第17回 日本にはなぜ音楽プロデューサーが少ないのか?③(完)【音楽あれば苦なし♪~ふくおかとも彦のいい音研究レポート~】

日本に音楽プロデューサーが少ないことの原因のひとつは、「NO」と言うのも言われるのもイヤな日本人の気質ではないだろうか、という話を前回しました。そして今回は、より重要なと言うか動かし難いと思われる「経済的な原因」について考えていきます。


レコード会社の企業論理

 

言うまでもなく、レコード会社は音楽録音物を売って稼ぐのがなりわい。常に、「どうしたらコストを抑えつつより多く売れるか」について考えています。ゆえに、それをすれば確実に売上が増えるというのなら投資もやぶさかではありませんが、「他人の目」でチェックして作品をよりよくするため、という「プロデューサー」の必要性など、ハナから疑ってかかっています。作品がよきゃ売れるってものじゃないしね。そんなあやふやなものにお金は払いたくない。ましてや、売れるごとに発生する印税などもってのほか。チェックやアドバイスが必要なら、(余分な出費が必要ない)社員であるA&Rスタッフがやればいいだろう……。
これが日本のレコード会社のふつうの考え方でしたし、今でも基本的にはそうだと思います。ですから日本ではプロデューサーと呼ばれているのは、たいていレコード会社のA&Rマンのうち、相当数のヒットを飛ばした人たち。彼らはおそらく、ボーナスが多少人よりいいくらいで印税などもらっていません。
レコード会社がプロデューサーにお金を出したくないなら、プロデューサーが増えるわけがない。つまり、これが日本に音楽プロデューサーが少ないことの「経済的な原因」です。

あっさり結論が出てしまいました。でも、だとすると当然、疑問が湧いてきますよね。じゃあ、なぜ米英のレコード会社はプロデューサーにお金を出すの?と。

 

米英でも昔は同じだった

 

実は、米英だって以前は日本と同じ考え方でした。60年代前半くらいまでは、プロデューサーは通常レコード会社のあるいはマネージメント会社などの社員だったのです。ビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティンはEMIのA&Rマンでしたし、ローリング・ストーンズの初期のプロデューサー、アンドリュー・ルーグ・オールダム(Andrew Loog Oldham)は本来マネージャーでした。彼らは、少なくとも初めのうちは、印税などもらってなかったと思いますよ(憶測ですが…)。ジョージ・マーティンなんてストリングスのアレンジもできるくらい音楽教養のあった人ですから、少し後の時代なら最初からフリーのプロデューサーでもやっていけたでしょうが、世の中がまだそうなっていなかったということなんですね。
ドナルド・S・パスマンさんという人が書いた「あなたがアーティストとして成功しようとするなら」という本の中に、スナッフ・ギャレット(Snuff Garrett)というリバティ・レコードのA&Rマンだった人の話があります。彼は60年代に、ゲイリー・ルイス&ザ・プレイボーイズ(Gary Lewis & the Playboys)、デル・シャノン(Del Shannon)、ソニー&シェール(Sonny & Cher)らをプロデュースし会社に大きな利益をもたらしていましたが、彼への報酬は通常の給料だけで、それは少なすぎると思い社長にレコード1枚につき1セントの印税をもらえないかとお願いしました。だけど当時、それは“突拍子もない”考え方でした。「レコードを制作するための手助けをしているだけの人間が、印税だなんて!」と社長は驚いたのですが、実際彼がいなくなると会社が困るということが分かり、彼はなんとか印税を勝ち取ったのだそうです。
ギャレットのような開拓者が、プロデューサーの存在と地位を高めていったというわけです。
売上に連動する報酬である印税があれば、プロデューサーもより多く売れるように努力を惜しまないので、結局印税のお金をケチるより会社にとって利益が大きい、ということにレコード会社経営陣が気づき定着していったのでしょうね。それでも社員であるうちは、印税など払いたくなかったでしょうが。

 

音楽あれば苦なし♪(1)

 

