【レコにまつわるエトセトラ】コレクターズ・ヘル! 〜 マトリクスの向こう側、マザー/スタンパーと奇妙な冒険【第30回】


近年また盛り上がりを見せつつある、レコード/アナログ盤。リアルタイムで再生メディアとしてレコードと接してきた世代だけではなく、CDやカセットすらも馴染みのない若い世代の人たちからも“新鮮”なものとして受け入れられているようです。

そうした流れの中でこの世界の魅力をよりディープにお伝えするべく始まったのが、本連載【レコにまつわるエトセトラ】。ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏を水先案内人に、入り口から底知れぬ深淵に至るまでを旅しましょう。

第30回のテーマは、“コレクターズ・ヘル! 〜 マトリクスの向こう側、マザー/スタンパーと奇妙な冒険”。本連載では過去にも取り上げてきた「マトリクス」ですが、そういったところを気にして探索/購入するようになると、もう本格的なコレクターの仲間入り…と言えるかもしれません。

今回はそこからさらに一歩踏み込むマザー/スタンパーについて、ご紹介していきます。EMIやDeccaといったレーベルで生産された盤をサンプルに、画像と対応表を使って明快に解説。とても分かりやすいけれども、分かってしまったらもうコレクター地獄から抜けられない…!?

マザー/スタンパーの意味から「入るな危険」の世界へ…


 

レコにまつわるエトセトラ(1)

マザー/スタンパーほか諸々

 

年々早くなってきているような気(個人的な体感です)がしますが、ふと気づけば2021年ももう終わり。去年同様、今年1年間もコロナ禍の影響著しく、レコード屋としても悪戦苦闘の日々といった状況でした。
とはいえ12月といえば年末商戦、レコード屋としても気合十分の廃盤レコードを揃えているワケです。

ロック系の廃盤レコードといえば、The Beatlesのゴールド(『Please Please Me』の英初版の俗称)とか、イギリスやイタリアのプログレとか、今も昔もそのあたりが花形と言ってよいでしょう。
ただ近年、と言ってもここ20年ぐらい前からですが、そこに割って入ってきたのがテスト・プレスです。

それ以前は、そこまで脚光を浴びていなかったテスト・プレス。そもそもこういう条件でこれがオリジナルとか、そういった話自体が一般的になったのも、せいぜい20年ほど前のこと。もちろん一部のコア層は別だと思いますが、さまざまな情報がインターネット上に並ぶようになってからのことなんです。

ということで、今回はテスト・プレスの話……といこうかと思ったんですが、そもそもなぜテスト・プレスは珍重されるのでしょうか?
そう、今回はその理由のひとつ、「マザー」と「スタンパー」という、知れば知るほどキケンな、レコードの奥深き(闇深き?)世界についてのお話をさせていただきます。
今回はまずこの前提知識を頭に入れていただいて、テスト・プレスについては今度改めてお話をさせていただきましょう。

なお、もしかしたらこの記事を読むと、ある意味具合が悪くなるかもしれません。まぁそれだけ濃くて深くて、コレクター地獄みたいな話なんですよ……。
しかも、この世界は入るな危険。一度入ってしまえば、もう戻れなくなるかもしれないですよ……。ではどうぞ……。

 

レコにまつわるエトセトラ(2)
 
こんなのもあります。1950年代にアメリカで製造された、ポータブル・ダイレクト・カッティング・マシーン、Rek-O-Kut Challenger。
これ1台があれば、レコード作れちゃいます。
 

 

マザーとスタンパーという用語自体は、第19回第20回でマトリクスについて取り上げた際にも挙げさせていただきました。その際にもいろいろと書かせていただいたのですが、今回は全体をもう一度ご説明した上で、さらに詳細へと突き進んでいきましょう。

なお、この手の説明をする時にありがちなんですが、使われている素材とかの聞き慣れない専門用語がバンバン飛び出してきて、頭に全然入ってこないっていうパターンが多いと思います。
ということで、今回はあくまでレコードをコレクトする上で役に立つ、実践講習的な色合い強めでご説明したいと思います。

では、そのあたりを踏まえたレコードのプレス工程図を作ってみましたので、まずはこちらからご覧いただきましょう。
あくまで簡易版とうたってはいますが、かえって分かりやすくなったと思いますので、何かと役に立つかと思います。永久保存版でどうぞ。

 

レコにまつわるエトセトラ(3)

 

 

では上図の解説をしていきましょう。しつこいようですが、できるだけ細かい説明は省いて、あくまでレコード・コレクター目線でいきますよ!

