“ソ連”という音楽的宇宙に迫る--岡島豊樹×山中明・特別対談【レコにまつわるエトセトラ】番外編


多くの日本人にとって“洋楽”といえば、イギリスやアメリカ(いわゆる欧米)の音楽を想像するであろう。それこそ冷戦下では“鉄のカーテン”で遮られていたソヴィエト連邦(以下、ソ連)や東欧の音楽に慣れ親しんでいるという人は、少数派かもしれない。だが近年ではそういった国々の音楽を紹介する書籍も複数出版されるなど、密かな盛り上がりを見せつつある。

そんな中で出版された『ソ連メロディヤ・ジャズ盤の宇宙』(カンパニー社刊)は、いまだ全貌把握が困難なソ連の国営レコード会社・メロディヤがリリースしたジャズ盤の主要タイトルをほぼ網羅。歴史的・社会的背景も含めた、著者・岡島豊樹氏による充実の解説とともに紹介する世界初のソ連ジャズ・ディスクガイドだ。

そして現在、mysoundマガジンで2本の連載を持つディスクユニオン・山中明氏もまた、ソ連の音楽に魅了された1人である(【レコにまつわるエトセトラ】第6回を参照 )。今回は岡島氏と山中氏の2人による対談から、未知なる音楽との出会いとその新鮮な喜びに満ちあふれた大宇宙へと誘っていく。

※文中に出てくるアーティスト名は、原則的に敬称略で統一させていただいております。
※アーティスト名・作品名は、『ソ連メロディヤ・ジャズ盤の宇宙』内の表記に準じております。

情報も十分にない時代、ソ連メロディヤ盤との出会いは?

 

山中:今回『ソ連メロディヤ・ジャズ盤の宇宙』を上梓されたわけですが、岡島さんにとってソ連の音楽への入り口は何だったんでしょうか?

岡島:私は1987年に、レオニード・チジクというソ連のジャズ・ピアニストにインタビューしたことがあるんですよ。彼が来日してクラシック音楽主体の音楽祭に出た際に、取材させていただいて。当時はまだ私もあまりソ連ジャズについて知らない状態だったんですが、その時にチジクからソ連におけるジャズの歴史や現状も少し伺って、すごく興味を持ったのがきっかけでした。

山中:レオニード・チジクとの出会いがきっかけなんですね。

岡島:その後、1989年にセルゲイ・クリョーヒンが来日したんです。ワレンチーナ・ポノマリョーヴァ、あとソ連でフリージャズの先駆的なグループだったガネーリン・トリオのメンバー2人(※ウラジーミル・チェカーシン、ウラジーミル・タラーソフ)と一緒に来て。「開かれた地平」というイベントで、高橋悠治、高橋鮎生、三宅榛名、梅津和時、ジョン・ゾーン、ビル・ラズウェルらと同じステージに立ったんですよね。

山中:そのイベントを観られたことも大きかったのでしょうか?

岡島:そうなんです。クリョーヒンは即興演奏の権化みたいな人でしたし、既成のステージ表現をほとんどしない。一言でいえば、音楽的な“変態”でしたね。以前から話には聞いてはいたんですが、実際にピアノの中に入ってしまったんですよ。チェカーシンもそのけがある。その横でジョン・ゾーンやビル・ラズウェルは、神妙な顔で演奏を続けていたかな(笑)。そこでクリョーヒンに完全にハマってしまいました。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(1)

セルゲイ・クリョーヒン(Sergey Kuryokhin)『ポリネシア/歴史序論』(1989)

 

山中:とはいえ、当時はソ連のレコードを買うのも難しかった時代では?

