実力派の若手ジャズピアニスト“武本和大”が切り開くジャズの新景色

国立音楽大学音楽部演奏創作科ジャズ専修を主席卒業。井上陽介ジャズトリオに参加するなど、日本人離れした感性を持つ若きピアニスト、武本和大。そんな彼が、バリエーション豊かな5曲を収録した1st EP「I Pray」を8月26日にリリース。その才能はどうやって磨かれたのだろうか。音楽との出会い、彼の音楽人生を変えたジャズについて、そして本作についてたっぷりと話を聞いた。
“時間の残酷さ”がテーマ
出だしから最後まで何が起こるか
わからない展開です
絶対にミュージシャンになる!という夢は
心の奥底では小学校の時からずっと持っていた
――最初に音楽を意識した瞬間はいつですか?
僕の家族は音楽が大好きで、物心ついた時からマイケル・ジャクソンとかが流れていました。最初に聴いた音楽はマイケル・ジャクソンで、それからエルヴィス・プレスリーやクイーンなど、洋楽の“キング・オブ・ポップ”を小さい頃に聴いてました。それから徐々に“この曲は誰だろう?”と気になってDVDを見せてもらったり、マイケルの踊りかっこいい!と思っていました。ホームビデオを見ても、マイケルの曲を流しながら踊っている映像が多いですね。
――常に音楽が流れていたんですね。
ご飯を食べる時も流れていました。
――ご両親は楽器の演奏もされていたんですか?
母がピアノの先生をしていて、父は新聞記者で歌が好きでした。兄姉も社交ダンスをやっていたり、芸術に携わる家系だったので音楽はみんな好きでした。自然と音楽が生活の一部になっていたというか。それで幼稚園の時、母が山野楽器で働いていて、すごい生徒さんがいるから発表会を観に行く?という感じで連れてもらったのがきっかけで、エレクトーンを始めることになったんです。すごく上手い生徒さんがいて。
――どなたですか?
安部翼さん。ちょうどコンクールで入賞した時の発表会だったと思うのですが、その演奏を聴いて衝撃を受けて、これやりたい!と言ってすぐにエレクトーンをはじめました。これはもうやるしかないなって。
――それまで他の楽器の演奏は見たことがなかった?
色々な楽器の演奏を見てきたのですが、特に印象に残っていたのがエレクトーンの生演奏で、それからヤマハ音楽教室の幼児科に通うようになりました。6歳の時にグループレッスンから個人レッスンになって、エレクトーン一筋の人生でした。
――どんなジャンルの音楽を演奏していましたか?
小学校2年生の時に初めてコンクールに出たんです。その時は映画音楽の『チキ・チキ・バン・バン』をスウィング風にアレンジしました。
――お母さんからも教えてもらっていた?
教えてもらいました。基礎的なハノンなど。家にエレクトーンとピアノがあったので、ピアノでハノンを弾いてエレクトーンでもちゃんと弾けるように練習して、音楽的なサポートは母がすべて見てくれました。
――小さい頃から音楽三昧。
音楽三昧でした。音楽と共に生きてきました。すごく母が怖かったので(笑)。
――子供にも容赦ない?
もう鬼です。今思うとありがたかったけど…。
――嫌になった時期はなかったんですか?
ありました。もうダメだ、ツライと思うこともあったけど、辞めたいとは思わなかったですね。練習をしないと上手くならないので、友達に遊びに行こうよって誘われても、コンクールの時期だと断ることも多かったので“つれねーな”みたいな。これでいいのかな?とギャップを感じていました。
――中学・高校は遊びたい盛りですもんね。
だから我慢しましたね。小学校時代はずっと練習していましたが、中学に入ると遊ぶ時は遊ぶ、練習する時は練習するという考えになって。高校は音楽高校だったので同じ悩みの子が多くて、ストレスはなかったんですけど、小さい頃はストレスはありましたね。
――音楽でやっていきたいという思いが芽生えたのはいつですか?
いつというよりも、音楽でやっていきたいという想いが少しずつ強くなりました。音楽がずっと生活の一部だったので。将来は絶対にミュージシャンになる!という夢は、心の奥底では小学校の時からずっと持っていたと思います。
何が起こるかわからないという状況の中
息をするのも忘れてしまうぐらいの世界でした
――ジャズとの出会いはいつですか?
幼稚園の時からずっとジャズは聞いていたのですが、本格的に勉強を始めたのは、中学生の時にとあるエレクトーンのコンクールが新しく変わって、難しい曲をやってみようと思ったんです。当時の先生がビックバンドやカルテット、クインテットなどジャズの音楽を用意してくれて、“ちょっと聴いてみて”と勧められて。聴いたら血が燃えるような感覚になって、それから耳コピを始めてすごくハマりました。
――ジャズと向き合うようになったきっかけは?