ラッカー
(別名:ラッカー・マスター)

アーティストによって制作された音源は、カッティング・エンジニアと呼ばれる仕事人の手によって、すべてのレコードの元となる「ラッカー」として仕立てられます。カッティング・マシーンという、レコード・プレーヤーが巨大になったような機械で、ラッカー盤に直接溝を掘っていくワケです。
そしてここで内周部に「マトリクス」も刻み込まれるのですが、そのあたりの解説は以前の記事をご参照ください。

また、カッティングの際にはいろいろと試行錯誤されるのですが、その副産物として生まれるのが「アセテート(盤)」という、実に闇深いレコードです。
その優れた音質はもとより、別ヴァージョンや未発表曲を収録したりと、その通常盤とは異なる世界観は、(行くところまで行った)コレクター諸氏に絶大な人気を誇ります。これはまた無茶苦茶深い世界なので、また別の機会にまとめてお話ししましょう。


ファーザー
(別名:メタル・マスター/ネガティブ・マスター/オリジナル)

ラッカーはある意味では音楽作品の延長線上にあるものですが、工業製品として大量生産に入る上での大元となるのが「ファーザー」です。
直接溝を刻み込んだラッカーに、貼り合わせるように処理してコピーした型みたいなものなので、溝の形状が逆(ネガティブ)の「凸」になっています。


マザー
(別名:メタル・マザー/ポジティブ)

そしてファーザーをさらにコピーして誕生するのが、いよいよ今回のテーマにして、コレクターたちを手玉に取る悪魔の実、「マザー」です。
最終的なレコードの生産枚数にもよりますが、1枚のファーザーにつき数枚のマザーが製作されます。ここでの溝の形状は、元に戻って「凹」(ポジティブ)。


スタンパー

1枚のマザーから数枚〜数十枚製作される、それがマザーと並ぶもう一房の悪魔の実、「スタンパー」。これがレコードを直接プレスする型となります。その出っ張りでプレスするので、溝の形状は「凸」。

また、時代によっても異なりますが、1枚のスタンパーにつき2,000〜3,000枚のレコードがプレスされます。
ビートルズのようなメガ・タイトルの場合は、数百枚のスタンパーを製造し、数十万枚単位のレコードの生産に対応するワケです。

なお、これらすべてのディスクには、コピーできる限界枚数みたいなものがあります。デジタルではないので、コピーすればするほど、その凹凸がなまってきちゃうという寸法です。
ということで、こうして小分けにしてねずみ算式スタイルで増やしていくのです。




レコード盤に刻まれた「暗号」から読み解かれるものは

 

 

レコにまつわるエトセトラ(4)

そう、「G」こそが至高。ただこのタイトルは、最早スタンパーなんて関係ないですが。

 

そして、いよいよここからが実践講習になります。
以前の記事でもお話ししたように、マザー、そしてスタンパーが若いほうが、理論上は良音への期待値が上がります。

ではどうやってより若いマザー/スタンパーを探せばよいのでしょうか?
それらはある種暗号化されているため、ちょっとコツというか、知識が必要です。しかも、その暗号はプレス工場ごとに変わるという厄介ぶりです。

では、ここではその中から、ロックでは王道中の王道といえるプレス工場、EMIとDeccaの暗号を読み解いていきましょう。

EMIは、The BeatlesでおなじみのParlophoneや、本体である大メジャーEMIを筆頭に、Pink Floyd等のHarvest、Procol HarumやTyrannosaurus Rex等のRegal Zonophoneをはじめとする傘下レーベルほか、多くのレーベルのレコード生産をまかなっていました。

