Take the A-Train 2017 Ver. (2017年版 A列車で行こう) 〜MJ、BBQ、スパイク・リー・イン・ブルックリン〜

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昨今、日本で伝えられるブルックリンの話題は、DIY精神とロックなムーヴメントが強いウィリアムズバーグ周辺が多い。しかし、もともとは全米でも黒人とラティーノの比重が全米平均より3倍以上と高く、ヒップホップとジャズを土台にしたカラフルな文化が根強い区だ。80年代から 90年代にかけて、ブルックリンのブラック・カルチャーを世界に伝えたのが、スパイク・リー。大御所となった昨今は、マイケル・ジャクソンやプリンスなどブラック・アイコンのレガシーを残す作業に関わっている。彼の最新動向と、ゆかりの深いサザン・コンフォート・フードのレストランの話題をお届けするのは、ニューヨーク歴21年(のうち、15年をリーのオフィスから徒歩3分の場所に住んだ経験を持つ)の音楽ライター・池城美菜子。昨年、刊行したマンハッタンとブルックリンの人気レストランに特化したガイドブック『ニューヨーク・フーディー』(カンゼン刊)が好評な池城氏イチ推しのレストランとイベントを紹介しよう。
 

プリンスが亡くなった夜

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2014年、ドリーム・ホテルで行われたディアンジェロのリスニング・セッションに現れたスパイク・リー(右)。左はネルソン・ジョージ


「レッゴー・クレージー!」

‘16年4月21日、サウス・エリオット・プレースの40エーカーズ・アンド・ア・ミュール・フィルムワークス前。 プリンスの訃報に世界が打ちひしがれる中、不屈の精神で知られるブルックリナイトが、ブラウンストーンの建物前に集まりDJがかける80年代の名曲に合わせて声を上げ、踊っていた。スピーカーとDJブースの奥に座っていたのが、パープルのキャップを被ったスパイク・リー。この粋な追悼コンサートならぬ、追悼ブロック・パーティーの仕掛け人にして、もっとも有名な黒人映画監督だ。


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同じ週末、フォート・グリーン・パークの追悼イベントに集まった人々

Let's Go Crazy

Prince & The Revolution

今年、還暦を迎えてなお元気。日本では ブラック・カルチャーと歴史に重点を置いた初期の作品のイメージが強いが、ニューヨーカーはご意見番として彼をリスペクトしつつ、「(NBA)のニューヨーク・ニックスの試合で、監督気取りで大騒ぎするおじさん」としても親しまれている。彼自身はしばらく前からマンハッタン住まいだが、オフィスは出発点のブルックリン、フォート・グリーン地区に残し、この夜のようにブラック・ヒストリーの節目にはしっかり現場に戻ってきて、格好の見せ場を用意する。オフィスの前にスピーカーを出し音楽をかけているだけなのに、1000人もの人が集まり、その周りを数台のテレビの中継車が囲んでいた。
 

ブルックリンの新しいソウルフード

スパイク・リーの事務所から2分のところにあるのが、「スモーク・ジョイント」。ニューヨーク市第2のスタジアム、バークレー・センターができる前、そして、じっくり燻したバーベキュー料理を出すレストランがブームとなる前の06年にオープンした、トレンド・セッターだ。リーの作品に「ア・スパイク・リー・ジョイント」と刻印されることは、映画ファンなら知っているだろう。正しくは関節やつなぎ目を指す「ジョイント」は、巻いたマリファナを指すスラングでもあり、転じて、場所や作品などちょっと自慢できるものにも使う。

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バークレー・センターから5分のところにあるスモーク・ジョイント


リーの映画も、スモーク・ジョイントも、同じ 単語を使っているだけあって、似た空気が流れている。 ブルックリンとハーレムをつなぐAトレイン沿い独特の、ヒップなブラック・カルチャーがまとっている空気。 Aトレインは、デューク・エリントンの名曲「A列車で行こう」で歌われた地下鉄の急行路線のことだ。ジャズからヒップホップへと街で流れる音楽が変わっても、この空気は変わらない。
 

スモーク・ジョイントは、シンプルな店構えで料理は紙皿で出て来るカジュアルなスポットながら、味は超がつく本格派。私は、その前にあったタイ料理店の人たちに親切にしてもらっていたため(数少ないアジア系は自然に互いをサポートする)、オープン当初は意地を張って行かなかった。列が落ち着いた頃に行って、早く来ればよかったと大後悔。 数回ソースを塗り直して仕上げたベイビー・バックリブ、バーベキューした豚のかたまり肉を割いた柔らかなプルド・ポーク。丸ごとレタスにブルーチーズを乗せたアイスバーグ・ウェッジや、マカロニ&チーズ、スパイシーなフライドポテトなど、サイドディッシュもすべて完璧。

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ランチのプルド・ポーク・サンド。2種類あるBBQソースは自家製


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手前のベイビー・バックリブはこれでハーフ・ラック


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5軒ものレストランを持つクレイグとベン


オーナーは、ユダヤ系のベン・グロスマンと黒人のクレイグ・サミュエルの友だちふたり 。ここを皮切りに、さらに奥のベッドフォード=スタイベサント、通称ベッドスタイにアメリカ料理を出すレストラン「ピーチズ」や、フライドチキン専門店の「ホット・ピーチズ」、シーフードの専門店も近隣にオープンさせている。この場合の「アメリカ料理」は、南部の黒人文化から生まれたソウルフードをヘルシーで洗練されたレシピで作る、サザン・コンフォート・フード。サーモン・クロケットやクラブケーキ、大麦のおかゆ、グリッツにエビとマッシュルームが入ったホワイトソースがかかったシュリンプ&グリップは日本人好みの味だ。オリジナル・カクテルやバーボンが揃っていて、ディナーもいいが、ローカルが殺到し本気で混むのはブランチ・タイム。グラノーラをまぶしてサクサクにしたフレンチ・トーストと卵料理、ベーコンなどが乗ったボリュームたっぷりのジム・ケード・ブレックファーストが一番人気なのだ。

