ピアニカ? メロディオン? 鍵盤ハーモニカ、何て呼んでた?【楽器の豆知識】


子どもの頃、多くの人が演奏したことのある鍵盤ハーモニカ。「鍵盤ハーモニカって、ピアニカでしょ?」という人もいれば、「いやいや、メロディオンと呼んでたよ」「え、鍵ハモとしかいったことない」と、しばしば議論が白熱する。知っているようで知らない鍵盤ハーモニカについて、あらためて調べてみた。

新生活が始まり、子どもたちもそろそろ学校にも慣れてきた頃ではないだろうか。春になると思い出すものといえば、筆者の場合は、小学生の頃、音楽の授業で使っていた「鍵盤ハーモニカ」。ライターになる前、楽器店で働いていたことがあるのだが、この時期によく売れる商品の筆頭が、この鍵盤ハーモニカだったからだ。

鍵盤ハーモニカといっても、さまざまな種類があるのをご存じだろうか。代表的な商品としては、ヤマハの『ピアニカ』、鈴木楽器製作所(スズキ)の『メロディオン』、ゼンオンの『ピアニー』、ホーナーの『メロディカ』などだが、楽器店勤務時代、「ピアニカの吹き口ください」と来店したお客さんに、「ヤマハのピアニカでよろしいでしょうか」と吹き口を見せ、「はい、たしかこれです」とお買い上げ。数日後、「すみません、やっぱりこれ使えませんでした」と再び来店するお客さんの多いこと多いこと……!

どういうことかというと、この場合、お客さんが使っていた鍵盤ハーモニカはスズキの『メロディオン』だったのだが、普段から『ピアニカ』と呼んでいたのであろう。「ピアニカの吹き口ください」といわれて、必ず実際に商品を見せて確認するのだけれど、どれも黒いし、ほとんどのお客さんが、形までは正確に覚えていない。「たしかこれだった」と購入したはいいものの、家や学校で鍵盤ハーモニカ本体に差し込んでみると、形状が違うため差し込めない……ということである。

 

呼び方アンケート、ダントツ1位は『ピアニカ』

 

筆者は小学校の頃は『ピアニカ』ユーザーだったのだが、「そういえば、他の人は何て呼んでいるのだろう……?」と気になり、興味本位で自分のツイッターでアンケートをとってみたところ、多くの人が体験したことのある楽器だったからか、想像以上の反響が。2日間で約700票の投票があり、結果は以下のとおり。

1位 ピアニカ 約69%
2位 鍵盤ハーモニカ  約20%
3位 メロディオン 約10%
4位 メロディカ 約1%

ダントツで『ピアニカ』という結果となったが、これは、実際に『ピアニカ』を使っていた人もいれば、『メロディオン』を使っていたのに『ピアニカ』と呼んでいたという人も多く含まれている。つまり、商品名である『ピアニカ』が、鍵盤ハーモニカの一般名称として浸透している、ということだ。

商品名が一般名称として浸透しているアイテムとして有名なものといえば、セロハンテープの『セロテープ』や、ステープラーの『ホチキス』などが知られている。余談だが、バイク大国ベトナムでは、バイクのことを“ホンダ”と呼ぶそうで、バイク売り場では、「ヤマハのホンダください」というややこしいやりとりが繰り広げられている、という話を思い出した。鍵盤ハーモニカに置き換えると、「ヤマハのメロディオンください」「スズキのピアニカください」。いや、「ヤマハのスズキください」か? もう、わけがわからなくなってきたのでこの話はこの辺で……(笑)。

アンケートには、他にこのような声もあった。

「ケンハでした」

「ケンハモと呼んでいた」

「幼稚園では『メロディオン』、小学校では『ピアニカ』だったので、小学校に入ったときに戸惑った」

「ゼンオンの『ピアニー』はマイナーなんですね~。幼保教材の会社勤務なのですが、ゼンオンさんとの取引が大きいようで、社会人になってからは鍵盤ハーモニカ=『ピアニー』でした」

「『ピアニカ』は、各地のヤマハ特約店が学校に納入していたケースが多いので、この呼び方をする人が多いのだと思います」

「鼓笛隊のあった幼稚園では『ピアニカ』だったんですが、小学校に上がって、なぜか音楽の先生は頑なに『鍵盤ハーモニカ』を貫き通していました。個人的には、『ピアニカ』が小さい感じがしていいですね」

これは、頑なに「鍵盤ハーモニカ」を貫いた先生が正しいですね(笑)。生徒の中には、学校で『ピアニカ』を一括購入する人もいれば、親戚からもらった『メロディオン』を使っていたり、『ピアニー』を愛用している転校生もいたかもしれない。そのような事情にも配慮して、先生は商品名ではなく、正式名称の「鍵盤ハーモニカ」を貫き通したのではないだろうか。

「わたしが小学生の頃は、学校の備品のピアニカを使っていたため、吹き口のみを買っていました。いま、自分の子ども達は個人持ちで、ピアニカ本体を購入しました」

このような声もちらほらとあった。筆者は小学校時代、1人1台買う個人持ちが当たり前だったので、むしろ備品を使う学校もあるということを知らなかった。地域や学校によって、状況はかなり違うようだ。

 

ピアニカ(1)

 

鍵盤ハーモニカはなぜ広まった?

