第5回 レコーディング・エンジニアという職業について② 【音楽あれば苦なし♪~福岡智彦のいい音研究レポート~】


「いい音研究所」所長の私、福岡は、25歳から45歳まで音楽ディレクターという職業に従事しておりましたが、それはなんとなくそうなってしまったもので、実はレコーディング・エンジニアという仕事に憧れていた、という話のつづき。
世の中にはすごい人たちがいる。けっして多くはないけれど。今回は、憧れだけにしておいたほうが賢明だったと私に悟らさせてくれた、すごい人たちの話です。


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私が目撃したすごいレコーディング・エンジニアたち

 

時々、いったいどうやったらこんな気持ちいい音にできるんだろうと感心してしまうような、いい音の音楽作品に出会いますが、やはり完成品はその過程を知らないので、“驚く”ところまではいきません。だけど私が音楽ディレクターとしていっしょに仕事をしたレコーディング・エンジニアが、スタジオの現場、私の目の前で、そういう音を出してくれたときには、正直驚いて、感服して、そのエンジニアが魔法使いに見えました。

たとえばマイケル・ブラウワー(Michael Brauer)というニューヨークのエンジニア。1987年に、"GONTITI"の6th アルバム『マダムQの遺産』のミックスダウン*1を依頼しました。日本で録音し終わったテープを持ってニューヨークへ飛び、タイムズスクエアのど真ん中のビルにあった「Quad Recording Studios」へ。作業の初日、まずは好きにやってみてくださいと丸投げして、メンバーや私はロビーのソファーに。マイケルはスタジオルームに。時差ボケもあってぼーっとしていると、1時間もしないうちに、スタジオからマイケルが「I love this!」と叫ぶ大きな声が聞こえました。覗いてみると、既になんだかとてもいい感じの音、アホな言い方だけど“洋楽みたいな音”になっていたのです。自分の顔が思わずにやついてしまうのを止められませんでした。

録音の過程で、何度も何度も、テープがすり減るくらい聴いてきて、隅から隅まで脳に刻み込まれている音たちが、全く様変わりしている。簡単に言うと平面から立体へ。個々の部品はもちろん同じなのですが、リードギターは目前にせり出してくるし、ストリングスなどは奥で広がって、その間にいろんな楽器がそれぞれに自分の居場所を得て、気持ちよさげに音を鳴らしているのです。

ステレオは左右のスピーカーからの音量バランスで楽器の位置を変えられます。右からの音量を左より大きくしてやれば右に寄るし、その逆もしかり。均等に出せば真ん中にきます。そして低音は下、高音は上の方に感じるので、左右上下に音が広がるのですが、でもこれは要するに平面です。手前から奥行き、つまり前後の距離を感じさせるのは、音量調整だけではできません。マイケルは我々をよいしょするつもりなのか、コンソール(調整卓)を示して、「私は何もやってないよ。録音された音がいいんだ」などと言い、たしかにイコライザー*2などのツマミはほぼフラットです(上げ下げしてない)。でも彼の背後には数々のエフェクター機材が並んだ大きなラックが。これでいろいろやってるんじゃないの〜?でも、何を使ってどうやっているのかはわかりません。リヴァーブ(残響)やディレイ(エコー)程度なら私にも解りますが、マイケルが作ってみせている音の空間はそういうレベルではありません。

完成品で聴いたことはあるけど、それはエンジニアの腕だけじゃなく、ミュージシャンとかプロデューサーとかいろんな要素があってそうなっているんだと思っていたのですが、こうして、元の姿をよーく知っている音が、豹変しているのを目の当たり、じゃなくて“耳の当たり”にして、真実を知りました。これは紛れもなくエンジニアの力なんだと。

 

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マイケル・ブラウワー氏。(出典:Musician's Friend「Mix Engineer Michael Brauer | Brauerizing Through the Decades」)

 

ただ、ひょっとしたらニューヨークのスタジオのせいか?とも思って、1990年、アルバム『Devonian Boys』では、マイケルを日本へ呼んで、東京の「サウンド・ヴァレイ」というスタジオでミックスダウンをしてもらいました。いや、マイケルを試すつもりでそうしたわけじゃないんですが、その時も彼はやはりちゃんと立体的な音を作ってくれました。ニューヨークで見たエフェクター・ラックは彼が持ち込んだ自身の所有物だったのですが、日本へ持ってくるのはたいへんなので、希望のエフェクターをレンタルしました。ヴィンテージもののコンプレッサー*3をいくつか、機種指定で用意しましたから、そのへんに秘密があると思いますが、もちろん詳しいことは分かりません。ともかく音響エンジニアのマニュアルに載っているようなノウハウじゃないと思います。マニュアルがあれば誰だってできるはずですから。