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ジム・ケード・ブレックファーストはボリュームたっぷり

 

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ピーチズの入り口には、「ドゥ・ザ・ライト・シング・ウェイ」のストリート・サインと、『マルコム・X』や『シーズ・ガット・ハブ・イット』などスパイク・リー作品のポスターが飾ってある。’89年、パブリック・エナミーの「Fight The Power」に乗せてブルックリンの人種間の軋轢を描き、大きな話題になった『ドゥ・ザ・ライト・シング』が撮影されたのは、リーの育ったこの辺り。ストリート・サインも本物で、ピーチズから数ブロック先のクィンシー・ストリートに名前がふたつ表示されている。オーナーのクレイグが、「スパイク・リーとは、仲がいいんだ。『ドゥ・ザ・ライト・シング』の25周年パーティーも手伝ったよ」と教えてくれた。映画では、主人公のムーキーと、雇用主でピザ屋のサル(イタリア系)の関係の変化がプロットの鍵になった。映画から四半世紀がたち、 肌の色が違うベンとクレイグが一緒に成功している事態を、答えのひとつと捉えるのは単純すぎるけれど −−映画のように、黒人男性が警官に殺される事態は減るどころか悪化しており、昨今のブラック・ライブス・マターにつながっている−− ブルックリンの食文化は、確実に進化している。

 

Fight The Power (From ”Do The Right Thing” Soundtrack)

Public Enemy

 

ブルックリン・ラブス・マイケル

スパイク・リーもまた、進化している。ブラック・ムービーに囚われなくなってしばらく経ち、最新作にいたっては日本の漫画を原作にした大ヒット韓流映画『オールド・ボーイ』のアメリカ版リメイク。彼はCMディレクターの顔を持ち、流行りものやその時々に重要なムーブメントもきちんとフォローしているのだ。‘14年にディアンジェロが大復活を遂げた際のリスニング・セッションにも、音楽評論家のネルソン・ジョージや、ジェームス・ブラウンやプリンスと組んだ業界の立役者、アラン・リーズらと出席していた。

マイケル・ジャクソンの死後、彼のレガシーを映像と屋外パーティーで残そうとしているのも、スパイクだ。マイケルが亡くなった翌年の’10年から、彼の誕生日を祝う「ブルックリン・ラブス・マイケル・ジャクソン」をスタートさせた。夏の1日、延々とマイケルの曲をかけて盛り上がるシンプルなイベントだが、DJスピナが音楽を担当。セントラル・パークより広い、ブルックリンのプロスペクト・パークで行われた第1回目は、マイケルのそっくりさん、スヌープ・ドッグら人気者が駆けつけるなど1万人以上の人出があり、大きなニュースになったことも記憶に新しい。

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最近は、ストリートを一区画まるごと通行止めにして行うブロック・パーティーの形で続いている。場所は、やはりベッドスタイだ。ブロック・パーティーは警察に届けを出して許可を取って楽しむフリー・イベントで、昼間から爆音を出して大人も子どもも楽しめるアメリカ版夏祭り。ニューヨークは屋外では禁酒なので、純粋に音楽を楽しむ時間になる(ビーチや公園の隠れ名物、フルーツジュースに見せかけた自家製カクテル、ナットクラッカーは出回るが)。7年が経ち、今やこのイベントは、ブルックリンの夏の風物詩のひとつとなっている。

もうひとりのスーパー・スター、プリンスも忘れていない。彼の誕生日、6月7日前後の週末には、「プリンス・ボーン・デー パープル・ピープル・パーティー」と名付けたブロック・パーティーを昨年から始めている。先週末に行われた今年のフライヤーがこちら。
 

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They Don’t Care About Us Brazil Ver.

 

They Don't Care About Us

Michael Jackson
 

スパイク・リーとマイケル・ジャクソンの関係は、‘95年の「They Don't Care About Us」のミュージック・ビデオ撮影にまで遡る。

They Don’t Care About Us Prison Ver.


2012年にはアルバム『Bad』をめぐるドキュメンタリー・フィルム『Bad 25』(日本ではNHKが「マイケル・ジャクソンBadのすべて」と題して放映)を、昨年は『Michael Jackson's Journey from Motown to Off the Wall』を制作。ちなみに、マーティン・スコセッシが監督した「Bad」のミュージック・ビデオは、やはりAトレインの駅、ホイット=スケマホーンで撮影されている。いまでもタイルや壁はそのままなので、ファンは次のニューヨーク旅行時に途中下車してチェックするのもあり! この分だと、スパイクは『Thriller』絡みの作品も作りそうなので、そちらも今から楽しみだ。
 

スモーク・ジョイント(The Smoke Joint)
住所:87 South Elliott Place, Brooklyn NY, 11217(Fort Greene)
電話番号:718-797-1011
営業時間:11:00〜22:00(日〜木)/11:00〜23:00(金土)

ピーチズ(PEACHES RESTAURANT AND BAR)
住所:393 Lewis Avenue, Brooklyn NY 11233 (Stuyvesant Heights)
電話番号:718-942-4162
営業時間:ランチ11:00〜16:00(月〜金)/ブランチ11:00〜16:00(土) 10:00〜16:00(日・祝)/ディナー17:00〜22:00(金土は〜23:00)


Text & Photo:池城美菜子/Minako Ikeshiro (Kusege3.com)
「BK Loves MJ」Photo:Yasushi Sakata (On Point)