第21回 ジャンルについてのしのごの【音楽あれば苦なし♪~ふくおかとも彦のいい音研究レポート~】

「ジャンル」というものは、音楽、映画、小説、ゲームなど、こと人間の娯楽の対象物には欠かせない概念です。何らかの特徴に注目して、同様の特徴を持つ作品群に「名札」をつけたのがジャンルで、綴りは“genre”、フランス語ですが、英語圏でもそのまま使われています。
だけどこれ、つけなきゃいけないと決まっているわけじゃないし、ジャンル名を決める委員会があるわけでもなければ、そのジャンル名が妥当かどうか承認する会議があるわけでもない。すごく曖昧で、適当なものなんですよね。
 


ジャンル名が文化をつくった「ゆるキャラ」

 

人は、あらゆるモノや概念に名前をつけます。これは、他と区別するためという実用性ももちろんありますが、それよりむしろ、とにかくそうせずには居られないという本能みたいな行為なんじゃないでしょうか。名前をつけることでやっと分かったような気になる。ほんとは名前のあるなしに関わらず、そのモノや概念は存在しているのですが、名前をつけないと、人はその存在をちゃんと認識できないんだと思います。

日本人は今も「ゆるキャラ」が好きですが、この「ゆるキャラ」というネーミングは、みうらじゅんさんのアイデアであることは有名ですね。みうらさんが思いついたのが2000年、広島のイベントに登場した「ブンカッキー」という着ぐるみマスコットを見たときだそうですが、この時は当然イベントがメインで「ブンカッキー」はほんの賑やかしだったに過ぎません。だけど「ゆるキャラ」という言葉が与えられたことで、脇役の「ブンカッキー」にスポットが当てられました。そしてその瞬間から、実体は何も変わらないのに「ブンカッキー」は「ゆるキャラ」という新しい「ジャンル」の一員というステイタスを手に入れたのです。
先ほど私は「着ぐるみマスコット」という表現をしました。それでもなんとなくどんなものなのかは想像できるでしょう。でもこれは、対象を大雑把に説明するありふれた言葉に過ぎません。対して「ゆるキャラ」は、“あのモノ”の特徴を端的に語りつつ、かつポップでキャッチーな言葉です。「ゆるキャラ」と呼ぶだけで、おそらく誰もがダサいと感じるか、あるいは眼中になかった「着ぐるみマスコット」が、新鮮で魅力的で愛すべきものに変異してしまった。それはまるで魔法の呪文でした。
そして、このジャンルに熱い視線が集まり始めます(そこにはもちろん、みうらさんの「一人電通」による大奮闘があったのですが、ここでは端折ってます。興味のある方はみうらさんの『「ない仕事」の作り方』を読んでください)。メディアでもしばしば取り上げられるようになり、2010年からは「ゆるキャラ®︎グランプリ」という、ゆるキャラがメインのイベントも始まりました。賑やかしの脇役は既に堂々たる主役です。第1回でグランプリを獲得した熊本県の「くまモン」は、たちまち国民的キャラクターとなり「ゆるキャラ」という言葉もその人気も確固たるものとなっていきました。

これだけのことが、ひとつのジャンル名から始まったのです。

 

音楽あれば苦なし♪(1)

 

音楽ジャンルの功罪

 

優れたジャンル名は単なるカテゴライズに留まらず、文化そのものの発展を促すことにもなるという例でしたが、実際はそんなに優れたジャンル名などほとんどありませんな。特に、音楽なんて目に見えないから、言葉に翻訳すること自体簡単じゃありません。それなのに、と言うか、それだからかもしれませんが、エンタテインメント界で飛び抜けてジャンル数が多いのも音楽です。

今や何の疑問もなく使っているジャンル名、たとえば「Jazz」や「Rock ’n’ Roll」は、実は性行為を表すスラングから生まれたみたいだし「Reggae」の元は「ボロ」という意味のスラングらしい。音楽スタイルなど関係ありません。でもなんとなくその言葉が多くの人の感覚にフィットして、やがて時間がそれを定着させました。
どんな由来で生まれた言葉だろうが“市民権”を得てしまえば、立派なジャンル名です。見てきたように、名前は勝手に、いろんな“働き”をし始めます。

ポジティブな面では、先ほどの「ゆるキャラ」のように、そのジャンルの存在感を高めるという働きです。
ジャンルは、予めそれに含まれる音楽の性質を特定しているワケではありません。まず音楽ありき。ある音楽が人気を博す。その人気にあやかって他のミュージシャンも似たタイプの音楽をつくる。そういう音楽が増えてくる……すると、ジャンルとして名前をつけようということになるのです。名前ができることで、その音楽に対する認識が深まります。「Rock」というジャンルができたから、ロックとはどういうものなのか?その可能性は?他との違いは?などなど、様々なことを考え始めるのです。それはそのジャンルの音楽の発展・進化・多様化をもたらします。その結果「progressive rock」や「hard rock」、「psychedelic rock」などのサブジャンルが誕生したり、ジャズという別のジャンルと融合して「fusion」という新たなジャンルが生まれたりします。
「ニューミュージック」というのはジャンル名としては相当にダサいと思いますが、そう名付けることによって、荒井由実の音楽はそれまでのフォークとは一線を画した「新しい音楽」なんだという価値観が生まれたと思います。