岡島:神田古書センターの中にあった新世界レコード社というお店では、当時から(ソ連の)ジャズやロックのレコードも取り扱われていて。私も初めてのメロディヤ盤は、そこで買いましたね。

山中:私は世代が違うのもあって、新世界レコード社には行ったことがなくて。20年前くらいに買い始めたんですが、国内外のネットオークションで少しずつ集めていった感じです。

岡島:それで言うとちょっと過去の話に戻るんですが、1991年の夏にウラジミール・レジツキーというサックス奏者が“グループ・アルハンゲリスク”を率いて日本でツアーをしたんですよ。そのオーガナイズをしたのが副島輝人さん(音楽評論家:故人)と鈴木正美さん(新潟大学教授)で、お2人と一緒に1992年に彼らの地元・アルハンゲリスクのジャズ・フェスティバルをのぞきにいきました。その帰りにモスクワに寄った際にお世話をしてくださったのがソヴィエト作曲家同盟ポピュラー音楽部長のジャンナ・ブラギンスカヤさんで、彼女に「ソ連ジャズのレコードが欲しいんですが」と相談したんです。それで手配してもらって30枚ほど買って帰ってきたものが、たたき台になりましたね。

山中:そこから日本でも買い足していった感じですか?

岡島:はい。90年代前半くらいには、ディスクユニオンさんにも(メロディヤ盤が)ぽつぽつと入っていましたね。それ以前では、ロシアからイギリスに渡ったレオ・フェイギンという人が興したレコード会社(※レオ・レコード)が、アメリカやイギリスのジャズとともに、ソ連のフリージャズを80年代前半からどんどんリリースして世界に発信していましたね。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(2)

セルゲイ・クリョーヒン『The Ways Of Freedom』(1981)

 

山中:メロディヤのジャズを聴く人はまだ少ないですが、レオ・レコードはそれなりに知られていますよね。

岡島:特にクリョーヒンの盤はね。80年代半ばにペレストロイカ(改革)が始まってから、日本のメディアもソ連カルチャーの変化をどんどん記事にしていた影響が大きかったです。イギリスのBBC放送がクリョーヒンの特番をやったんですよ(※『オール・ザット・ジャズ』1985年/日本でもNHK教育テレビで放送)。その番組には、『RED WAVE』(※ソ連のロックバンド4組によるオムニバス盤/1986年にアメリカでリリース)に収録されているバンドのメンバーも何人か出てきて。

山中:なるほど。

岡島:クリョーヒンは「ジャズはとっくに死んでしまった。ロックももう死んでいるよね」と言い放った人なんですね。彼のバンド(※ポップ・メハニカ)は、ロックバンドなのかパンクバンドなのかジャズバンドなのかよくわからない演奏をするので人気があったんですよ。オペラ歌手やフォーク歌手も起用するし、軍楽隊を呼んだこともあるし。ミュージシャンだけじゃなくて、ダンサーや役者や馬やアヒルといった動物まで集めて、ステージでハチャメチャなことをやっていたんです。彼の音楽を起点としてソ連のアヴァンギャルドな音楽にもいろいろ触れることができて、知識が少しずつ立体的になっていきました。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(3)

V.A『RED WAVE』(1986)の表ジャケットと裏ジャケット

 

“ソ連”という国家・社会体制下ならではの独自進化

 

山中:チジクやクリョーヒンが岡島さんにとってのきっかけになったわけですが、まだソ連のジャズを聴いたことがない人の入り口としてはどんな作品が良いと思いますか?

岡島:まずコアな4ビートジャズのファンには、チジクが良いと思います。この人は「チャイコフスキー国際コンクール」に出れば、最低でも入賞はするだろうなというくらいのテクニシャンなピアニストなんです。70年代の半ばからジャズのプロミュージシャンとしてステージに立つことが認可制になったんですが、チジクはその第1号で。認可される人たちって、ほとんどが高度な音楽学校とか音楽院の出身なんですよ。学歴があって、音楽理論にも精通していて。ジャズも、ほとんど独学でマスターしちゃっていた。

山中:ソ連のミュージシャンには、確かにそういうイメージがあります。素人上がりの人というよりは、ちゃんとアカデミックな勉強をしてきた人がジャズやロックの世界にも多くて。だから、ベースになる音の感じが(他国の音楽とは)全然違うんですよね。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(4)

レオニード・チジク(Leonid Chizhik)『Instrumental Trio<器楽トリオ>』(1975)

 

岡島:その通りですね。チジクの場合は4ビートジャズが基本なんですが、この『Instrumental Trio<器楽トリオ>』(1975)のA面では自作とロシア人作曲家の曲をやりつつ、B面ではアメリカン・スタンダード・ナンバーをやっていて。この作品のリリース当時、アメリカン・スタンダード・ナンバーをやるにあたって、曲名や作曲家クレジットをちゃんと出すということはまだあまり普及していなかったんですよ。

