【レコにまつわるエトセトラ】肋骨レコード ~ 音楽への渇きが刻む、美しき闇レコードの世界【第14回】


近年また盛り上がりを見せつつある、レコード/アナログ盤。リアルタイムで再生メディアとしてレコードと接してきた世代だけではなく、CDやカセットすらも知らないくらいの若い世代の人たちからも“新鮮”なものとして受け入れられているようです。

そうした流れの中でこの世界の魅力をよりディープにお伝えするべく始まったのが、本連載【レコにまつわるエトセトラ】。ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏を水先案内人に、入り口から底知れぬ深淵に至るまでを旅しましょう。

第14回のテーマは、“肋骨レコード ~ 音楽への渇きが刻む、美しき闇レコードの世界”。レコードといえば、黒い塩化ビニールの円盤を想像する人が大半ではないでしょうか。ちょっと詳しい人なら、カラフルに色付けされたカラー盤や、写真や絵が印刷されたピクチャー盤もご存知かもしれません。

 では人体のレントゲン写真に音が刻まれた、「肋骨レコード」はいかがでしょう?単に「聴く」だけではないレコードの価値、ただその根源にはやはり「聴く」という行為を希求する想いが存在することを感じずにはいられない逸品が今回の題材となります。


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それは命を賭してまで音楽への自由を求めた、熱き大衆の戦いの証明。

レコにまつわるエトセトラ01

 

「音楽を聴く」。私たち音楽好きにとっては呼吸するぐらい当たり前のことで、さて何を聴こうかと思い悩むことはあっても、「聴く」という行為それ自体については有り難みというか、特別思いを馳せるなんていうことはないでしょう。

音を記録するレコードが生まれて150年近く。実際に目の前で演奏が行われることがなくても、時や場所を超えて聴くことができるようになった音楽は、テープ、CDとメディア革新が起こるたびにより身近なものとなってきたのです。

特に今はサブスク全盛期、世界中のありとあらゆる音楽にシームレスに繋がることができて、もはや聴く音楽の対象ですら、自分で選ばなくても良いほどの圧倒的な「自由」を私たちは享受しているのです。

ただ人間、慣れって怖いもので、その手に入れた自由を改めて実感するなんていうこともなく、なんならそれが至極普通なこととなった今日この頃ですが、かつてその自由を根こそぎ奪い去った国が存在していたことをご存知でしょうか?
そして、そこには命を賭してまで音楽への自由を求めた、熱き大衆の戦いがあったのです。

ということで、今回は近年ここ日本でも認知度の高まりをみせる、旧ソ連が産んだ特殊レコードの極み「肋骨レコード」にまつわる話。
以前の記事(旧ソ連、辺境グルーヴ最後の秘宝 ~ RED FUNK【第6回】)でも少しだけ触れましたが、あまりに個性的な音楽体系を持つ旧ソ連シーンは、それらを収めたメディアすらも個性に満ち溢れていて、私たちレコード好きの好奇心をブッ刺しにくるのです。

根源的な音楽への愛、なんて言うとオオゲサですが、この「肋骨レコード」の存在は、「音楽を聴く」という行為そのものと真摯に向き合う気持ちを思い出させてくれるのです。
そして、この記事はある意味そんな機会を後世に遺してくれたとも言える、彼の国の密造人たちに捧げる私なりのレクイエムなのです。
ぜひご一読あれ!

 

「肋骨レコード」 は、どのようにして生まれたのか。

レコにまつわるエトセトラ02

 

「肋骨レコード」 、それは70年代から80年代にかけてモスクワ放送のアナウンサーとしてラジオDJを務めた、西野肇氏が生んだ呼称。
彼は2001年にNHKでドキュメンタリー番組『地球に好奇心 追跡 幻の“ろっ骨レコード”~ロシア・冷戦下の青春~』を企画制作。以降、国内では「肋骨レコード」という呼称が根付いたと思われます。

X-RAY AUDIO、BONE MUSIC、レントゲン・レコード、骸骨レコード等々、国内外で様々な呼称が存在しますが、ここ日本でのオリジネーターでもある西野氏へのリスペクトを込めて、本記事では「肋骨レコード」と呼ばせていただきます。

遡ること第2次世界大戦も終わりを迎えた1940年代中頃、スターリン政権下の旧ソ連において、全ての音楽は検閲され、自国で認可した音楽ではない西洋諸国のロック、ジャズ等は「退廃的音楽」とみなされ、タブーとして厳格に禁止されていました。

