普門館の面影があちこちに。気持ちのいい広場に生まれ変わった、“吹奏楽の甲子園”を訪ねて

 

吹奏楽部にとって、夏から秋にかけてはコンクールのシーズン。秋深まる10月は、大編成の部の頂点「全日本吹奏楽コンクール」の季節だ。かつて“吹奏楽の甲子園”と親しまれ、2018年にその歴史に幕を閉じた東京・杉並区の普門館。現在どのようになっているのか、現地を訪ねた。

10年前まで全日本吹奏楽コンクールの会場として使用され、“吹奏楽の甲子園”と親しまれてきた、東京・杉並区の普門館。宗教法人の立正佼成会が所有する大型ホールで、1970年に竣工し、1972年に全日本吹奏楽コンクールの会場として初使用。1977年から2011年まで、30年以上に渡りほぼ毎年会場となっており、高校球児が甲子園を目指すように、全国の吹奏楽少年・少女たちが「目指せ! 普門館」と憧れる聖地だった。

 

2011年、耐震問題で使用不可に

 

ところが、2011年の東日本大震災で耐震調査を行ったところ、ホールの天井が落ちてくる危険性があることが判明。この年を最後に、全日本吹奏楽コンクールは名古屋国際会議場センチュリーホールで開催されるようになる。普門館は2018年にその歴史に幕を閉じ、解体作業に入ったのだが、「あの普門館が無くなる日が来るなんて……」と最初は信じられない気持ちだった。

 

普門館(1)

大聖堂側から見た普門館

 

普門館(2)

都庁から見た普門館。周囲のマンションと比べると、いかに大きいかがわかる。

 

筆者が普門館の存在を知ったのは、札幌に住んでいた中学校1年生の頃。吹奏楽部でクラリネットを吹いていた2つ上の姉が、全国大会に出場。東京から帰ってくるなり、「普門館、すごかったよ! 大きくて、床が黒くて光っていてね……!」と興奮気味に話す姉の姿を見て、「自分もそのステージに立ちたい!」と、1年生の秋に途中入部。木管楽器のファゴットを担当することになり、ひたすら普門館を目指す日々が始まったのだ。

中学時代は、いわゆる“ダメ金”(次の大会に進めない金賞のこと)で全国大会出場が叶わず、卒業後札幌白石高校吹奏楽部に入部。初めて夢の舞台に立てたのは2年の頃で、あの黒光りするステージに立ち、天井から無数に降り注ぐ照明がまるで宇宙空間のような、広大な客席を眺めた時の感動を昨日のことのように覚えている。

 

普門館(2)

まるで宇宙空間のような普門館の客席

 

卒業後も、後輩たちが全国大会に出場すると、普門館に応援に駆けつけた。同施設が使えなくなった2012年以降も、建物自体は残っていたため、毎年10月になると、あのピンと張り詰めた聖地の空気を感じたくて、1人普門館に向かった。中に入れないとわかっていても、行かずにはいられないのだ。

解体作業に入る前の2018年秋、「普門館からありがとう」という一般開放イベントが開催された。誰でもステージに入れるというもので、全国大会出場校の卒業生や、指揮をした顧問の先生、普門館に憧れながらステージに立つ事が叶わなかった吹奏楽愛好家など、たくさんの人々が訪れ、普門館との別れを惜しみながら楽器を演奏したり、記念撮影や壁に寄せ書きをしたりと、連日大いに賑わっていたのが記憶に新しい。わたしも1週間毎日通い続け、終盤は立正佼成会のスタッフの方から「連日お疲れ様です」と声をかけられるほどだった(笑)。

 

普門館(3)

2018年11月「普門館からありがとう」イベントにて。

札幌白石高校吹奏楽部の先輩・後輩と、ユニホームを着て撮影。左から2人目が著者。
 

 

広大な跡地には、普門館の面影があちこちに

 

現在、普門館の跡地はどうなっているのだろうか。「広場になる」と聞いてはいたけれど、コロナ禍で外出もままならない日々。ようやく緊急事態宣言が明けたこともあり、久々に足を運んでみることにした。

最寄りの方南町駅から歩いて向かうと、そこに現れたのは、普門館の外周をかたどった形状の広大な芝生広場だった。公園ではないので、遊具やベンチなどはない。

 

普門館(4)

広大な芝生広場に生まれ変わった、普門館跡地。

 

普門館(5)

かつての正面から見た、現在の様子。右側の木はそのまま残っている。

 

普門館(6)

大聖堂側から見た現在の様子。あの巨大な建物が丸ごと消え、不思議な気さえしてくる。

 

ロビーにあった「聖観世音菩薩像」も広場に移設。門には普門館の外壁のレリーフや、大ホールの壁面に飾られていたクリスタルがあしらわれており、見た瞬間「外壁の丸い模様だ!」「あのキラキラ輝いていた、客席の壁だ!」とすぐにピンときて、そこかしこに普門館の面影が残っていることに、思わず笑みがこぼれた。マンションなどにせず、こんなに開けた気持ちのいい空間を残してくれて、胸がいっぱいになった。

 

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左上:ロビーにあった「聖観世音菩薩像」も広場に移設。 右上:門には、客席の壁に埋め込まれていたクリスタルも活用。

下:門には普門館の外壁に使われていた、リング状のレリーフが。
 

 

スポーツやペットの散歩、飲食などは禁止。行事開催日などを除き、原則8時半から16時半まで、誰でも利用できる。

普門館跡地を堪能した後、「金寿司」が気になって方南町駅界隈を散策。全国大会出場校の先生方が通っていたお店で、店名が「縁起がいいから」と人気だったという。コンクールの審査は、金銀銅で評価されるからだ。

以前都内で「銀寿司」という寿司店の前を通ったことがあるが、「銀かあ……」と、どうも積極的に入る気にはなれなかった……(笑)。

「金寿司」は、コロナに負けず元気に営業していてホッとした。

 

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左:全国大会出場校の先生方の行きつけ、縁起のいい「金寿司」

右:多くの先生方が愛した、「金寿司」の握り。
 

 

全国大会が行われるのは毎年10〜11月。気持ちのいい芝生の広場をゆったりと歩いてみると、在りし日の普門館を懐かしく思い出すはずだ。

来年も再来年も、カラリとした秋晴れの日に、また訪れてみたい。

 


 

Text&Photo:梅津有希子