山中:そのあたりも誤解があるというか。当時のソ連では、アメリカや西側諸国の文化が完全にシャットアウトされていたようなイメージを持っている人が多いと思うんです。

岡島:でも曲名を誤魔化したりして、やっていたんですよね。例えば「ジェローム・カーンの歌曲に基づくインプロヴィゼーション」とか、そういうタイトルを付けるわけですよ。

山中:ロックバンドでもそういうことがあって。例えば(ジャケットには)スティービー・ワンダーと書いてあるのに、中身はブラッド・スウェット・アンド・ティアーズのカバーだったり、“詐称カバー”みたいなものがありますね。

岡島:原題を意訳したロシア語で表示している場合もありますよね。曲名だけでは欧米曲かどうかわからない。自分の演奏を国営会社・メロディヤのレコードに残したいと思ったら、忖度したり、“詐称”したり、“加工”したり、いろんな“工夫”をしたんですよね。ソ連の音楽家は「理想的な社会、社会主義国家の実現のために音楽を作るべし」というイデオロギーのもと、みんなが分かりやすくタメになる音楽を作ることが求められていましたから(※社会主義リアリズム)。ジャズが公認されてからでも、悪弊の多い自由主義/資本主義の国とみなしていたアメリカの曲よりも、ソ連の作曲家の作品とか自作曲を演奏したほうが無難だったんですね。だから、むしろ「自作」が非常に面白い。表現欲を満たすために、いろいろな音楽的工夫が盛り込まれていますから。

山中:それがソ連のレコードの特徴ですし、魅力の1つでもありますよね。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(5)

ガネーリン・トリオ(Ganelin Trio)『コン・アニマ』(1977)

 

岡島:さっき名前を出したガネーリン・トリオの『コン・アニマ』の背景も興味深いですよ。このグループもチジクがプロ第一号に選ばれた後に公認されましたが、メンバーの本業はというとガネーリンはリトアニアの首都ヴィリニュスにあるドラマ劇場の音楽監督、チェカーシンはヴィリニュス音楽院の先生、タラーソフはリトアニアのオーケストラの打楽器奏者でしたね。70年後半から80年代前半にかけて、彼らのフリージャズ傾向のレコードが何枚も国営メロディヤから出るなんて例外的でした。国営メロディヤの制作ポリシーと抵触したはずですが、メロディヤ社にもグレーゾーンがあったんですよね。

山中:というのは?

岡島:つまり、ミュージシャンだけでなく支社のスタジオ責任者とかプロモーション関係者の中にも面白いことをやりたがる人がいて、一緒に知恵を出し合っていたんだと思います。初作『コン・アニマ』あたりは今聴けば立派なジャズ演奏がコアにあり、コラージュ的な編集も若干ありますがあまりアウトサイダー的に聴こえない。だけど、次の『コンチェルト・グロッソ』なんてかなりヤバいフリーです。でも結局、盤になっちゃった。

山中:それまではあまり自由に、ジャズを演奏することはできなかったんでしょうか?

岡島:60年代前半にはライブをやる公認のジャズカフェができましたが、制約はありましたね。60年代半ば以降、ジャズ・フェスティバルがモスクワやレニングラードだけでなく地方都市でも開催されるようになっていきましたが、そういうところに出るためには、なんらかの身の律し方も必要だったんじゃないかな。70年代にプロのジャズミュージシャン制度ができてからでもそうだったでしょうね。

山中:いろいろと制約があったと。

岡島:例えば自分で公共の場所を借りて、ジャズ演奏ですよと謳ってイベントを打つとなると、その使用許可をもらうために、うまく立ち回る必要もあったでしょうから。音楽的には曲げなくても、(やりたいことを)実行するためにはタイトルの表記くらいは変えても構わないというか、ポジティヴな思考の戦略ですよね。そういう環境下で頑張っていたんだなというのが見えてくると、メロディヤ盤が愛おしくなってくるんですよね(笑)。

