第9回 ライブとレコード③ 【音楽あれば苦なし♪~福岡智彦のいい音研究レポート~】

 

これからのライブとレコード、どうあるべきか。確たる指針もないままに、音楽業界全体が自転車操業的に、なんとか日々を乗り越えていたところへ、2020年のコロナ旋風。エンタメの賑わいを期待していたオリンピックも吹っ飛び、ライブそのものがふつうにはできなくなってしまいました。泣きっ面に蜂。四面楚歌……だけど人間万事塞翁が馬。災い転じて福となす。おかげで見えてきたモノもありました。

20年間、音楽業界は何をしてきたのか

 

デジタル環境の進化によって、あらゆることがどんどん変わってきました。音楽ももちろんで、YouTubeでは最新ヒット曲から、昔だったら探しまくっても手に入れることが難しかったレアものまで、膨大な数の音源が無料で聴けてしまうし、Apple MusicやSpotifyでは月々千円も払えば、何百万曲がいつでもどこでも聴き放題。昔、レコード店で試聴もできず、店員のコメントカードやジャケの雰囲気から「えいやっ!」と買ってみては「いまいち〜」とがっかりしていたことを思えば、天国のような、ほんとに便利でお金もかからなくなった昨今ですが、それはユーザーからの視点。供給側からしてみれば、以前は1曲だけ欲しい客にもアルバムを買わせたりできたのに(まあレンタル屋という困った輩はいたけど)、今じゃ、1曲丸ごと聴いて0.01円だとか、そんなんじゃやってられまへーん、と不満タラタラで、だから腹いせに既得権をふりかざして、売れ筋のものほど配信を許諾しなかったりする。すると、「いちばん欲しいものがないなんてなんだかなー」とユーザーはもやもや、音楽配信サービスも伸び悩み、結局、音楽市場が停滞することになる。

とまあ、不毛ないたちごっこもいまだに繰り返されているのですが、供給側、つまりアーティストとその関連会社たちも、不本意ながら、録音物では以前のような収益は見込めなくなった、という実態は受け入れざるを得ないわけですね。

だから、必然的に「ライブ」の方にシフトをする。だってライブは値崩れしません。ライブはアーティストがコントロールできるものだし、ユーザーも“生アーティスト”を拝むためにはライブに出かけるしかないからです。
だけど、前回見てきたように、ライブ売上は、日本全体としては20年前の5倍にも増加しているものの、公演数も3倍に増えており、アーティストの数も増えていることを考えると、アーティスト当たりのライブ売上はさほど変わらないと判断せざるをえません。

要するにこの20年間、ざっくり言って、「レコードは長期低調、ライブは横ばい」なのです。レコードがダメだからライブでなんとかしなければ、と言いながらはや20年、音楽業界はいったい何をしていたんでしょうか?

ライブでアーティストグッズを売る。はい、それは増えました。ライブ会場で買うグッズは単なるモノではなく、“思い出”なのです。だから少々高くても売れるので利益率もいいです。今や、マーチャンダイズ商品は、アーティストの収益の中で大きな割合を占めているでしょう。

でも、それは何も目新しいことではありません。昔から会場でのCD即売は当たり前でした。それがグッズに広がっただけです。以前は、「音楽と関係ないグッズを売るなんてカッコ悪い」なんて思っていたから、やらなかっただけなんじゃないですか。音楽ってそういうところありますね。私は昔から、レコードやCDに企業の広告を入れて副収入にすればいいのに、と思っていましたが、そういうことやらないんですよ。店に並んでいるうちに古くなってしまうから、新製品の広告には不向きかもしれませんが、旧譜やコンサートツアーの情報とかは帯に載せるでしょ。だったら企業広告があってもおかしくない。私は音楽ディレクター時代、一度だけ、JTB出版の「旅」という雑誌の広告をCDの帯に掲載したことがあります。見返りは「旅」でのCD紹介記事だけでしたが。CDを“投票券”や“握手券”代わりにして売り捌くよりはよほど上品だと思いますけどね。

「フェス」スタイルのライブが増えた。はい、これはいいことですね。主催者は、田舎の安い会場で、設備費はある程度かかるけど、たくさん動員できる。ユーザーは、割安に、いろんなアーティストを観れて、ピクニック気分も味わえる。アーティストには、新人なら特に、ファン以外の人に認知を高められるいい機会。逆にそこでいいパフォーマンスを見せられないとマイナスなので、スキルアップに繋がるかもしれません。地元への経済効果もあります。まさにいいことづくめ。ライブ嫌いの私もフェスは、行き帰りが面倒なのを除けば、好きです。

