【レコにまつわるエトセトラ】ヴィニール・イズ・ゴールド 〜 レコ屋の目から見るレコード相場変動の歴史【第32回】


近年また盛り上がりを見せつつある、レコード/アナログ盤。リアルタイムで再生メディアとしてレコードと接してきた世代だけではなく、CDやカセットすらも馴染みのない若い世代の人たちからも“新鮮”なものとして受け入れられているようです。

そうした流れの中でこの世界の魅力をよりディープにお伝えするべく始まったのが、本連載【レコにまつわるエトセトラ】。ディスクユニオン新宿ロックレコードストア店長の山中明氏を水先案内人に、入り口から底知れぬ深淵に至るまでを旅しましょう。

第32回のテーマは、“ヴィニール・イズ・ゴールド 〜 レコ屋の目から見るレコード相場変動の歴史”。近年、“転売ヤー”などという言葉が一般的にも知られつつある時代ですが、それは中古レコード業界においても他人事ではありません。

インターネットの急速な普及によって、貪欲に探求する人々にとっては最早住んでいる地域にかかわらず、様々な情報を得られる時代。その影響もあって上昇し続ける“レコード相場”の事情について、まさに現場の最前線にいるバイヤーとしての立場から今回は迫ります。

 

レコにまつわるエトセトラ(1)

Leaf Hound『Growers Of Mushroom』

高止まりしていたと思っていたド級のレア盤。近年はさらに誰も手が届かないプライスに……。

 

ちょっとお高いウォント盤を見つけた(見つけてしまった)時に、「どうしようかな〜結構高いけどコレ探してたんだよな……。でもこの前アレ買ったばっかりだし……。」と迷いに迷い抜いた経験ってありませんか?
私も店頭でそんな苦悶の表情を浮かべるお客様をよくお見かけするんですが、そんな時に決まってお声掛けするキラー・ワードが「レコードは資産」です。

ちょっといやらしく聞こえるかもしれませんが、レコードをコレクションをするという行為は、非常に換金性の高いもの。買って数年間、散々楽しんだ後にいざお店に売ってみたら、買った時以上のお金になって戻ってきた、なんていうことは日常茶飯事です。
と言うのも、少なくともここ20年、レコードの市場価値は上がり続けています。もちろん作品によっては多少の凸凹はありますが、トータルではずいぶんとその価値を上げたものです。まるでゴールドのような安定感を保ちつつも、グングンと価値を上げていくその様は、負け知らずの株式投資的な色合いすら帯びてきています。

ということで、今回はレコ屋歴20年の私なりの見解で、(ざっくりとした)中古レコードの相場変動の歴史、そしてそのターニングポイントについてお話しさせていただきます。
もちろんですが、別に自分はコレクターっていう感じじゃないし、そもそも売る気なんて毛頭ないっていう方も少なくないでしょう。ただ、こうして相場が変動してきたという事実もあるもので、かくいうアナタも知らず知らずのうちにそのトレンドに影響された買い方をしてきたのかもしれません。
そんな歴史を生で体験してきた方もそうでない方も、何かのヒントにご一読ください。ぜひ!

 

レコにまつわるエトセトラ(2)

Kestrel『Kestrel』

プログレ文脈というよりも、そのポップネスとアートワークの秀逸さから、求める層が実にワイドな一枚。そりゃー高くなるわけです。

 

上記の通り、私の知るここ20数年の間、レコードの価値相場は下がり目に入ったことはなく、その階段を一段また一段と上がり続けてきました。そんな中でも、カギとなるようないくつかの大きなターニングポイントがあったので、価格変動の変遷と共に時系列に沿って話を進めていきましょう。
なお、これはおおむね全ジャンルに通じた話ではあるんですが、私はロック系のバイヤーなので、あくまでロック系の中古レコード・マーケット視点となります。あしからず。

 

【第一章】インターネットの誕生 ラベル探求の時代

 