たとえ禁止とされようとも、音楽への熱は古今東西同じもの。音楽への欲求、言うなれば音楽的飢餓のピークを迎えた一般大衆は、秘密裏にBBCほか西洋諸国のラジオを傍受するなどして、少しずつその渇きを潤していったのです。
しかし、やはりそれだけでは欲求を満たすには遠く及ばず、聴きたい時にいつでも聴ける、録音物としての音楽を持っておきたいという至極当然の需要が出てきたのです。

あの時代、あの国で一般大衆がレコードを作る。それがどんなに高いハードルであるかは想像に難くないですが、特殊な状況下で大衆の熱は臨界点突破。一部の者は危険を顧みず、アンダーグラウンドな活動に手を染めて行くこととなるのです。

 

レコにまつわるエトセトラ03

 

旧ソ連軍は大戦中において相手国(主にドイツ軍)の戦意を削ぐようなメッセージや歌唱を刻んだレコードを大量に製造、それらを前線上空から散布するという、現代の私たちにとってはとても奇異に映る作戦も行っていました。

戦後その際に使用されたカッティング・マシーンが流れ着いた先は闇市場。ほどなくして、それを入手し非合法なブートレグとしてレコードの制作、販売を発明した「密造人」が出現したのです。
彼らは大量かつ安価に入手が可能で、素材としても適していたX線写真フィルムに溝を刻みこみ、ハサミで丸く切り取り形を整え、センター・ホールは燻らしたタバコで穴を開ける。

そうして肋骨レコードは産声を上げたのです。

肋骨レコードは大量に生産・販売されましたが、あくまでアンダーグラウンドな活動のため、密造人が常に抱えていたものは当局からの取り締まりのリスク。
実際に検挙された密造人も多く存在し、約5年ほどの強制労働収容所グラグへの収監、俗に言うところの「シベリア行き」となる厳しい刑罰が科されていたようです。

60年代には国営レーベル、MELODIYAの活発化や、テープ・レコーダー等の出現により生産数は減っていきましたが、大量生産品としての側面を持つレコードでありながらも、用いられたものは全てが真に1点ものとなる特殊素材。そして文字通り命を懸けて制作されたというバック・ストーリーが描き出す、その音楽への熱き想い。
今現在レコードをコレクトする私達にとって、輝かしくも妖しい魅力に溢れたこの肋骨レコードに、強く惹きつけられるのも当然のことではないでしょうか。

 

ただでさえ珍しい肋骨レコード、その中でも「希少部位」とは…?

レコにまつわるエトセトラ04

 

それではここでもう少し突っ込んで、肋骨レコードとはどういったものかをお話ししましょう。

まず収録されている音源に関しては、海外のロックやジャズはもちろん、肋骨レコードにのみ音源を残した「肋骨歌手」と呼ばれる国内アーティストたちから、インド映画音楽であるボリウッドまで実に多岐に渡りますが、その中でも「ロシア・タンゴの王」ことピョートル・レスチェンコはとりわけ多くの音源を残しています。

また、現代の商業ベースに乗った塩化ビニール製のレコードとは異なることも多く、回転数はSPと同じ78rpm、8インチや9インチと定格を持たない自由なサイズ感、そして多くのものは片面1曲のみの収録となっていました。

元々、複数回の試聴に耐え得るような素材では決してなく、あまりに脆弱だった肋骨レコードが鳴らす音楽は、今も当時も変わらず盛大なノイズの向こう側。傷付き割れてへし曲がり、プレイ自体ままならないものも少なくありません。
収録された音源は資料的価値こそ高けれど、現代のレコード・コレクターである私たちがこの肋骨レコードにロマンを感じる最大の理由は、やはりその特異なビジュアル面でしょう。

ということで、肋骨レコードはその特殊性が故、今現在では一部の市場において高値で取引されていますが、価値相場を決定付ける最も重要なファクターはビジュアル面、そしてその骨の「部位」なのです。

 

レコにまつわるエトセトラ05

肋骨レコードの次世代を担った特殊フォト・レコード。ちなみに本盤は見た目こそビートルズですが、収録曲はディープ・パープルです。

 

やはり当時一番大事だったのは収録された音楽そのもの。映りや部位のビジュアル面など気にかけているはずもなく、大半はどこの部位かハッキリとしないものや、撮影前の生フィルムに刻み付けられたものが多いものですが、それだけに今では綺麗に見映え良く骨が写ったものは人気を集め、その中でも希少部位はさらに高いプライスで取引されています。

