妄想系アルバム鑑賞法「利きジャケ」のすゝめ
「利きジャケ」へようこそ。
古今東西の名盤を紹介する当コーナーは、いわゆるアルバムレビューではない。
ならば何をするのか? ……「利く」のだ。「聴く」ではなく、「利く」のだ。一枚のジャケットをじっと凝視し、アルバムの“顏”から名盤を味わい尽くす。流浪の妄想コーナー、それが「利きジャケ」だ。
「利きジャケ」とは何か?
mysound読者の皆さん。はじめまして、ヴィンセント秋山です。私はもう、かれこれ10年以上、様々な媒体を通じひとつの“遊び”に取り憑かれている。インターネットを介し音楽がより身近になった昨今に、ただただ一枚のジャケットを凝視する、そんな“遊び”だ。音楽的要素はあえて封印し、ジャケットのアートワークだけから妄想を広げ、そのアルバムを味わい尽くす。それが「利き酒」ならぬ「利きジャケ」だ。……写真でボケて? 大喜利? いや、違う。それは断然違う! アルバムジャケットというアート作品を純粋に楽しむという、これは崇高な遊びなのだ。
今回、利きジャケ入門編として、わかりやすい作品を紹介することにした。洋ジャケ、それもブリティッシュロックの粋な味わいを堪能していただきたく、これぞ英国産といった逸品を……2枚用意した。果たしてめくるめく妄想ワールドに苦笑していただければ幸いだ。なお、当コーナーではアルバム名を「銘柄」、アーティスト名を「蔵元」と表記する。ではいざ利く前に、利きジャケ唯一のルールもお伝えしておこう。音楽的要素は一切ない利きジャケであるが、音楽を愛するものとしての唯一のルールがある。それは…………
「利いたからには、聴かねばならない」
「ズボンのチャック、開いてるぞ」
銘柄:ブラック・アンド・ブルー
蔵元:ザ・ローリング・ストーンズ
『ブラック・アンド・ブルー』
ユニバーサル・ミュージック・ジャパン
さて、はじめての利きジャケ体験としては、こちらとても利きやすい逸品。ブリティッシュロックの草創期からシーンを牽引する、まさに王者の中の王者。ローリングストーンズだ。
ではまず、このジャケットを凝視していただこう。じっと凝視していただきたい。
準備はできただろうか?
それでは一緒に「利きジャケポイント」(以下KJポイント)を探していこう。確実なKJポイントを探し当てることが、まずは大切なのである。
男が、男の耳元にささやいている。
気になる。キースはミックに何をささやいているのか? さらに探っていこう。どうしたって気になるのはこの「無表情」。青空なのに、みんな無表情。気になる。実に気になる。
果たして、こちらのKJポイント(利きジャケポイント)は、
「キースのささやき」と我は見た。
ではイマジネーションを駆使し、アルバムの向こう側に広がる新たな世界に飛び立とう。「キースがささやくセリフ」をあれこれ想像してほしい。
難しく考えないで。さあ。一緒に。
「冷蔵庫、開けたらちゃんと閉めろよ」
……そんなの関係ねえ、と言わんばかりのミックの無表情ぶりに、ロックな反発精神を感じざるを得ない。
または……。
「あの娘、彼氏いるんだって」
途端にミックの無表情に悲しみの影が……。後方にたたずむビル・ワイマン。ひょっとして、その「彼氏」というのは、ビル? ほら、ビルの心のセリフも聞こえてこないか?
『黙っててごめん、俺たち付き合ってたんだ』
どんどんいってみよう。
よ~く見ながら、キースの声でセリフを読んでくれ。
「ズボンのチャック、あいてるぞ」
長髪に隠れたミックの耳がみるみる真っ赤に変わっていく。恥ずかしい。さっきまで無表情にクールビューティ気取ってたのに。オレ、はずかちーーーー!
「それってネズミ講だろ?」
信じる者の頑なな眼差し。「違うって。商品自体も良いんだよ!」キースの忠告に聞く耳をもたない。その瞳の奥にはドルマークもなんだか見えてきた。欲に目がくらむミックの顔つきに注目。
だが、逆にこんなセリフが入ったならば、瞬く間に逆の立場となるキース。
「オレオレ。振り込んでよ、父さん」
あぁ! いままでミックの表情にばかり注目していたよ! キースのこの悪い顔に気づかなかったなんて! 隣の人は悪い人です! そそのかされないで。その人、あなたの息子じゃありませんよ、ミックさん!
「ま……来年は合格するさ」
仲良し3人組の大学受験。合格発表の当日。めでたく二人は合格。でも掲示板の前には茫然自失のミック。「う、う、うそだー」。決してビルは悪くないのに、なんだかビルの表情も申し訳なさげ。果たしてミックの浪人決定! 来年、頑張れ!
利ける、いくらでも利ける! たったひとことで妄想のドラマが広がる! いかがだろうか? ミックの顔が、キースの顔が、そしてビル・ワイマンの無表情ささえ、セリフごとに変わっていくではないか。これが利きジャケの醍醐味だ。この3人に、果たしてどんなドラマがあったのだろう? そしてこのジャケは、何を伝えたかったのだろう?
最後に、最もふさわしいと思われるセリフを記しておく。
「やっぱ、ロンでいこうぜ」
本作は、ミック・テイラー脱退後にリリースされた初のスタジオ・アルバム。録音にはジェフ・ベックを始め多くのギタリストが参加するなど「グレイト・ギタリスト・ハント」と呼ばれ、大きな話題となった一枚だ。そしてこのアルバムがリリースされた1976年、ストーンズは新ギタリストにロン・ウッドを迎えることを正式発表したのだ。
「やっぱ、ロンでいこうぜ」
以上「ブラック・アンド・ブルー」存分に利かせていただきました。
♪Black And Blue (Remastered 2009)
The Rolling Stones
つづいて今回はもう1枚、ブリティッシュ・ブルースロックからの名盤を利いてみよう。ディープでアーティスティックな1枚。その強烈な「顔」に、さあ酔いしれるがいい。
自転車のチリンチリンが盗まれた!
