『大豆田とわ子と三人の元夫』を劇中音楽から読み解く【前編】


 6月15日(火)21時に、最終回となる第10話が放送されたドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』。ユーモアに溢れながらも心の奥底を遠慮なく突き刺してくる緻密な会話劇は、放送を重ねる毎に評判が増していった。日本を代表する脚本家・坂元裕二が時代の空気を繊細に感じ取りながら今もフロントランナーとして健在であることを、本作でも強く印象づけている。

 加えて、本作を特別なものにしているのが、注目の作曲家・坂東祐大の手掛ける音楽だ。東京藝術大学と同大学院の作曲科で学んだ作曲家として、今も現代音楽のフィールドに軸足を置きつつ、同時に米津玄師や宇多田ヒカルの楽曲でアレンジをしたり、アニメや映画の音楽を担当したりと、幅広い領域で高い評判を呼んでいる。

 6月9日には、『Towako's Diary - from "大豆田とわ子と三人の元夫"』というタイトルで音楽集(サウンドトラック盤)が発売され、Spotifyでは坂東らによるオーディオコメンタリーも配信。同日には第1~5話を収めたシナリオブック『大豆田とわ子と三人の元夫1』も出版されるなど、やっとこのドラマを細かく分析できる状況が整ってきた。最終回を迎えた、このドラマの音楽的魅力に迫ってみたい。

――〈#まめ夫 序曲〉を読み解く

 

 劇中の音楽を読み解く最大のヒントは、前述したSpotifyのコメンタリーの「talk:メインテーマ」において作曲家自身が語っている。

 

坂東「今回のメインテーマっていうのは、とわ子の今週起こった出来事のところに流れる、ダイジェストのシーンの曲なんですけれど、これをいわゆるオペラでいう序曲みたいにしたかったというのがあって。オペラの序曲っていうのは、クラシックの発想なんですけど、今後起こる色んなテーマが全部入っているんですよ、メドレーなんですよね。

 

 念の為、注釈をつけておくならば、すべてのオペラの序曲(もしくは前奏曲)がそのように作られているわけではない。例えば18世紀のモーツァルトの場合、あくまでも一部分だけがそうであるのに対し、19世紀のワーグナーになると、まさに坂東が語ったように主要なテーマ(≒旋律)がほとんど盛り込まれるようになっていく。

 なお、はっきりとメドレー的な性格をもつのは、19世紀後半に生まれた「オペレッタ(喜歌劇)」――そう、田中八作のリストランテの店名である!――や、アメリカに渡ったオペレッタが独自に発展した「ミュージカル」の序曲だ。坂東が作曲した〈#まめ夫 序曲 ~ 「大豆田とわ子と三人の元夫」〉はオペラというより、オペレッタや初期ミュージカルの序曲の雰囲気をベースにしつつ、そこに現代的なサウンドを取り入れた……といったところだろう。

 この4分強ほどの楽曲を分析してみると、次のような構成になっている。なお丸括弧は、主旋律を奏でる楽器を示したものだ。

*主部
[00:00~]イントロ
[00:06~]A-1(ストリングス)
[00:13~]A-2(ミュート付きトランペット)
[00:20~]A-1(ストリングス)
[00:26~]A-3(ストリングス)※決めフレーズの繰り返し

*中間部
[00:44~]B(ファゴット)
[00:58~]C(サクソフォン)
[01:11~]D(弦のピッツィカートと打楽器)
[01:51~]E(トレモロのストリングス)
[02:10~]F(木管楽器→ストリングス)
[02:36~]D(弦のピッツィカートと打楽器)
[02:51~]G(スクラッチなど)

*主部を短縮して再現
[03:08~]イントロ
[03:15~]A-1(ストリングス)
[03:22~]C(サクソフォン)
[03:35~]A-1(ストリングス)
[03:41~]A-3(ストリングス)※決めフレーズの繰り返し
[04:03~]エンディング(弦のピッツィカート→ピアノ低音)

