【前編】泣いた! 笑った! ~吹奏楽コンクール課題曲を語ろう~


新型コロナウイルスの影響で、今年の吹奏楽コンクールは残念ながら中止になってしまいました。コンクールの話になると、世代問わず課題曲で盛り上がることも多いのではないでしょうか。今回は、事前アンケートで課題曲の思い出について尋ねたところ、たくさんの熱いエピソードが寄せられました。

中高時代、ひたすら“吹奏楽の甲子園”普門館を目指していた筆者。青春のすべてを費やしてきただけに、吹奏楽コンクールが中止になってしまったことを、「残念」のひと言では片付けられるわけもなく……。最終学年の生徒たちの気持ちを思うと、胸が痛むばかりです。

そんななか、ライターとして何かできないだろうかと思い、みんなで課題曲の思い出を語る記事を書けないかと、アンケートをとってみました。

課題曲は、世代によって思い出深い曲が異なると思いますが、10代から60代の方まで、さまざまな声が集まりました。まずは、多くの吹奏楽愛好家の支持を集めた課題曲からご紹介します。

 

吹奏楽のための「風之舞」(2004年/福田洋介作曲)


「当時、テレビ番組『笑ってコラえて!』(日本テレビ)の『吹奏楽の旅』で、淀川工科高校(当時は淀川工業高校)を知りました。自分も同じく関西地方在住で、この曲を中3の時に2ndクラリネットで演奏したので親近感がありました。私は地区大会銀賞でしたが。淀工は高校からの初心者軍団で全国大会出場&金賞……など、とにかく凄い高校でした。普門館を知る機会でもあり、『演奏することは出来なくても、普門館で全国大会を聴きたい』と強く思い、数年後に普門館で中学の部を2回も聴けました。その後、関西のマーチングイベント『3000人の吹奏楽』で丸谷先生*1指揮の合同演奏を経験し、『あの時の「風之舞」があったから、今この場にいるんだな……』と思いました。自分の中で、淀工は今でも不動の1位です」(兵庫県 30歳)
*1…丸谷明夫氏。大阪府立淀川工科高等学校名誉教諭・吹奏楽部顧問、大阪音楽大学客員教授、一般社団法人 全日本吹奏楽連盟理事長。

「当時、『笑ってコラえて!』のテレビ取材が入っていることも知らずに、関西大会を生で聴いた。それまで聴いてきた学校と表現があまりにも違い、「全国常連校とはこういうものか」ということを見せつけられました」(東京都 32歳)

「悲願の九州大会に出場することができ、ひと夏をかけて練習をした曲だからです」(東京都 30歳)

「全国大会の松陽高校の演奏が印象に残っています。個人の技術が高いことはもちろん、楽曲の持つ雰囲気をうまく表現していたのがとても印象的で、当時、録音を何度もなんども聴きました」(東京都 30歳)

「この年の全国大会では、特定の演奏団体というよりこの課題曲を選んだ学校が多く、それぞれに個性が明確に出る演奏でおもしろかった」(東京都 31歳)


「笑ってコラえて!」で吹奏楽コンクールが広く知れ渡り、それまではメディアで取り上げられることがほとんどなかった吹奏楽部が注目されることになった、きっかけの番組といえるでしょう。

 

「コーラル・ブルー」~沖縄民謡「谷茶前」による交響的印象~(1991年/真島俊夫作曲)

 

「沖縄の夏の太陽と、夜の海と星空が見えるような曲で大好きです」(千葉県 47歳)

「沖縄音階(二六抜き)が散りばめられている名曲。やりたかった」(大阪府 50歳)

「高校1年生で初めて全国大会を観に行った時、習志野高校のこの曲が本当に凄くていまだに印象に残っています。広い普門館の中にうねりのような演奏が響き渡って、木管楽器の美しい音色も印象的でした」(千葉県 47歳)

「関西大会で大住中学校の『コーラル・ブルー』を聴いて、この曲が好きになった」(大阪府 50歳)

 

「饗応夫人 太宰治作『饗応夫人』のための音楽」(1994年/田村文生作曲)

 

「めちゃくちゃ大変だった。指がさかさまになりそうだった」(静岡県 47歳)

「印象に残っている課題曲は太宰治の饗応夫人。衝撃的でした。ドラマのモデルにもなった野庭高校や、札幌白石高校などこの時代は凄かったです」(東京都 43歳)


野庭高校は、TBSのドラマ「仰げば尊し」のモデルになった学校で、暖かみのあるサウンドが、わたしも大好きでした。現在は、同校と横浜日野高校の再編統合で、横浜南陵高校となっています。

 

「さくらのうた」(2012年/福田洋介作曲)

 