その頃のマイケルはまだ、ルーサ・バンデラス (Luther Vandross)くらいが目立った実績だったのですが、その後、ジョン・メイヤー、コールドプレイ、ボブ・ディラン、コルビー・キャレー (Colbie Caillat)、エル・キング (Elle King)などなど、名だたるアーティストを次々と手掛け、多くの作品がグラミー賞を獲得するという、世界のトップ・エンジニアのひとりになってしまいました。
 

 

GONTITI『マダムQの遺産』
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GONTITI『Devonian Boys』
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そして魔法使いをもう一人。こちらはブリティッシュで、有名なロンドンのAIRスタジオのハウス・エンジニアだったナイジェル・ウォーカー (Nigel Walker)といいます。性格にかなりクセがあるヤツなんで(笑)、マイケルのように出世はしていませんが、能力はすごかった。ただしマイケルとはまた違うタイプでした。米英の音楽文化の違いかもしれませんが、マイケルは全体として魅力的な音を作るのに対し、ナイジェルは個々の楽音のきめ細やかな作り込みが得意でした。


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ナイジェル・ウォーカー氏。(出典:AUDIOFORO「Audioforo HD: Nigel Walker, segunda parte」)

 

初めて仕事をしたのはこれも1987年、土屋昌巳の『Life in Mirrors』というアルバムのミックスダウンです。場所はAIRスタジオでした。まず、ナイジェルが、かなり小さ目の音量で聴きながらミックスするのに驚きました。普通、音の細かなニュアンスは拡大して、つまり音を大きくして聴いてみたいものだし、特に低音の重量感とかは大きなスピーカーで聴かないと分からないと思いますし、たいていのエンジニアはそうしているので。

ビートルズのプロデューサーにしてAIRの総帥である、ジョージ・マーティンの著書「ビートルズ・サウンドを創った男ー耳こそはすべてー(All You Need Is Ears)」の中に、「大音量で聞くのは耳の機能を衰えさせ、悪化し始めたらもとには戻らない」と厳に戒めている章があるので、小さい音で聴くことがAIRでの教えなのかもしれませんね。

ともかく、ほぼずっと、エレベーターの中のBGMかいっ!てくらいの小音量で、たまにヘッドフォンで聴く、といったやり方なので、後方に座っている私には、どんな音になっているのかさっぱり分かりませんでしたが、そろそろ出来上がりという段になって、ようやく、やや大きくして聴かせてくれました。そしたらバランスもダイナミクスも完璧、「劇的ビフォーアフター」みたく、「なんということでしょう!」と叫んでしまいそうでした(まだその番組はなかったけど)。
ドラムのキックやスネアのアタックが弾ける。ベースはブリブリと這い回る。一つ一つの音が実にクリアで生き生きしています。並のミックスだと音が重なり合い、邪魔し合って、大音量で聴けばそれなりに迫力を感じても、音量を絞るとモヤッとして音の元気もなくなってしまうということがよくあるのですが、ナイジェルのミックスは音量を下げても、そのままの感じで小さくなるだけ。一寸法師のバンドが思いっきり演奏しているみたい。

思ったことをズパズバ言うので友達が少なそうなタイプでしたが、私とは妙に気が合って、遊佐未森の『空耳の丘』や『水色』など、ナイジェルにはその後、何度もつきあってもらいました。

……つづく

 


*1ミックスダウン……マルチトラックにそれぞれ録音された音を、ステレオの左右2トラックにまとめる作業。レコーディングの最終工程で、楽器や歌の音響処理、音量バランス、定位などを全て決定する。

*2イコライザー……音の周波数特性を変化させる装置。高域〜低域までいくつかの帯域に分け、その帯域の音量を上げ下げすることで変化させる。

*3コンプレッサー……音の出力レベルを一定に抑える働きをするエフェクター。これにより、バランス上小さなレベルの音が大きくなるので、全体の聞こえ方が変わる。「リミッター」と同じ働き。