第11回 ライブとレコード⑤(完)【音楽あれば苦なし♪~福岡智彦のいい音研究レポート~】

 

「CCCD (Copy Controlled CD)」が登場した2002年、私はソニー・ミュージックにおりました。2004年初めには辞めてしまうんですが。これからCCCDの問題点を書こうと思いつつ、なんで音楽業界はこんなことをやってしまったんだろうなあ、とつくづく考えてしまいます。音楽業界と一言で言っても、その中にはたくさんの会社や人間がいるわけで、頭のいい人や人格者や働き者から、ちょっといい加減な人や頑固な人やひねくれ者、そして大多数の、私を含む、そのあいだの人たちが、千差万別の考えを持って蠢いているはずなんですが、あの時は、いわゆる「集団意志」というようなものが勝手に動いていったとしか思えません。平時ならありえない妄動だと思えることにも、ちょっとしたきっかけでそちらに動き始めてしまうと、もう誰も止めることはできない。人間とはそんな生き物なのかもしれません。よく言われることですが、だから私たちは歴史に学ばなければならないと思います。

CCCD騒動を振り返る

 

CCCDとは、パソコンでデジタルコピーしてmp3などに変換したりできないように、普通のCDプレイヤーでは再生できるが、パソコンのCDドライブでは読み取れないようにしたものです。そして、もしそれが完全に実現していたとしたら、おそらくそんなに大きな問題にはならなかったでしょう。アナログ時代だってそうだったんですから。
問題はこれが欠陥だらけのモノだったことなんです。

①パソコンで聴くための圧縮音源が収録されていたが、それを再生するソフトがWindowsにしか対応してなかった。
②Mac OSならパソコンで読み取れた。
③CDより音が悪い(かもしれない)。
④CDプレイヤーによくない影響を与える(かもしれない)。

①と②は、当時Macのシェアが少なかったため、Windows対応だけにしぼったという開発時間短縮&手抜きによるもので、大した実害はなかろうとの確信犯ですね。②はMacユーザーにはむしろ歓迎だったろうし。
③と④はレコード会社も想定してなかったと思います。必ずしも明白な事実ではなかったので「かもしれない」としましたが、技術的にはかなりトリッキーなことをしているようで、それがこういうことを引き起こす可能性はあったようです。ただレコード会社の人間なんて技術の細かいことなど分かりませんし、私もそんなこと当時は知りませんでしたが。

ともかくCCCD発売後、ユーザーの間では、音が悪い、プレイヤーが故障したなどという話題が、単なる噂というレベルを超えて、広がっていきましたが、レコード会社はそれを真っ向から否定しました。そして、CCCDに起因するいかなるトラブルに対しても責任を一切負わず、返品も受け付けないことを明言したんです。
ところが、そもそもCDプレイヤーのメーカーは、レコード会社の親会社であるハードメーカーさえも、CCCDの再生は「動作保証外」としていたんです。これはおかしい。動作保証外のものを堂々と売りながら、責任は負わないなんて。

どちらかと言うと欠陥そのものよりも、そうしたレコード会社の姿勢が、問題をより大きくしてしまいました。ユーザーの不満はやがて批判・非難の嵐へと発展していき、それを見たアーティストたちも動き始めます。山下達郎や宇多田ヒカルはCCCDでのリリースを拒否し、佐野元春はエピックから独立して自主レーベルを立ち上げるなど、多くのアーティストがレコード会社に反旗を翻しました。

アーティストにそっぽを向かれてはレコード会社は立ち行きません。また肝心の「違法配信を阻止して売上を回復する」という目論見もまったく外れ、全体売上はコンスタントに年5%くらいずつ下がり続けました。結局、スタートからわずか3年足らずの2004年末には、各社とも撤退あるいはそれに近い対応を取らざるを得なくなってしまいました。

このCCCD騒動はレコード史始まって以来最悪の出来事と言ってよいでしょう。違法配信を排除しようとするあまり、すべてのユーザーを“潜在的違法行為者”扱いして、ユーザーはもちろんアーティストからも嫌われるようなシロモノを生み出してしまった。
もちろん、悪意を持って始めたことではないし、ましてや、こんな大騒動になってしまうとは思ってみなかったはずです。思ってたらやらないですよね。
こういう結果が起こりうることくらい想像できないと、と今なら思います。だけどあの時はああいう方向へ突き進んでいった。私も中にいたけど反対はできなかった。頭のいい人もいっぱいいたんだけど、見えないものなんですね、中にいると。

 

懲りない音楽業界

 

だけどさすがにこれで目が覚めたでしょう、と思いきや、前回お話しした「音楽業界の根深い体質」(①ユーザーの気持ちが理解できない ②過去のビジネスモデルに固執して時代に合わせた変化・進化ができない)は簡単に払拭できやしません。

「iTunes Music Store」はCCCD騒ぎのさなかの2003年4月、Appleが米国でスタートしました。ユーザーの気持ちが解るスティーブ・ジョブズが考えただけあって、前回私が「もしもこのようなサービスだったら」とした形にかなり近い音楽配信サービスで、米国ではすぐに人気を集め、翌年3月には累計5000万ダウンロードを超えたという発表もありました。日本のユーザーもこれならばと、サービスの上陸を心待ちにしていました。
ところが、日本でiTunesがスタートしたのは2005年8月。それもレコード会社15社だけ。ワーナーミュージック・ジャパンは2007年、ソニーミュージックの参加はなんと2012年!

