルスに効果があることがわかりましたが、どのような場面で使えるのか。

「通常は、金管楽器やサックスのネックなどを洗浄する管楽器用の洗剤ですが、『アルキルグリコシド』という界面活性剤が新型コロナウイルスに有効ということが明らかになっています。温水で10〜15倍に希釈して水溶液を作り、布に含ませて拭き取り、必ず水拭きで仕上げてください。金属製や樹脂製の楽器やパーツ以外に、楽器ケースやミュート、スタンド、椅子など、面積の広い部分にも使えます。マウスピースクリーナーは、直接口にするアイテムにという風に使い分けるとわかりやすいと思います」

 

管楽器お手入れ(2)

ブラスソープ(左)マウスピース(右)

 

ヤマハ「ブラスソープBS2」/容量:110ml 希望小売価格: 720 円(税抜)。管体のクリーニングや拭きあげに。金属や樹脂部分に使用可能。温水で10〜15倍に希釈して水溶液を作り、やわらかい布に含ませて拭き取る。必ず水拭きで仕上げを行う。新型コロナウイルスに有効(※)な、「アルキルグリコシド」を配合。

ヤマハ「マウスピースクリーナーMPC3」/容量:100ml 希望小売価格: 950 円(税抜)。マウスピースに直接スプレーし、拭き取って汚れを落とすクリーナー。スプレー後、5分放置してやわらかい布で拭く。新型コロナウイルスに有効(※)な、「塩化ベンザルコニウム」を配合。

※  NITE(独立行政法人製品評価技術基盤機構)による分析結果

 

水抜きの注意点は?

 

−−水分や唾を抜くとき、捨てるときはどのような点に注意すればよいのだろうか。

「金管楽器は、ウォーターキイをオープンにした状態で息を吹き込まないこと。勢いよくフーッ! としたほうがきれいにとれるのでやりがちですが、万が一感染してる人がそれをやると、ものすごい飛散してしまいます。あくまでも雫を落とす程度にとどめてください。きれいにとりきれないと思うかもしれませんが、回数を増やすことで対処しましょう」

−−木管楽器のスワブを通すときの注意点は。

「スワブ詰まりを起こさないためにも、広がっていることを確認して、シュッと勢いよく通さずに静かに通したほうがいいです。昔は綿素材でしたが、今のスワブはマイクロファイバー素材で出来ているので、むしろゆっくり通したほうが、一度で多くの水分がきれいに拭き取れます。じわっと通してあげることで、クラリネットやオーボエなど、トーンホールの穴に入った水分もきれいに拭き取れるのです。楽器の性能を維持する上でも、こまめに水分を取り除くことは大切で、30分以上吹いたら一度はスワブを通したほうがいいです。いわゆる吹奏楽の強豪校のなかには、楽器に傷みや狂いが生じて長期間楽器屋さんに預けて練習ができなくなることを防ぐために、15分ごとにスワブを通すように指導している先生もいます。
クラリネットやサックス、フルートなどのキイに使われているタンポというパッド(穴を閉じるパーツ)は、水分を吸い込むことで劣化するので、吸い込む前に拭き取ってしまえば傷むのも軽減できますし、万が一ウイルスが入り込んだ水滴が管内を流れていったとしても、タンポが吸い込む前に拭き取れば、ウイルスが残留することも防げます。スワブは、練習後に毎日洗うのが理想です」

−−吹奏楽部だと複数で雑巾を使うことが多いが。

「雑巾の使い回しはNGです。家から持参して、自分専用にしたほうが安心です。使用後は毎日洗濯しましょう。楽器に溜まった水分を吸収する専用のシートもありますが、ペット用のトイレシーツも水分をたくさん吸収し、使い捨てできるので、こういったものを使うのも便利ですよ」

 

長期間吹いていない場合は「慣らし運転」を

 

−−数ヶ月ぶりに楽器を吹く場合は、どのような点に気をつければよいか。

「金管楽器は、可動部分にしっかりオイルをさす。チューニングスライドはグリスをしっかり塗るなど、『お手入れを一度リセットし直す』ということを意識してください。その際、古いオイルやグリスをまず取り除いてから新しいものを使うとより効果的です。もし、可動部分が動かなくなっていたら、無理に動かそうとせずお店のリペア担当者に相談いただくのがいいと思います。クラリネットは木材なので、長い期間演奏しないと水分が抜けて縮みが生じ、急に長時間吹くと割れることも。久々に吹くときは、15分吹いたら必ずスワブを通し、5〜10分あけてからまた15分吹く。部活再開後1週間くらいは、連続して長時間吹かずに、このように慣らすことを心がけてください。新品のクラリネットも『使い始めは長時間演奏しないでください。最初の2週間はトータルの演奏時間を1日20~30分くらいに留めて、水分をこまめに取り除きながら、少しずつ吹きましょう』と説明し、1ヶ月くらい慣らし期間をと説明していますが、学生さんは自分の楽器を持つと嬉しくて、つい長時間吹いてしまいます(笑)。そしてやっぱり『割れちゃいましたー』と修理に持ってくることがけっこうあります。コロナの影響などで長期間吹けなかった場合は、そういったリスクが多少なり出てくるので、連続して吹かないことを意識してみてください。フルートやサックスは、そんなに心配いりません。オーボエとファゴットも、クラリネットと同じような意識で。ファゴットはメープル素材なので伸び縮みの幅が大きく、割れることは少ないですが、急激に膨張すると部品が動かなくなることも。とにかく、急に長時間吹かずに慣らすことを心がけてください」

−−コロナの影響での休業後、リペアセンターの営業を再開してから、何か変化はあったか。

「みなさんステイホームで、家の片付けや断捨離をされた方が多かったとみえて、『中学生の頃吹いていた楽器が出てきた』という修理依頼が増えました(笑)。大人になってから、親が高額な楽器を買ってくれたことに改めて感謝をするのでしょうね。オーバーホールの依頼が例年よりも明らかに多く、順番待ち状態です。リペアも、楽器を分解したあとに消毒を徹底し、手袋やクロスも使いまわさず、お客様の楽器ごとに新しいものを使うなど、新様式になりました。このほうが、お客様も気持ちよく吹けますしね」

 

管楽器お手入れ(4)管楽器お手入れ(5)

修理中の岐部祐一氏。天井からアクリルシートを下げ、マスク姿に手袋で行う。お客さんが使うボールペンも消毒しておくという徹底ぶりだ。

 

管楽器お手入れ(6)

修理する楽器も消毒を行う


今回のコロナ禍によって、さまざまな自粛が続き、みんなで楽器を吹くこともできず、コンクールや演奏会も中止になったりと、あらためて吹奏楽・音楽の楽しさを実感したという人も多いことと思う。岐部氏は最後に、

「吹奏楽部への入部がきっかけで、生涯音楽を楽しむという人も多いので、この業界の未来を守るため、たやさないために、正しいお手入れや情報の発信を続けていきたいと思っています」

と結んだ。

ヤマハのサイトでは、管打楽器やリコーダーなどのお手入れに関して、相談窓口に寄せられるよくある問い合わせとその回答についてまとめている。こちらもぜひ参考にして、これからも正しい情報のもとで、安全に音楽を楽しんでほしい。

管・打楽器を安心して楽しむために

https://jp.yamaha.com/products/contents/winds/faq/index.html


学校用教育楽器・機器を安心して楽しむために

https://jp.yamaha.com/products/contents/educational_equipments/faq/index.html

 

 


 

Text:梅津有希子
Photo:神保未来