山中:舞台に立てる人って本当に一握りで、選び抜かれた人たちがいろいろと工夫していて。それがジャズフェスティバル(のオムニバス盤)とかで1枚のアルバムに収められているので、クオリティが高いんですよね。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(6)

ブーメラン・アンサンブル(Boomerang Ensemble)『S/T』(1982)

 

岡島:そういうことがだんだん分かるにつれて、「ソ連盤は面白いな」と思うようになっていって。あと、ソ連はモスクワやレニングラードといった大都市を含むロシアだけじゃなくて、バルト三国や中央アジアも含まれますから、いろいろな地域の音楽的な特徴が出たレコードがあるんです。例えばブーメラン・アンサンブルはカザフスタンのグループなので、カルチャー的にはイスラム教圏で、オリエンタルミュージックが根っこにある。だからヨーロッパ的な音楽教育で育てられていても、血液中には元々の文化や伝統音楽が染み付いているというか。

山中:(国家全体としては)地域がものすごく広いので、中央アジアもあれば、ほとんど東欧みたいなところもあって。でもどこかで1つにまとまっている。思想的なものや音楽技法的なところもそうですし、録音はいろんな場所でやっていてもレコード自体は基本的に1つのところ(=メロディヤ)で作られていたので、どこか統一性が生まれているんですよね。そういうところも面白いなと思います。

 

ジャズ以外にもロック、サイケ、ソウルなどあらゆるジャンルが

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(7)

ディスクユニオンでレコードの購入特典として限定配布していたフリーペーパー『RED FUNK』。

 

岡島:山中さんが作られているフリーペーパー『RED FUNK』ではレコード番号やプレス工場についても、すごく詳しく紹介されていて。私はこの冊子を見て、初めてそういったところを注意して見るようになったんです。

山中:地域ごとに音楽的な違いもありますし、ラベルといったレコードの細かいディテールも違ったりするんですよ。同じ1枚の作品にものすごい数のバリエーションがあるなんて、英米では考えられないと思うんです。私たちみたいなマニアはそんな細かいディテールを追っていくのが楽しいので、そういう楽しみ方もありますよね。

岡島:そういう面も含めて、『RED FUNK』は非常に重要な情報源になっていて。私自身はジャズから始まっているので、それ以外で集めているものはジャズ色の濃いフュージョンやクロスオーバー、ジャズファンクに偏っているんですよ。でも『RED FUNK』では幅広いジャンルを網羅されていて、私が知らないものもたくさん載っています。

山中:ジャズ系のレコードももちろん聴くんですけど、私は元々の出自がロック~プログレなのでやっぱりそれをベースにいろんなものを聴いていった感じですね。そういう中で私にとってのきっかけになった1枚が、ユーリ・モロゾフの『Cherry Garden of Jimi Hendrix』(1993)で。すごく思い入れも強いんですが、20年くらい前に一番最初に気になったのがこのアーティストだったんです。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(8)

ユーリ・モロゾフ(Yury Morozov)『Cherry Garden of Jimi Hendrix』(1993)

 

岡島:『RED FUNK』でも熱烈に紹介されていましたね。

山中:ソ連の中でも、本当にアンダーグラウンドな人というか。当時はメロディヤからレコードを出せずに、自宅の地下室でコソコソと録音していたという特殊な人なんです。でもレニングラードのスタジオでエンジニアとして働いていたので、キノー(前出の『RED WAVE』にも収録されているバンド)たち後身バンドには直接的な影響を与えたという。そういう意味でも、ものすごく影響力の強かった人だと思います。

岡島:なるほど。レニングラードの音楽シーンは万事つながっているんですね。

山中:最初にこのレコードをネットオークションで見かけた時に「シド・バレットのような~」といった説明が書かれていて、その時は買えなかったんですがずっと気になってはいたんです。そこから10年後くらいに再発が出て、その時に初めて聴いてみたらもうぶっ飛びましたね。“ド”が付くサイケデリック・ロックというか。メロディヤからではなくて自主制作でのリリースなんですが、私にとってはこれが一番のきっかけでした。