実際に、オープニングの“今週のダイジェスト”で流れるのは、主部を短縮して再現[03:08~]した部分が主で、物語の節目となる第6話と第9話では主部[00:00~]をエンディング[04:03~]に繋げたバージョンが流れていた。

 この主部には、優雅な主旋律が印象的なA-1(ストリングス)、A-2(ミュート付きトランペット)、決めフレーズを繰り返すA-3(ストリングス)という3種類の旋律が使われているが、いずれも「3度」の音程が核になっているのは、このドラマは「3」という数字がキーワードになっているからだ。A-1では「♭ミ・ド」という短3度が、A-3では「♭シ・♭ソ」とあいだに半音階を含んだ「♭シ・(ラ・♭ラ・)♭ソ」という長3度の音程が繰り返されている。

 なお、A-3の「♭シ・ラ・♭ラ・♭ソ」というフレーズは、音程を下げ、テンポを落として、エンディングで流れる主題歌《Presence》(作曲:STUTS・butaji)のイントロになっている。作曲者STUTS自身が、YouTubeで解説しているので、是非ご覧いただきたい。
 

 

 一方、主部に挟まれている中間部には、6つのテーマが代わる代わる登場していくのだが、そのいずれもが、劇中では別の楽曲へと姿を変えていく。[00:44~]のB(ファゴット)は変化の過程が分かりづらいのだが、おそらくは〈Suddenly, comedy, fantasy〉という楽曲のフルートの旋律になっている。この楽曲は、第4話で八作が何もしなくてもモテてしまう……というイメージシーンなどで使われている。

 短縮された再現主部にも登場する[00:58~]のC(サクソフォン)は、物憂げなクラシックギターのソロ曲〈みんな、色々ある〉の冒頭旋律へと姿を変えている。[01:11~]と[02:36~]の2回登場し、その上に様々な旋律が重なっていくD(ピッツィカートと打楽器)は、細かくみればB(ファゴット)の変奏と捉えることも出来るが、明確に繋がっているのは〈嘘とタンゴ〉――特に[0:53~]からは引用に近い形で用いられている。

 [01:51~]のE(トレモロのストリングス)は、チェロのピッツィカートになると〈Password 1〉になり、それが〈Password 2〉ではリコーダーによってコミカルに変奏される。[02:10~]のF(木管楽器→ストリングス)は3拍子に変形させられ、第3話のクライマックスで流れる〈鹿太郎のワルツ - オフィス編〉の主旋律となる。そして[02:51~]のG(スクラッチ)では、オープニングの“今週のダイジェスト”の直前で、まさに序曲の前に流れる〈♭Tuning Up〉の要素がほのめかされることで、主部の再現を期待させている。

 このように、あるテーマが別の楽曲へと姿を変えていくが、誤解のないように言っておけば、これはいわゆるライトモティーフ(示導動機)ではない。オペラや映画でよく用いられるライトモティーフは、「特定の旋律」と「人物・物事」を結びつけるという手法なのだが、坂東自身も先のオーディオコメンタリーで、今回はそのように作曲していないと、明確に述べている。

 

坂東「でも今回敢えて、この人はこのテーマっていうのは作らなかったんですね。鹿太郎は絶対このテーマとか、それは絶対やめようと思って。なんでかっていうと、毎回坂元さんの書かれるキャラクターの感情や、視聴者・受け手の感じる気持ちがやっぱり違うので、それは絶対にフレキシブルに考えていったほうが良いと思ったので。

 

ここからも分かるように、音楽は基本的に、劇中の登場人物もしくは視聴者の感情に寄り添うように当てられているのだ。さて以上を踏まえて、第1話にどのように音楽が当てられているのか、読み解いてみよう。

 

大豆田とわ子と三人の元夫(1)

 

――第1話の音楽を読み解く

 