 

そもそも、なぜ鍵盤ハーモニカは日本で広まったのだろうか。あらためてその歴史を振り返ってみたい。

鍵盤ハーモニカは、音が鳴る部分にハーモニカと同様に、「リード」を使用している。リードとは、小さな金属の板状のパーツで、息を吹き込んだときに振動して音が鳴るしくみだ。つまり、その名の通り、鍵盤のついたハーモニカのことである。

1959年頃、ドイツ・ホーナー社の『メロディカ』や、フランス・クラビエッタ社の製品がそれぞれ同時期に日本に輸入されたのが始まりで、現在の鍵盤ハーモニカの原型といえるのは、1961年の末に鈴木楽器製作所から発売された、ピアノキィ式半音付きの製品で、この頃に東海楽器からも『ピアニカ』という名称で同種の鍵盤ハーモニカを発売。6年後の1967年より、ヤマハ(当時は日本楽器)から、東海楽器が作った『ピアニカ』を、YAMAHAのブランドを付けて販売していた。

その後、小学校の音楽の授業で需要が高まり、1973年からヤマハでも本格的に開発、設計、製造を開始し、現在に至る。

地域によっても異なるが、40〜50代の人に聞くと、「小学校の授業ではハーモニカと鍵盤ハーモニカの両方をやった」という人もいる。北海道出身・40代半ばの筆者は、鍵盤ハーモニカの経験しかない。文部科学省の「学習指導要領」をさかのぼると、小学校の音楽で「オルガン、ハーモニカ」が出てくるのは1968年のこと。「オルガンやハーモニカなどを使用し、器楽や創作の授業をしよう」ということで、ハーモニカを使っていた学校もあったということだ。

筆者は大人になってから何度かハーモニカを吹いたことがあるが、「息を吸ったり吐いたりして演奏するのは、なかなか難しいものだな」と思った記憶がある。もともと幼少の頃からピアノをやっていたということもあるが、「鍵盤を弾く」という行為のほうが、「ドレミファソ」の概念がわかりやすかった。

教育現場でも、鍵盤ハーモニカの性能や、鍵盤楽器による基礎学習のために有効であるということが評価され、広く普及する一方で、ハーモニカは下火になっていった。それだけ、教育現場ではハーモニカよりも、鍵盤ハーモニカのほうが指導しやすく、堅牢性や「吹くだけで吸うことが不要」という衛生面からも、取り扱いやすかったということだろう。

ヤマハミュージックジャパン・管弦打営業部の加藤幸平氏によると、「全国で約2万校ある小学校で、現在もハーモニカを授業で使用している学校はほとんどなく、ヤマハのハーモニカも廃番になった」という。

 

「大人のピアニカ」が登場

 

筆者のアンケートでも大変盛り上がったように、これだけ多くの国民が演奏したことのある楽器は、鍵盤ハーモニカくらいだろう。ピアノやギターがいくら素晴らしい楽器であろうと、ここまでの演奏人口はいない。

近年は「大人のピアニカ」も登場。実際に実物を見てみたが、まず、黒や赤といったシックなカラーが新鮮だ。鍵盤ハーモニカといえば、ピンクや水色、黄色、淡いグリーンなど、小さな子どもに似合うかわいらしいパステルカラーが主流だからだ。

深みのあるカラーに、黒い演奏用パイプがまた大人っぽくてかっこいい。これを小学生が使っていたら、ちょっとクールすぎるかもしれない(笑)。

音を聴いてみると、黒と(P-37EBK)ブラウン(P-37EBR))のピアニカは、アコーディオンのようなまろやかでメロウな音色。赤(P-37ERD)は、華やかで躍動感のある音色で、「バンドで使っても、よく音が通りそう」と感じた。

 

ピアニカ(2)

「大人のピアニカ」の演奏用パイプは黒くてクールな印象。

 

多くの人にとって、音楽を楽しむ入り口となる鍵盤ハーモニカ。おうち時間が増えている今、子どもの頃を思い出して、好きな曲を自由に吹いてみるのもいい気分転換になりそうだ。

 


 

Text:梅津有希子