岡島:70年代ではまだ、非常にクリエイティブでエクスペリメンタルなアーティストが表に出られなかったんですよね。変なことをしているのが知られるとブラックリストに載ってしまうから。ただ、若い人たちの価値観は70年代後期あたりから変わってきて、国家イデオロギーとの付き合い方と私的な時間の使い方の切り替えが上手くなっていったみたいですね。それと対応するように、80年前後から歌詞の表現、レトリックに工夫を凝らすロックの例が多くなったようだし、若者はけっこうオープンに支持を示すようになったんじゃないですかね。サウンド面では、80年代に入ると欧米の先端的なものがどんどん取り入れられて消化されていきますよね。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(9)

ヤブロコ(英名:Apple)『Country Folk Rock Band』(1980)

 

山中:このヤブロコ(英名:Apple『Country Folk Rock Band』)が、まさに80年のリリースなんですよ。この盤にも、ユーリ・モロゾフが参加していて。モスクワオリンピックが開催された年でその景気に乗じたのか、唯一の4チャンネル・レコードなんです。珍しく英語タイトルもジャケットに書かれていて、タイトル通りフォークロックをベースにしつつ、ユーリ・モロゾフが参加しているのでサイケデリックな一面もありますね。

岡島:ヤブロコは画期的なグループだったんじゃないかな。フォークというジャンルで新しい音楽をクリエイトしたというか。ヴォーカルの女性、マリーナ・カプーラが後年クリョーヒンとの共演に行き着いたのもわかる感じがするかな。

山中:基本的にはソ連にも、英米で考えられるようなジャンルが全てあるんですよ。ロックもあればサイケもあって、ディスコもソウルもあって。入り口はたくさんあるので、いろんな音楽が好きな人に聴いていただけるのかなと思っているんです。

 

さまざまな文化・宗教が混在する中で生まれた多様性

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(10)

アリオニ(Alioni)『Children's Jazz-Rock Ensemble Alioni』(1987)

 

山中:そんな中で私が次に紹介したいのがアリオニというグループなんですが、ご存知ですか?

岡島:これも『RED FUNK』で見て、むちゃくちゃ気になっていました。聴いたことないです。

山中:いわゆるキッズ・グループで、メンバーがみんな10~13歳くらいなんですよ。キッズ・グループ自体はソ連にもたくさんいるんですけど、その中でもとにかく優秀なグループで。曲もオリジナルだし、ジャンル的にもサイケからAOR、ソフトロックまで何でもアリな感じで、本当にクオリティが高いですね。英米にもキッズ・グループはいますが、この人たちはとにかく子どもの頃から英才教育を受けて修練を積まされた感じが伝わってきます。

岡島:ソ連では英才教育が盛んで、小さい頃から才能がある人をぐんぐん伸ばしていくんですよね。YouTubeに上がっている少年少女の歌なんかを聴いてみても、みんなすごい。超一流の作曲家たちが、子どもたちのたちのために良い曲をたくさん書いていたみたいですね。ぜひYouTubeで探して聴いてみてほしいですね。

山中:昔と違って、今はYouTubeで気軽に聴けるものも多いですからね。昔はそういうものがなかったので、たどり着くまでのハードルが高すぎて…。

岡島:ほんの数年前まではね。ちなみに、アリオニはジョージア(元グルジア)のグループだそうですが、そのお隣りの国アゼルバイジャンの女性ヴォーカル4人を含むVIA(※ヴォーカル・インストゥルメンタル・アンサンブル)のセヴィルは、逆にローカル色をコンテンポラリーなサウンドと共存させて成功した例ですよね。

山中:セヴィルの音楽監督は、ヴァギフ・ムスタファ=ザデというジャズ・ピアニストですよね。ヴァギフがやっている“ジャズ・ムガム”というのが変わっていますよね。“ムガム”というのはアゼルバイジャンの古典音楽の中枢となっている旋法(※モード)なんですよね。

岡島:そうですね。広くイスラム圏の音楽に聴かれる旋法と親戚みたいです。ヴァギフの生前最終録音と言われる盤(『イン・キエフ』/1990)には泣けました。オリエンタル・ジャズファンクと呼べる演奏もやってますよね。

山中:ギターの刻みがめちゃくちゃカッコ良い曲がありますね。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(11)