01.〈Ils parlent de moi - プロムナード編〉

 冒頭で流れるのは、シャンソン風の(坂東自身は「オールディーズな曲」と表現している)楽曲で、歌詞は脚本の坂元が日本語で書いた詩を、歌唱のマイカ・ルブテ自身がフランス語訳したものだ。日本語による原詩のタイトルは「私のうわさをすることくらい」で、要するに“自分が物語の主人公である”ことを歌っている。

 これは脚本の坂元が「とわ子はプリンセス」であると関係者に説明していたこととも繋がっているのだろう。現代のプリンセスとしての大豆田とわ子を歌ったものだと考えると、この曲が2~6話――つまり第1部が終わるまでは使用されず、第2部(第7話~)で一人暮らしになると再び登場するのも、納得できる。ちなみに物語的にも第1話と第8話は繋がっており、社員から貰えなかったカレーパンを自宅で一から作ったり、古い冷凍カレーが「味ゾンビ(≒元夫)」のようにあらわれる。

02.〈♭Tuning Up〉
03.〈#まめ夫 序曲 ~ 「大豆田とわ子と三人の元夫」〉


 従姉妹の結婚式を経て、元夫たちの紹介シーンで流れるのが〈♭Tuning Up〉で、前述したように“今週のダイジェスト”で流れるのが〈#まめ夫 序曲 ~ 「大豆田とわ子と三人の元夫」〉である。これも既に書いたように、序曲は短縮した主部の再現が流れる。

08.〈Password 1〉
09.〈Password 2〉


 亡くなった母(大豆田唄からすれば祖母)のメールを開くため、パスワードを再設定するには(元夫のうち誰かの)「はじめて飼ったペットの名前」が必要となることが分かったシーンで〈Password 1〉が流れる(少しあとで、鹿太郎の登場シーンでも使用されている)。序曲のEの旋律から派生した楽曲だが、チェロのピッツィカートになることで、疑似バロック風(バッハの無伴奏チェロ組曲のようだが、ピッツィカートによる楽曲は存在しない)になるのが面白い。

 続けて、リコーダーが同じ旋律を吹く〈Password 2〉に移り変わるが、リコーダーもバロック時代に使われていた楽器……という繋がりがあるのだが、バロック時代にはこのようなフレージングで演奏することはないだろう。こちらもやはり疑似バロックなのだ。

21.〈Evil dream〉

 社長を務めるしろくまハウジングで、社員たちからカレーパンのお裾分けを貰えないシーンで流れる。前半は3度の音程を転回した6度の音程が核となり、後半になると3度の音程が繰り返されるが、明るい長三和音「ド・ミ・ソ」と暗い短三和音「ド・♭ミ・ソ」が高速で入れ替わっていく。曲名からはもっと暗い雰囲気を想像するが、実際は微妙な感情が揺らいでいく音楽なのだ。

06.〈Falling in Love〉

 船長服を着た(斎藤工演じる)御手洗健正と出会うシーンで流れる。曲名の通り、恋に落ちるシーンなどで度々使われているため、意図が明確な音楽だ。冒頭の初々しさを感じるフレーズは、〈鹿太郎のワルツ - オフィス編〉の冒頭の和音とも繋がっている。


 中間部でピアノソロによって奏でられる胸を締め付けるような音楽は、実は「3」尽くしになっており、序曲の主部から派生した3度下行(シ・♯ソ)を、3拍子・3連符・3度の重音で変奏することで、この音楽が作られている。

20.〈Focus〉
27.〈Good night (Variation 6)〉


 元夫2人の自宅襲来で疲れ果てたとわ子に合わせて流れ出す〈Focus〉は、母との記憶を断片的に思い出すような音楽だ。実は冒頭のノイジーなフルートらしき旋律にも、そのあとの点描的なフレーズにも、序曲のA-1の旋律が織り込まれている。とわ子の性格・人間性がどう形作られたかというシーンでもあるので、序曲の主となる旋律が使われているのだろう。