音楽におけるサウンドの重要度


また、大衆が音楽に求めるものの違いもありました。日本では永いこと、たぶん80年代まで、サウンドよりも歌唱のほうが重視される傾向にあり、だから歌謡曲がメインストリームでした。歌モノのポップミュージックで歌が中心なのは当然ですが、中でも歌謡曲は、とにかく歌が大きかった。で、歌唱重視ということは、詞曲重視ということです。ヒットするかしないかは歌詞とメロディにかかっていました。
そして、作詞者作曲者への報酬はJASRACが設立された1940年以降は、基本印税方式です。前払い金や保証金などありませんから、売れなければ1円も入ってきませんが、がんばって売れるものをつくれば報われる。また、売るためにできることはやるということで、企画から参加したり、レコーディング現場に立ち会うことも多く、彼らがある程度プロデューサー的な役割も果たしていました。
一方、サウンド担当の編曲家は、永らく、1曲3万円から5万円程度の固定ギャラが相場でした。久保田早紀「異邦人」の萩田光雄さんや沢田研二「勝手にしやがれ」の船山基紀さん、大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」の大村雅朗さんなど、どう考えてもそのヒットにはアレンジも貢献してるでしょう、というような作品も、みんなせいぜい手取り5万円のはずです。「安すぎる」という声も少なからずありましたが、やはり詞曲重視という既成概念は根強く、また、みなさんおとなしいと言うか、「印税でなきゃやらない」とまで主張する、ギャレットのような人もいなかったのです。
90年代以降はサウンド志向が進み、それに連れて、日本でもプロデューサーの存在がクローズアップされていくのですが、それまでの慣習の力は大きく、今だに、特にプロデュース印税については、消極的なままなのです。

対して、米英は早くからサウンド重視。これは音楽がまず第一にダンスのためのものだった、ということからきていると思っていますが、ともかくサウンドがノりやすく、イカしてないと売れない。で、作詞者作曲者はやはり著作権印税なのはいいとして、アレンジャーやエンジニアというサウンドづくりの根幹を担う人たちが、その場限りの固定ギャラのみでは今ひとつ力が入りません。考えをはっきりと主張する西洋人だけに、多くがギャレットのように印税を要求しましたし、サウンドがヒットの原動力である以上、レコード会社も、ほんとは出したくないけれど仕方ない、と印税制を許容したのです。

 

アーティスト印税の中味の違い

 

さらに、レコード会社とアーティストの間のお金の動き方の違いも重要です。
レコード会社からアーティストに「アーティスト印税」が支払われるのは共通していますが、日本では「歌唱印税」とも呼ばれ新人ならばたいてい小売価格の1%から、ビッグでもせいぜい3%くらい。
ところが米国ではそれが、新人で小売価格の9%から、メジャーレコード会社の中堅以上のアーティストなら15~25%にもなります(英国でも、微妙に違いはありつつも、ほぼ同様みたいです)。小売価格自体が日本のほうが倍ほども高いということはありますが、それでもこの大きな差は何なのでしょう?

実はこの印税収入によってアーティストは、レコーディングの費用とアドヴァンス(活動費用の前借り)を返済(リクープ)しなければならないんです。そして、これは米国でもプロデュース印税が当たり前になってから整った制度だと思いますが、プロデューサーに対する印税も、このアーティスト印税の中から支払わねばなりません。プロデュース印税の相場は3~4%。またプロデューサーはアドヴァンス(リクープ対象の前払い)を取るのが基本で、これが1曲2,500ドルから売れっ子になると1曲1万ドル以上だそうで、これもアーティストが支払わねばなりません(レコード会社から受け取った自分のアドヴァンスから支払うのがふつうです)。レコード会社は、高率のアーティスト印税を支払う代わりに、“丸投げ”で自分たちのリスクを回避しているんです。
日本ではレコーディング経費はレコード会社、あるいは音楽出版社などが出しますし、それをアーティストに要求することはありません。プロデュース印税も出すならレコード会社が出します。アーティスト印税は小さいけれど、そのままアーティスト(またはマネージメント・プロダクション)の収入です。