ヴァギフ・ムスタファ=ザデ『イン・キエフ』(1990)

 

岡島:隣国のジョージアのレコードには、イスラム音楽的な要素があまり聴かれないんですよね。それはなぜかというと、ジョージアは昔からギリシャ正教やロシア正教と同系の正教会のキリスト教国家だったからだと思います。フォーク音楽でも、ポリフォニックな合唱は聞かれるけど、イスラム音楽的な要素は希薄みたいですね。

山中:(アリオニにも)一切ないですね。洗練されまくっているというか。

岡島:アゼルバイジャンとの紛争が絶えないアルメニアも正教会のキリスト教国ですけど、ジョージアの音楽とはかなり異なりますし、イスラム文化との接触の歴史のせいでしょうか、ムガム類似の音楽もある。こうした三国からそれほど離れていない地域、カスピ海の向こうは中央アジアで、タジキスタンやウズベキスタン、トルクメンという国があり、オリエンタル色の濃い音楽が一般的ですよね。

山中:地理的にはそんなに離れていなくても、宗教観とかの違いによって(音楽的に)まったく違うものになっていたりするんですよね。

岡島:そういうものもメロディヤ盤は全部フォローしているから、発見の連続ですよね。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(12)

メロディヤ・アンサンブル(Melodiya Ensemble)『Labyrinth』(1974)

 

山中:本当に幅広いですよね。あと、これは2人の共通点になるかもしれませんが、メロディヤ・アンサンブルの『Labyrinth』(1974)も、私がソ連の音楽にのめり込むきっかけになった重要な1枚なんです。

岡島:これは超名盤ですね!

山中:そうなんですよ。私は元々イギリスのソフト・マシーンが好きだったんですけど、そういうものにも似ているところがあって。エレクトリックなジャズロックで、ファズベースも入っていて、こういう音楽が好きな人にはぴったりハマるんじゃないかなと思います。

岡島:このグループは10数枚もの作品を残しているんですけど、ジャズ盤としてはこのアルバムがダントツに良いですね。他のグループの作品を含めても、70年代の(ソ連の)ジャズ系ではベスト5に入る作品だと思う。いわゆる西洋音楽発展史観みたいなものから解き放たれてソ連のレコードを聴いてみると、このメロディヤ・アンサンブルあたりはハマると思います。

山中:独特なクセもあまりないし、英米の音楽が好きな人にも普通にスッと入ってくる作品だと思いますね。

 

未知なる音との“新鮮”な出会い、その入り口がここに

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(13)

アレクサンドル・グラツキ(Alexander Gradsky)『Russian Songs』(1980)

 

山中:あと、“ソビエトロックの父”と言われている、アレクサンドル・グラツキもご紹介したくて。バンドもやっていたみたいなんですが、映画のサントラを作ったり、いろいろとやってきた中でこの『Russian Songs』(1980)がソロ名義では最初の1枚になると思います。この作品に参加しているウラジーミル・ヴァシルコフによる『きつつきの頭は痛まない』(1974)という映画のサントラも、私がソ連の音楽を聴き始めたきっかけになりました。YouTubeの動画にその映画の1シーンが映るんですけど、子どもたちがジャズバンドを結成するみたいな話なんです。映画の中で子どもたちの演奏に当て振りしているのが、ヴァシルコフたちのジャズアンサンブルで。それがめちゃくちゃカッコ良いジャズロックなんですよ。

岡島:すごい趣味をしていますよね…。やっぱり山中さんは独特の感性を持っているなと思います(笑)。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(14)

Vladimir Vasilkov And His Jazzrock Group『Woodpeckers Don't Get Headaches』(2019)

 

山中:ハハハ(笑)。このサントラのレコードは当時出ていなくて、近年になって出た再発盤なんです。こういうものも入り口としては良いのかなと。私はこれで全部ですが、岡島さんがお持ちいただいたもので今日まだ紹介していないものはありますか?