では、早速その暗号を読み解いてこうと思いますが、表記方法はもとより、その表記位置も工場によって異なっています。
ということで、まず各項目が記されている位置を確認してみましょう。

 

レコにまつわるエトセトラ(5)

こちらをクローズアップしてみましょう。

 

レコにまつわるエトセトラ(5_a)

6時の位置はマトリクス。これは「3」。

 

レコにまつわるエトセトラ(5_b)

9時の位置はマザー。これは「2」。

 

レコにまつわるエトセトラ(5_c)

3時の位置はスタンパー。これは「RR」、つまり「22」。

 

そして上図を踏まえた上で、いよいよマザー/スタンパーの表記方法を確認してまいりましょう。

EMI系列で生産されたレコードは、マザーはシンプルに数字で表記されています。上図の9時の位置は「2」ですので、2番目に製作されたマザーを使用したレコードということになります。ウンウン、これは分かりやすいですね!

そして問題はスタンパーの読み解き方です。アルファベットで表記されているのですが、単にABC順というわけではありません。ミステリー!

ズバリこの暗号の解き方は、EMIの生みの親、The Gramophone Company Limited (The Gramophone Co. Ltd.)が鍵になります。
ではその対応表を作ってみましたので、こちらをご覧ください。

 

レコにまつわるエトセトラ(6)

 

まぁネタさえ分かってしまえば、なんということのない結構シンプルな暗号ですが、一度知ってしまったのが運の尽き。たとえがっぷり四つとはいかずとも、「どうせなら……」と若いマザー/スタンパーを求めてしまう身体になる……かどうかは人次第?

では続いて、Deccaについても解説しましょう。
EMIと並びイギリスの2大レコード・カンパニーとして名を馳せたDecca Recordsは、Rolling Stonesでもお馴染み本体Deccaをはじめ、プログレ・ファンであればご存知のサブ・レーベルDeram、Nova、はたまたThe WhoのBrunswinck等々、こちらも多くのレーベルのレコード生産をまかなっていました。

こちらもまずは表示位置から確認しましょう。

 

レコにまつわるエトセトラ(7)

 

 

レコにまつわるエトセトラ(7_a)

6時の位置はマトリクス。これは「4A」。

 

レコにまつわるエトセトラ(7_b)

9時の位置はマザー。これは「1」。

 

レコにまつわるエトセトラ(7_c)

3時の位置はスタンパー。これは「BI」、つまり「15」。

 

EMIと表示位置は同じと思ってよいでしょう。また、マザーも同じく123と数字で表されています。

そして問題のスタンパーですが、こちらはDecca特有の暗号が使用されています。
通称「BUCKINGHAM(バッキンガム)コード」と呼ばれていますが、その字面通りの順番で暗号化されているんです。では図をご覧ください。

 

レコにまつわるエトセトラ(8)

 

ちなみにですが、そのコード名の由来は私も知りません。地名なのか、それともバッキンガム宮殿とかバッキンガム公みたいな固有名詞なのか……どなたか教えていただけると嬉しいです!

最後におまけですが、Phillipsについても触れておきましょう。
Phillips Recordsは、ヒゲ剃りの電動シェーバーとかでもお馴染み、オランダ発の家電メーカーが作ったレコード会社です。
PolydorやFontana、そしてブリティッシュ・ファン御用達のVertigo等の系列レーベルを始め、英Atlantic等々幅広くレコードの生産をまかない、数多くの名作を世に届けてきました。
ちなみにですが、プレス工場自体は、1969年にPhonodisc Ltd.と名を変えています。

Phillipsは、EMIやDeccaとは一味違う、その表示項目と表示位置がポイントです。
表記方法自体は暗号化されておらず、マザーもスタンパーも単純に数字で123順となりますが、ここにさらにもう1つの項目が加わります。
ではご覧いただきましょう。

 

「良音」を求める奇妙な冒険はどこまでも続く

 

レコにまつわるエトセトラ(9)

今回のモデルは、ロック・ファン憧れの一枚、Led Zeppelin『Led Zeppelin(1st)』の英完全初版、通称「ターコイズ」。

 