遡ること1980年代。かつて海外とのレコード・トレードはFAXとか文通とかでのみ成立していたという、おそろしく一般的ではないクローズドなものでした。しかし1990年代に入ると、その状況を一変させるかのようにインターネット黎明期が訪れます。
とはいえ、それは(ある一定以上の年齢層の方にだけお馴染み)「ピーガー音」とともに始まるアナログ回線時代。画像1枚読み込むにもとてつもない時間が掛かっていたものです。
そんな中、90年代中頃に登場し、そんな私たちの苦悩を(少しだけ)解放してくれたのが、ADSLやテレホーダイのサービスでした……懐かしい!

その後、ようやくインターネットの高速化が進み出したのが2000年代。その時に満を持したかのように爆発的な人気を獲得したのが、インターネット・オークションでした。Yahoo!オークション(現ヤフオク!)や、eBay等のサービスが活況を見せ、レコード・トレードの範囲と速度が急成長を遂げます。
それに伴って、情報は国境なく常にオンタイムで世界中を巡り、レコードの細かなディテールに関する研究が猛進。ラベル面の細かな違いによって初版(オリジナル盤)を判別する方法が一般化し「私もオリジナル盤が欲しい!」と、それを追い求める層が急速に拡大したワケです。

そんな中、ここ日本でそんな初版探しに関して、絶大な影響力を持つサイトが誕生します。

Record Correct"errors"?
http://recordcorrecterrors.music.coocan.jp


2001年に生まれた同サイトは、当時世界でも類を見ないほどに充実した、レコードのラベル・ガイドをメイン・コンテンツに据えていました。
このサイトの誕生によって、今までは一部のコレクターだけが知り得た多くのレコードの初版要件が白日の元に晒され、一般愛好者や中古市場に大きな影響を及ぼしました。
ただその反動として、自分の持っていたレコはオリジナルじゃなかったと断罪され、肩を落とす人も続出したのでした……トホホ……。

 

レコにまつわるエトセトラ(3)

Pink Floyd『The Dark Side Of The Moon』

最も売れたロック・アルバムですが、オリジナル盤は有限。だからこそ、ここ10年で数倍にはなりました。


 

【第ニ章】飽くなき追求の旅  マトリクス発見の時代

 

2000年代初頭といえば、私もディスクユニオンで働き始めていたということもあり、その時の現場感っていうものは直接肌で感じていました。レコードは少しずつ復権の兆しを見せてはいたものの、当時はCDのバリバリの全盛期。特に紙ジャケットがとてつもなく盛り上がりをみせていました。
そしてその時のレコード界といえば、新品のリリースもパラパラ、そして中古はオリジナル判定こそ一般化し始めてはいたものの、今ほど事はややこしくなくまだまだ平和なプライス感でした。

その当時の相場感を振り返ってみると、とある週末セールに目玉品としてこの2枚の作品を出品したことを思い出します。1枚はブリティッシュ・スワンプ・バンドAndwellaの中心人物、David Lewisのソロ・デビュー作『Songs Of David Lewis』、そしてもう1枚がBilly Nichollsの幻の名作『Would You Believe』でした。どちらもその筋では今も昔も印籠的存在感を示す、シーンを代表するレア・アイテムです。
その時の店頭価格は、前者が16万円、後者が15万円だったと記憶しています。もちろん当時からどちらもかなりのハイ・プライスだったことには違いないのですが、後者のほうを少し安くしていたところが、当時の空気感だったというワケです。
ただそれは今現在のプライス感とは大きく異なっているもので、前者はだいたい2倍程度、後者は下手をすると10倍近くに急成長。そう、いまや堂々の100万超のモンスター・タイトルとして君臨しているのです。爆騰!

