第8回 ライブとレコード② 【音楽あれば苦なし♪~福岡智彦のいい音研究レポート~】

 

若い頃音楽ディレクターとして、毎日のようにレコーディング・スタジオに入り、カッコよくて面白い音を求めて、あれやこれやと考え、あーだこーだと言っていたせいか、私自身は完全にライブよりもレコード派でした。

ライブよりもレコードな理由

 

乱暴な言い方で、お叱りを受けるかもしれませんが、だいたい日本のポップミュージックのライブは、完成度が低いわりに入場料が高いと思います。
レコードはその逆で、完成度が高くて価格は低めでした。
ビジネス構造に原因があります。

ライブの場合は、単発のコンサートであれツアーであれ、会場が決まった時点で、観客数の上限も決まります。その数×チケット料金が最大売上です。そこで利益を出すためには、チケット料金を上げるか、経費を抑えるか、どちらかしかありません。日本は人件費も機材・設備費も高いので、ミュージシャンの数やランク、リハーサルの日数、舞台美術や照明設備や音響設備のレベルなど、ライブのクオリティに直結することにも、充分な予算をかけられるケースは少ない。簡単に言うと、平均的なチケット料金に抑えるには、完成度をある程度我慢するしかないということです。その平均的なチケット料金が、アルバム価格の2〜3倍もしますよね。同じセットで回れるツアーの本数を増やせば、その分売上は増えますが、初期費用(舞台美術やリハーサル)は同じだからいいけど、それ以外の人件費や機材・設備費は本数分かかるし、移動や宿泊のための経費はプラスですから、やはり利益率は大して上がりません。

一方、レコードは制作費と宣伝費でドンとコストがかかりますが、1枚売れるごとに、流通経費(約30%)や著作権使用料(6%)、パッケージも含めた製造費(CDなら1枚150円程度)などを引いた残りが収益となりますので、それでコスト分をリクープ(回収)したら、あとは儲け。たとえ制作費に2000万円かかったとしても、3,000円のアルバムなら、1万枚ちょっと売れればリクープできてしまいます(それだけだとスタッフの給料は払えませんが…)。そして、売れるか売れないかは発売前には(予測はしますが)判らないので、まあ会社の方針にもよりますが、制作費の予算は比較的とりやすいと思います。音楽のクオリティ=制作費ではありませんが、ないよりあるほうがクオリティを上げやすいことは言うまでもありません。

というわけで、やむを得ないところがあるのですが、ともかく私は、それなりのお金を出してつまらないライブを見せられるよりは、オーディオ環境をよくしてレコードを聴くほうがはるかに好きでしたし、今はさらにレコード音源が安価に手に入るので、ますますライブは観る気がしません。

 

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年々市場が拡大している音楽ライブだが、充分な予算をかけられるケースは少ない。

 

海外アーティスト、そして他文化のライブ

 

ただ、海外アーティストはちょっと違いますね。さすがに昨今の2万円以上も当たり前というチケット代は高いなーとは感じますが、やはりインターナショナルに活躍するアーティストのライブはパフォーマンスも仕掛けも充実しています。もちろん、全部が全部とは言えませんが。

それはやはり、準備に充分な投資をしているからだと思います。準備は初期費用なので、前述のように、世界中を回るようなツアーであれば、そこにお金をかけても全体の収支にはあまり影響しないのです。

ライブはライブでも「演劇」は好きです。そんなにたくさん観てきたわけではありませんが、「状況劇場」から「キャラメルボックス」まで、表現のスタイルは様々に違えども、生身の役者たちが目の前で、語り、動いて、ひとつの虚構の世界を作り上げる、というところは同じです。私たちは当然虚構と知りながら、そこにリアル感をもたらしてくれる演技によって、その世界に没入できるわけですが、ちょっとしたミス、セリフを噛んだりとか、タイミングのずれとかがあろうものなら、虚構は簡単にバレてしまう。そして白けてしまう。だから演劇には常に緊張感を感じるのですが、もちろん緊張感が前面にあったら楽しめません。それは劇場内の空気全体にうっすら混じっているくらいの微妙な分量。その空気を呼吸しながら、心は演劇に奪われている、そんな感じが好きなのです。