ここであくまで私が見てきた中でではありますが、肋骨レコードの部位を生産量別に並べてみましょう。部位が判別できるもの限定です。

肋骨>肩>背>腰>頭>足先>手

元々は診断上必要だからこそ撮影されたレントゲン。みなさんも骨なんて折ったことないよ、なんていう方でも健康診断で胸部のレントゲンぐらい撮ったことありますよね?
そんなこともあって「肋骨」がやはり一番多いもので、西野氏がわざわざレントゲンでもなく骸骨でもなく「肋骨」と冠に付けた理由でもあります。

 

レコにまつわるエトセトラ06

Faustの'71年デビュー・アルバムの独オリジナル盤。
この写真は背景に白板があって少し分かりづらいですが、ジャケも盤もレントゲンさながらに全て透明です。

 

市場価格は必ずしも希少度順というワケではなく、例えば頭蓋骨でも正面と側面では異なるように、やはりビジュアルが重視されるという塩梅です。加えて収録曲も全く無関係ではなくて、「希少部位」+「ローリング・ストーンズ」みたいな「いかにも」な組み合わせになると、更にプライスアップします。

中でも「手」はとりわけ高い希少度と人気を兼ね備えた部位ですが、それというのも「手」がロック・ファンに想起させるもの、それは未曾有のジャーマン・ロック集団、Faustのデビュー・アルバムなのです。
彼らが肋骨レコードを元ネタにしたかどうかは分かりませんが、そのロック史に大きな足跡を残した名作が、まわりまわって肋骨レコードの価値を高めているのです。

ちなみに今まで見た中でとりわけ珍しかったのは「大腸」でしょうか。
「肋骨レコード」ならぬ「腸レコード」。もうロマンが過ぎて胸焼けします。

 

まさかの…肋骨レコードにもフェイクが存在する!?

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最後に注意を促しておきたいのですが、世の中、本当に色々あるもので、そんな肋骨レコードにもフェイクが存在するということです。
ある意味では当時モノもフェイクみたいなものなのでおかしな話なんですが、ここで言うフェイクとは、現代の新しいレントゲンを使って作られたもののことを指します。

元々がハンドメイドなので真贋の判別が難しそうですが、ここで重要なポイントは2つ、「状態」と「商売っ気」です。

既に書いた通り、耐久性など期待できない素材が使用され、さらには当時から軽く60~70年は経過していることを鑑みると、無傷でクリーンな当時モノはほぼ存在しないと考えて良いでしょう。

また、この手のフェイクが作られているのも、あくまで金銭目的。eBay等のネット・オークションを主戦場に販売がなされていますが、このフェイク製作者自身もやはりツボは心得ているもので、「手」や「頭」等の見映えの良い部位を使用し、収録する音源にはイギー・ポップやジミ・ヘンドリックス、ピンク・フロイド等々、まぁコレクター心をくすぐるようなアーティストをチョイスするのです。

60年代初頭の闇テープの登場により根絶されたとも言われる肋骨レコード。つまるところ上記のような60年代後半以降のアーティストの音源が収録された肋骨レコードはほぼ存在せず(ゼロとは言いません)、そのような組み合わせのモノはフェイク製作者の「商売っ気」が生んだ産物と言えるでしょう。

実物を見ることなく個人売買が繰り返されているインターネット上において、最も重要なものは正しい知識。
今どき写真なんてどうとでもなるもので、モノの真贋を予備知識なしに写真1枚だけで判断するという行為は、ネット売買におけるタブー中のタブーです。
これは別にレコードに限った話ではなく、それが絵画でもバッグでも時計でも、金の成るところにフェイクは潜んでいるのです。

実際に見たり触れたりしたことのない肋骨レコードを手に入れたい、そんなことを思っているアナタも、今回の記事を読めばある程度フェイクの予防ができるかもしれません。今は何かと予防が大事ですね!

 

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やっぱり肋骨レコードという異質な存在は特に目立ちますが、旧ソ連という国にはほかにも同じぐらい面白い、たくさんの変わり種レコードがあります。

上に画像を掲載していますが、お土産用ポストカード・レコード、絵柄が変化するホログラム・レコード、国家が出版するソノ・シート付月刊誌「Кругозор(Krugozor)」等々、英米のレコード文化圏にはない、特殊極まりない共産圏レコードの世界が広がっているのです。

そのあたりはまた今度ということで、今回はここまで。
これからも旧ソ連音楽のいち愛好家として、色々とご紹介できればと思います。乞うご期待!

 


 

Text:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千