ところが、それだけの働きをする言葉ですから、ネガティブな面もまた見過ごせません。
元々、音楽は言葉に翻訳しにくいのですが、曲がりなりにも言葉にしてしまうと、今度は分かったような気になってしまいます。音楽のジャンルなんて、そもそも曖昧なモノなのに、そのことを忘れてしまうのです。

1965年のニューポート・フォーク・フェスティバルで、ボブ・ディランがエレキギターを抱え、バンドで演奏したことに、激しいブーイングが浴びせられた話は有名ですが「フォークはアコースティック・ギターでやるものだ」というフォーク・ファンの思い込みが強かったことがその原因です。ミュージシャンが音楽をやるのに、ひとつのスタイルに縛られる必要はまったくないし、それをファンからとやかく言われるのも迷惑な話ですが「folk music」というジャンル名の言葉の力が、ファンの頭を洗脳していたと思います。

レコード店では昔も今も、売り場を洋邦で分け、ジャンルで分けて商品を並べています。人が音楽を選ぶ際に、ジャンルが重要な目安になっていることを示していると思いますが、そのジャンルが何なのかよく分からない音楽の場合は、反って探しにくいという弱点があります。
私が音楽ディレクターだった頃、“GONTITI”というアーティストを担当していました。アコースティック・ギターの二人組で基本インストゥルメンタル。ともすれば「イージー・リスニング」に入れられてしまう形態ですが、そういうものを求める人がターゲットではなかったので、その売り場は避けたかった。かと言ってジャズでもない。ポップな音をつくっているつもりだったので「ポップ」という区分があればいいのですが、それはありませんでした。「ポップ」だと広すぎるんでしょうね。ちなみに「J-POP」というジャンル名もまだありませんでした。あったとしてもそこには入れなかったでしょうが。
当時はCDのキャップのところにジャンル名を表記していました。レコード店はそれを見て判断するんですね。結局、私はGONTITIを「rock」にしていたんです。いわゆるロック・サウンドではありませんが、精神はロックだったので。でも、そんなことリスナーには分からないでしょうから、どこかでGONTITIのことを知って、レコード店に買いに来た人たちは探しにくかったでしょうね。
探しにくいということは売れにくいということです。だからレコード会社の営業担当者の中には「ジャンルがはっきりしない音楽は売りにくいからやめてほしい」なんて言う人もいました。おかしな話です。既成の枠組みにはまらない、ユニークで新鮮な音楽をつくろうとしたら、白い目で見られるのですから。これもやはり、ジャンル名のネガティブな働きと言えるでしょう。

 

音楽あれば苦なし♪(2)

 

音楽の理解を深める言葉へ

 

「試聴」や「YouTube」や「聴き放題」などが一般化するまでは、言葉によって音楽を伝えることが今よりずっと多かったし、重要でした。その際にジャンル名は、音楽を手短に説明するのに欠かせないものでしたが、同時に、名前がないものを認識しにくいという人間の弱点により、どのジャンルにも属さない音楽は、それを拾い上げる新たなジャンルを与えられないかぎり、まさにジャンルの隙間に落っこちて、陽の目を見ないことも多々あったのです。
ただ、じゃあ今は、アーティスト名や曲名さえ分かれば検索して、たいていの場合、音を聴くことができる(それはホントにすごいことですけどね)から、ジャンル名や言葉の説明が要らなくなったかと言えば、そんなことは決してないと、私は声を大にします。

まず、アーティストや曲に出会うための情報が言葉によって伝えられているのはもちろんですが、音楽をただ漫然と聴いているだけでは気づかないことが、それを表現してくれる言葉によって初めてしっかり耳に入ってくるということが、しばしば起こります。あるいは人が表現した言葉に、違和感を感じ、自分自身の言葉が生まれてきて、その時より一層その音楽を理解できたり、深く感じられたりもします。

これまでジャンルの隙間に落っこちて埋もれていたような音楽を見つけて、あなたが新たなジャンル名をつけてあげるのもいいですね。冒頭に述べたように、ジャンル名をつけるのは誰でもいいのです。もしかしたら、あなたが考えたジャンル名が世界中で通用する日が来るかもしれませんよ。

「ジャンル」ということを考えながら、思い至ったひとつの結論は「人は言葉で語るだけでなく、言葉で考え、言葉で感じ、言葉で記憶する」ということでした。

 

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