2010年に差しかかろうとする頃には、私も海外へとレコード買付の旅に出るようになり、色々な国のリアルな市場の状況も体感できるようになってきました。そうして国内外で多種多様なトレンドが生まれては消えていくのを見てきたワケですが、この頃にここ日本で新しくもキケンな要素が一般化し始めています。

それが今現在もレコードの価値相場を決定付けるに重要なポジションを占める、みんな大好き(?)マトリクスです。そしてマトリクスを追う上で切っても切り離せない存在ともいえる、テスト・プレスも大きな注目を集め始めるのです。
それまではイギリスのレコード・フェアとかに行くと、テスト・プレスがコーナーみたいな形でまとまって売られていることもあったものです。ジャケもなかったりするのでまだまだその地位は低く、レギュラー盤よりもかえって安く販売されていることもありました。当時私は狂喜して買い尽くしていましたが、そんな良い時代は二度と戻ってくるはずもありません……。

その後、The Beatlesのマトリクス研究を皮切りに、徐々に他アーティストにもそのコダワリがスライド。それに伴って、同じオリジナル盤の中でも価格の階層化が進んでいきました。そうして中古相場はいよいよ複雑な様相を呈してくることとなるのです。

 

レコにまつわるエトセトラ(4)

Billy Nicholls『Would You Believe』

まさにその時の一枚。あの時から縁はなく、というか高過ぎて仕入れられません……。
 

 

【第三章】 キラー・コンテンツの躍進 時代の寵児、Discogsの時代

 

そんなこんなで2000年代後半からの10年間、細かなディテールの研究はさらに進み、その複雑怪奇なコダワリ要素はドンドンと強くなっていきました。
しかしそんな中でも新たなファンを獲得しその裾野を広げ、今こうしてレコードが再び市民権を得るようになったのも、新風を巻き起こしたいくつかのキラー・コンテンツたちの存在が大きく影響したと言って良いでしょう。
ここではその中でも特に大きな影響力を持ち、今やレコード一般常識と化した3つのコンテンツをご紹介させていただきます。

 

Record Store Day
https://recordstoreday.jp

 

まず挙げるべきは、年2回開催されるレコードの祭典「Record Store Day」。アメリカで2007年に発足、数年も経った頃には世界中で大きな人気を集めるようになりました。イベント時に限定でプレスされるレコードたちは、即座に価格高騰を果たしたものも少なくなく、中古レコード全体の相場感にも大きな影響を与えたものです。
今現在こうして新品レコードの生産が増え続けているのも、このイベントの影響によるものが大きいでしょう。

 

Popsike
https://www.popsike.com/index.php
 

2004年に設立された、オークション・プライスガイド・サイト。要約すると、eBayのレコード落札結果まとめサイトです。

それまでのレコードの中古相場は、紙発行されていたプライス・ガイドが大きな影響力を持っていました。英Record Collector誌が発行している『Rare Record Price Guide』、そして米Goldmine誌による『Goldmine Record Album Price Guide』の二大誌が最も有名ですが、今やもう一定の役目を果たしてしまったと言って良いでしょうか……すいません。
例えば英『Rare Record Price Guide』は2年に一度更新されていますが、Popsikeはオンタイム。しかも取り扱うデータ量も膨大です。ただ、あくまでPopsikeは参考となるデータがただ並んでいるに過ぎないので、プロの目で整理整頓されたプライス・ガイドは、まだまだその存在意義があるとも言えるのです。うんうん。

ちなみにですが、よくPopsikeの話をする時にモヤモヤするのが、その読み方です。ここ日本では「ポップサイケ」が一番多数派だと思いますが、海外の方は「ポップサイク」と発音している気もします。なんなら、私の周りでは「ポップシケ」と呼ぶ人も出てくる始末……どなたか正解を教えてください!

