~スタンダード曲から知る日本の音楽文化史~ ニューミュージックに挑戦した人たち【第一部 第8章 ③④】


①漣健児が残した訳詞の功績 「ステキなタイミング」
②宮川泰と岩谷時子の無国籍歌謡 「恋のバカンス」
③哀しみが込められた素直な訳詞 「ドンナ・ドンナ」
④作詞で本領を発揮した安井かずみ 「若いってすばらしい」



 日本のポピュラー音楽史をたどりながら新しい音楽、すなわち “ニューミュージック” を追究してきた作・編曲家や作詞家たちの飽くなき挑戦の歴史を紐解く。執筆はノンフィクション作家としても活躍中の佐藤剛氏です。

 第8章「60年代初頭にカヴァー・ポップスで育った世代」より後編、③哀しみが込められた素直な訳詞、④作詞で本領を発揮した安井かずみ、をお届けします。

 1960年初頭、海外ポップスが大量に流れ込んできた。日本の音楽家達はそれらにどのように向き合って、日本独自のポップスへと挑戦をしていったのでしょうか。「ドンナ・ドンナ」を訳詞した安井かずみ。彼女が書き下ろした「若いってすばらしい」(歌:槇みちる)を通して、音楽家達の仕事を考察します。

第一部 第8章 60年代初頭にカヴァー・ポップスで育った世代

 

③哀しみが込められた素直な訳詞
「ドンナ・ドンナ」

 

 岩谷時子(いわたにときこ)に続く女流作詞家として1960年代から70年代にかけて、ひときわ著しい活躍をしたのが20代半ばから30代にかけての安井かずみ(やすいかずみ)である。

 第2次世界大戦が始まった1939年に横浜に生まれた彼女は、経済的に恵まれた家庭に育ったことでお嬢様学校として知られるフェリス女子学院に入学し、中学から高校時代を良家の子女らしく過ごしていた。ピアノやヴァイオリン、フランス語を学び、また日本の習いごとも茶道と華道を身につけた。しかし身体があまり丈夫ではなかったので、時間があれば一人で読書に耽る文学少女になった。

 ファッションやアートにも高い関心を持っていたことから、卒業後は文化学院油絵科に進学している。そして画家を目指しながら東京のキャンパスに通って、冬はスキーに出かけるようになり、夏は自動車を運転してスピードを楽しんだ。その意味では戦中生まれにもかかわらず、戦後世代の先頭を切っていたのである。

 そんな活発な時期にショパンの曲の楽譜がほしくなって、日本での発売元だった新興楽譜出版社(現シンコーミュージック・エンタテインメント)を訪ねた。そこでスタッフと会話することになったことがきっかけで、外国語の能力と音楽のセンスが認められていった。

 フランス語の翻訳でアルバイトをするようになると、どこか光るものを感じさせていたことから、音楽専門誌『ミュージック・ライフ』の編集長だった草野昌一(くさのしょういち)に重用された。最初に手がけた訳詞は「恋のホームタウン」(ダニー飯田とパラダイス・キング 1960)で、これが「みナみ・カズみ」名義で初めてレコードになった。

 安井かずみが訳詞した楽曲のなかで代表作といえるのは、今でも日本語で歌い継がれている「ドナドナ」だろう。もとは中東ヨーロッパに住むユダヤ人によって唄われてきた素朴な歌だったらしいが、イディッシュ語の口伝で歌い継がれたのだ。そして1960年代にフォークの女王と呼ばれたジョーン・バエズ(米国)が、英語で唄ったことから1961年にアメリカでヒットした。

 日本ではザ・ピーナッツが1965年に「ドンナ・ドンナ」のタイトルでカヴァーしたが、そのときはシングル「返しておくれ今すぐに」のB面で、編曲は岩谷時子とのコンビによる無国籍歌謡をつくった宮川泰(みやがわひろし)だった。

  ドンナ・ドンナ
  
日本語訳詞:安井かずみ

  ある晴れた 昼さがり 市場へ つづく道
  荷馬車が ゴトゴト 子牛を 乗せてゆく
  何も知らない 子牛さえ
  売られてゆくのが わかるのだろうか
  ドナ ドナ ドナ ドナ 悲しみをたたえ
  ドナ ドナ ドナ ドナ はかない命

  青い空 そよぐ風 明るく とびかう
  つばめよ それをみて おまえは 何おもう
  もしもつばさが あったならば
  楽しい牧場に 帰れるものを
  ドナ ドナ ドナ ドナ 悲しみをたたえ
  ドナ ドナ ドナ ドナ はかない命

 これをシャンソン歌手の岸洋子が1966年に入ってから、歌詞に少し手を加えてNHKの『みんなのうた』で取り上げたことから、子どもばかりでなく大人にまで唄われるようになった。動物や鳥と対話する言葉に込められていた、命のはかなさによりそう思いが素直な共感を呼んだのだろう。

 岩谷時子は1964年の日本レコード大賞で作詞賞をもらった時に、“女性でなければ書けない言葉” があると作詞の未来について語ったが、「ドンナ・ドンナ」は訳詞であってもそれに該当する作品であった。