 LINEの着信音が鳴ると音楽は消え、船長さんとのチャットのようなメッセージのやり取りが始まると〈Good night (Variation 6)〉が優しく寄り添う。Variationというのは変奏のことなのだが、変奏される前のテーマ(主題)である〈Morning (Variation Theme)〉という楽曲はこの第1話に登場しない。テーマよりも変奏が先というのは、おかしいと思われるかもしれないが、実はこの第6変奏はテーマの元ネタが透けてみえる楽曲にもなっているから面白い。

 〈Good night (Variation 6)〉というタイトルからは「子守唄」が想起され、ここから「ブラームスの子守唄」――〈Good night (Variation 6)〉と同じく短3度上行で始まる!――に繋がる。もっと深読みすれば、「ブラームスのワルツ」として知られるワルツ第15番 変イ長調 Op. 39 No. 15は、長3度下行→長3度上行という旋律の動きで始まるのだが、この部分を上下逆さまにひっくり返すと〈Morning (Variation Theme)〉の旋律になるのだ。ある意味では、元ネタを先にほのめかしていることになるだろう。

23.〈夜を徹して〉

 船長さんと別れた後、会社に呼び出されるシーンで流れるのがこの曲。〈Password〉にもなった序曲のE の音形で始まり、そこに3度上行の声が重ねられていく。弦楽器によって最初に奏でられる旋律は、序曲のA-1から派生したもの。この旋律が使われているのは、ここでも母との記憶を回想するシーンによってとわ子の性格が描かれるからだろう。

17.〈Break time (Variation 4)〉

 2日連続の睡眠不足の後、田中八作の家でとわ子が寝てしまい、その間にあったことを描くシーンで流れる。タイトルから分かるように、これも〈Morning (Variation Theme)〉を変奏した楽曲のひとつだ。〈Password 2〉と同じくリコーダーが用いられるいるが、こちらではすっとぼけ感・おとぼけ感が強調されている。八作による予想外の行動を音楽で表現しているのだろうか。

28.〈All The Same〉

 挿入歌として、ドラマ本編のクライマックスで流れることが多いのがこの楽曲だ。第1話では、亡き母の法要が行われ、三人の元夫も横並びで墓前に手を合わせるシーンから流れ始める。グレッチェン・パーラトが歌うこの曲も、日本語の原詩を坂元裕二が書き、それをLEO今井が英詞にしている。音楽としては、随所に3度下行(後半になると半音階を含むものも……)があらわれ、他の楽曲との共通性をもたせているのが特徴的だ。

 〈All The Same〉というのは坂元の「どれもみんな同じこと」を英訳したものだが、何を「どれもみんな同じこと」と言っているかといえば、例えば「灯りのしたで見えなくなる」(≒灯台もと暗し)、「本を閉じて読み上げる」、「さびしくてうれしい」、「どこにもいない人がここにいる」……こういったアンビバレントな状況を挙げながら、〈All The Same〉といっているのだ。他にも、とわ子が言う「ひとりで生きていけるけど……」という台詞も、「どれもみんな同じこと」のひとつだと言って間違いないだろう。この詩のもつ意味は、物語が進む中で徐々に明らかに――というより、徐々に我々が理解できるようになっていく。第9話までドラマを観てきた方々にとっては、説明不要なはずである。

 今回は物語のネタバレを最小限にして、音楽がどのように構築されていくのかを中心に語ってきた。次回の後編では第2~10話を重要なネタバレ有りで、『大豆田とわ子と三人の元夫』を音楽からがっつりと読み解いていきたい。

 


 

【MUSIC】

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『Towako’s Diary – from ‟大豆田とわ子と三人の元夫“』
2021.6.9リリース 日本コロムビア

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「大豆田とわ子と三人の元夫」関西テレビ
公式HP:https://www.ktv.jp/mameo/

 


 

Text:小室敬幸

 

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『大豆田とわ子と三人の元夫』を劇中音楽から読み解く【後編】

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