岡島:あとは、ミハイル・アルペリン『自画像』(1988)だけですね。この人はウクライナ生まれでモルドヴァの音大で学びながら、ロマとジューイッシュの音楽も身に染み込ませてから、モスクワに出て有名になったピアニストなんですよ。売れない時代はボリショイ劇場のリハーサルピアニストをやったりしていて。いろんな演奏スタイルを持っているんですが、いわゆるワールドミュージック系のジャズですね。

山中:なるほど。

岡島:アルペリンの場合は、ヴァギフ・ムスタファ=ザデが取り入れたムガムのような古典的な旋法に基づいているというよりも、もっと世俗的でストリート感覚のワールドミュージック系というか。特にこのアルバムは、ジューイッシュとロマ(ラウターリ)とバルカン音楽のハイブリッドですね。でもたとえばビル・エヴァンスが好きな人にも訴えかけるような、水の滴るようなリリシズムも兼ね備えた人ですから、そちらのファンも惹きつけるものがあると思います。のちにECMからそのタイプのアルバムがたくさんリリースされています。ソ連という文脈だけで説明しきれない人ですね。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(15)

ミハイル・アルペリン(Mikhail Alperin)『自画像』(1988)

 

山中:そういう人のほうが広がりもあるし、取っ掛かりもたくさんありますよね。その意味でも、今回『ソ連メロディヤ・ジャズ盤の宇宙』を岡島さんが出されたことは大きいと思うんです。最近では「共産趣味」と言われるような人たちも増えてきていますし、まだ誰も知らない音楽を知りたい人たちにとっては良い取っ掛かりになるのかなと。ジャズだけではなくて、いろんなジャンルの音楽が載っているのも良いなと思います。

岡島:私も山中さんの『RED FUNK』から勇気を得て、ファンクっぽいものも入れてみました(笑)。やっぱり4ビートジャズだけでは、ソ連ジャズの紹介としては限界がある気がして。私は今60代なんですが、かつてはジャズファンクやジャズロック的なものも聴いてきて、ときめいたこともあったんです。でもいろんなものを聴いてきた中でどこかに忘れものをしてきたような感覚があるというか、だんだん忘却していってしまう。でも今20代の知り合いにソ連や東欧の音楽が好きな理由を聞くと、「すごく新鮮です」と言われて。その時に、良い意味でショックを受けたんです。そういう若い人たちにもっと伝導していってほしいですね。

山中:確かに新鮮ですよね。自分はやっぱりレコード屋でモノを売っている立場なので、こういったレコードも頑張って売っていきたいという気持ちはあって。岡島さんの『ソ連メロディヤ・ジャズ盤の宇宙』には音楽的なこと以外にも歴史的なことも書かれてあるのでいろいろなことが知れて、めちゃくちゃ勉強になるんですよ。だから、この本を読んで興味を持っていただいて、うちの店でレコードを買っていただけたら、みんながハッピーになりますね(笑)。

 

レコにまつわるエトセトラ番外編(16)

(L→R)山中明、岡島豊樹

 


 

【プロフィール】
●岡島豊樹(おかじま・とよき)…学生時代にジャズ喫茶イントロ(高田馬場)勤務。その後、 「季刊ジャズ批評」誌編集人(1983~2001)、「Jazz Brat」誌編集兼発行人(No. 1~9 : 2002~2006)、「東欧ロシアジャズの部屋」(web)管理人など。そのほか、ソ連~ロシア関連の文章を学術誌・専門誌等に多数寄稿。

●山中明(やまなか・あきら)…1979年生まれ。神奈川県出身。ディスクユニオンにてレコード・バイヤーとして従事、現新宿ロックレコードストア店長。『PSYCHEDELIC MOODS ‐ Young Persons Guide To Psychedelic Music USA/CANADA Edition』編著。近年は旧ソ連の音楽シーンを「RED FUNK」と称し布教活動中。

【BOOK】

レコにまつわるエトセトラ番外編(17)

『ソ連メロディヤ・ジャズ盤の宇宙』(岡島豊樹・編)
2021年4月下旬既発売(カンパニー社)
価格:2,000円(+税)
ISBN:978-4-910065-05-2
カンパニー社・紹介ページ:http://companysha.com/melodiya
ディスクユニオン・商品ページ:https://diskunion.net/portal/ct/detail/1008294612

 


 

Text&Edit:大浦実千