ただ、もはや夏の週末はすべて日本のどこかでフェスをやっているという飽和状態にはなっていますね。他の季節へも増殖していくのでしょうが。

チケットが買いやすくなった。まあ、そうですね。ネットとコンビニで。電子チケットもだんだん普及してきました。だけどチケットの商習慣で気に食わないのが、チケットの価格に販売手数料だの発券手数料だのを上乗せするやりかた。CDや本、いや世の中のほとんどのものは店頭での販売価格が定価でしょ。どんな商品にも販売手数料は必要だけど、それは定価に含まれているもの。(たぶん)チケットだけが外出しなんです。おかしいよ。

 

窮鼠猫を噛む。起死回生の一手

 

ま、それは置いといて、他に何か、打開策と言えるようなものはありましたかね?と言うか上記3件は打開策になっているんですかね?20年もあって、この程度のことしかできてないなんて、切羽詰まっているはずなのになんだかのんびりしているなぁって思ってしまいます。ほんとはそんなに切羽詰まってないのかしら。

ところが今年は、さすがに“詰まった”んでしょうね。コロナ禍でライブが全然できなくなってしまったのですから。そして、そのおかげで整備され、急増したのが有料オンライン・ライブ。

やっと来ました、いい手が。「メンタンピン三色同順」くらいの“満貫級”施策じゃないでしょうか。ただ、これもねー、YouTubeをはじめ、動画配信やライブ(生)配信が手軽にできるような環境はもうかなり前からあったのに、なぜかオンライン・ライブをやるアーティストは少なかったんですよ。使いやすさと安全性を兼ね備えた課金システムが結びついていなかったから、ということはありますが、そんなことはやろうと思えば簡単なはず。だから実際、観客を入れるライブができなくなると、次々に有料オンライン・ライブ・プラットフォームが立ち上がりました。

 

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コロナ禍で定着したオンライン・ライブは音楽市場が青空を取り戻す可能性を大いに秘めている。

 

既に星野源やサザンオールスターズや嵐がオンライン・ライブを行い、10〜20万人がチケットを購入したと言われています。オンラインなのでチケットは半額程度だとしても、1回のライブでスタジアムの2〜3回分もの動員ができるならば、商売として大成功ですよね。

まあ、これは一部の人気アーティスト、しかもほんとのライブが観られないという非常事態での突出したできごとではあるんですが、私はこのオンライン・ライブが、ふつうにライブができるようになっても、強力な武器となってくれると考えています。

前回私は、ライブのビジネス構造について書きました。会場の観客席数×チケット料金で最大売上が決まってしまうと。それが利益率を下げ、ひいてはライブの質を下げてしまっていると。ところがオンライン・ライブには観客数の制限はありません。回線の同時アクセス数の限界はあるでしょうが、先ほどの10万人という数字がOKならばまあ問題ないですし、さらに容量は大きくなっていくでしょう。チケット料金は当然安くせざるをえませんが、観客数の上限というボトルネックがなくなるのは革命的です。

それだけでもすごいのですが、地域にしばられないことも大きな利点です。武道館でライブをやっても、首都圏以外の人たちは観たくても簡単には観れません。だけど、オンラインなら関係ない。スマホでも観れるんですから、場所を選びません。そして1週間もアーカイブしてくれれば、時間にもしばられない。

もちろんその代わり、生の臨場感は望むべくもありません。だけど、顔のアップとか、演奏の手元とかを映してくれるなら、会場の後方席よりはいいかもしれないし、大きめのディスプレイと音響もしっかりしたPCならば充分楽しめるでしょう。

こういうことに、コロナ禍でやっと気づく、気づいていたかもしれないけどやっと行動に移す、のんびりしているのか頭が固いのか分かりませんが、そんな音楽業界がとても歯がゆい。ただ、幸か不幸か、オンライン・ライブがかなり定着したのはチャンスです。コロナが収まっても、私は、観客を動員しての実際のライブと、それを同時配信するオンライン・ライブを、基本的にセットでやっていけばいいと考えています。オンラインは3〜4千円くらいが相場のようですが、できればもう少し安く、映画と同じくらいにすれば、もっとグレイ層をつかめるんじゃないでしょうか。撮影・配信コストは発生しますが、全体的には収益構造が改善すると思います。

それで少しでも余裕ができたら、それを内容の充実に向けてほしい。あくまでも、ライブの本質はよきパフォーマンスです。最高のパフォーマンスを発揮できるよう、ミュージシャンの選定、リハーサルの量と質、適切な演出などにもっとコストとエネルギーを使ってほしい。

それこそが、もっとたくさんの人たちが音楽ライブに興味を持ち、お金を投じるようになるただ一つの道だと、私は信じています。

さて、じゃあ、レコードはどうすればいいのでしょうか。次回、掘り下げます。

…つづく

 

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