レコにまつわるエトセトラ(10)

 

EMIやDeccaとは異なり、Phillipsは(基本的には)ひとまとまりになって表示されています。

ではここで上図を解剖していってみましょう。

「588171」…規格番号
「A//」に続く「1」…マトリクス
「1」(左)…ファーザー
「1」(中)…マザー
「1」(右)…スタンパー

「あれ?」ってなった方、正解です。ここで急に登場したのがファーザーです。他レーベルでは表記されない項目ですが、Phillipsはファーザーの順番すら分かってしまいます。

でもご安心ください。プレス工程図からも分かるように、ファーザーはラッカーと対で生産されるものなので、基本的にはすべて「1」となっています(とはいえ、そう単純なものではなくて、いっぱい例外もあるんですけどね……)。

ということで、コダワリな方はマザー/スタンパー部分を追っていくのですが、Phillips系列は結構判読しにくいものです。
上図のように、最高に嬉しい「111」のように、シンプルであれば話が早いですが、いずれかの数字が2桁以上になったり、隣の数字との境目が分からなかったり、そもそも数字が2つしかなかったりと、変則的に表記されることも少なくありません。
まぁ論より証拠、ちょっと一例をご覧ください。

 

レコにまつわるエトセトラ(11)

モデルはKing Crimsonの『宮殿』。これはマトリクス:2/3のB面になりますが、2つ目の1からして反転しています。

 

ね? ワケ分からんでしょ?
こういった場合、正直どう読み取ったら良いのか、私もちゃんと分かっていません。どなたかご教授ください!

また、前回に続きもう一度念押ししておきますが、マザー/スタンパーの若さは、絶対的な良音を保証するものではありません。あくまで期待値が上がるということです。

マトリクスに関しても同じようなことは言えます。ただ、「マトリクスの違い」=「カッティングの違い」なので、聴感ではよく分からない程度のものから、そもそもミックスが全く異なる別物まであります。良音かどうかはさておき、音の違い自体は生まれやすいのです。
しかし、マザー/スタンパーはマトリクスとは異なり、所詮ソースは同じもののコピーに過ぎません。私たちはそれを「鮮度」と呼んでいますが、その凹凸のなまり具合からくる音の差になるため、パッと聴きでは感じにくいかもしれません。

そんなこともあって、私も店頭で接客する時は、「あんまりマザー/スタンパーにはこだわり過ぎないほうが平和ですよ〜」とお話しさせていただいています。
そう、たしかに「平和」ではあるんです。でも、やっぱり早いほうが良い音がする個体があったりするもので、そうコトは簡単には割り切れません……。

そしてその先に広がっているのは、これらの上位互換といえるテスト・プレスの世界。マザー/スタンパーをかき分けて辿り着いたと思った「良音」の先には、さらに闇深い森が広がっているのです……。くわばらくわばら。

 

レコにまつわるエトセトラ(12)

テスト・プレスが持つもの、それは「G」。

 

それにしても、当時生産に関わっていた方たちは、後年こんなに根掘り葉掘り調べられるとは思っていなかったでしょう。現場には現場の事情があるもので、すべてがキッチリとルールに沿った形で、生産されていたとは思えません。

実際、個々の作品を見てみると、イレギュラーなものがザックザック出てくるんです。
例えばThe Beatlesの『The Beatles(ホワイト・アルバム)』を例に挙げると、こんなマザー/スタンパーも存在します。

UK STEREO(PCS7067)
【Side3】マザー:2/スタンパー:AOG
【Side4】マザー:1/スタンパー:G

Side4はファースト・スタンパーが使用されているのに、Side3はマザー「2」で3桁スタンパー……。通常のロジックから完全に外れているのが分かるでしょう。
うーむ、掘れば掘るほど深まる謎、だからこそどこまでも続く奇妙な冒険……。

ということで、今回はこれまで。今度はこれを踏まえた上で、テスト・プレスの魅力と魔力についてお話しさせていただきましょう。ではまた!

 

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Text&Photo:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千