第6回 レコーディング・エンジニアという職業について③ 【音楽あれば苦なし♪~福岡智彦のいい音研究レポート~】


「いい音研究所」所長の私、福岡がイフ!もう一度生まれ変わったらやってみたい職業、それはレコーディング・エンジニア。25歳から45歳まで音楽ディレクターとして、隣で見てきた彼らについてのお話、その3回目。これでおしまいです。
日本、米国、英国、3カ国のしかもほんの限られたレコーディング・エンジニアしか私は知らないので、断定的なことは言えませんが、やはり国民性(民族性?)の違いというものも音に現れるのではないでしょうか。特に米英と日本の間のギャップは大きいなと感じていました。

レコーディング・エンジニアにも国民性?


どうしたらあんな音にできるんだろう?ニューヨークのマイケル・ブラウアー、ロンドンのナイジェル・ウォーカー(前回参照)、それぞれ個性はあれど、どちらも私には魔法使いのようでした。だけどもちろん、Mr.マリックにもタネはあるように、学習と経験を重ね、独自の工夫と切磋琢磨を経て獲得した技術なのでしょう。そのヒントというわけじゃありませんが、マイケルとスタジオにいたある時、ある機器のレベルメーターがレッドゾーンに振り切れているのをなんとなく見ていた私に言いました。「I don’t care meters or figures. I believe my ears」……この通りだったかどうかは自信ないですが、まあこんな意味合いのことです。「メーターや数字は気にしないよ。耳で判断するんだ」。私がレッドゾーンを気にしていると思い、安心させるために言ったんだと思いますが、そこに彼のエンジニア精神が垣間見えたような気がしました。

たぶん、「レッドゾーンは入力オーバー。音が歪む」というような基本知識は米英でも日本でも同じように学ぶでしょう。ただ、日本人のほうがルールに素直に従ってしまうところがあるように思います。メーターの針がレッドゾーンに飛び込むと「歪んでいるかもしれない」と、レベルを押さえてしまう。ほんとは聴いてよければ問題ないのに、耳ではなく情報で、事実ではなく先入観で、判断してしまう。「賞味期限」など多少過ぎたって全然平気なのに、律儀に守る人が多いように。しかも、アナログのマシンって、その性能の限界近くで使ってあげるほうがパフォーマンスがよいことが多いのです。腐る一歩手前の肉が最も美味しかったりするように。

レコーディング・エンジニアは技術者であると同時にクリエイターであらねばなりません。技術者として、やるべきこと、やってはいけないことについての正確な知識は欠かせないでしょうが、クリエイターとしては、よりよい音を手に入れるためには、掟破りだろうがなんだろうが恐れずに踏み込む度胸と、その結果をシビアに判断できる感覚が必要です。今の業界は知りませんが、当時はクリエイターという面では、西高東低だったかと思います。マイケルやナイジェルのような“魔法使い”には、日本ではお目にかかれませんでした。


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スタジオ風景。ギターを弾いているのはイギリスのバンドNEW MUSIKのトニー・マンスフィールド。
(1994年、Ridge Farm Studioにて。福岡氏撮影)

 

ただし、何と言うか、“職人芸”的なこと、一定の条件内で最大の成果を出すことにおいては、日本人は優秀だった。アシスタント・エンジニアのテリトリーにそういう仕事が多いのですが、正確で迅速な機械の操作などはお手の物でした。

たとえば、演奏を録音して、プレーヤーの一人が一箇所だけ間違えてしまったなんてことはよくあります。大昔は全員でもう一度頭から演奏し直すしかなかったのですが、「マルチトラック・テープレコーダー」の登場以降(1960年代〜)は、その楽器の間違えた部分だけを録音し直すことができます。この部分録音を「パンチイン」と言い、録音状態にすることを「バイアスをかける」と言います。というわけで、「じゃあ、あそこだけパンチインして」となるのですが、実はアナログのテープレコーダーでは、録音ボタンを押してからバイアスがかかるまで、僅かながら(0.2秒らしい)遅れがありました。バイアスをはずす、つまり録音状態を解除する際も同様です。なので、ジャストのタイミングでボタンを押すのでは録音が間に合わないし、かと言って早過ぎると、消してはいけない部分を消してしまうことになる。ということで、かっきり0.2秒前にボタンを押す、という操作を求められるのですが、それはもう経験と反射神経だけが頼りなんですね。そんなことを、アナログ・レコーダーが主流だった80年代までの、たいていの日本のアシスタント・エンジニアは身につけていました。それどころか、「オレは1拍だけでもパンチインできる」などという“パンチイン自慢”もよくあったそうです。さらに、これは最近知り合いのエンジニアに聞いた話なのですが、旧式のレコーダーだと、録音ボタンを押すとプチっとバイアス・ノイズが入ってしまったそうで、それを避けるために、右手で録音ボタンを押した瞬間だけ、左手の親指でテープを録音ヘッドから浮かす、という神技のようなテクニックもあったとか。

ところが、こういうことにかけては米英人たちはどうも苦手らしい(あまりにも大雑把な意見で恐縮です。あくまで印象ということで…)。一度ロンドンのスタジオで部分直しをやろうとしたときがあって、日本でなら日常茶飯事な、なんてことないレベルの作業だったのですが、そこのアシスタント君はまったく慣れておらず、緊張でカチカチになっていました。基本的にあちらでは、テープレコーダーの操作もたいていメインのエンジニアが自らやることが多く、アシスタントは「ティー・ボーイ」に毛の生えたようなものでしたね。

ということで、アシスタント・エンジニアを比べてみると日本の方が米英より断然優秀。だけど、最終的に音を創る段になると、米英のすごいエンジニアたちにはちょっとかなわない、というのが私の感想です。実に対照的ですよね。すごい人たちも、必ずアシスタント時代を経て一人前になっている、そこは同じはずなのに。やはり、国民性なんでしょうか。日本人は職人的なスキルには長けているけど、アーティスティック、あるいはクリエイティブな面でやや弱い……。

ところで、先ほど挙げた日本のアシスタント・エンジニアたちの職人技の数々、コンピューターを使ったハードディスク・レコーディングになった現在では、いずれも発揮できる場面はありません。昔、駅の改札で、目にも止まらぬハサミ捌きで、切符に穴を開けていた(これも“パンチイン”だ)駅員さんの職人芸と同じように、ほんとに惜しいことだと思いますが、無用の長物となってしまいました。
まあ、今のレコーディング現場でも、たぶん、新しい機材環境に対応した様々な職人技があって、それらに習熟した人たちが、“**自慢”をしあっているんだろうとは思いますが。で、アーティスティック&クリエイティブ面ではどうなんでしょうかねぇ?