 その頃から渡辺プロダクションの音楽出版部門(渡辺音楽出版)にマネージメントを委託していた安井かずみは、同社に所属する女性歌手に向けてオリジナルの歌詞を提供するようになり、作詞家として飛躍していくことになる。

 

スタンダード曲から知る日本の音楽文化史(1)

ドンナ・ドンナ / ザ・ピーナッツ(EP盤 1965)

 

④作詞で本領を発揮した安井かずみ
「若いってすばらしい」

 

安井かずみが新しいセンスの作詞家として注目を集めたのは、伊東ゆかりのシングル「おしゃべりな真珠」が1966年6月に発売された後のことである。彼女はこのとき26歳だったが、わかりやすくて自然な話し言葉を使った歌詞によって、自分の気持ちを素直にまとめたセンスが評価された。

 それまでの歌謡曲にない新鮮さを感じさせたことによって、前年の岩谷時子に続いて1965年の第7回レコード大賞の作詞賞に選ばれた。レコードがさほどヒットしなかったのに、将来の活躍が見込める女性に栄誉が与えられたのは、選考にあたった審査員の見識によるものだろう。

 安井かずみはこの作詞賞で自信がついたのか、デビューして2年目を迎えていた槇みちる(まきみちる)に、「若いってすばらしい」を書いている。これも宮川泰とのコンビだったが、晴れた青空のような心をストレートに謳った、さわやかな青春讃歌の傑作になった。

  若いってすばらしい
  作詞:安井かずみ 作曲:宮川 泰

  あなたに笑いかけたら
  そよ風がかえってくる
  だから ひとりでもさみしくない
  若いってすばらしい

  あなたに声をかけたら
  歌声がきこえてくる
  だから 涙さえすぐにかわく
  若いってすばらしい

  夢は両手にいっぱい
  恋もしたいの
  やさしい気持ちになるの
  ああ 誰かがあたしを呼んでいる

  あなたがいつか言ってた
  誰にでも明日がある
  だから あの青い空を見るの
  若いってすばらしい

 安井かずみはその頃の若者たちが持っていた孤独と不安ついて、エッセイ集の中でこんな認識を示していた。

 

 ひとりひとりきけば、みんな孤独だし、みんな温かいものが欲しいけど、でもどうやって今、この瞬間行動すればいいのかしら?レコードのボリュウムをフルにあげて、耳をふさぐ程、そうすれば神経は音でうめつくされて、考える余地がなくなる。寂しくない。ただ音があるーーー。
 でもこれがほんとうに今、このとき、自分がしたいことなのだろうか?といつも思う。
(安井かずみ『たとえば好き たとえば嫌い 安井かずみアンソロジー』河出書房新社 2011)


 なお生前の宮川泰はこの楽曲について、自分の作品の中でベスト3に入ると公言していた。また歌が生れてきた背景については、1963年に坂本九が唄った「明日があるさ」(作詞:青島幸男 作・編曲:中村八大)のヒットに刺激されたものだと、自著のなかで語っていた。

 確かに未来への希望を歌い上げているところは、「明日があるさ」とテーマとしては共通していると言えた。しかし時間の経過とともに物語として展開していく点において、ワン・シチュエーションだった「上を向いて歩こう」に近いのではないかとも思えた。

 胸の内の孤独を包み隠さずに唄う「上を向いて歩こう」は、わかりやすい話し言葉による究極の哀歌だった。そう考えると、さわやかな心を率直に訴えかけてくる「若いってすばらしい」は、迷いのない ”喜びの歌“ だったことがわかる。

 また自分の心と対話するような歌詞だという点において、1960年代から70年代にかけて登場してくるシンガー・ソングライターの吉田拓郎などに通じるところもあった。

 私生活でも目立つ存在だった安井かずみはサイケデリックな洋服を身にまとい、深夜のスナックやクラブに現れて朝までゴーゴーを踊る生活を、マスコミからしばしば批判的なニュアンスで取り上げられた。しかしそれはどこかで外向きのポーズ、という面もあったようだ。

 岩谷時子は彼女の生活スタイルについて、自由気ままに見えるところを積極的に肯定している。

 

「安井さんの詞には、そういう嘘がなく、素直に自然のままに書いていらっしゃる。だからこれからも、今のままの生活を続けられたほうがいいと思いますね。若い作詞家の中で、あの方が一番好きです」
(島崎今日子『安井かずみがいた時代』集英社 2015)

 

 マスコミや世間が期待する育ちの良い家庭に生まれ育った文学少女、あるいはハイセンスな女流作詞家というパブリック・イメージに合わせて、大胆で奔放な生き方を貫いている後輩のことを、そっと見守ろうとする温かさが感じられる。

 

若いってすばらしい ジャケ写.jpg

若いってすばらしい / 槇みちる(EP盤 1966)



※ 次回の更新は11月12日の予定! 第9章、前編をお送りします。お楽しみに!

 

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Text:佐藤 剛
Edit:菅 義夫
写真協力:鈴木啓之