第十二回 バロック時代の協奏曲とアイスワイン【名曲と美味しいお酒のマリアージュ】

夏冬いろいろなスポーツを見渡しても、フィギュアスケートほどクラシック音楽と関係が深いスポーツはないでしょう。先に開催された北京五輪では、羽生結弦選手がサン=サーンスの《序奏とロンド・カプリチオーソ》、宇野昌磨選手はマルチェッロのオーボエ協奏曲とヴィヴァルディのチェロ協奏曲、そして女子ショートでは川辺愛菜選手がヴィヴァルディの《四季》で華麗なスケーティングを披露しています。

また、過去を振り返ると、2006年トリノ五輪で金メダルを獲得した荒川静香選手のプッチーニの歌劇《トゥーランドット》、そしてさらに遡ること1984年のサラエボ五輪でのトービル・ディーン組がラヴェル の《ボレロ》で見せた伝説的なアイスダンスなど、スケートの技術の高さや演技の素晴らしさはもちろんのこと、是非それを支えた音楽の魅力も味わいたいところです。

今回、特に注目したいのは宇野選手が選んだマルチェッロのオーボエ協奏曲とヴィヴァルディのチェロ協奏曲です。クラシック好きなら誰でも知っている曲というわけではなく、なんとも通好みの選曲!

もしかしたら聴き逃したのかもしれませんが、テレビの解説でも「オーボエ協奏曲」としか紹介しておらず、誰が作った曲なんだろう?と思った方もいらっしゃるでしょう。またクラシックに親しみのない方の中には、《ボレロ》とか《トゥーランドット》のように「オーボエ協奏曲」というある特定の曲が存在すると思った方もいらっしゃるかもしれません。「オーボエ協奏曲」というのはオーボエを独奏楽器に迎えた協奏曲全体を指すので、通常は誰々作曲のオーボエ協奏曲、その中でも何曲かある場合は、第何番とか何調という形で特定するのです。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(1)

 

協奏曲というのはその字が表すように「協」=「力を合わせて、調子を合わせて」、「奏」でる曲のことで、イタリア語の”concerto”(コンチェルト)“con”=「共に」、“certare”=「競い合う」の訳語です。

ピアノ協奏曲やヴァイオリン協奏曲、フルート協奏曲など、今日では独奏楽器とオーケストラが共演する音楽を一般に指していますが、協奏曲の歴史を紐解いていくと、イタリアとりわけヴェネツィアという街の存在にたどり着きます。今回、偶然にも五輪で使われた協奏曲はバロック時代のイタリアのものということで、ちょっとこの辺りを見ていきましょう。

当時のイタリアでは「合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)」と呼ばれる複数の独奏楽器(コンチェルティーノ)とオーケストラ(リピエーノ)が呼応しながら奏でられる音楽が流行していました。17世紀後半から18世紀初頭に活躍したコレッリ(1653-1713年)の作品などは、その草分けとして特に有名です。

また少し時代を遡った16世紀のヴェネツィアにおいては、二つのグループが相対して協奏し合う音楽がサン・マルコ寺院において奏でられていました。これは大聖堂の2階部分の回廊に対峙するように2グループを配置し、今で言うところのステレオあるいはエコー、ディレイ効果を利用した音楽で、会衆は歌声や音に幾重にも包まれるような感覚に、宗教体験は増幅されたことでしょう。「コーリ・スペッツァーティ(分割された合唱隊)」と呼ばれています。

さて、これらが次第に姿を変え発展していくのですが、独奏楽器にフォーカスした協奏曲は、ヴィヴァルディの《四季》に代表されるヴァイオリン協奏曲が中心となります。当時、北イタリアのクレモナはヴァイオリン制作の中心地でアマティ、ストラディヴァリ、グァルネリの名器が数多く産み出された時代でもありました。

 

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(2)

 

アントニオ・ヴィヴァルディは1678年にヴェネツィア生まれました。父親はサン・マルコ寺院のヴァイオリニストを務めており、父からヴァイオリンの手ほどきを受け、後に神学校に学びます。25歳で司祭となり、ピエタ慈善院附属の音楽院でヴァイオリンの教師となります。14世紀半ばに創設されたこの慈善院には「スカフェータ」と呼ばれる赤ちゃんポストが設けられており、男女ともに受け入れていましたが、その中から女子だけで合奏・合唱団を組織し、評判となっていました。

ヴィヴァルディの作品の多くは彼女たちのために書かれました。名演奏家も生まれ、中でもヴィヴァルディの愛弟子のヴァイオリニスト、アンナ・マリーアとキアーラはヨーロッパ中に名が知れ渡っていたようです。観光都市でもあったヴェネツィアには各国から観光客が訪れ、コンサートの収益は慈善院の経営にも一役買っていたそうです。

一方、アレッサンドロ・マルチェッロはイタリアのヴェネツィアで1669年に貴族の家に生まれました。作曲をするだけでなく、数学者・哲学者としても知られる多彩な人であったようです。オーボエ協奏曲が有名ですが、正直それ以外の作品はあまり知られていません。このオーボエ協奏曲は、バッハがチェンバロ用にアレンジした「マルチェロのアダージョ」として聞いたことがある方もいらっしゃるでしょう。

ところで、この時代の楽器は現代のものとはだいぶ様相が異なっています。オーボエにはほぼキーがなく、一見するとリコーダーのようですが、リードという発音体が付いているので見分けがつきます。チェロには本体下から出ているエンドピンという楽器を支える棒がついておらず、脚で抱えて演奏していました。張られている弦もガット弦といって主に羊の腸を素材に作られています。音色も現代の楽器とはだいぶ違いますので、聞き分けるのも楽しいでしょう。

 

 

~今月の一本~

 

アイスワイン

名曲と美味しいお酒のマリアージュ(3)

 

今月はアイス(氷)つながりの一本をご紹介したいと思います。
アイスワインはその名が示すように凍ったブドウから作られます。厳密には樹にブドウが実っている状態で気温が氷点下になり、自然に凍ったものを凍ったまま圧搾して作られなくてはなりません。

この一種変わったワインが作られるようになったのは、偶然が作用したと伝えられています。18世紀末のドイツ・フランコニア地方を寒波が襲い、収穫前のブドウが凍ってしまいました。捨てるのはもったいないと、そのブドウでワインを作ったところ大変甘くて美味しいワインが出来たそうです。その後、意図して収穫時期を冬にずらし、凍ったブドウからワインを作り始めるようになりました。現在ではドイツ、オーストリアそしてアイスワイン最大の生産量を誇るカナダで作られていますが、凍った果実から絞られる果汁の量は少なく、また気温という自然環境が影響するだけにその量は多くはありません。温暖化の影響もあり、特にヨーロッパでの収量は減っているようです。

今回紹介しているアイスワインはドイツのもので、ブドウの品種はゲヴュルツトラミネールですが、リースリングから作られるのが一般的です。カナダではヴィダルという寒さにも強い品種から主に作られています。

飲む際には、よく冷やすと美味しいです。また、ドイツ産などにはアルコール度数が低めのものもあり、甘くて口当たりもよいので、ワインに苦手意識を持っていらっしゃる方にもおすすめです。

 

 

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Text&Photo(ワイン):野津如弘

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