第15回 日本にはなぜ音楽プロデューサーが少ないのか?① 【音楽あれば苦なし♪~ふくおかとも彦のいい音研究レポート~】

あのフィル・スペクター(Phil Spector)が新型コロナにかかって、今年の1月16日に亡くなりました。そして4月26日にはアル・シュミット(Al Schmitt)が死去。スペクターはアーティスト出身で優れたクリエイターでありつつ、レーベルオーナーでビジネスにも野心的。シュミットはレコーディング・エンジニアで、サウンドづくりのプロ。タイプは全然違いますが、二人とも数々の名盤を世に送り出した大プロデューサーです。

洋楽では、個性豊かな音楽プロデューサーの存在感が大きいですね。どんなビッグなアーティストも基本的にはプロデューサーをつけるのが普通。アーティストがセルフ・プロデュースというケースももちろんありますが、ずっと少ない。そしてプロデューサーがその作品の最高責任者であり、アルバムのクレジット(スタッフ・リスト)でも、大抵いちばん目立つのがプロデューサーの名前です。作品がヒットしたり、高く評価されたりすれば、アーティストとともにプロデューサーも称賛されます。アーティストだけでなく、プロデューサーの動向も洋楽を楽しむポイントのひとつです。

それに対して邦楽は?……小室哲哉プロデュース作品が次々とヒットを飛ばした1990年代後半から「音楽プロデューサー」という存在にスポットが急に当たったような感がありますが、日本で音楽プロデューサーと言われて思い浮かぶのは、その小室氏と、秋元康氏、つんく氏、小林武史氏、亀田誠治氏……くらい? 細野晴臣氏、坂本龍一氏らはプロデュースもするけれど、まずアーティストだし。でもって、ビッグネームのアーティストは自らプロデュースってパターンが多い。レコード会社にはソニーの酒井政利氏とかエイベックスの松浦勝人氏とかいろいろいるにはいますが……。

ともかく、明らかに日本には音楽プロデューサーと呼べる人が少ない。実は私が、この人こそ真の音楽プロデューサーだと思うのは、木﨑賢治さんという知る人ぞ知る人なんですけど、彼くらいのレベルとなると他には恐らくいません。少なくとも私は知りません。でもたぶん海外にはごろごろいると思う。これはなぜか?……ってことが今回のテーマであります。

洋楽だって邦楽だって音楽であることに変わりはないのに、しかも邦楽は綿々と洋楽をマネしてマネしてJ-POPになってきたのに、プロデューサーのあり方のこの大きな差はなんなのでしょう?

 

プロデューサーがいなくてもポップミュージックはできる?

 

ポップミュージック(歌モノ)は、歌、歌詞、メロディ、サウンドという4つの要素からできており、これらが揃えば形になります。全部人がやるとして、どんな人が必要でしょうか?

①歌う人
②歌詞をつくる人
③メロディをつくる人
④アレンジをする人
⑤演奏する人
⑥録音や音づくりをする人

最低限、この6種類のことをする人がいれば、音楽はできます。もちろん別々の人である必要はありません。アーティストによってはいくつか、あるいは全部をひとりでやってしまう人もいますね。

で、お気づきかと思いますが、ここに「プロデューサー」がいません。そうなんです。①から⑥まで、ひとつでも欠ければ音楽はできませんが「プロデュースをする人」は、もしいなくても一応音楽をつくることはできるんです。実はプロデューサーは必要不可欠ではありません。プロデューサー不在の音楽は、特に日本には多いのです。

洋楽ではクレジットの筆頭に、ちょっと大きめの文字で書かれたりしているのに、日本ではいなくてもできる? 不思議ですね。
そもそも「音楽プロデュース」って何をするの? ってところから見ていきましょうか。

 

音楽あれば苦なし(1)

 

「音楽プロデュース」に対する曖昧な理解

 

村上龍氏の「13歳のハローワーク」という本は素晴らしいと思っていて、もし自分が13歳だった頃にこの本があれば、もう少し芯のある人生を送れたかもしれない、なんて我が人生の越し方を振り返ったりしたくらいです。で、さすが、そこには「レコーディング・プロデューサー」という項目もちゃんとありました。ただ、……
 