「コンクールでは演奏しなかったが、大学の卒業式で演奏。『おまえ最後なんだからソロ吹けよ』といわれて、吹きながらジーンときた思い出があります」(東京都 32歳)

「長女の高校卒業式で、退場の時に在校生が演奏してくれた。自分の卒業式より泣けた」(和歌山県 44歳)

 

マーチ「カタロニアの栄光」(1990年/間宮芳生作曲)

 

「歴代のマーチで最高だと思う」(和歌山県 44歳)

「自分は『ランドスケイプ』をやりましたが、同じ年の度課題曲Cの『カタロニアの栄光』も好きです」(東京都 43歳)

 

「レイディアント・マーチ」(1999年/今井聡作曲)

 

「すべての課題曲の中で、これを越えるワクワク感を提供してくれた曲はまだありません」(東京都 32歳)

「それまで普門館には聴きに行っていましたが、初めて郡山に大学の部を聴きに行きました。あの難しいマーチを完璧に演奏する神奈川大学の演奏に度肝を抜かれ、放心状態。他にもいろんな演奏はありますが、まず思い出されるのはこの演奏です」(秋田県 41歳)

 

甲子園に響き渡った課題曲とは……!?

「吹奏楽のためのインヴェンション第1番」(1983年/内藤淳一作曲)

 

「当時、宮城県立泉高等学校で吹奏楽部の顧問をされていた、内藤先生の曲が課題曲に選ばれただけではなく、演奏する者として『格好良い曲!』と感じ、死ぬほど練習をした曲です。宮城県大会で内藤先生が指揮する泉高校は、無念のダメ金*2ではありましたが、作曲者自ら指揮をするインヴェンションを聴こうと全国から人が集まり、注目を浴びていたことを思い出します。この年は一般大学職場の部の全国大会も宮城県民会館にて開催され、中央大学の演奏は、とにかく冴えまくっていました。トランペットの響き、ホルンの柔らかい音色なのにキレがあるパッセージと、見事な演奏が忘れられません」(宮城県  51歳)
*2地域によっても異なるが、多くの場合、金賞受賞団体の上位数団体が次の大会に進めるため、金賞を受賞しながらも県大会や支部大会、全国大会などに出場できなかった場合の金賞をダメ金と呼ぶことが多い。

「吹奏楽部引退後、助っ人でコンクールに参加しました。学生時代最後の思い出の曲です」(兵庫県 55歳)

作曲者の内藤淳一氏は、現在札幌大谷高校吹奏楽部で顧問を務めています。同曲含め、これまでに5曲課題曲を作曲しており、2019年に同校野球部が出場した春のセンバツでは、5回の攻撃時に吹奏楽部が「ブライアンの休日」(2008年)を演奏。筆者も現地で聴いていましたが、イントロが流れた瞬間、「アルプススタンドにコンクールの課題曲が響き渡るなんて……!」と思わず笑ってしまいました。「甲子園で自分の課題曲を演奏するのが夢だったんです」と、内藤氏がうれしそうに指揮をしていた姿が印象に残っています。

 

「イギリス民謡による行進曲」(2003年/高橋宏樹作曲)

 

「中学の時に万年銅賞だったのが、この年で銀賞を取れたから」(群馬県 32歳)

「演奏した訳ではないですが、中2の時に凄くハマった曲で、自作の歌詞まで付けていました。寝る前は必ず聴いて、何回も繰り返し聴いて歌詞を作っていました。イギリス民謡を数曲引用していた事もあり、G.ホルスト、M.アーノルド、W.ウォルトンといったイギリスの曲や、イギリス民謡が自然と好きになったきっかけの曲でもあります。この曲を聴く事で、イギリスに行きたくなりました。イギリスの都市というよりは、北部の静かな田舎町……というイメージがあります。特にトリオの主題が非常に好きで、今でも“好きな課題曲”堂々の1位です」(兵庫県 30歳)

 

「高度な技術への指標」(1974年/河辺公一作曲)

 

「昔の課題曲を調べてみた時に、この曲を知りました。このノリ、リズム、メロディーかすごく好みです。吹いていて楽しそうです」(神奈川県 16歳)

「歴代課題曲の中でも最も難曲といわれる曲の1つなので、いつかチャレンジしてみたい!」(神奈川県 38歳)


あらためてこの曲を聴き返してみましたが、曲名通り、高度な技術がないととても吹きこなせない難曲で、金管がバテる姿が目に浮かびます……(笑)。この年の全国大会中学校の部でも、複数の学校が演奏していましたが、50年近く前の中学生でこの曲を演奏できるとは、ほんとうにすごい……。恐れ入ります。

堅苦しい曲名とはうらはらに、聴いているだけでワクワクするような、とても楽しい課題曲です。
 

後編に続く

 


 

Text:梅津有希子