 

レコにまつわるエトセトラ(5)

David Bowie『Low』

定番タイトルなんですが、たまに付属しているこの「FAN CLUB」インサートがミソ。定番はこういう細かいところがプライス・アップのポイントとなります。

 

Discogs
https://www.discogs.com

 

そして最後にご紹介するのは、いわく「レコード界のWikipedia」、いわく「レコード・データベース界の覇王」。そう、みなさんご存知のDiscogsです。

不特定多数のユーザーによって編集が行われる、まさにWikipediaと同じ手法によって構築された、圧巻のデータ量を誇るデータベース・サイトです。
CD、レコード、カセット等々、途方もない数のフィジカル・メディアの情報がアップロードされており、収録曲、各種クレジット等の基本情報に加え、ジャケットや付属物の画像、各国でリリースされた多種多様なプレス等々、ありとあらゆるバリエーションが掲載されています。
今こうしている間も日夜情報はアップデートされており、存在するマトリクスのバリエーションに至るまで、どこかの誰かが頑張ってアップしてくれています。

そしてさらに重要なのは、それと共に備わっているマーケットプレイス機能です。オークション・サイトよりもさらに個人間のトレードの簡便化を実現しており、Discogs登場以前と以降では、世界中のレコードの流通量は全く異なると思います。
さらに、トレードされたレコードは、その履歴から最安・平均・最高の販売価格が割り出されており、ある種のプライスガイドとしても機能しています。

サイトの誕生自体は2000年ですが、段々と積み重なった情報が機能し出したのが6〜7年前。それ以降、利用者は激増し、みるみる内に個人間トレードの世界観を一変させてしまいました。
その情報量は他の追随を一切許しませんが、それを表す印象的なワードが「Discogs非掲載品」です。いわゆる売り文句として使われる用語になりますが、その圧倒的な情報量が故、Discogsに掲載されていないことが高いレア度を裏付けることとなり、逆説的に商品アピールになるという寸法です。

 

レコにまつわるエトセトラ(6)
ビートルズ『マジカル・ミステリー・ツアー』コンパクト盤帯付

ビートルズ幻の帯シリーズのうちの一枚。元々伝説みたいなものでしたが、今はもはや相場なんて存在しない、言い値の世界な逸品です。
 

 

【第四章】 レコード界の現在とこれから 〜 到来する修羅の時代?

 

「20XX年、世界はDiscogsの炎に包まれた……」なんて北斗の拳風に言ってもそれが冗談にならないほど、Discogsが圧倒的な力でレコード界を席巻。そして、その影響はあらゆるレコードの価値相場に影響を与えました。
私たち日本人が最もその影響を感じられるのは、山下達郎人気が先導するいわゆるシティー・ポップ・ブームでしょう。もちろん国内でも再評価の機運は高まっていたでしょうが、海外からの発見、評価の高まりがことの始まり。そしてその拡散の担い手となったのが、音源のYouTubeであり、フィジカルのDiscogsだったワケです。

そしてテレビを始めとした各メディアでも「レコード・ブーム」と声高に呼ばれる2022年現在。2000年代初頭では想像だにしなかった状況が到来しています。
新譜も再発も猫も杓子もレコードが製作され、数少ないプレス工場は生産力を超える数の受注を抱えたバースト状態。2000年頃にリリースされ、CDでは売れたもののレコードでは売れずに不当に投げ売りされていた作品たちは、今や「近年盤」と呼ばれ高値でトレード。当時から人気盤やレア盤だったものは、数倍の値段ですっかり高値安定しています。

ただ、再発も手を替え品を替え、オープンリールでも再発(!)される今日この頃。一見バブリーに見えるこれらの現象は、負の側面も抱えています。新品再発の乱発、転売の拡大と失敗、廃盤価格高騰による新規コレクター参入の減少。いよいよもって、レコード界も天国に駆け上がったのか、修羅の時代に突入したのか……。

今後の先行きを読み切ることは難しいですが、個人的には外的要因にできるだけ左右されずにレコードを楽しんでいきたいなぁーと思っています……。ではまた次回!

 

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Text&Photo:山中明(ディスクユニオン)
Edit:大浦実千