第22回 音量についてのしのごの【音楽あれば苦なし♪~ふくおかとも彦のいい音研究レポート~】

音楽について語る時「音質」のことはよく話題になりますが「音量」というものはほとんどスルーされているような気がします。だけど音楽を聴くってことは、必ずなんらかの音質と、ある大きさの音量で聴いているわけですから、その2つはもれなくついてくる要素で、音量についても無視するわけにはいきません。それでも、音量など適当でいいと思っている人が多いかもしれませんが、私は、これが案外重要だと思っているんです。


音楽を味わうための正しい音量

 

実は音量の大小で、音質も変わります。人間の耳の特性で、音量が小さくなるほど高域と低域が聴こえにくくなるのです。店のBGMなどで、ボーカルとかギターフレーズとかスネアドラムくらいしかちゃんと聴こえてこないのは、このせいです。なので昔のステレオにはよく「ラウドネス」という、高域と低域を持ち上げて、聴感上いいバランスになるよう補正する機能がついていたものです。ま、かなり適当なものだったので、今は見なくなりましたが。
ただ、音量が小さくなるとピッチ(音の高さ)は分かりやすくなります。ハーモニーの構成音や、楽音同士のピッチのズレがよく分かったりします。
それは私が音楽ディレクターを務めていた頃、ロンドンでレコーディングをした時に、エンジニアから教わりました。それまではしっかり聴くためには音を大きくするのが当たり前だと思い込んでいたのですが、そのエンジニアは、たとえばコーラスなどの録音で、音程が外れていないかどうかチェックするのに、さっと音量を絞って、小さく聴くのでした。確かにそのほうが分かりやすい。耳から鱗!でした。

でも、たぶんそういう場合以外は、小さく聴くことに特にメリットがあるとは思えません。やはり、高域から低域までまんべんなく、特に低域のベースやドラムのキック(ベースドラム)を「音圧」として身体で感じるくらいの音量で聴かないと、その音楽本来の姿が分かりません。映画は映画館の大スクリーンで観たいのと同じです。全体の音量が上がることで、デジタル地図を拡大すると細い道が現れてくるように、音の細部も見えてきます。
もちろん、前提としていい音であることは必須です。何が「いい音」なのかは、このシリーズでも考察してきたように、ホントのところはよく分からないのですが、少なくとも再生機器のクオリティは高いに越したことはない。よくない音で大きく聴くのは絶対避けるべきです。耳にも、心にもよくありません。
「いい音&充分な音量」で聴くことが、レコード(CD・配信も含む録音音楽のこと)をしっかり味わうための基本条件です。それなくして、その音楽が好きだの嫌いだの、いいだの悪いだの、言ってはいけません。
 

音楽を何で聴いているのか

 

ところがその「いい音&充分な音量」で聴くためのオーディオ機器が、昨今はさっぱり売れないそうです。そういやオーディオ機器の広告もあまり見なくなりましたし、家電量販店などでも、オーディオ売り場なんてほとんど存在感ないですよね。
まあ、数十万〜数百万円という高級オーディオの世界は、マニアたちの対象として、今も細々ながら回っているようですが、そこはまた別次元の話ですからね。でも、そういう人たちを相手に商いをしてきた、知り合いの輸入オーディオ代理店の社長さんも、会う度に「ほんと、売れなくて。この分だとウチもいつまで保つか…」なんてぼやいているくらいですから、その市場すら縮小しつつあるんでしょうね。

だけど、音楽離れが進んでいるのかというと、そんなことはありません。YouTubeコンテンツのカテゴリーで最も再生回数が多いのは、やはり音楽のようです。億を超えるような再生回数は音楽でしか見ないですもんね。今人気のアーティストたちがもちろんいちばん聴かれているんだけど、往年の名曲・ヒット曲だって、それなりに再生されています。

じゃあ何で聴いているのかといえば、言うまでもなく大多数はスマホでしょうね。電話やメールはもちろん、情報検索もこれ、カメラもこれ、お金の決済もこれ……まさに肌身離せない生活の必需品。スマホがあれば、新たにコストをかけることなく音楽をいつでもどこでも聴けますし、もはやソースがYouTubeだったり、SpotifyやApple Musicだったりなんですから、昔ながらのオーディオ機器だけでは聴くこともできません。
そして、私もやっていますが、ちょっといいヘッドフォンや、ブルートゥースでつながるスピーカーがあれば、ストリーミングでもそこそこのいい音で鳴ってくれます。数千円も出せば、軽く楽しむ分には充分です。それどころか、ヘッドフォンは電車内など音が出せない場所で使うだけで(だから付属のもので)、ふだんはスマホの小さなスピーカーだけで聴いている人も多いようです。ウチの次男がそうなんです。音楽は好きなのに、それで平気なのが私には信じられませんが。
そういう聴き方をする人が多いから、最近の洋楽など、逆にそれに合わせて音数を少なくしたり、低音が再生できなくてもバランスよく聴こえるような、音づくりをしているというウワサも聞きました。なんともはや。

ともかく、これでは数万円もの出費をして、アンプやスピーカーを買おうという気にはならないでしょうね。高級一眼レフ以外は売れなくなったカメラの業界と同じですね。

 

音楽あれば苦なし♪(1)

 

誰もいい音&大音量で聴かなくなった

 