「録音に限らず、制作費の管理や、CDジャケットのデザイン・印刷、宣伝など、レコーディングの企画から販売まで、すべてのビジネスをプロデュースする。…」
(村上龍『13歳のハローワーク』幻冬舎 2003)


と始まり、
 

「…音楽に関する専門知識に加えて、歌手やミュージシャンの能力を把握できて、コミュニケーションスキルがあり、音楽ビジネスに関するあらゆる知識が必要である。…」
(村上龍『13歳のハローワーク』幻冬舎 2003)


と続きます。
 

「…人的なネットワークの広さと経験の深さ、つまりコネがあるとか、顔がきくというのが、何よりも重要な職種である。…」
(村上龍『13歳のハローワーク』幻冬舎 2003)


というような「ぶっちゃけ」トークもあって、こういうところがこの本の面白いところなのですが、とにかく、この説明によれば、音楽の専門知識があって、音楽ビジネスに関わることもすべて把握していて、ミュージシャンの能力を見抜く力と人との交渉力があり、広い人脈と太いパイプを持っているという、とんでもない達人じゃないと音楽プロデューサーは務まらないということになりますね。これはさすがに大袈裟だと思います。

そして、「13歳のハローワーク公式サイト」という関連のWEBもありまして、そこには上記に準ずる説明のあとに、
 

「音楽プロデューサーとしての収入は、プロデュースしたアーティストがどれだけ売れたかにかかっているが、基本的には他の仕事との兼業でやる仕事だ」
(13歳のハローワーク公式サイト 中高生のための…未来のヒントに出会う場所。)

https://13hw.com/jobcontent/J000100345.html


なんて書いてあって、笑ってしまいました。
達人的な能力を要求されるのに、アルバイトでもやらないと食ってけないよ! ってことなんでしょうか? これからうんと勉強して、面白い、やりがいのある仕事を目指そうとする少年少女たちは、これを読んだら決して音楽プロデューサーになりたいなんて思わないでしょう。

ついでに、玉石混交な「Wikipedia」の「音楽プロデューサー」の項目には、
 

「広義では単なる制作責任者や予算管理者、原盤管理者を含め音楽制作にかかわるすべての人が音楽プロデューサーである。…」
(出典元:
Wikipedia


というかなり乱暴な表現。
 

「…とりわけ日本ではアーティストの発掘・契約・育成を担当するA&Rや、企画・制作・宣伝などのマーケティング担当者まで音楽プロデューサーと呼称されている場合がある。…」
(出典元:
Wikipedia


は、たしかに間違いではない。だけど、
 

「…アルバムの中心的な役割を果たすプロデューサーは、特にエグゼクティブ・プロデューサー(executive producer)と呼ばれる」
(出典元:
Wikipedia


というのは明らかな間違い。「エグゼクティブ・プロデューサー」は、その作品を主に財務面で支え、権利を保有するレコード会社とか原盤会社の重役さんということがほとんどで、作品の中味に直接関わっている人ではありません。洋楽ではこのクレジットを見ることはあまりありませんが、言葉の意味はやはり「音楽制作をビジネスや財務の観点で監督する人」ということです。

これはちょっと論外ですが、ともかく「13歳のハローワーク」ですら、実態を把握できていないのは困ったことです。世間の情報がこんなにいい加減なら、これは私が体験と感覚を元に自論を展開させてもらう他ありませんね。

 

スーパーマンでなくていい

 

私は音楽プロデューサーの存在意義は「他人の目」にあると思っています。

いやいや、アーティストやアレンジャーが思いつかないようなアイデアを出したり、話題性のある企画を考えて実現させるとか、スーパーマンとはいかなくとも、やはり何か人に勝る力がないと、いる意味がないんじゃないの? と思うかもしれません。

そんなことはありません。無論、力があって困ることはないでしょうが、それよりも「他人の目」として「YES / NO」をハッキリ言うことの方が大事です。「だったらワタシにだってできるよ」という人、はい、それができるなら、あなたはもう立派な音楽プロデューサーです。

その根拠は、次回にお話ししましょう。

……つづく

 

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