高校生の時に、国立音楽大学のジャズ科の公開授業を体験しに行ったんです。それを見て、すごすぎるなと。衝撃でしたね。その時はサックスの池田篤先生に来ていただいたのですが、すぐにお話しして、ぜひ入学したいのでピアノの先生を紹介してくださいとお願いして。ピアノ自体は習っていませんでしたが、ピアノの塩谷哲さんをご紹介してもらって、すぐにレッスンしていただきました。初めての体験ばかりだったので、もうどっぷり浸かってしまって。
ホームレッスンを何回か受けているうちに、“僕のライヴを見に来てよ”と誘っていただいて。2013年11月、紀尾井ホールで行われたデビュー20周年記念コンサート(塩谷 哲 “Forward” the premium piano concert ~special guest 小曽根 真~)で、ピアノ1台があってファーストセットが素晴らしかったんです。セカンドセットに入る前の休憩時間に、ゴロゴロゴロってもう1台大きなピアノがステージに運ばれて、塩谷さんが“2部はこの方とやります。小曽根真!”と小曽根さんを招き入れたんです。そのライヴが言葉にできないくらいの衝撃で、それがきっかけで僕もジャズをやりたいと思いました。完全にジャズに向かったんです。
――どのような衝撃だったのですか?
何が起こるかわからないという状況の中、とにかくもう息をするのも忘れてしまうぐらいの世界でした。曲が終わった瞬間、拍手をするのも忘れて、思い出したように立ってうわー!って拍手するみたいな。
――まさに放心状態ですね。
そうですね。あとから鳥肌がバーと立って。知っている曲がその場でアレンジされて変化して、毎回曲が終わるとMCで“リハーサルと違うね”って話していて、リハーサルと違うの!?マジか…とまた衝撃で。知らないことだらけの世界で、うわー!ってなったのを覚えています(笑)。
――ジャズを実際に勉強し始める前と後でイメージが変わったことはあります?
あります。ジャズの歴史を1年生の時に学ぶのですが、ジャズは黒人奴隷の歴史から始まっていて、みんな歴史を深い部分で理解し、リスペクトを込めた上で演奏していることがわかりました。勉強すればするほど世界観やフレーズにおいて新しい発見の連続で、毎日、大学に行くと感動の嵐でした。
――大学に入ったらまずは歴史から勉強するんですね。
そうですね。あとはジャズの即興方法とかアンサンブルなどの形式を教えてもらったり。いろいろな演奏者とつながるためのツール、ジャズスタンダードと言われる曲をたくさん勉強したり2台ピアノも。ヤマハ音楽教室で教わった即興方法や構成、曲の作り方など、点と点が線で結ばれて“なるほどな”と。
――ジャズのことをあまり知らない人にオススメの、ジャズの聴き方はありますか?
ジャズの魅力ってアドリブだと思うんです。その時、新鮮な思いで弾いている音というのは、ジャズという言語を知らなくても感じていただけると思うんです。自分がライヴに来た感覚で聴いていただけたら嬉しいです。
――まさに一期一会ですね。
ジャズのライヴは何が起こるのかわからない面白さがあります。一回観てOKじゃなくて、もう一回観てみると同じ演目でもまったく違うので。
このトリオでしか出せないサウンドを
綿密に描いていきました
――今作の楽曲はいつ頃に作られた曲でしょうか。
時期はかなりバラバラですね。「In The Distance」は去年9月にできた曲で、「Get Across」は大学時代に初めて書いたトリオの曲。「Samba for “KKJ”」と「I Pray」は学生時代に作りました。
――タイトル曲〈I Pray〉について教えてください。
祖母が大学生の時に亡くなって。音楽を教えてもらったり毎回必ず応援に来てくれたり、学生時代に落ち込むと祖母の家に行ったり、僕にとって大事な存在で。祖母が亡くなって精神的にもまいっていた時に、助けてくれたのが音楽で、その時に生まれたのがこの曲でした。感謝の気持ちを込めて作った曲で、このご時世の中、皆さんに寄り添える曲をタイトル曲としてレコーディングしました。
――どのようにして生まれた旋律ですか?