しかし、そのような音響環境では音楽がかわいそうです。スマホのスピーカーではお話になりませんし、多少まともなヘッドフォンやブルートゥース・スピーカーを使っていたとしても、ソースがストリーミングのようなデジタル的に圧縮された音源なら、その時点で劣化していますし、ブルートゥースで送る際も圧縮されています。さらに、この『音楽あれば苦なし』シリーズの第3回「いい音は皮膚で聴く?!」でお話ししたように、人は耳には聞こえない「超高周波」を皮膚で感じ、それが脳深部を活性化しているらしいので、ヘッドフォンではその恩恵に与れません。
ただまあ、じゃあスマホ以前のCDラジカセやミニコンポは音がよかったかというと、たいしたことはないし、日本の住宅事情を鑑みれば、近隣迷惑を思うと大きな音も出せなかったでしょう。他に選択肢がなかったから、オーディオ機器を買っていただけで、そもそも音のよさを気にする人なんて、昔も今も、ごくごく一部なのかも。

若者を中心に「大音量」は好きだと思うんです。だってライブハウスはたいがい“ど”がつくほど爆音だから。スピーカーからの大音量はライブで楽しんでます、という人が多いかもしれません。ライブやコンサートの動員数や売上は(コロナ禍はおいといて)年々増えてきたしね。
だけど、ライブの音響、つまり「PA」は大音量ではありますが、そんなにいい音ではありません。PA機材は音のよさよりも、パワーや耐久性や安定性を重視していますし、音質やバランスだって、エンジニアが直前の2、3時間で調整するだけですから。私はライブで、ほんとにいい音だなーなんて思ったことは一度もありません。

一方、レコードを大音量で聴かせてくれ、コーヒー1杯でずっとねばれるけど、おしゃべりすると怒られた「ジャズ喫茶」や「ロック喫茶」などは、昔けっこうあちこちにあったけど、今ではすっかり影をひそめてしまいました。それはつまり、人が行かなくなったってことですね。私なんかの世代はそういう店で未知の音楽と出会うことも多く、ずいぶんお世話になったものです。私に言わせれば、たとえば往年の有名バンドが再結成して、お金のために?老体にムチ打ってるライブを観るより、そのバンドが残した名盤を、いい音&大音量で聴くほうがよっぽど楽しいと思うのですが、今の人たちはどうも真逆のようです。

 

音楽あれば苦なし♪(2)

 

聴くことに集中できない現代人

 

結局、レコード(録音音源)をいい音&充分な音量で聴ける環境は、日本にはほんと少ないのです。私はこのような状況を憂えて、2010年に『いい音爆音アワー』と題した“レコード聴き”イベントを始め、コロナ禍で中断された以外は毎月開催を続けているのですが、そういう機会に飢えていた人たちがどっと押し寄せるかと思っていたのに、来てくれるのはいつもせいぜい15人程度。来た人は一応「よかったー」と満足気に言ってくれるのですが。新しいお客さんがみえたと思ったら、何回か足を運んでくれた方が姿を見せなくなり、全体はちっとも増えません。告知が不十分なのか、私の企画やナビゲーションがまずいのか、とも考えますが、同様のイベントを覗いてみても、まあ集客状況に大差はないようです。ピーター・バラカンさんのような有名人が主催すると賑わっているようですが、それはもちろんバラカンさんだから、ですよね。

音楽は好き、大音量も好きなのに、いい音&大音量でレコードを聴きたいと思う人は少ない。これはいったいどういうことなんだろう? 長年の疑問です。

仮説ですが「聴く」という行為だけに、じっと集中することができない人が多いんじゃないですかね。私のイベントのお客さんでも、ほとんどの人たちが、音楽が鳴っていてもスマホを見ています。その音楽やアーティストの情報を調べているのか、あるいは仕事のメールでも読んでいるのか、わかりませんが、とにかく聴くだけだと眼は使わないので、手持ち無沙汰なんでしょうね。
ライブやミュージックビデオなら視覚情報があるから“観て”いられる。あるいは、ジョギングしながら、散歩しながら、ドライブしながら……音楽を聴くのは、常に「ながら」です。耳だけに全神経を集中させて音楽を聴くなんてことは、やったことがないから想定外なんです。だから“レコード聴き”イベントなんかには興味をそそられない。参加したとしても、手持ち無沙汰でついスマホをいじってしまう……。

音楽をつくる現場では、詞曲やアレンジ、歌唱や演奏ももちろん大事なんですが、最終的に「いい音」にすることにも真剣に取り組んでいました。音のよさと売上にはほぼ関連がないのですが、だから適当でいいよね、なんて誰も考えない。
エンジニアはもちろん、アーティストもアレンジャーもプロデューサーも、みんながスタジオで何度も何度も聴いて、音質や音色やバランスなどああでもないこうでもないと、何時間もかけて、時には徹夜もして、それでもやり直しすることもあったりして、よりいい音を追求しながらつくっているんです。いろんな条件が絡んでくるから、結果は玉石混交、いい音とは思えないものもあったりしますが、つくる過程では、音楽制作者は誰でも最善を尽くしていると思います。
そうやってつくられた音楽は、ちゃんと集中して聴いてあげないと、バチが当たると思いませんか。

くりかえしになりますが、スピーカーから「いい音&充分な音量」で「ながら」ではなく、音にしっかり向き合うことで、初めてレコード音楽の本当の姿が分かるのです。気軽にいつでもできることではありませんが、このことを頭の隅に置いてくれる人が増えれば、日本の音楽文化はもっとおもしろくなると、私は信じています。

 

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