参加を渋った理由は、DRM(著作権保護機能>前回参照)が“ゆる過ぎる”ことと、価格が“安すぎる”こと。どちらもユーザーにとっては歓迎なのに。iTunesは米国では1曲=$0.99で販売していましたから、日本でも99円でやりたかったでしょう。だけどレコード会社は承知せず、結局150円と200円の2本立てでスタートしました。それでもソニー・ミュージックは、「商品の価格は商品を出しているウチが決めるのがスジだ」と嘯いていました。

欲しい音楽が揃わないお店など流行るわけがない、と前にも言いました。レコード会社もそれは分かっているはずです。だから、音楽を出さない会社は、その店に流行ってほしくないと思っていることになります。
なぜだろう?CDを売りたいから。1曲ずつ買える配信では儲けが少ない。1曲だけ買いたい人もアルバムで、3,000円出して買ってほしい……分かります。シンプル過ぎる欲望です。そして今でも、たとえば山下達郎の楽曲はほとんど配信されていないから、あの1曲だけどうしても聴きたい、という人もCDで買うしかありません。ほら、配信より儲かった……ってそんな時代ですか、今は!?

 

定額制ストリーミング音楽配信サービスが音楽文化を救う?

 

今や主流となった定額制ストリーミング音楽配信サービスですが、その大手「Spotify」の日本上陸の時も、同じことが繰り返されました。本国のスウェーデンでは2008年10月にサービスを開始しましたが、日本では2016年11月になってようやくスタート。iTunesにいた敏腕営業マンが辞めてSpotifyに転社され、レコード会社各社と何度も交渉を重ねながらも、遅々として進まないようでした。私はソニーはとっくに辞め、バウンディ(後にスペースシャワー・ミュージック)という会社にいて、多数のインディ・レーベルから預かる楽曲を早く提供したいという立場で何回かお会いしましたが、結局サービスインする前に私が定年退職してしまいました。

 

音楽あれば苦なし11_01

定額制ストリーミング配信によって、ユーザーはより多くの音楽に触れることができるようになった。

 

「定額制ストリーミング配信」という形は、今考えられる中では最も理想的な音楽サービスだと、私は思っています。
ダウンロードしてコンテンツをローカルに置かないから、ストレージを食わないし、聴くメディアによってのコンテンツの移動など面倒なこともありません。コピーしてバラまく、つまり海賊版の心配もまずないし。
また、ダウンロード毎の課金だと、単価は安くともやはり何でもかんでもというわけにはいきませんが、定額制だと、たくさん聴いたほうが得ということになるので、より広く、より深く、音楽を聴くようになっていくと思います。それは絶対、音楽文化にとってよいことです。

山下達郎や大滝詠一はまだですが、ユーミンやサザンオールスターズも出揃って、ようやくほぼ満足できる品揃えとなってきました。レコード会社の中には今も「月1,000円程度で聴き放題にされちゃ、まったく上がったりだよ」なんてボヤく人もいますが、しょうがないじゃないですか。このサービスを利用する人をもっと増やせばいいんですよ。
それに、ストリーミングは試聴サービスみたいなものです。ここで聴いて、好きになったら、CDやアナログレコードを欲しくなる人、少なくないと思います。レコード会社はそういう、手元に欲しくなるような音楽を創るのが、本来の仕事なはずです。

そう言えば、アナログレコードが徐々に盛り返してきていますね。なんか時代の気分と言うか、私も、CDがメインになって以来ずっと、アナログレコードをほとんど聴かなくなっていたんですが、数年前から急にまた聴き始めました。改めてしっかりしたレコードプレイヤーを買って、盤をちゃんとクリーニングすると、音の良さに改めてびっくり。初期のCDはもう読み取れなかったり、ひどい音なんですが、50年以上も前のレコードは全然だいじょうぶ。ナイス!塩化ビニール。
2月12日の朝日新聞に、アナログレコードの売上が伸びているという記事が載りました。米国では2020年上半期、レコードがCDの売上を上回ったが、日本でもレコード売上はこの10年で10倍以上になったとのことです。2010年が底で1.7億円。20年は21.2億円だそうです。ま、それでも音楽ソフト全体の売上の1%程度ではありますが、ともかく一般紙の記事になるくらいですから、アナログ復活の動きはホンモノかもしれません。

国内における「定額制ストリーミング配信」の、2023年での予想有料利用者数は1900万人だそうです。利用料を月1,000円として計算すると、全体で、月190億円、年間2280億円。現状の音楽ソフト全体の売上額とほぼ同等です。これにプラス、コアファンが購入するアナログレコードあるいはCDなどの売上があれば、充分やっていけるんじゃないですか。

目の前の売上増減にあくせくしないで、「定額制ストリーミング配信」を事業者とともにより充実させ、何より、いいアーティストを育て、いい音楽が生まれるよう環境を整備する。レコード会社並びに音楽業界にやってほしいことはそれです。それだけです。

 

 

←前の話へ          次の話へ→