祖母のことを考えながらピアノを弾いていたら、自然と一瞬で最後まで弾き切っていました。構成やメロディーを授けてくれたと思っています。
――1曲目「Get Across」も大学時代に初めて書いたトリオの曲です。
今回レコーディングしたメンバー、佐藤潤一さん(Ba)と北井誉人さん(Dr)とはよく3人で大学の文化祭に出てトリオで演奏していたんです。毎回、スタンダードナンバーをアレンジしていましたが、オリジナルを作りたいなと思って、このトリオでしか出せないサウンドを綿密に描いていきました。「Get Across」は“乗り越える”という意味なのですが、どんなサプライズが来ても3人で越えようという思いを込めています。「In The Distance」はベースをフィーチャーした曲をコンセプトに作りたくて。僕、エレベがものすごく好きなんです。遠くに広がるような音というか。遠くにいる大切な存在に向けて、思いを届けるという気持ちを込めて、“遠くを見つめて”という意味を持つこの曲を作りました。
――素晴らしいベースソロですね。
エレキベースでこんなアプローチがあるんだと僕も驚きました。でも、どこか温かいんですよね。コード進行は決まっていたけど構成は決めておらず、佐藤くんがその時に思ったフレーズに寄り添いながら音を紡いでいきました。
――3曲目の「Samba for “KKJ”」はいかがでしょう。
トリオのためにサンバの曲を作りたいというコンセプトで、シンプルで馴染みやすいメロディーで作っていきました。聴いていてワクワクしたり、リラックス的な意味も含めて一曲を通してそういう思いになってもらえたら嬉しいなと。でも、リラックスだけではなくて、たまに10拍子のフレーズを入れたりしたのは僕のいたずら心。料理に例えると面白いですよね。最初にステーキが出てきて次にサラダ。逆じゃない?みたいな。でもそれが狙いなんです。
――4曲目「As time goes on」は2台のピアノによる演奏です。
今年2月、くにたち市民芸術小ホールで田谷紘夢くんと2台のピアノでジャズコンサートをさせてもらって。田谷くんは高校から一緒の親友で、同じ時期にジャズ科を志して大学も一緒に入って。田谷くんとでしかできないような、2台ピアノの曲を作りたいなと思って作りました。“時間の残酷さ”がテーマで、同じメロディーを交互に弾いたり、お互いに共通音を弾き続けるんです。完全なフリーソロなので、出だしから最後まで何が起こるのかわからない展開です。
――そのテーマはどこから?
一昨年に父が急に亡くなって。前日まで僕のライブに応援しに来てくれて、これからも頑張れよって普通に話をしていたのに、当たり前にいた存在がふっといなくなってしまう。何でだろう、あの時いたのにって。失って初めて気付くものがすごく多くて、時間っていい意味でも悪い意味でも残酷なんだと。この1秒を、自分なりの共通音を探して音を紡いでいったらどうなるのかなという思いで作りました。だから、この曲を弾く前はものすごく怖いんです。込み上げてくるいろいろな思いを我慢しながら弾くので。
――感情に任せて弾いたらダメなのですか?
その時に本当にそう感じたらいいのですが、ただ感情的になればいいかというと違う。この1秒がどういう世界観なのかを、俯瞰で捉えないといけません。2台のピアノで録ったのですが、リハーサルも何回かやらせてもらって、細かいフレーズの紡ぎ方もお互い試行錯誤しました。
――心にずっしりときますね。
本当に。グジャってなってまたフッと戻ったり、急に転調してまた戻ったり、感情の起伏が特に出たテイクかなと思います。一番素直にお互いが音を紡いでいけた気がしました。
――使用したピアノはすべてヤマハのCFXですね。
ずっと弾いてみたかったんです。ホールにもなかなか置いていませんから。ピアノと仲良くなる時間も面白いですよね。いいピアノだからと言って、パッといい音が出るわけでもなくて。ピアノとちゃんと会話をして、仲良くならないといけない。ピアノに言い聞かせる場面もあるから、独り言が多くなっちゃうけど(笑)。しかも、調律師の方に1曲ごとにタッチとか音のニュアンスを変えていただきました。ピアニストとしてこれ以上ない喜びです。
――武本さんの人となりがわかるような濃密な作品になりましたね。
一発録りで、ここ(ヤマハ銀座スタジオ)で“いっせーのーせ”で録ったのでライヴ感があります。同じ空間にみんながいて、アイコンタクトが取れる位置で録ったので本当にライヴレコーディングです。スリリングさもあるし、リラックスできる曲ではリスナーの方に寄り添う。そのライヴ感を味わっていただければと思います。
【プロフィール】
(たけもと・かずひろ) 1995年生まれ、東京都出身。エレクトーンを平井麻意子氏に師事。ジャズピアノを小曽根真氏、塩谷哲氏、宮本貴奈氏に師事。2012 年、 YEC世界大会 A部門第 1位獲得。2015年に世界初ソシアルダンスミュージカル『DANCE WITH ME!!』の総合音楽監督に就任。同年年6月、グラミー賞よりキャンプの奨学生に選ばれ招待留学。2018年、国立音楽大学音楽部演奏創作科ジャズ専修を主席卒業。2019年より井上陽介ジャズトリオにピアニストとして参加。
【リリース情報】
NEW Digital EP 「I Pray」
ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス
1曲¥250+税
8月26日発売
【収録曲】
1.Get Across(feat.KKJ Trio)
2.In The Distance(feat.KKJ Trio)
3.Samba for “KKJ”
4.As time goes on(Two Piano's ver)
5.I Pray
■I Pray / Kazuhiro Takemoto MV
Text&Photo:溝口元海(be stupid)