なので、米英でのアーティスト印税はこれくらい大きくて当たり前。それどころか、たとえば、

レコードの小売価格:$15
アーティスト印税:15%
レコーディング経費:$120,000
アドヴァンス:$100,000
プロデュース印税:3%

として計算してみると、レコーディング経費だけでも約67,000枚、アドヴァンスも含めると約122,000枚売れないとリクープできません。つまり、それ以下だとアーティストには収益が発生せず、足らない分は借金になるのです。
でも、だったら、プロデュースを自分でなんとかしてプロデューサーに支払う印税をなくしたいと思うんじゃないの?という疑問も出てきますが、上記の試算でプロデュース印税をなしにしてみても、レコーディング経費のリクープ枚数が約53,000枚、アドヴァンス合わせると約98,000枚です。それなら、プロデューサーを雇ってより売れるものにしてもらうほうがいいんじゃないですか?
その代わり、プロデューサーも結果を出せなかったら、すぐクビです。プロデューサーも必死だと思います。
もちろん、それを超えてヒットしたなら印税が大きいだけに収益も莫大です。しかも、米英ポップのヒットは全世界に波及する可能性も大きいので、うまくいった場合の収益の大きさは、日本人アーティストの比ではありません。

だけど米英では、マネージャーやコンサートプロモーターもアーティスト自身が雇わなければなりませんし、弁護士も必要です。売れたらでかいけど、米英アーティストはホントたいへん。プロデューサーもたいへん。だから、一攫千金を夢見れるような、世界を市場にする産業規模がないとだめですね。日本のように「10万枚売れたらバンザイ!」ではお話になりません。

でも、ひょっとしたら、「産業規模が大きいからそういうビジネスモデルが成立した」のではなくて、非常に厳しい条件があったから、世界に通用するような強力なポップミュージックが生まれて、産業規模を広げた、という逆の因果関係だったかもしれませんね。実際、ビートルズが登場するまで、英国のポップミュージックは米国ではちっとも売れませんでした。
日本の音楽が海外に出ていけないのは言葉の壁が大きいと言いますが、英語だって世界で通用しているわけじゃない。言語の広がりならスペイン語のほうが大きいですが、世界的な音楽ヒットは米英モノがダントツに多い。これはやはり、サウンド(歌唱も含めた)の威力なんだろうと思います。
ともかく、アーティストがめちゃくちゃがんばらないと儲からないどころか借金まみれになってしまう!という環境。プロデューサーは借金リスクはないけど、ヒットを出して評価されなければ仕事はこない!という環境。「NO」と言えない、なんて甘いことをほざいているヒマはないでしょうね。

結局、米英ではレコード会社からアーティストへの“丸投げ”という厳しい制作環境が、強力なポップミュージックを生み、市場を広げ、プロデューサーの存在を後押ししたのに対し、日本ではレコード会社の面倒見がよく、従ってアーティストは苦労は少ない代わりに夢も見られず、そこそこの売上を国内市場で分け合うだけなので、プロデューサーの必要性もあまりなかった……極端に言うと、そういうことだったんじゃないか、と思います。

 

日本にプロデューサーを増やそう

 

さて、「日本に音楽プロデューサーが少ない」原因がクリアになったところで、日本の音楽業界は今後どうなっていくのでしょうか?
デジタル革命により、世の中は激変しつつあり、音楽の楽しみ方も様変わりしました。「アルバムCDのミリオンセラー」なんて売れ方はもう期待できないでしょう。ストリーミングで「1回再生されたら0.0?円」みたいな薄利多売、その代わり世界中から聴こうと思えば聴ける、というのが当面の基本です。国内市場だけでやってこれた日本も、そろそろ本気で海外進出を考えていかないと、未来は暗くなるばかりでしょう。必然的にサウンドが最重要です。そのためには優秀なサウンド・クリエイターをプロデューサー化して、印税を渡し、夢を見させてあげないと。
とは言え、制度や経済構造から変えようと思ってもなかなか動きません。誰かがすごい作品をプロデュースして、米国でも中国でもインドでも、どこでもいいから大ヒットさせる、という結果を出してから、堂々とプロデュース印税を要求する。そういうことから始めるしかない、と思います。

このテーマ、終わり。

 

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