第八回 ジョン・ケージとキノコと自然派ワイン【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

秋という季節は実にさまざまな修飾語を伴って表現されます。「芸術の秋」、「スポーツの秋」そして「食欲の秋」。

「食欲の秋」それはすなわち「実りの秋」のお陰であり、ワイン愛好家にとって新酒の出来栄えが気になる季節でもあります。しかし、今回はまだボジョレ・ヌーヴォーにはちょっと早いので、音楽と秋の味覚をつなぐ一人の芸術家の話をしてみたいと思います。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

 

秋の味覚といえば「キノコ」、そして音楽界で「キノコ」といえば、この人ジョン・ケージです。

1912年9月5日、発明家の父と、後にコラムニストとして活躍する母のもと、ロサンジェルスで生まれたケージは、幼少の頃から叔母にピアノを習い、また高校時代には南カリフォルニアの弁論大会で優勝するほどの文才を発揮しました。

ヨーロッパへの遊学を経て、帰国したケージは、ナチズムから逃れてカリフォルニアで教鞭をとっていたアルノルト・シェーンベルクに師事。しかし、シェーンベルクに「作曲家は和声感がなくてはならない」と言われ、「和声はできるが、自分には和声感がない」ことを理由にシェーンベルクのもとを去ることになります。

和声ではなくリズムに自分自身の音楽の未来を見出したケージは、1938年からシアトルのコーニッシュ・スクール音楽学部で教えながら、「打楽器」、「電子音楽」そして「プリペアド・ピアノ」(ピアノの弦にネジや木片、ゴムなどを挟んで、本来の音色とは違うものに変える)という三つの基盤を確立したのでした。書かれた作品は、打楽器のための《第一構成(金属で)》(1939年)、電子音を含む《心象風景第1番》(1939年)、そしてプリペアド・ピアノで演奏される《バッカスの祭り》(1940年)です。

コーニッシュを去った後は、サンフランシスコ・シカゴなどを転々とし、1942年ニューヨークへとやって来ます。ここで富豪のアートコレクター、ペギー・グッケンハイムを介して、マルセル・デュシャンら多くの前衛芸術家たちと知り合いました。また、後に人生のパートナーとなるダンサーのマース・カニングハムとの再会・接近があり、ジーニアとの10年に及ぶ結婚生活は破綻を迎えることになります。

1949年にはカニングハムと共にヨーロッパに向かいました。オランダ・ベルギーからイタリア、そしてフランス・パリへと旅をし、ピエール・ブーレーズと出会います。これは、お互いにとってたいへん刺激となる出会いでした。後年、二人の間に交わされた書簡を読むことができますが、突き詰めると、完全に理解し合えた仲というわけではなったようです。特にケージが取り入れた偶然性について、ブーレーズが批判し、二人の中は決裂してしまいます。

さて、約半年の欧州滞在を終えて帰国したケージは、偶然性の音楽への興味を深め、それは儒教の経典『易経』を応用した《易の音楽》へと発展していきました。元々インド音楽・芸術思想に関心のあった彼は、中国さらには日本へと興味の対象を広げていったのです。当時、コロンビア大学では鈴木大拙が禅・仏教の講義をしており、ケージは聴講に通っていたといいます。

それまで住んでいた建物が取り壊されることになり、1954年ケージは郊外へと移り住みます。マンハッタンから50〜60キロほど北に位置する自然豊かなストーニー・ポイントに作られた芸術家たちのコミュニティーで暮らし始めました。キノコに本格的に魅せられたのもこの頃の出来事です。菌類学の研究にのめり込み、その執着ぶりは、もはや単なるキノコ好きの域にはとどまらず、1962年ニューヨーク菌類学会の創設に携わります。また1959年には、イタリアのテレビ番組に出演し、キノコに関するクイズに全問正解、賞金を手にしているほどです。ケージは、多くの辞書で「キノコ=mushroom」は「音楽=music」の隣に同士だ、と述べており、両者を分け隔てなく愛したのでした。
 

 

~今月の一曲~


ジョン・ケージ:4分33秒(1952年)

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)

 

奏者が一音も発しないという音楽史上なんとも奇想天外なこの作品は、彼の作品中もっとも世に知られた作品で、現代音楽に興味のない方でもご存じかもしれません。

ピアニストはピアノの前に座り、鍵盤の蓋を閉める(!)ことから第1楽章が開始されます。曲は第3楽章まであるのですが、それぞれの楽章は蓋の開け閉めで示されます。初演を行ったデイヴィッド・テューダーは、音符の書かれていない楽譜とにらめっこしながら、第1楽章30秒、第2楽章2分23秒、第3楽章1分40秒を生真面目にストップウォッチで時間を計って演奏(!?)したそうです。

会場となったニューヨーク州ウッドストックのメイヴェリック・ホールは自然に囲まれて佇んでおり、聴衆はピアノの音ではなく、風のざわめき、雨音、そして聴衆自らが発する雑音を聴くことになりました。楽音と非楽音の違いとはなにか? 沈黙とはなにか? さまざまな哲学的問題を聴き手に問いかける作品でもあります。

音のあるケージの作品を聴いてみたい方は、前に挙げた3作品のほか、《風景の中で》《夢》(どちらも1948年)といった小品もおすすめです。エリック・サティに心酔していたケージのとても繊細な一面がうかがえる美しい作品です。

 

~今月の一本~

 

白ワイン「アジェーノ

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(3)

 

さて、今月の一本はケージに敬意を表して、キノコの話から。

前述のイタリアのクイズ番組にも出て来たヤマドリタケ(Boletus edulis)、日本ではイタリア語の「ポルチーニ」、あるいはフランス語の「セップ」と言ったほうが、逆に通りがいいかもしれません。

ポルチーニの名産地としては、イタリア北部のエミリア=ロマーニャ州西部に位置するボルゴターロが有名です。エミリア=ロマーニャはその南で接しているトスカーナほどポピュラーではありませんが、ボロネーゼで有名なボローニャ、生ハムやパルミジャーノ・レッジャーノで有名なパルマ、バルサミコ酢で有名なモデナといった街を擁する、知られざる美食州です。

この時期、乾燥物ではないフレッシュなポルチーニを見かけたら、ぜひシンプルにソテーでいただきたいですね。もちろんリゾットやパスタでも美味!

そして、ぜひエミリア=ロマーニャ産の自然派ワインを合わせたいと思います。食材の宝庫ではあるものの、ワインはランブルスコと呼ばれる微発砲性ワインを除くと、マイナーな地域ですので、なかなか見つけ難いかもしれません。

自然派ワインとはいろんな定義がありますが、ざっくり言うと、ブドウの栽培だけでなく、醸造も自然な形で行われたもの、となるでしょうか。ビオディナミや有機農法で育てられたブドウを天然酵母で醸したワインは、素朴で飾り気がなく、一本筋の通った力強さがあります。

ブドウの育った土地、産まれた年の気候、そして品種の持つ味わいに、静かに耳を傾けながら飲みたい一本です。

 

 

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Text&Photo(ワイン):野津如弘