虚構の世界を完璧に作り上げるには、相当の準備が必要です。役者さんそれぞれの声や身体の鍛錬も重要でしょうし、集まってのリハーサルも時間をかけ、厳しく練り上げていくのでしょう。

でもそれなら、演劇には準備に充分な投資をするだけの余裕があるのでしょうか?音響や照明に音楽ほどお金はかからない、休日は昼夜2回公演もふつうで、その分会場費が節約できる、などの有利な点もある一方、たいてい出演者はずっと多い。チケット料金もだいたい音楽より安い。音楽ライブと比べて恵まれている、余裕があるとは思えません。

なんと言っても、音楽にはライブの他にレコードがあります。前回お話ししたようなレコード会社からの援助金という形でなくとも、アーティストから見ればライブとレコードはダブル・インカムなのですが、演劇にはそれはありません。舞台を収録した映像ソフトを販売することはあっても、それはあくまでもオマケ。時には同じ物語を元にした映画やドラマが作られることはありますが、それらは経済的にはほぼ別。劇団員が作者で印税が入るとか、同じ役者が出演することもありますが、たまたまそうなったに過ぎません。

ならば、なぜ準備に力を注げられるのか。劇団員が利益を度外視して頑張っているからじゃないでしょうか。「売れない頃はずっとアルバイトで凌いでいた」というような声をよく聞きます。役者もそうだし、スタッフもそう。美術や衣装も手作り、チケットも手分けして売り捌く。自分たちでできることは何でもやって、好きな芝居を成功させる……そんな懸命さも、前述の「緊張感」の要因のひとつとなっているかもしれません。

 

ライブ売上は伸びているけれど

 

音楽に話を戻しましょう。前回お話ししたように、1999年以降CDの売上が下り坂に転じ、後継を託された配信も思惑通りには伸びませんでした。レコード(録音物)が売れない時代になり、レコード文化が盛り下がっています。それに対して、ライブ動員数と売上は年々着実に増加しています。

「一般社団法人コンサートプロモーターズ協会」のデータによると、CD売上が最高(約6000億円)だった1998年の、(協会加盟プロモーターによる)ライブ動員総数は1430万人、ライブ総売上は710億円、10年後の2008年は、動員2253万人、売上1074億円、20年後の2018年は、動員4862万人、売上3448億円となっています。プロモーターが関与していないライブもあり、日本全体ではもう少し多いのですが、2018年のレコード売上は配信を含めても3000億円余りなので、この20年間でライブがすっかり逆転してしまいました。

ただし、それはあくまでも全体の話で、アーティストの数が増えていることを勘案せねばなりません。毎年300組前後の新人がデビューするので、20年でざっと6,000組ものアーティストが増えたことになります。もちろん引退する人たちもいますが、そちらはずっと少ないでしょう。ライブ公演数も、1998年は9,500、2018年は31,500と3倍以上です。つまりアーティストが増えて、ライブが増えているから全体としては成長しているけれども、個々のアーティストが以前より潤っているわけではなさそうです。だから、ライブをよくするための投資はたぶん増えていないどころか、慢性的に緊縮ムードだろうし、チケット料金は確実に高くなっていってる。

とは言え、人々がそれだけライブに足を運んでいるのは事実です。「完成度が低いわりに入場料が高い」という傾向はむしろ強まっているのに。“レコード派”の私としては不思議なくらいです。まだまだ多くの人たちが音楽を愛し、音楽にお金を使ってくれているんですね。

だけど、それに甘えて、売れそうな「MD商品」(マーチャンダイズ商品。いわゆる「グッズ」)のことばかり考えているようでは先はありません。「レコードにはあまりお金がかからなくなったけど、ライブはお金を払って観るしか方法がないから、しかたない」。「内容はそんなに面白くもないけど、好きなアーティストの生の姿を拝むにはライブしかないから」……ファンの本音はそんなところかもしれませんよ。

このままでは、音楽に青空は戻ってこない。次回はこれからのライブとレコード、どうあるべきかについて考えてみたいと思います。

…つづく

 

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