銘柄:英吉利の薔薇
蔵元:フリートウッド・マック
『英吉利の薔薇』
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
どう見たって、どこからどう味わったって、コレ変だ。変なジャケだ。だが、ジャケのインパクトに惑わされてはいけない。
果たしてこちらは、時代とともに形を変え進化し続けてきたフリートウッド・マック。なかでも伝説のギタリスト、ピーター・グリーンが在籍する初期のフリートウッド・マックだ。英国風味のブルースがガツンと響く名作。ちなみにジャケ写は、ドラムのミック・フリートウッドが女装していたりして……と。ん? いや違う! そんな音楽的解説など一切いらないのだった! 危ない。血迷ってしまうところだった。
果たして、ジャケをただただ凝視し、利く。ただそれだけの崇高なる行為、それが利きジャケだった。いかなる雑念にも囚われるなかれ。あえて音楽的要素を排除しジャケだけを見つめ妄想することが大事、ではこの逸品を利いていこう。
まずは凝視せよ。このジャケを一言で表すならば……「顔芸」だ。もはや顔芸のなにものでもない。正直、顔しか頭に残らない。必要以上に驚く顔。
しかし、これは逆に難しいぞ。だって、もうすでに思いっきりふざけてんだもの。とはいえ、ここは堂々と受けて立とう。これをどうやって利く? 果たしてこちらのKJポイント(利きジャケポイント)は、
もちろん「顔」だ。
おどろいた顔から導かれる一言を利いてみる。説明も、解説もいらない。真正面から利いてみる。ただただ、凝視して、妄想を膨らませるのみなのだ。
凝視せよ。
「く、黒酢ドリンクが売りきれだとおっ!?」
お通じにもいいし、高血圧にもいいとかって、今朝のテレビで特集するんだもの! モタモタしてたら近所のスーパーから黒酢が一気に消えちゃったわよ!
凝視せよ。
「自転車のチリンチリンが盗まれた!」
えっ? 黒酢買いに一瞬、スーパーの前に停めてただけなの、ほんのちょっとの時間よ! なんでよりによって、そこだけ盗ってくのよ! 気に入ってたのにぃ! あのチリンチリン!
凝視せよ。
「新宿二丁目マラソン大会」
1着ぅ~! ウッド子姉さん! 「ふんがぁ~!」
凝視せよ。
『箱の中身はなんだろな?』で、なんか触った瞬間」
ジャケには映らぬ手元の箱。……見えてこないか? 「きゃー! なんか動いてるぅ~、ヌルヌルしてる~」
凝視せよ。
「うげっ、長靴の中に鮒(ふな)が入ってた!」
「いやー! なんか踏んだ! なんか入ってる! 動いてるぅ〜」
果たして見えてこないか? ジャケには映らぬ足元の長靴が……。
利ける。いくらでも利ける! 絶大なるインパクトのこの顔に、負けぬ妄想ワールド。
他にも「先生をお母さんって呼んじゃった」「天龍チョップを受ける瞬間」「いや〜ん、レタスに青虫〜!」「アキラ100パーセントのお盆が……」「女装して張り込みしてた万引きGメンが、やっと犯人捕らえたら実の父親!?」などなど。
大喜利とは違う、答えの面白さは関係ない、これが利きジャケ。めくるめくジャケの裏に広がる世界を想像できただろうか?
それでは最後に、すこしだけ禁断の音楽的要素を隠し味とする利きを……。
凝視せよ。
「サンタナがっ?」
当アルバムに収録された1曲に「ブラック・マジック・ウーマン」がある。言わずと知れた、カルロス・サンタナによって誰もが知ることになった名曲だ。じつはこちらがオリジナル。フリートウッド・マックが当アルバム「英吉利の薔薇」を発表した1969年。その翌年、サンタナはセカンド・アルバム「天の守護神」の中でカバーする。それを聞いて、いままで女装でふざけていた男が思わず発した一言。
「サンタナがっ?」
「マジか? 全米チャート第4位の大ヒット?
アメリカだけで400万枚以上売れたって?
全世界で空前の売上を記録?
サンタナが? 俺たちの曲で? マジか………。
じゃあもうブルースバンドやめて、ポップス路線で行くわ、うちら」
……と、言ったとか言わなかったとか。
この後、フリートウッド・マックはメンバーチェンジを繰り返し、70年代半ばより初期ブルースバンド路線からソフトロック路線に転換し成功を収めることとなる。
以上「英吉利の薔薇」 利かせていただきました。
Fleetwood Mac
いかがだったろうか? くだらなすぎた? 大いに結構。これが音楽的要素を介さず、ジャケットを鑑賞する方法「利きジャケ」だ。さあ、あなたも一緒に名盤を利いてみてはいかがだろうか? これまでとは違った新しい世界が広がるはず。
なお今回快くジャケ画像の使用を認めてくれたユニバーサル・ミュージック・ジャパンとソニー・ミュージックジャパンインターナショナルの懐の深さに感謝する。
そして最後に、
利いたからには……聴かねばなるまい!
今回の逸品
♪Black And Blue (Remastered 2009)
The Rolling Stones
Fleetwood Mac
Edit&Text:ヴィンセント秋山